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第4章
第101話 月明り
しおりを挟む頭の回転が速い琉緒は、以前美癒から聞いた話を思い出した。
”大型遊具で頭から落ちたのになんともなかった”と言っていた話を。
菜都の話が事実であれば、美癒の話と一致する。
(琉緒ったら、思ったより冷静ね。驚くよりも先に何かを考えているみたい。まさか思い出したの?)
考え込む琉緒を見て、菜都は違和感を覚えた。
「何よその顔。もっとビックリすると思ったのに・・・思い当たる節でもあるの?」
「いや別に。でも・・・”俺が助けた”って、それは規則違反だろ?」
「規則違反だったらそこで琉緒だけ強制送還されてるよ。でも、強制送還されなかったの。
琉緒は力を入れて菜都の身体に触れただけであって、自らの痕跡を残したわけじゃないし違反にはならなかったみたい。気付く人間も誰一人いなかったしね・・・。
でも先生たちは怒って琉緒を帰らせようとした。だけど琉緒が先生に魔法で反抗しちゃって”菜都の無事を確認してからだ!”って聞かなかった。
もともと菜都の生命が切れる様子もなかったし、あのまま落ちてても頭部打撲で済んでたんだけど、気絶してたから心配だったのね。
病院に運ばれていく時も琉緒は先生たちを振り切ってついて行ったわ。」
身に覚えのない琉緒からしたら作り話を聞かされている気分だ。
「何で俺は覚えてないんだ・・・?」
「その部分の記憶を消されたからよ。でもそれから私と琉緒は仲良くなった。菜都を助けてくれた恩人だよ。」
自分の記憶が消されていただなんて・・・菜都が教えてくれなかったら一生知ることができなかっただろう。
その経緯が意外すぎて開いた口が塞がらない。
「あなたは【水の世界】に戻ると忘れさせられてしまってたけど、琉緒は・・・そのころから・・・昔からずっと”本物の菜都”が好きだったのね。」
琉緒の中で腑に落ちた瞬間だった。
「・・・あぁ。あいつのことはずっとずっと昔から好きだった気がする。」
素直な琉緒を見つめたまま菜都は微笑む。
「そんな”菜都”とようやく再開できるのね。
私にとっては最後の日なのに、なんだかとっても清々しい気分なの。」
菜都は笑顔のまま遠くの空を見上げていた。
大雨だったことが嘘のように突然雨が止んだ。
雲の隙間から陽の光が微かに差し込む。
「虹だ・・・。」
「「あのさ」」
2人の声が重なった。
「なに?琉緒から言って。」
「あ、いや・・・俺の話は大したことないからいいや。」
「そう?琉偉たちに感付かれたらいけないからそろそろ実行しますか。」
菜都が立ち上がって、パンパンと手で泥を振り払う。
琉偉と近藤君には、わざと予定より遅い時間を伝えていた。
これは菜都の願いだった。
愛する琉偉がいない方が実行しやすいと思ったからだ。
「琉緒、今も昔もありがとう。これからも菜都をよろしくね。」
「おう・・・お前もここにいれたらいいのに何もできなくてごめーー」
「だからそれは言わない約束でしょ。」
「そうだったな・・・俺はずっとお前の”親友”だからな。」
「琉緒も琉偉も親友だなんて、私は幸せだ。”見守ってるね”とは言えないけど、どの世界にいてもあなた達を思ってるから。」
2人は向き合って両手を強く握り、おでこを合わせた。
「必ずまた会おう。」
「うん、また・・・。」
菜都は返事をしたあと瞳を閉じて、この場にいない彼女へ願いを口にする。
「ーーー”菜都”・・・あの日からかなり経ったけど、またこの場所に戻って来て・・・。」
菜都は琉緒の手をそっと放してゆっくりと川の中へ入りはじめた。
本当に命を落としては大変なので琉緒もそのあとを追う。
一歩、一歩・・・身体はどんどん川に飲み込まれていく。
(あ・・・もう足がつかない。)
遂に川に流されていった。
菜都が地上に足をつくことは二度と無い。
(息が・・・でき・・な・・・。)
上を見上げると、水中から太陽の光が見えた。
川の流れとともに光も揺れている。
「菜都!!!」
そろそろ危険だと感じた琉緒は、菜都の元へと泳いだ。
(・・・つ、菜都。)
ふと誰かが呼ぶ声が聞こえた。
(おんな・・・の人・・・だれ・・・?)
聞こえるのではない、心の中に響いてきている。
(・・・あなたは苦しまなくていい、私が・・・!)
ーーーーー何か聞こえた途端、一気に苦しみから解放された。
次の日。
菜都は風邪を引いてしまい、学校を休んで寝込んでいた。
布団にもぐっていると、母が3度目の体温測定にやってきた。
「大雨の中、川遊びをしていただなんて信じられないわ!風邪引くに決まってるじゃないの!大人しく寝ていなさい!!」
母が鬼のように怒っている。
昨日はずぶ濡れで帰ってきてひどく驚かせてしまった。
そして今日は高熱で母を呆れさせてしまった。
弁明の言葉も謝罪の言葉も、高熱により頭が働かず何も言えなかった。
「全く・・・今日はあなたのためにオムライスを作ろうと思ったけどナシね。お粥だから。」
(オムライス・・・。)
眠くて意識を失う直前に母がそう言っていたように聞こえた。
そのまま菜都は深い眠りに落ちていった。
(く・・・苦しいよ・・・。)
(だれか・・・だれか助けて・・・ーーー。)
昨日溺れたときの苦しみを思い出したせいか、菜都は夢の中で溺れていた。
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