異世界に転移した落ちこぼれ、壊れた右腕で世界を救う!?

夜月 照

文字の大きさ
32 / 35
2章 ゴブリン・マーケット編

6話 持ちつ持たれ過ぎつつ

しおりを挟む
 ――夕刻。
 ショウトは懸命に走っていた。
 赤く染まる街並みが、ショウトには不気味に見えてた。
 昨日見た街の雰囲気とはうって変わって、今日のプロテアは異様に閑静。東区のそれまた貴族の別荘地ということも関係しているとは思うが、その静けさが逆に彼の気持ちに焦りを加えていた。
「ショウト様! 大丈夫ですか? 腕は痛みませんか?」
 共に走るローリエがショウトを心配してそう言った。
「あぁ、いまのところは大丈夫だ」
 そう答え、ショウトは自分の“左腕”をチラリと見た。
(くそっ! 左腕さえ怪我しなければ)
 ショウトは不甲斐ない、いまの自分に苛立ちを覚えていた。
 
 彼らが走っているのには訳がある。
 
 それはショウトがサクルソム邸の鍵のかかった部屋で、頼まれた本を探していた頃に遡る――。
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
  
(――あぁ……腹減った。やっぱさっきしっかり食べとけばよかったな)
 昼過ぎから始めたおつかいは、思っていたよりも難しく、目的の本は未だに見つかっていなかった。
 お昼御飯は時間がかかると判断して、メイドのローリエがサンドイッチを準備してくれたのだが、密室で秘密のピクニックデートのようなシチュエーションのせいか、ショウトの喉を通らなかった。
「ショウト様~? そっちは見つかりましたかぁ~?」
「いや、まだだ。そっちはー?」
「こっちもまだです~。でもこれが最後の本棚ですっ! ラストスパート頑張りましょうね!」
 ローリエの弾むような声に、ショウトは普通に返す。空腹ということを除けば、いまの彼の気持ちは穏やかなものだ。
 サクルソムの話に重かった気持ちは時間の経過なのか、現実世界の品を目にしたからなのか、それともローリエの声に感化されたのか落ち着きをみせていた。
 ショウトたちが身を置く部屋は、半分を現実世界の品々が埋めつくし、もう半分は本棚が図書館のように並んでいる。大半は歴史、魔法、世界に関する書籍ばかり。
 ショウトが本棚の下半分を探し、ローリエが脚立を使って上半分を探す。
 そんな繰り返しの本探しも残すところ一番奥の最後の本棚に差し掛かかっていた。
 
 すると、突然ローリエの喜びに満ちた声が木霊した。
「ショウト様! ショウト様! ありました! ありましたよぉ!」
「本当か!?」
 座りながら下段を探していたショウトは、その声に反応し急いで立ち上がると、脚立の上に視線を向ける。
 視線の先には、本を嬉しそうに掲げるローリエの姿があった。
「ショウト様! これで間違いないですよ! ほら、ほら! 見てくださいよぉ♪」
 ローリエの言うとおり、本には“世界幻想論”という文字が書かれていた。
 やっと見つかった喜びと、ローリエの可愛らしい様子にショウトの声も自ずと弾む。
「いやぁ、本当に助かったよ! ローリエありがとうな!」
「はい! お力になれて何よりです!」
 ローリエがそう言って脚立から降りようと立ち上がった、その時――。
「――きゃっ!」
 ローリエはバランスを大きく崩した。
 脚立はグラグラと揺れ、バランスを保てなくなったローリエは脚立から放り出されるように宙に舞った。
 その様子を下から眺めていたショウトは彼女を受け止めようと、咄嗟にローリエの真下に入り込んだ。
 壊れた右腕のショウトが受け止めれる保証はどこにもなかった。だが、そんなことを言っている場合ではない。
 ショウトは体を反らし、胸の辺りでローリエを受け止めようと構えた。
 
