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2章 ゴブリン・マーケット編
7話 猟奇的な少女/冷たい床
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サクルソムの屋敷を抜け出してから、宿に戻るまでの道中、結局『敵』は現れなかった。
宿にはフリージアの姿があった。彼女は晩ごはんの準備でもしていたのか、エプロンを身に付け、手にミトンをはめていた。ショウトはその姿を目にすると、ひとまず安堵した。なぜなら、彼女にこれといって変わった様子はなかったからだ。
ただ、ショウトたちが血相変えて部屋に飛び込んだ時はさすがに驚いていたが。
その後、フリージアに落ち着くよう促されたショウトたちは、部屋にある食卓に並んで座った。紅茶を入れてきたため、フリージアは遅れてやってきた。ショウトたちの前にティーカップを置くと、彼らと向かい合うように座った。
場に役者が揃うと彼は紅茶を一口。そして、ことの発端を口早に説明した。
「――なるほど、理由は大体わかりました。だからあんなに血相変えて帰ってきたのですね」
「ああ、だからここでスト……、サクルソムと落ち合う約束になってる」
しかし、フリージアは息を吐き出しかぶりを振った。
「彼は……、おそらくここへは来ないでしょうね」
「は? なんでそうなるんだよ。まさか、あいつがやられたとでも言うのか?」
「いえ、誰もそんなことは言っていません。彼は強いですから」
そう言ってフリージアはおもむろに立ち上がると、
「ショウトさん、まずは謝ります。屋敷に残して先に帰って申し訳ありませんでした。私があの場に残っていれば、あなたがこうして怪我を負って帰ってくることもなかったと思いますから」
と言って頭を垂れた。謝る彼女の口調は、その仕草とは裏腹に淡々としていた。
まるで何か別のことを考えている、そんな風だった。
「いや、別にお前が謝ることじゃないよ。それに、こうして無事に戻ってこれたんだしな」
そうは言ったものの、ショウトの脳内はサクルソムの安否のことでいっぱいだった。
強いから大丈夫。そんな簡単な理由で片付けていい問題じゃない――と彼は思っていた。
それでも心のどこかで、確かにあいつなら大丈夫か――と思ったのも事実だった。
ふと、隣に座っているローリエに視線を移した。ローリエは畏まったように身を小さくしてうつ向いていた。彼は心配して声をかけた。
「どうしたんだローリエ? 体調でも悪いのか?」
「いえ……、ただ緊張しちゃって……」
「緊張?」
「はい……。こんな大変な時に私ったら本当ダメですね」
ローリエは舌を出して時分の頭を小突いてみせた。
その発言がショウトには理解できなかった。今この状況で、緊張することなどどこにあるのだろうか。一つあるとするなら、急に外から『敵』が入ってきてもいいように気を張っているくらいなものだ。
「屋敷でも思ったんですけど、ショウト様はフリージア様とお話していて緊張しないんですか?」
「――え、オレが? なんで?」
予想もしていなかったローリエの問いかけにショウトはさらに困惑した。
彼は思考を凝らして思い返す。
彼の中のフリージアは、どちらかというと気さくで少し間抜けな少女だった。
今朝はビンタこそされたが、真摯に謝ってくれた。朝ごはんもご馳走になった。サクルソムの屋敷では、礼儀作法には驚かされたが、ローズヒップティーのくだりは可愛さが垣間見れた。そして何より、初めて出会った時は真っ白なパンツを見せてくれた。
思い返してみても、緊張する要素が思い浮かばない。それどころか、モミジと同じように話しやすい印象すら感じた。
その時、ショウトはふと思い出した。
(そう言えば、今朝夢見てたよな……誰か、女の子と話していたような……)
しかし、所詮は夢。どんな内容で誰と話していたのか思い出せなかった。だが、その女の子がなんとなくフリージアに似ていたように思えた。
モヤモヤした気持ちがショウトの中で膨れ上がっていく。
その疑問を探すべくショウトは、フリージアに視線を移した。
すると、彼女もこちらを見ていたようで、目が合った。
「どうかなさいましたか?」
「いや……、誰かに似てるなぁって思って」
