不定形な愛と花達(仮)

八六 一

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2.虫取菫とキューピッド

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「ねぇ、なんで?」
「……しょうがないじゃん!」
「めっちゃキレてるじゃん」

可憐な顔面に軽薄な笑いを浮かべた相手が憎たらしくてたまらない。
なんて傲慢で残酷な男なんだ。
人の気持ちを分かっていても、どうせ誰の思いにも応えないやつだと知っている。
受け入れるつもりもないのに、私には思いを告げさせるつもりか。
こちらをむいて先を促してくる相手に、半ばやけだとそのまま怒り任せに答える。

「急にキスしてきて何って思えば陽次郎いつも通りだし、こんなんやりなれてんだろうなとか思ったら他の女子のこと改めて認識しちゃうしさ!」
「それとさっき突撃してきたことと何の因果関係が?」
「そんな貴方なので先程も相手の女子と距離詰めてたから、キスするんだろうなと思って止めたんだよ」
「堂々巡りじゃん、俺がキスしちゃいけないのはなんでよ」

こと恋愛には淡白な人間のくせに、こういった場面でしつこく粘着質すぎる。
いい加減この相手優勢の空気を終わらせたくて、その胸倉を掴んで引き寄せた。

「だから!いつもみたいに何もしないまま失恋したくなくて、告白現場に突っ込むって行動を起こしたんだわ!」
「失恋って俺に?」
「そうだよ、今し方突撃する数秒前に自覚したからなんか恋なのかよくわかんないけど!?陽次郎が他の人にキスするかと思ったら嫌だったから!おかげさまで失恋記録最短更新しましたわ、まじ最悪」

一気に捲し立てたので呼吸が苦しい。
肩を上下させる私に陽次郎が首を傾げる。

「俺、鈴木さんに告白されてないけど」
「……それは、歩いてる間に色々情報整理してみてなんとなく察した」
「あ、わかったんだ。月子にしては勘がいい」

陽次郎が鈴木さんに佐藤君のことを彼氏といっていた。
思えば、佐藤君が聞き耳を立てて得た情報が具体的すぎる。
いかにも鈴木さんが佐藤君に聞かせるためにわざと話したと思える内容とタイミングじゃないか。

「最後茶番のにおいがした」
「ご名答。鈴木さん、告白以来手もつないでこない佐藤君にキレて別れるって言って、俺をダシに焼きもちやかせようとしたらしい」
「のってあげたんだ」
「おもしろそうだったし」

はあと息をつけば、私の手を陽次郎がとり胸倉を掴んでいた手を離させた。
そしてなのにさ、と言葉を続けた。

「どこで失恋してんの」
「だって陽次郎、誰とも本気で付き合わないじゃん」
「付き合わないね、本妻いるし」

そう言って私の手をとったまま、こちらを指差す相手を二度見する。
本妻とは佐藤君が言いだした陽次郎に対する私の立ち位置を表す言葉だ。
信じられないという顔を向ければ、陽次郎は拗ねた様子でふんっと鼻をならした。

「俺はもうずっと一途だったんだけど。他の女子と仲良くしても気にもとめないし?月子、俺のこと全く眼中になかったもんね。いい加減もう限界でさ」

こいつは何を言っているんだ。
私が好きになった人を紹介してくれたり、きっかけを作ってくれていたのはほかでもない陽次郎だ。
沈黙が落ちれば、野球部のかけ声と白球がバットにあたる爽快な音が響く。

「え?ってかむしろ、気になる人いるって言ったら紹介してくれたり、悩み相談のってあげたらとかアドバイスしてくれたじゃん?」
「だいたい俺のまわりの奴だったじゃん、月子が好きになるの」
「そうだっけ」
「そうだよ。だから、たまたま月子の言ってた奴が恋愛相談して来た時に、そいつと月子を引き合わせたのが最初」
「は?」
「そりゃ、相談のるよっつったら恋愛相談してくるわな」

こいつは食中植物の身の上でかつやはり悪魔だ。
悪魔が来りて笛を吹かずに、私を陥れていたのか。
まさかと陽次郎の前に手をかざして、待てのポーズをとる。

「そんな都合良くっ」
「普通一回そんなことあったらあきらめるだろ?なのに懲りずに相手の恋愛相談のる方法続けようとするからさ。二回目以降は先に相手の恋愛事情把握するの苦労したわ。そしたらおまえどんどん同じ方法で玉砕してってくれたから」
「だから紹介してこない人もいたのか…」

そいつ彼女いるよ、などと言ってきたあれは、逆に好きな相手がいない男子だったんだろうか。
そして毎回どの面さげて自分が失恋するよう仕向けた人間を励ましてたんだ。
末恐ろしい、いつからこの男の手の内だったんだ?

「月子が佐藤君のこと話して来た時は意識させる最高のタイミングだと思って」
「意識させるって…すごい自信じゃん」
「さすがにキスしたらおぼこいお前も少しは考えるだろ?『可憐な』俺からのキスなんだし、なにより月子は押しに弱いから」

だから頼られると断れないわけだし、と追い打ちをかけてくる声を聞きながら天を仰いだ。

「あーまじか。ほんとにどっからが計算なわけ」

『俺可憐だとか思われてるしこのくらいの事したら堕ちるだろう』という、傲慢さがにじみ出た考え方がいかにも陽次郎的発想だ。
この幼なじみは、私の事を私以上に理解している。
キスも今回の事も、私に意識させて恋を自覚させるための伏線だったのかと思うと自然に両腕をさすってしまう。

頭を抱えてしゃがみ込めば、向かいの相手も同じ様に腰を下ろした。
非常に満足そうな顔でこちらを見ている。
そして陽次郎が両手で私の顔を挟み、額を合わせてきた。

「あーやっと捕まえた」

おそらく普通の女はここでときめくのだろう。
しかし罠にはまったばかりの身からすれば、今はこの男に対する警戒心しか湧いてこない。
ドキドキというよりもゾッとしている。軽く引いている。
それでもなお、どこか相手を愛しく思えているのだから、恋は盲目などという言い回しがあるのだろう。
いつのまにか、私は麗しい食虫植物の葉の上に立っていたのだ。
その葉に絡め取られた他称キューピッドが今になって養分を吸われはじめたというわけである。
キューピッドは他人の恋愛は成就させられても、自分の恋を実らすことはできない。
皮肉にもその願いを叶えてくれたのが、一番身近で罠にも気づかせない、目の前の可憐な虫取菫とは思ってもみなかった。
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