「――ぐおっ!?」 
  
 ショウトの体と腕に重力加速度を追加したローリエの体の重みが加わる。
 膝も使って重みに耐えるも、早々に右腕は離脱。左手一本で彼女の体を支えれるはずもなく……。
「――うぉっふ!?」
「――きゃっ!」
 ショウトはローリエの体を左腕に乗せたまま倒れ、左腕は床とローリエに挟まれた。その瞬間、腕を押し潰されるような激痛がショウトを襲った――。
 
「――△#@※◇☆♪□#※!」
 
 声にならないショウトの声が部屋に響き渡る。
 ローリエも腰やお尻を強く打ったようで、顔を歪めながら痛む腰を擦っていたが、ショウトの異変に気付くと、すぐに立ち上がった。
「ショウト様! だ、大丈夫ですか!?」
 ローリエの声がするも、ショウトの耳には届いていなかった。
 ショウトは嫌な予感がした。ショウトが感じた痛みは右腕の時と似た痛みだった。
 額からにじみ出る汗が頬をつたう。ヒビならラッキーでも、これは……。この痛みは、骨が完全に逝ってる。もし、右腕のように左腕までも使い物にならなくなったら……、と彼の中で負の感情が脳を埋め尽くす。
 ショウトの顔は激痛と最悪のシナリオを思い浮かべたことで、苦痛に歪む。
 そんなショウトを心配してか、一層ローリエの呼ぶ声が大きくなる。
「ショウト様! ショウト様!」
 その声にショウトはハッとして、ゆっくりと顔を上げた。
「悪い、悪い……、何か言ったか?」
 彼の様子の変化に、ローリエは悲痛な面持ちを浮かべる。
「――わたしのせいで……、本当にごめんなさい! 直ぐに手当てをしますから! ショウト様、痛いでしょうが、少し待っていてください!」
 そう言い残し、走って部屋を出ていってしまった。
 
 一人部屋に残されたショウトは、必死に耐えていた。
 気付けば尋常ではないほどの汗をかいている。そのせいか、寒さがショウトを襲った。小刻みに揺れる体と連動して、ガチガチと音をたてて歯と歯の当たる。
(まだ……、まだかよ……)
 ローリエが出ていってから数分しか経っていないが、ショウトにはものすごく長い時間に感じていた。
 するとその時、
「――ショウト様! お待たせしてすみません!」
 勢いよくドアが開く音がした。同時に、さっき出て行ったローリエの声がショウトの耳に届く。
「若! こちらです!」
「こらこら、ローリエそんなに急かすもんじゃないよ」
 ローリエ声に遅れてサクルソムも部屋に入ってくる。
「お願いですから早くしてください! ほら! 早く、早く!」
「分かった、分かった。分かったから背中を押さないでくれるかい」
 苦笑を浮かべるサクルソムは、ゆっくりと歩く。ローリエはそんなサクルソムの背中を必死に押している。
 そして、サクルソムはショウトを目にするやいなや、「これはこれは、見事に怪我しているみたいだね」と言って彼の横に腰をおろした。
 
「尺骨はヒビで済んでいるけど、橈骨は完全に折れているね……。しかも、厄介なことにずれているよ。これは綺麗に治すのは難しいかもしれないね」
 ローリエは、その言葉にこの世の終わりかのような表情を浮かべるも、すぐにサクルソムに問う。
「そんな……。若! 若に治療は可能でしょうか!?」 
「僕は見るのは得意なんだが、あいにく治す方は苦手でね。ずれた骨を正常な位置に戻すくらいは出来るとは思うのだが……」
 難しいとでも言いたいのだろうか、サクルソムの表情は険しかった。だが、ローリエはその言葉に納得するはずもなく。
「お願いします! どうか、どうかお願いします! これは私のせいなんです!」
 そんなローリエの姿に見かねて、ショウトは痛みを我慢し、
「――ローリエ!」
 彼女の名を呼び、心配すんなと意を込めて笑顔を向けた。でも、そのショウトの顔は誰が見ても悲惨なものだった。彼はローリエを心配させまいと、やせ我慢をしているのだ。
 それを見てローリエは、これ以上迷惑はかけれないと思ったのか、目に涙を溜めながらも下唇を噛んで口を紡ぐ。
 ローリエが黙るのを確認すると、ショウトは横に座るサクルソムの肩を右手でがっちりと掴んだ。
「ストパー、お願いして……いいか?」
 ショウトは苦痛に歪む顔で真剣にサクルソムを見つめる。その姿にサクルソムは、呆れたように息を吐きくとしぶしぶ、
「オーケー。分かったよ。かなり痛いと思うけど、我慢してくれよ」
「ああ、心配いらねぇよ」
 そんな言葉を交わし、ショウトの左腕を持ち上げた。
 触れられただけでも、凄まじい痛みだった。虚勢を張った先の言葉と表情は瞬時に身を潜め、苦悶の表情が再び姿を現す。
 それでも、これから来るであろうこの痛みを凌ぐ痛みに、ショウトは必死に歯を食い縛る。
「それじゃあ、いくよ!」
 サクルソムはそう言うと、ショウトの腕に両手の指を食い込ませるように強く握った。
 