ショウトの声に、フリージアは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにそれを仕舞い、手で口を隠しながら微かに笑った。
「ふふっ、可笑しなこと言わないでください。もしかしたら色々ありすぎて気が動転しているのかもしれませんね」
フリージアはそう言うと、横へやって来て、座るショウトの二の腕と脇の間に自身の腕を入れた。
「とりあえず、腕の治療をしましょう。ささ、立ってください。隣の部屋に行きますよ」
「――え、ああ」
ショウトはフリージアに引っ張られるまま席を立った。
「おい、ローリエ。ちょっと腕見て貰って……、って……」
立ち上がってすぐにローリエに声をかけたが、横に座っているローリエは両腕に顔を埋めて眠っているようだった。
「彼女もきっと疲れたのでしょう。今日は色々ありましたからね。ほら、ショウトさんはこっちです」
せめて布団くらいと言おうと思ったが、腕を引くフリージアに半ば強引に隣の部屋に誘われた。
隣の部屋は寝室になっていた。
六畳ほどの広さに、寝台とサイドテーブル、化粧台があるだけの質素なつくりだった。
部屋に入った時、ショウトはあるものに目がいった。
それは、寝台と化粧台の間にあるスペースの床に何やら奇っ怪な白い文字が円上に描かれている様だった。
彼はそれが、魔方陣だということはすぐに分かった。
以前、誠に勧められて観たアニメに似たような物が映っていたからだ。
(本当に魔方陣ってこんななんだ……)
アニメや漫画の描く魔方陣もあながち間違っていないんだなとショウトは感心していた。
すると、彼の鼓膜を「チッ」と舌打ちのような音が微かにノックした。
ショウトは、腕を引くフリージアの顔に視線を移す。
角度的にはっきりとは見えなかったが、少しだけ覗かせた彼女の横顔には、醜悪さが漂っているようだった。
腕を引く力が弱まり止まると、フリージアは魔方陣の一文字を足で消す仕草をみせた。その後、何事もなかったように、いつもの可愛らしい笑顔をショウトに向ける。
「それじゃあ、ショウトさん。シャツを脱いでベットに横になってください」
「えっ? な、なんでシャツを脱がなきゃいけないんだよ!?」
ショウトは少し恥ずかしかった。
野球をしていた頃の彼なら、学校で女子の前で平気で体操着に着替える男子のように、躊躇なく脱いでいただろう。しかし、今は違う。無駄なお肉が付き出した腹筋と、会って間もない少女の前というのが、恥じらいの気持ちを芽生えさせていた。
そんな彼の気持ちも知らないで、フリージアは口を開く。
「なんでって言われましても……。シャツを脱いでもらわないと、ちゃんと見えませんから」
「ちゃんと見えないって何を見るつもりだよ……。お前な、怪我してるのは腕だぞ? Tシャツなんだから関係ないだろ?」
言われて気付いたのか、フリージアは「あっ」と声を漏らして動きを止めると、
「それもそうですね……。でも、脱いでください」
と言って再度ショウトに笑顔を向けた。
何度かそれに似たやり取りを繰り返し、結局はショウトの根負け、彼は渋々Tシャツを脱いだ。
「こ、これでいいか?」
ショウトの戸惑ったように発した声に、フリージアは下から上に舐めるように彼の体を見る。
その様子にショウトは鳥肌が立った。今までの彼女からは想像も出来ない行動。
同時に、こんな猟奇的な一面が彼女にあったとは――とさえ思った。
そして、彼女は一通り見終わると満足そうに「はい。ありがとうございます」と答えた。
今日一日、精神的にも肉体的にもいろいろあって疲れているからだろうか、寝台に横になると、すぐに眠気を感じた。
大きな欠伸が彼の口からこぼれる。
「あら? ショウトさんもお疲れのようですね」
「まぁ、今日一日いろいろあったからな……」
「治療のあいだ、眠っていてもかまいませんよ?」
「いや、せっかく治して……、貰うのに寝てたら申し訳ない……ょ」
そう言っているにも関わらず、ショウトの意識は朦朧としだした。
まぶたが重い、意識が途切れる。それでも睡魔に抵抗を試みる。しかし、そんなショウトに悪魔、いや天使がささやいた。
「お気になさらずに。いまショウトさんにできることはしっかり休むことです」
フリージアの声は心地よかった。疲れた体に染み渡る、そんな声だった。
その声がショウトの心を折った。
そして、彼は心の中で、
(それじゃあ……、お言葉に甘えて……)
