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第3章
第77話 気概
しおりを挟む異界の山への一歩を踏み出すと、美癒の背中から翼が消えて再びペンダントに戻った。
それと同時に美癒の魔法も使えるようになり、2人は更なる光に包まれた。
これには当の本人、美癒も驚いた。
琉偉の命を助けるために、急がないといけないことは分かっていた。
たが意図してすぐ魔法を発動させたわけではなかったからだ。
扉の中では使えなかった魔法が発動されたままになっていた為、扉を出た瞬間に魔法が爆発するかのように効いてしまったのだ。
美癒は、琉偉と一緒にいるとどんどん欲が出てしまうことを自覚していた。
あわよくば、昔のように琉偉と世間話ができたら・・・。
美癒と菜都の入れ替わりについて全てを説明できる時間があれば・・・。
ーーーだが、これ以上話していても切なくなるだけだろう。
この先、2人の生きる道が交わることはないのだから。
ただ一つ・・・、
美癒にとっての幸運は・・・
今は”別れの挨拶”が出来るということ。
本当の別れは突然やってくる。
別れの挨拶すらできなかった昔とは違う。
「翼・・・キレイだったのに消えちまったな。すごかった・・・ありがとう!
それにしても、扉の外に戻ってきただけなのに何でこんなに眩しいんだ?」
目を細めながら前に歩き出そうとする琉偉。
美癒の鼓動がどんどん早くなる。
とても息苦しい。
(わたし・・・頑張ったよね。頑張ったよ!これで琉偉のことも帰してあげられる・・・。)
迷いを持ってはいけないことを再び自分に強く言い聞かせて、最後まで気を引き締める。
「この光は琉偉を【この世】に連れて帰ってくれる。・・・お別れだよ。」
美癒は掴んでいた琉偉の腕からそっと手を離し、立ち止まった。
琉偉も足を止めて振り返る。
そして先ほどまで掴まれていた自分の腕を名残惜しそうに見つめた。
そして再び美癒へ視線を移す。
「お別れって・・・そもそも何でこんなことになったんだよ?」
目の前にいる琉偉の身体が少しずつ薄れていく。
「説明・・・したかったんだけど時間が無いの。今までありがとう・・・大好きだったよ。」
琉偉は”大好き”という言葉を聞いた瞬間、心臓がドクドクと高鳴った。
今までの菜都は、なんだか少し冷たい空気があった。
皆の中心で楽しそうに笑っていても、結構あっさりしていてまるで人に興味がないのではないかと感じたこともある。
告白して付き合ってくれたのだから、自分のことは好きなんだろうと思った。
だがやはりどこか冷めている感じがあったのだ。
そんな彼女が・・・”好き”と口にすることが少なかった彼女が”大好き”と言ってくれている。
琉偉は美癒に近付くため、一歩足を踏み出した。
だが、美癒は消えそうな琉偉に向かって手を振った。
「待って・・・ーー。」
琉偉は、眩しさの中で美癒の手を掴もうと慌てて手を伸ばす。
しかし届いた美癒の手を掴むことが出来ず、自分の身体が透き通っていることに気付いて目を見開く。
「琉緒・・・琉偉・・・・、元気でね。いっぱいいっぱい生きて!
ーーー私の事なんて思い出さずに幸せになって!・・・さようなら。」
「え?琉緒って・・・兄貴?」
美癒は、自分の言いたいことばかりで申し訳ないと思ったが、大きな声でハッキリと伝えた。
眩しくて見えないとは思ったが、笑顔も絶やさなかった。
琉偉に心配させたくなかったから・・・。
「菜都!!!俺はーーーッ」
琉偉は、まだまだ聞きたい事、話したいことが沢山あった。
・・・しかしその願いはあっけなく打ち砕かれ、琉偉の魂は光とともに消えていく。
あっという間だった。
無事、成功して【この世】へ戻って行ったのだ。
美癒はこの短時間で、琉緒と琉偉の2人を助けることができた。
一安心すると今まで堪えていた涙が一気に溢れ出す。
どんどん、どんどん、溢れ出して止まらなかった。
美癒は瞼を閉じて両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込む。
いま、自分は息を吸えているのか?
これは現実なのか?
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
丸くなりながら小刻みに肩を震わせる。
「ふふっ・・・だから、私は”菜都”じゃないってば。琉偉ったら・・・
あはは・・・はは・・・・・・うん・・・。
思い出さないで欲しいなんて嘘・・・全部嘘だ・・・。
神様の言う通り・・・私は”菜都”になりたかった。本当は戻りたかった・・・。
私が菜都だって気付いてくれてありがとう・・・美癒の姿をしていても見つけてくれてありがとう・・・。
忘れないで欲しい・・・私を忘れないで・・・お願いーーー。」
自分が最初に”菜都”として【この世】に生まれてしまったからこんなに辛いんだ。
【この世】での幸せを知ってしまったから再び求めてしまう。
夢見てしまう・・・期待してしまう。
戻ることができない場所に、未練を残してしまうーーー。
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