「――#※◇☆※□@#◇!!!」
 
 本日二度目のショウトの声にもならない声が部屋に響く。
 意識がぶっ飛びそうになるほどの痛み。
 その反動でショウトは仰向けになるように床に倒れ込んだ。
 耐えようとすればするほど、体が勝手にばたつく。食い縛っていた歯も、気付くと声を出すまいと下唇を強く噛んでいる。そのせいで、ショウトの口からは真っ赤な血が滴り落ちていた。
「ローリエ! この状態だと、うまく骨を戻せない! ショウトくんを押さえつけてくれ!」
「えっ、でも……」
「早くしてくれ! きみはショウトくんの腕がちゃんと治らなくてもいいのか!?」
「――わ、わかりました! ショウト様……、ごめんなさい!」
 ローリエはショウトのばたつく両足に跨ぎ座ると、右腕に両手を伸ばし全体重を使ってショウトの左腕を除く四肢を押さえ込んだ。
「ショウト様、しっかり! 頑張ってください!」
「※◇#@☆※――!」
 なおも続く激痛にショウトは悶絶を繰り返している。が、次の瞬間サクルソムが叫んだ。
「今だ! 添え木を当てて固定する!」
 そう言うと、密かに準備していた包帯と添え木をショウトの腕に巻き付けた。
 ほぼ同時に、サクルソムの食い込んでいた指から解放されたショウトに少しだけましになった痛みが戻った。
 だが、治療はこれだけでは終わらない。
「よし、最後の仕上げだ」
 サクルソムは掌をショウトの腕にかざす。
「ペインズブレイク――」
 と唱えた。すると、サクルソムの手から淡い光が溢れだし、ショウトの腕を包んだ。
 ショウトは徐々に痛みが消えていくのが分かった。
 
 サクルソムの唱えた魔法は、言わば麻酔のようなもの。痛みを一時的に抑えることは出来るが治癒の力は一切ない。つまり、効果が切れてしまえばそれまで、しかも、厄介なのは……。
 