こう言うと、深い眠りについたのだった――。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
気が付くとフリージアは倒れていた。
そう認識するのに時間はかからなかった。 頬に感じる冷たさと、目と同じ高さに映る床を見れば一目瞭然だったからだ。
フリージアは腕に力を入れて上体を起こした。
(――痛っ……)
直後、頭痛を感じた。
何かがこめかみ付近に刺さっているような痛みだった。
おもむろに、痛みの中心に手を伸ばす。触れた後、手を確認した。
「血は出ていないようね……」
その様子にホッと息を漏らす。
ここはどこだろうか――フリージアは辺りを見回した。
彼女が目にしたのは、掃除もろくにされていない物置のような場所だった。
それでも、壁や窓の作りからサクルソム邸であることを理解した。
「なんで私はこんなところに倒れていたのかしら……」
フリージアはそう呟くと、思考を始めた。
彼女はサクルソムとの話を終えると、サ彼にショウトに先に帰ると伝えてと言付けを頼み、応接室を後にした。
廊下には誰もおらず閑散としていた、聞こえた音もカツカツと自分が歩くたびに鳴る靴の音だけだった。と、そこまでは特になにもなかったのだが、問題はその後。
そのまま歩みを進め廊下の角を曲がった、その時、フリージアの頭に鈍器か何かで殴られたような強い衝撃が襲った。
そして、彼女はその場に倒れるように意識を失ってしまった。
「つまり私は、そのあと何者かにここに運ばれた、ということになるわね……」
でも一体誰が――。
フリージアはここ数日で出会った人物の顔を頭の中で思い浮かべた。だが、これと言って特に怪しい人物はいなかったように思う。
しかし、サクルソムに関しては別だ。
彼女はまったくと言っていいほど、彼を信じていない。
街の瘴気にしても、人間だけが狂気に落ちるという話にしても全て彼の作り話なのではないかと思っていた。
でも、フリージア自身も街に何かを感じていたのは事実。サクルソムの言った事を真に受ければ、その謎も解決するのだが……。
「でも、ここから抜け出すのが先ね」
そう言葉を発し、フリージアは立ち上がった。
立ち上がった瞬間、よろけて転びそうになるも、足をずらしてしっかりと踏ん張った。
「相当ダメージがあるみたいね。それなら……」
彼女は手のひらを側頭部にかざし、目をつぶった。そして、集中した。
「ヒール――」
そう唱えると、彼女の頭痛はきれいにおさまった。
「これでよし。さぁ、行動を開始しましょう」
まずフリージアが向かったのは、出入り口のドアだ。
ドアは内側からから施錠解錠できるタイプのものだった。しかし、鍵は見事に壊されていた。それでも彼女は念のためにドアノブに手を伸ばした。
「やっぱり駄目みたいね……」
ドアノブを回そうとしてもガチャガチャと音を音をたてるだけで、回る気配はなかった。
次に向かったのは窓だった。そこでフリージアはあることに気付いた。
「――えっ、嘘……。もう日が落ちてる……」
外は黄昏時だった。空には薄く月が顔を出し、まもなく辺りを照らそうかと準備をしている。
その光景にフリージアは、自分が長い間意識を失っていたことを自覚した。
一度目を閉じて状況を受け入れると、再び窓に目を向ける。
窓は両開きで外側に開くタイプのもののようだ。でも、
「せっかく一階だと言うのに、ここも駄目ね……」
さっき外を見た時に、サクルソム邸の庭の芝生がすぐそこに見えたことから、この部屋が一階にあることは確認済みだった。しかし、行く手を阻むように窓の外には防犯のための鉄格子が付いていた。
どうしたものかと、フリージアは悩んでいた。
ドアも駄目、窓も駄目、周りを見ても何か分からない模型や読まなくなった本、彼女からみたらガラクタに見える物ばかりが乱雑に置かれているだけだ。
そして悩んだ挙げ句、彼女が出した答えは、
「ストレプトに負けたようでシャクだけど……、私は私。得意なことで乗り気ってみせるわ」
そう言って、魔力感知を開始した。
選んだ魔力はもちろん――。
(この街のなかでも極めて異質な……ショウトさん! 力を貸してください)
すると、ショウトの残留魔力がこの付近に漂っているのを感じた。
順にたどっていくと、行き先は自身の借りている宿の一室のようだ。
(良かった。とりあえずは宿に戻っているのね……、ってあれ?)
