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第5章
第103話 彩る
しおりを挟むそう思った瞬間だった。
手に持っていた琉偉の鍵に、ちょこんと小さな羽が生えて手元から飛んでいったのだ。
(えぇえええ!?!?)
これには美癒もびっくり。
翼が”美癒の願い”により、鍵を飛ばすことができたのだった。
鍵はそのまま、ある自転車のカゴの中へとポトンと入っていった。
(あの色の自転車・・・きっと琉偉の自転車で間違いないんだわ。)
話に夢中な琉緒と琉偉は全く気付いていない。
「・・・あれ?自転車のカゴに鍵が入ってる。」
「なんだそりゃ、それなら俺はもう行くぞ?」
「あ・・・あぁ。」
「俺は公園に寄って帰るけど、琉偉はどうする?」
「連れてってやるよ、後ろ乗れ。」
「公会堂の近くだから、公会堂で降ろして。」
広い駐輪場に2人の声が響き渡る。
美癒は相変わらず隠れたままで、2人の会話を盗み聞きするとその場からそっと離れた。
久しぶりに見る琉緒と琉偉に、感情が高まり涙が溢れ出す。
(本物の琉緒と琉偉がいた・・・目の前にいた・・・。琉緒は今からあの公園に行くのね!!)
美癒の行き先も決まった。
短い残り時間を考えると、行き先が分かっただけでも幸運である。
神様の翼を今度は自分に使い、いつもの公園へと飛んで行く。
「時間がない・・・琉緒、早く来てね。そして・・・お願いだから心花に気付いてーーー。」
そう強く願いながら心花を握りしめる。
心花の妖精が美癒の心をどのように伝えるのかは美癒にも分からない。
ただひたすらに琉緒への愛を囁いてから、いつも座るベンチに心花を置いた。
(風も吹いてないし飛ばされないよね。)
そしてベンチが見える位置に隠れて琉緒が来るのを待った。
自転車なのですぐに着くだろう。
(・・・来た!!)
やはり琉緒と琉偉が来るまでに時間はかからなかった。
寄り道をせず来てくれたことに胸をなでおろす。
自転車から降りた琉緒の視線がベンチに注がれる。
心花に気付いたのだ。
「え・・・花?」
「うおっスゲェ綺麗な花だな。」
「これ・・・。」
美癒の位置から琉緒の表情は読み取れなかったが、反応を見る限りでは心花だとは気付いていない。
(良かった、間に合った。でも琉緒のあの様子・・・まさか記憶は戻ってないの?)
甘かったーーー。
琉緒だから記憶を失くしてもすぐに思い出してくれていると思った。
琉緒だから記憶すら手放してないかもしれないとも思った。
琉緒だから・・・なんでもできる琉緒だから忘れないでいてくれるのではないかと思った。
自分が忘れられているという覚悟が持てていなかった。
ただ、花の存在に気付いてくれたことだけでも美癒の目的が達成したといえる。
琉緒は花を手に取ると動かなくなった。
暫くすると挙動不審に辺りを見渡し、声を荒げる。
「なんだ!?」
静かな住宅街に琉緒の声が響き渡った。
様子がおかしい琉緒を見て、弟は慌てている。
隠れて2人の様子を見ている美癒には分かった。
妖精の声が琉緒には聞こえていて、琉偉には聞こえていないのだと。
(声はちゃんと届いた。けど・・・。)
ーーーー”記憶がないなら意味がない・・・”
そう思った瞬間、心花が瞬く間に枯れていった。
摘んで30分が経過したことを知らされる。
(もう30分が経った。私はいつまでここにいられるのかな?)
ジンから”1時間もいられないだろう”と言われたことを思い出す。
タイムリミットを知らせる腕時計は、箱と同じくヒビが入っているため当てにならない。
(でも・・・用は済んだ。行こ・・・。)
琉緒と琉偉に会えて嬉しいと思う反面、琉緒が自分のことを覚えていない現実にショックを受けた美癒。
仕方ないというように一歩下がってその場から離れようとする。
その途端、突然 自分の名前を呼ぶ声が聞こえて身体が大きく揺れた。
「美癒ー!!!美癒ーーーー!!!!」
琉緒の声だった。
(え、まさか私を呼んでる?空耳・・・じゃない。覚えてるの・・・?忘れてるんじゃないの・・・?)
美癒は足を止めて再び琉緒のいる方へと目を移す。
狂ったように延々と自分の名前を叫び続ける琉緒。
それを必死に止めようとする琉偉。
近隣の住民達が近くに集まりはじめ、高校生の男子2人に好奇のまなざしを向けていた。
「美癒・・・元気なのか?」
「琉緒・・・元気なわけないよ?琉緒は?」
「笑ってるか・・・?」
「もう心から笑うことなんてできない。琉緒は?」
「俺がいなくても大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫じゃないって言ったら、どうするの?」
琉緒の呼びかけに、小さく返事をする美癒。
勿論、美癒の声は琉緒には届かない。
琉緒がこんな姿になることを誰が想像しただろう?
琉緒を知る人なら誰一人として想像できるはずがない。
・・・美癒は琉緒の近くに寄ろうかと迷った。
どうせ時間が無いのだから一目会って強制送還される、
ーーーそれもアリだと考えた。
やはりどんどん欲が出てきてしまう。
なにより、いつも冷静で俺様な琉緒の取り乱した姿を見ると非常に心が痛かった。
美癒が戸惑いながらも意を決して歩き進めようとした・・・その瞬間。
目の前に箱が現れた。
(タイムリミットだーーー・・・)
やっと決心したのに・・・そう後悔しながら、
美癒は諦めたように瞳を閉じた。
瞳を開けることなく真っ暗なまま、
琉緒の声はどんどんどんどん遠くなっていったーーーーーーー
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