 痛みが完全に消え、ショウトの顔にも笑みが蘇る。
「いや、本当に助かったよ。サンキュな二人とも……」
 ショウトは二人の顔を交互に見ると、寝そべった状態のまま言った。
「僕は大したことをしてはいないよ。それに僕がここに来たのは、彼女が必死に頼んできたからだ」
 サクルソムにもさっきまでの緊迫した様子はなく、いつもの胡散臭い笑顔だ。 
「ショウトさま~、ショウトさまぁ~」
 ローリエに至っては、泣きじゃくりながらショウトの名前を呼ぶだけ。そんなローリエにショウトは、
「ローリエもありがとな。てか、お前は怪我とかしてないか?」
 と声をかけた。さっきまでは自分のことに一杯一杯で、彼女を気にすることすら出来なかったが、痛みが引いて少し余裕ができたからか、自然とそんな言葉が出てきていた。
 ショウトは腹筋に力を入れ、右手で軽く体を支えながら状態を起こす。
「いやぁ。しかし、本当に疲れたな」
 落ち着きを取り戻した途端、ショウトは疲労感を覚えていた。
 治療の最中、自分がどんな風になっていたのかも覚えていなかった。だけど、この疲れと、さらに口の中にある血の味で、相当暴れ回っていたのだろうと彼は推理した。
「てか、ローリエ、お前はいつまで泣いてんだよ」
 いまも泣き続けるローリエにショウトは苦笑い。すると、ショウトの声を聞いたローリエは、ショウトに向かって飛び付いた。
「ショウトさま~、ごめんなさい~!」
 ローリエの体重が再び体にのし掛かる。その勢いに押されてショウトは再び、ローリエ共々床に倒れ込んだ。
「――お前、怪我人になんてことをっ」
「ショウトさまぁ~、無事で良かったです~。本当に、本当に良かったです~!」
 ショウトに抱きつき、ローリエは声をひくひくさせながらそう言葉を発する。ショウトから顔は見えないが、その声でなんとなく安堵しているのだろうと思った。
「ショウトくん、だいぶなつかれたみたいだね」
 二人の様を眺めるサクルソムは、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「うっせーよ。てかストパー、お前もお前だっての。こんな魔法使えるなら始めから使えよな」 
 そうだ、最初からこの痛みをなくす魔法を使っていれば、あんなに苦しむこともなかった。そう思うとショウトは少しだけ腹が立った。
「いやぁ、きみがあんなに勇ましく頼むものだから、僕とした事が忘れていたよ」
「忘れてたじゃねぇよ。お陰で死にかけたじゃねぇかよ」
 サクルソムは「ははは」と話を流すようにせせら笑う。
「って言うのは嘘さ。僕が忘れているわけがないだろう」
「じゃあなんでだよ?」
「僕が使わなかった理由、それはこの魔法には副作用があるからだ」
「副作用?」
「そうさ、この魔法は神経を一時的に麻痺させて、痛みを消してくれる魔法なんだけど、効果が切れると、その痛みが倍になって返ってくるんだ」
「――は?」
 信じられない言葉にショウトは耳を疑った。
 それが本当なら、さっき味わった痛みの倍の痛みを味わわなければならないということだ。そんなの無理、それこそ死ぬ。とショウトは思った。
「待て、待て、じゃあなんで使ったんだよ!」 
「なんでって……、そんなの決まっているだろう? きみがあまりにも穏やかな表情になったものだから……、ついね」
 驚きの“ドS”発言。サクルソムという男は、ショウトが死ぬほど苦しんでいたにも関わらず、必死なふりしてあの状態を楽しんでいたようだ。
 よくよく考えると、出会った時から怪しかった。ショウトたちに対する口調や態度、それにいつも浮かべている胡散臭い笑顔。
 彼は事あるごとに、ショウトたちの反応を楽しんでいた。そして今も……。
 サクルソムの本性を見たショウトは、空いた口が塞がらない。
「きみにしても、フリージアにしても本当に面白いねぇ。見ていて飽きないよ」
 そう言って、サクルソムは豪快に笑った。人をバカにするようなそんな笑いだった。
 そんなサクルソムの姿に、ショウトの怒りのボルテージが上がった。そして、未だ胸のなかに居座りつづけるローリエに退けるよう促すと、体を起こし、
「ふざけんなよ! 今オレがどんな気持ちでいると――」
 思ってんだよとショウトが言おうとしたとき、サクルソムは表情を静め、鋭い眼光をドアの方角に向けると、自分の口の前で人差し指を立てた。
「――静かに、誰か来る」
 サクルソムの言葉と表情にショウトは言いかけた言葉を飲み込んだ。ローリエは頭に疑問符を浮かべているのか、状況を飲み込めていない模様。
 そんな二人を尻目にサクルソムはドアの方をじっと見つめる。
「一人……いや、三人はいるね」 
 どうやらサクルソムには何かが“見えている”ようだ。
 なんのことかさっぱりわかっていないローリエは、
「若、悪ふざけも大概にしてください。ショウト様もビックリしちゃってますよ~」
 と未だお気楽に話している。しかし、そんなローリエを無視してサクルソムは再び口を開く。
「悪い、これは僕のミスだ。ショウトくん、きみに残念なお知らせがある」
 サクルソムはドアに視線残したまま、後ろに座るショウトに向かってそう言った。
 ショウトはその言葉に耳をこらし、唾を飲み込む。
「本当にすまない。僕としたことが、推測を見誤ってしまった。どうやら、さっき話した最悪なことが早くも起きてしまったようだ」
 ショウトに戦慄が走る――。
 状況からするにさっきの話とは、きっと応接室でのことだとショウトは理解した。
 街に蔓延る瘴気、またの名を毒気。それを体内に多く取り込むことで毒素に変わり、最悪の場合、人は狂気に落ちる。
 サクルソムの言う最悪とは多分この事だろう。
 とか言いつつも先程のように、というのは嘘さと言ってまた笑うのではないかと期待してみたが、あの声色。今回は期待できそうもない。
 さらに、ショウトのを追い込んでいるのは、今の悲惨な状態。日常生活にそんなに支障はないが、まともに使えない右腕と、骨折している左腕。魔法の力で痛みがないしても使える状態ではないのは明白だ。
 そんなショウトを察してか、サクルソムは少しの沈黙ののち口を開く。
「ローリエ、そこの本棚を横に押してくれ」
「――えっ? 私ですか?」
 ローリエは辺りをキョロキョロと見回し、自分を指差し目を丸くして、
「私には無視ですよお! だって、私はか弱い女の子ですよ?」
「じゃあきみはこんな状態のショウトくんに押させる気なのか?」
 サクルソムの突き放すような言葉に、ローリエはチラリとショウトを見た。
 