一瞬、安堵したがショウトの他にも宿に二つ魔力があるのを感じた。
フリージアは魔力の質を色で選別する。
一つ目は緑、極めて安全魔力。特に問題なく善意を持った人に多く表れる色だ。
二つ目は黄色、不安定な魔力。善にも悪にもなりうる注意が必要な色だ。
そして三つ目は赤、危険な魔力。悪意に満ちた魔力を持つ人に表れる色だ。彼女はこの色が好きではない。なぜなら、殺人者などがその色に該当するからだ。
ちなみにショウトの魔力は黒色。フリージアも初めて見た色であり、危険なのか安全なのかも分からない色だった。
だからこそ彼女は、ショウトの事が気になり、自分の目で見て判断しようとしていたのだ。
(緑がひとつと、もうひとつは……)
もうひとつは、なんと“赤”だった。
その瞬間、フリージアは背筋が凍った。だんだん心臓の鼓動も呼吸も早くなっていく。
苦しさのあまり、フリージアはその場に座り込んだ。
彼女の表情は、とても目を当てられたものではない。胸を強く握り、目は見開き、ただ一点を見つめ、過呼吸を繰り返している。その苦しさから顔も青ざめている。
そんな彼女の脳裏には忘れたくても忘れられない、悲惨な過去が鮮明に写し出されていた――。
宿にはフリージアの姿があった。彼女は晩ごはんの準備でもしていたのか、エプロンを身に付け、手にミトンをはめていた。ショウトはその姿を目にすると、ひとまず安堵した。なぜなら、彼女にこれといって変わった様子はなかったからだ。
ただ、ショウトたちが血相変えて部屋に飛び込んだ時はさすがに驚いていたが。
その後、フリージアに落ち着くよう促されたショウトたちは、部屋にある食卓に並んで座った。紅茶を入れてきたため、フリージアは遅れてやってきた。ショウトたちの前にティーカップを置くと、彼らと向かい合うように座った。
場に役者が揃うと彼は紅茶を一口。そして、ことの発端を口早に説明した。
「――なるほど、理由は大体わかりました。だからあんなに血相変えて帰ってきたのですね」
「ああ、だからここでスト……、サクルソムと落ち合う約束になってる」
しかし、フリージアは息を吐き出しかぶりを振った。
「彼は……、おそらくここへは来ないでしょうね」
「は? なんでそうなるんだよ。まさか、あいつがやられたとでも言うのか?」
「いえ、誰もそんなことは言っていません。彼は強いですから」
そう言ってフリージアはおもむろに立ち上がると、
「ショウトさん、まずは謝ります。屋敷に残して先に帰って申し訳ありませんでした。私があの場に残っていれば、あなたがこうして怪我を負って帰ってくることもなかったと思いますから」
と言って頭を垂れた。謝る彼女の口調は、その仕草とは裏腹に淡々としていた。
まるで何か別のことを考えている、そんな風だった。
「いや、別にお前が謝ることじゃないよ。それに、こうして無事に戻ってこれたんだしな」
そうは言ったものの、ショウトの脳内はサクルソムの安否のことでいっぱいだった。
強いから大丈夫。そんな簡単な理由で片付けていい問題じゃない――と彼は思っていた。
それでも心のどこかで、確かにあいつなら大丈夫か――と思ったのも事実だった。
ふと、隣に座っているローリエに視線を移した。ローリエは畏まったように身を小さくしてうつ向いていた。彼は心配して声をかけた。
「どうしたんだローリエ? 体調でも悪いのか?」
「いえ……、ただ緊張しちゃって……」
「緊張?」
「はい……。こんな大変な時に私ったら本当ダメですね」
ローリエは舌を出して時分の頭を小突いてみせた。
その発言がショウトには理解できなかった。今この状況で、緊張することなどどこにあるのだろうか。一つあるとするなら、急に外から『敵』が入ってきてもいいように気を張っているくらいなものだ。
「屋敷でも思ったんですけど、ショウト様はフリージア様とお話していて緊張しないんですか?」
「――え、オレが? なんで?」
予想もしていなかったローリエの問いかけにショウトはさらに困惑した。
彼は思考を凝らして思い返す。
彼の中のフリージアは、どちらかというと気さくで少し間抜けな少女だった。
