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第4章
第100話 月明り
しおりを挟む離れていく母親の背中を見つめる。
「私はオムライスが一番が好き・・・だけど明日からはまたグラタンが1番好きになるかな~。」
「ふふっ、食いしん坊なんだから。お昼にはまだ早いけどお腹空いてるんでしょ?もう食べる?」
「うん!!」
母が用意してくれた熱々のグラタンを綺麗に平らげた。
まだまだお腹に入りそうだったので、昨日の夜ごはんの残りや、今日の朝ごはんの残りも冷蔵庫から取り出してたらふく食べた。
最後の母の味を噛みしめながら。
自分がこんなにも沢山食べれるとは思っていなかったが、流石にお腹がいっぱいになると、食器を洗って少しだけ母の手伝いをした。
そしてみんなが昼ご飯を食べようと机に集まってきた時、菜都はポケットからミサンガを取り出した。
「これ、みんなにあげる!」
菜都は家族一人ひとりに手渡していく。
「ミサンガ?手作りじゃないの。」
「そうだよ、手作り!クラスの子に作り方教えてもらったの。急いで作ったから少しいびつなんだけど・・・。」
ただ、”自分がここにいた証”を残したかっただけの自己満で、お世辞にも上手とはいえなかった。
だが少し申し訳なさそうにすると、
「ありがとう!」
「みんなで色違いだね。」
「俺は足につける。」
「じゃあ僕も足につけてー。」
・・・予想外に喜んでもらえた。
みんな足につけていたから、菜都も自分の足に牡丹色のミサンガをつけた。
(これは菜都へのプレゼント。私が初めてあなたにあげられる物だよ。)
結び終わると、再び家族全員の顔を見渡して目に焼き付ける。
「それじゃあ、友達と約束してるから行ってくるね。」
一家団欒で楽しい雰囲気の中、菜都はそっとリビングを後にした。
これが家族全員を見る最後の瞬間だと胸に秘めながら。
玄関でスニーカーを履いていると、そろり、そろりと大翔が近付いてきた。
「待って、お姉ちゃん。」
「大翔、どうしたの?」
立ち上がってスニーカーのつま先をトントンとしながら振り返る。
「・・・行くの?」
「うん?行くけど?」
「じゃあ今度は、”いってらっしゃい”かな?」
「え?・・・い、いってきます。」
大翔との不自然な会話に戸惑いつつ、玄関扉に手をかける。
「きっとまた会えるからね。」
「・・・え?」
その瞬間、菜都は”菜都になった初日”のことを思い出した。
大翔は菜都が入れ替わった日、菜都に向かって”おかえり”と言った。
それに、大翔は”美癒お姉ちゃん”と言っていたこともある。
「ひ・・・ひろと、もしかして・・・?」
弟は昔から不思議な子だった。
菜都の顔は驚きでりんごのように赤くなっている。
大翔は少し沈黙をおき、
「僕もお腹空いたよー。」
と、言いながら笑顔で手を振りながらリビングへと戻っていった。
大翔の反応を見て、菜都は自分の考えが勘違いではないと確信した。
「なんだ・・・びっくりしたぁ。知ってるならもっと早く言ってよ。ほんと、大翔は不思議な子ね・・・。」
未だに心臓がバクバク鳴って治まらない。
「”いってらっしゃい”って送り出してもらえるなんて考えてもみなかった・・・ありがとう。」
聞こえるはずのない大翔にお礼を言って家をあとにした。
天気予報通り、外は大雨だった。
時折空には雷で光が見えている。
菜都は傘を差して目的地へと急いだ。
水上バイク事故を起こした川に着くと既に琉緒がいて、菜都に気付くことなく座って川を眺めていた。
一体いつからそこにいたのだろうか。
傘も差さずに・・・。
天候が悪いため辺りに人の気配はなかった。
(私も結構早めに来たのに琉緒の方が早かった・・・そんなに早く菜都に会いたいだね・・・。)
川に視線を移すと、頭の中をある場面がよぎった。
事故を起こした瞬間の”本物の菜都”の記憶だ。
(怖いって思う暇もないほど一瞬で命を落としたのね・・・ーーーここで終わって・・・また始められる。)
菜都は傘を閉じてそっと草むらに置いた。
そして琉緒の隣に座って顔を覗き込む。
琉緒は何も反応を示さなかったが、菜都が来たことには気付いている。
一晩中話し明かしたというのに、まだ言っていなかったことがあった。
「ねぇ琉緒、わたしたち何で仲良くなったか覚えてる?」
「・・・あ?覚えてねぇけど。」
「ふふっだよね。」
意味深に笑う菜都を横目に、妙に思いながら少し困惑する。
「何がおかしいんだよ。」
目を細め、口を尖らせながらいじけている。
「中学生の時にクラス全員で1回だけ【この世】に行くときがあったでしょ?
その時のことなんだけどね、次に高校生になってから看視実習を担当する人を見に行く時間が決められてたの。
私が担当する菜都を見に行く順番が回ってきた時、あなたは菜都に釘付けだったわ。」
菜都は当時の様子を振り返りながら、「一目惚れかな?」と付け足して思い出し笑いをする。
「は?・・俺はそんなの知らない。」
琉緒は全く身に覚えがないようだ。
自分の過去を話されているのに心当たりがない。
「琉緒が覚えてないのは当然よ。でも私はこの目で見てたから。
その時の菜都はまるでおサルさんのよう・・・ふふっ大型遊具に遊びに来ていてどんどん高い所に登って行ったわ。
とても楽しそうだった・・・私達みんなうらやましそうに見ていた。
でも・・・菜都は高い所から降りる時に誤って手を離してしまったの。
一瞬にして落ちていったわ・・・。
みんなが息をのんで固まっていたところであなたは・・・琉緒は咄嗟に助けに行った。」
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