 ショウトは怒りを忘れ、沈黙を続けている。
 疲れのせいで、脳がうまく働かない。それでも、どうすれば良いか必死に考えていた。
 このまま部屋にいても、狂気に落ちた、言わば『敵』と遭遇するだけ。
 そうなったら本当に自分は戦えるのか、狂気に落ちたとはいえ、人は人。相手は自分を殺しにかかるかもしれないが、ショウト自身は……。
 考えれば考えるほど分からなくなっていた。
 覚悟が足りないと言われればそれまでだが、そんな簡単に割り切れることではなかった。
 
 しかし、状況は待ってくれない。すぐそこに『敵』がいるかと思うと、ショウトは足がすくんでしまった。
 
 そんなショウトを目にしてか、ローリエは深呼吸をして、
「分かりました。私、やります!」
 と言って、力強く立ち上がった。
「大丈夫、きみにならできるさ。きみは魔法はてんでダメだが、やるときはやる娘だ」
 サクルソムの言葉を聞き終えると、ローリエはうんと頷き、本棚に手を掛けた。
「――いっ、よいしょぉおおぉーーー!!!」
 ローリエは本棚に力を伝える。すると、本棚はジリジリと動きだした。
 少しずつ動く本棚の音に、ショウトは無意識に視線を向けた。
 彼の目に映ったのはローリエの頑張っている姿だった。それが、後ろ向きな彼の気持ちを少しだけ前に引っ張った。
(さっきまであんなに泣きじゃくっていたローリエも頑張ってるんだ。オレもしっかりしないと)
 そう思い、右手の拳を握る。
 
 なおもローリエの奮闘はつづく。本当に少しず本棚は動いてはいるが、このままではショウトたちは袋の鼠だ。
 ショウトはすくんで力の入らない足を、右手でできるだけ強く叩き、勢いよく立ち上がる。
 そして、ローリエに近づき彼女の肩に手を置いた。
 ローリエはそれに気付き、振り返ると一旦力を緩めた。
「ローリエ、オレも手伝うよ」
「えっでも……」
「これ以上お前にだけ頑張らせるわけにはいかないから。手が使えなくても足あるし。それに、ほら、あそこ。お前が頑張ってくれたお陰で本棚と壁の間に隙間ができてるだろ? オレはあそこから足で押すからさ」
 ショウトは不安げに見つめるローリエに笑顔を送った。無理して笑っているのがバレバレの困った笑顔だった。それでもローリエはそんな彼の笑顔に、
「――はい! 一緒に頑張りましょう!」
 と、こぼれるような笑みで答えた。
 