今朝はビンタこそされたが、真摯に謝ってくれた。朝ごはんもご馳走になった。サクルソムの屋敷では、礼儀作法には驚かされたが、ローズヒップティーのくだりは可愛さが垣間見れた。そして何より、初めて出会った時は真っ白なパンツを見せてくれた。
思い返してみても、緊張する要素が思い浮かばない。それどころか、モミジと同じように話しやすい印象すら感じた。
その時、ショウトはふと思い出した。
(そう言えば、今朝夢見てたよな……誰か、女の子と話していたような……)
しかし、所詮は夢。どんな内容で誰と話していたのか思い出せなかった。だが、その女の子がなんとなくフリージアに似ていたように思えた。
モヤモヤした気持ちがショウトの中で膨れ上がっていく。
その疑問を探すべくショウトは、フリージアに視線を移した。
すると、彼女もこちらを見ていたようで、目が合った。
「どうかなさいましたか?」
「いや……、誰かに似てるなぁって思って」
ショウトの声に、フリージアは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにそれを仕舞い、手で口を隠しながら微かに笑った。
「ふふっ、可笑しなこと言わないでください。もしかしたら色々ありすぎて気が動転しているのかもしれませんね」
フリージアはそう言うと、横へやって来て、座るショウトの二の腕と脇の間に自身の腕を入れた。
「とりあえず、腕の治療をしましょう。ささ、立ってください。隣の部屋に行きますよ」
「――え、ああ」
ショウトはフリージアに引っ張られるまま席を立った。
「おい、ローリエ。ちょっと腕見て貰って……、って……」
立ち上がってすぐにローリエに声をかけたが、横に座っているローリエは両腕に顔を埋めて眠っているようだった。
「彼女もきっと疲れたのでしょう。今日は色々ありましたからね。ほら、ショウトさんはこっちです」
せめて布団くらいと言おうと思ったが、腕を引くフリージアに半ば強引に隣の部屋に誘われた。
隣の部屋は寝室になっていた。
六畳ほどの広さに、寝台とサイドテーブル、化粧台があるだけの質素なつくりだった。
部屋に入った時、ショウトはあるものに目がいった。
それは、寝台と化粧台の間にあるスペースの床に何やら奇っ怪な白い文字が円上に描かれている様だった。
彼はそれが、魔方陣だということはすぐに分かった。
以前、誠に勧められて観たアニメに似たような物が映っていたからだ。
(本当に魔方陣ってこんななんだ……)
アニメや漫画の描く魔方陣もあながち間違っていないんだなとショウトは感心していた。
すると、彼の鼓膜を「チッ」と舌打ちのような音が微かにノックした。
ショウトは、腕を引くフリージアの顔に視線を移す。
角度的にはっきりとは見えなかったが、少しだけ覗かせた彼女の横顔には、醜悪さが漂っているようだった。
腕を引く力が弱まり止まると、フリージアは魔方陣の一文字を足で消す仕草をみせた。その後、何事もなかったように、いつもの可愛らしい笑顔をショウトに向ける。
「それじゃあ、ショウトさん。シャツを脱いでベットに横になってください」
「えっ? な、なんでシャツを脱がなきゃいけないんだよ!?」
ショウトは少し恥ずかしかった。
野球をしていた頃の彼なら、学校で女子の前で平気で体操着に着替える男子のように、躊躇なく脱いでいただろう。しかし、今は違う。無駄なお肉が付き出した腹筋と、会って間もない少女の前というのが、恥じらいの気持ちを芽生えさせていた。
そんな彼の気持ちも知らないで、フリージアは口を開く。
「なんでって言われましても……。シャツを脱いでもらわないと、ちゃんと見えませんから」
「ちゃんと見えないって何を見るつもりだよ……。お前な、怪我してるのは腕だぞ? Tシャツなんだから関係ないだろ?」
言われて気付いたのか、フリージアは「あっ」と声を漏らして動きを止めると、
「それもそうですね……。でも、脱いでください」
と言って再度ショウトに笑顔を向けた。
何度かそれに似たやり取りを繰り返し、結局はショウトの根負け、彼は渋々Tシャツを脱いだ。