 ローリエの笑顔に力をもらい、ショウトは本棚と壁の隙間に入り、背中を壁につける。
 ローリエは重心を深く落とし、本棚に手を添える。
「いくぞ! ローリエ!」
「はい! ショウト様!」
 
「「せーのっ!!」」
 
「「――うをおぉりゃゃゃぁーーー!!」」
 
 二人の息の合った力が本棚に加わる。すると、本棚は勢いよく横にスライドを開始した。
「ショウト様! あと少しです!」
「あいよ! それじゃあ、もう一回! せーのっ!」 
 ――そして、本棚は隣の本棚に見事にぶつかった。それとほぼ同時に「カチッ」という音が、息の切れたショウトの耳に届いた。
「はぁ、はぁ、――ん? なんの音だ?」
 その瞬間、本棚で隠れていた壁がブラインドのように勢いよく開いた。
 その様子にショウトは驚き口を開く。
「これは……、隠し通路?」
 ショウトの目に映ったのは、下へと続く階段だった。先の方は暗くてよく見えないが、永遠と階段が伸びているように見えた。
 ショウトの疑問の声にサクルソムが口を開いた。
「ああ、そのとおりだ。でも本棚が重すぎて使ったことはないけどね。その階段は屋敷の外に繋がっている。きみたちはそこから抜け出してくれ」
 サクルソムはショウトたちを逃がそうとしているらしい。
「じゃあお前はどうすんだ? 一人ここに残るっていうのか?」
「ああ、僕はここで時間を稼ぐ。なぁに、心配ならいらないよ。僕はきみが思っているより、うんと強い。それに、一人の方がやりやすいんだ」
 サクルソムはそう言っているが、ショウトは迷った。
 本当にサクルソムを置いていって大丈夫なのか、アイツは戦えるのかと、そう思うとショウトは足が動かなかった。
 すると、Tシャツの袖を何かが引っ張った。ショウトが視線を向けると、強い眼差しで見つめるローリエの姿があった。
「ショウト様。若なら大丈夫です。私たちは先に逃げましょう!」
「でも、あいつを置いて……」
「ショウト様も私も、若にしてみたら足手まといです。今、私たちの最善の選択は逃げることです! ここは若に任せましょう!」
 ローリエがそう言った直後、サクルソムが叫んだ。
「何をしている!! 早く行け!!」
 サクルソムの発した声は、いままでショウトが聞いてきた彼の声の中で一番強く、鋭い口調だった。
 その声に当てられてか、ローリエはショウトを強く引っ張った。
「――さあ! こちらです! 早く!」
 ショウトは引っ張られながらも、サクルソムに、
「絶対に、絶対に無事でいろよ!」
 と精一杯叫んだ。
 サクルソムはその声に、
「当たり前だ! 後で! フリージアの宿で落ち合おう!」
 と言ったのだった。
  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 そんな事があって、いまショウトたちは必死に走っているのだった。
 彼らの置かれている状況を考えると、あまりにも静なプロテアの街の様子を不気味と感じたのにも納得できる。
 仮にいま、すぐそばの建物の影から『敵』が出てこようものなら太刀打ちなどできやしないだろう。
 だから、彼らにとっての最善は足を止めずにフリージアの借りる宿に向かって走り続けることだけなのだ。
 そういえば、ショウトはふと思った。
「フリージアはもう帰ってるのか?」
「フリージア様ですか? さぁ、私には分かりません。でも、さっき若を呼びに行った時、姿はなかったように思います」
「てことは、もう帰ってるって考えるのが普通か……」
「はい、あれだけ本を探すのに時間がかかったのですから、先に帰っていても不思議ではありません」
「そうだよな……。でも――」
 もし帰ってるのであれば、一人でいるに違いない。となると、フリージアにも危険が迫ってるかもしれない。
「ローリエ! 急ごう!」
 ショウトはローリエにそう言葉をかけると先を急ぐ。
 壊れた両腕をかばいながらも、懸命に走る彼の姿は、あまりにも不格好だった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...