「こ、これでいいか?」
ショウトの戸惑ったように発した声に、フリージアは下から上に舐めるように彼の体を見る。
その様子にショウトは鳥肌が立った。今までの彼女からは想像も出来ない行動。
同時に、こんな猟奇的な一面が彼女にあったとは――とさえ思った。
そして、彼女は一通り見終わると満足そうに「はい。ありがとうございます」と答えた。
今日一日、精神的にも肉体的にもいろいろあって疲れているからだろうか、寝台に横になると、すぐに眠気を感じた。
大きな欠伸が彼の口からこぼれる。
「あら? ショウトさんもお疲れのようですね」
「まぁ、今日一日いろいろあったからな……」
「治療のあいだ、眠っていてもかまいませんよ?」
「いや、せっかく治して……、貰うのに寝てたら申し訳ない……ょ」
そう言っているにも関わらず、ショウトの意識は朦朧としだした。
まぶたが重い、意識が途切れる。それでも睡魔に抵抗を試みる。しかし、そんなショウトに悪魔、いや天使がささやいた。
「お気になさらずに。いまショウトさんにできることはしっかり休むことです」
フリージアの声は心地よかった。疲れた体に染み渡る、そんな声だった。
その声がショウトの心を折った。
そして、彼は心の中で、
(それじゃあ……、お言葉に甘えて……)
こう言うと、深い眠りについたのだった――。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
気が付くとフリージアは倒れていた。
そう認識するのに時間はかからなかった。 頬に感じる冷たさと、目と同じ高さに映る床を見れば一目瞭然だったからだ。
フリージアは腕に力を入れて上体を起こした。
(――痛っ……)
直後、頭痛を感じた。
何かがこめかみ付近に刺さっているような痛みだった。
おもむろに、痛みの中心に手を伸ばす。触れた後、手を確認した。
「血は出ていないようね……」
その様子にホッと息を漏らす。
ここはどこだろうか――フリージアは辺りを見回した。
彼女が目にしたのは、掃除もろくにされていない物置のような場所だった。
それでも、壁や窓の作りからサクルソム邸であることを理解した。
「なんで私はこんなところに倒れていたのかしら……」
フリージアはそう呟くと、思考を始めた。
彼女はサクルソムとの話を終えると、サ彼にショウトに先に帰ると伝えてと言付けを頼み、応接室を後にした。
廊下には誰もおらず閑散としていた、聞こえた音もカツカツと自分が歩くたびに鳴る靴の音だけだった。と、そこまでは特になにもなかったのだが、問題はその後。
そのまま歩みを進め廊下の角を曲がった、その時、フリージアの頭に鈍器か何かで殴られたような強い衝撃が襲った。
そして、彼女はその場に倒れるように意識を失ってしまった。
「つまり私は、そのあと何者かにここに運ばれた、ということになるわね……」
でも一体誰が――。
フリージアはここ数日で出会った人物の顔を頭の中で思い浮かべた。だが、これと言って特に怪しい人物はいなかったように思う。
しかし、サクルソムに関しては別だ。
彼女はまったくと言っていいほど、彼を信じていない。
街の瘴気にしても、人間だけが狂気に落ちるという話にしても全て彼の作り話なのではないかと思っていた。
でも、フリージア自身も街に何かを感じていたのは事実。サクルソムの言った事を真に受ければ、その謎も解決するのだが……。
「でも、ここから抜け出すのが先ね」
そう言葉を発し、フリージアは立ち上がった。
立ち上がった瞬間、よろけて転びそうになるも、足をずらしてしっかりと踏ん張った。
「相当ダメージがあるみたいね。それなら……」
彼女は手のひらを側頭部にかざし、目をつぶった。そして、集中した。
「ヒール――」
そう唱えると、彼女の頭痛はきれいにおさまった。
「これでよし。さぁ、行動を開始しましょう」
まずフリージアが向かったのは、出入り口のドアだ。
ドアは内側からから施錠解錠できるタイプのものだった。しかし、鍵は見事に壊されていた。それでも彼女は念のためにドアノブに手を伸ばした。
「やっぱり駄目みたいね……」
ドアノブを回そうとしてもガチャガチャと音を音をたてるだけで、回る気配はなかった。
次に向かったのは窓だった。そこでフリージアはあることに気付いた。
「――えっ、嘘……。もう日が落ちてる……」
外は黄昏時だった。空には薄く月が顔を出し、まもなく辺りを照らそうかと準備をしている。
その光景にフリージアは、自分が長い間意識を失っていたことを自覚した。
一度目を閉じて状況を受け入れると、再び窓に目を向ける。
窓は両開きで外側に開くタイプのもののようだ。でも、
「せっかく一階だと言うのに、ここも駄目ね……」
さっき外を見た時に、サクルソム邸の庭の芝生がすぐそこに見えたことから、この部屋が一階にあることは確認済みだった。しかし、行く手を阻むように窓の外には防犯のための鉄格子が付いていた。
どうしたものかと、フリージアは悩んでいた。
ドアも駄目、窓も駄目、周りを見ても何か分からない模型や読まなくなった本、彼女からみたらガラクタに見える物ばかりが乱雑に置かれているだけだ。
そして悩んだ挙げ句、彼女が出した答えは、
「ストレプトに負けたようでシャクだけど……、私は私。得意なことで乗り気ってみせるわ」
そう言って、魔力感知を開始した。
選んだ魔力はもちろん――。
(この街のなかでも極めて異質な……ショウトさん! 力を貸してください)
すると、ショウトの残留魔力がこの付近に漂っているのを感じた。
順にたどっていくと、行き先は自身の借りている宿の一室のようだ。
(良かった。とりあえずは宿に戻っているのね……、ってあれ?)
一瞬、安堵したがショウトの他にも宿に二つ魔力があるのを感じた。
フリージアは魔力の質を色で選別する。
一つ目は緑、極めて安全魔力。特に問題なく善意を持った人に多く表れる色だ。
二つ目は黄色、不安定な魔力。善にも悪にもなりうる注意が必要な色だ。
そして三つ目は赤、危険な魔力。悪意に満ちた魔力を持つ人に表れる色だ。彼女はこの色が好きではない。なぜなら、殺人者などがその色に該当するからだ。
ちなみにショウトの魔力は黒色。フリージアも初めて見た色であり、危険なのか安全なのかも分からない色だった。
だからこそ彼女は、ショウトの事が気になり、自分の目で見て判断しようとしていたのだ。
(緑がひとつと、もうひとつは……)
もうひとつは、なんと“赤”だった。
その瞬間、フリージアは背筋が凍った。だんだん心臓の鼓動も呼吸も早くなっていく。
苦しさのあまり、フリージアはその場に座り込んだ。
彼女の表情は、とても目を当てられたものではない。胸を強く握り、目は見開き、ただ一点を見つめ、過呼吸を繰り返している。その苦しさから顔も青ざめている。
そんな彼女の脳裏には忘れたくても忘れられない、悲惨な過去が鮮明に写し出されていた――。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
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異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
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「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
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自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
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直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
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