異世界に転移した落ちこぼれ、壊れた右腕で世界を救う!?

夜月 照

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2章 ゴブリン・マーケット編

8話 姉と妹

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 フリージアが初めて“赤”の魔力を見たのは8年前、彼女が10歳の時だった。
 ……。
 …………。
「お母様の嘘つき! 今日はみんなでピクニックに行くって前から約束してたでしょ!」
 大理石の床に円柱状の太い柱、豪華な造りの城のような場所で、水色のドレスに身を包み幼いフリージアは叫んでいた。
「ごめんね、フリージア。今日は仕方がないないの、お父様にとても大事な会合がはいってしまったの」
 そして、彼女に優しくも困ったように笑いながら言ったのは、彼女の母カトレア。こちらは紫のドレスを纏っている。
 この日は、前々から約束していた家族でピクニックに行く日だったのだのだか、フリージアの父の急な会合で行けなくなってしまったのだ。
「そんなの知らないもん! 私はこの日をずっと、ずっと楽しみにしてたのに! なのに、それなのに……」
「こら、こら、フリージア。そんなわがまま言ったらダーメ。それにほら、見てみなさい、お母様だってあんなに困ってるじゃないの」
 フリージアの横にはもう一人、白い肩のでた細身のドレスを身に纏った女性の姿があった。
 彼女はフリージアと良く似た12歳年の離れた姉ラペルージアだ。
 ラペルージアは成績優秀で、先日、魔法学園を首席で卒業したばかりだった。
 フリージアはそんな姉が自慢であり大好きだった。
 彼女がこんなに腹を立てているのも、その姉が久しぶりに帰ってきて、しかも家族行事に参加する予定だったからだ。
「だって……、お姉ちゃんがせっかく帰って来てるんだよ」
「そっかぁ。フリージアはお姉ちゃんと一緒に遊びたかったんだね?」
 ムスッと頬っぺたを膨らますフリージアに、ラペルージアはフリージアの頭を撫でながらイタズラっぽく笑う。
「じゃあさ、ピクニックには行けないけど、お姉ちゃんと一緒に良いことしよっか?」
「えっ……。うん! する!」
 フリージアは姉の言葉にすっかり機嫌をなおして元気に答えた。
 
 
「ねぇ、お姉ちゃん! 楽しいことってこれなの?」
 フリージアは姉と一緒に中庭に出ていた。
 中庭にはアヤメ科の多年草の紫の花畑が広がっている。
 その中心に姉妹揃って目をつぶって座っていた。
「フリージア、さっきも言ったけど喋っちゃダメ。ちゃんと集中して、花たちのマナをしっかりと感じないとね」
「えー。だってこれつまんないんだもん……。あっ! そうだ、お姉ちゃん! この花でさ花かんむり作って遊ぼうよっ!」
 フリージアは集中できない様子。それに対して姉は、優しくも彼女に注意を促している。
 二人がやっているのは魔法の基礎のようなもの。
 どんなものにでもマナが流れているが、特に命あるものはマナを感じとりやすい。
 これは、そのマナを感じとり、認識、識別する鍛練なのだ。
 つまり、花という命が敷き詰められたこの中庭は、その鍛練にはもってこいの場所だといえる。
 まだ幼いフリージアは魔法をろくに使えない。そんなフリージアを想って彼女の姉ラペルージアは、やり方を教えようと考えたのだ。
「花冠もいいけど、練習がさーき。それが上手に出来たら遊んであげる」
 ラペルージアはフリージアにウインクを投げ掛ける。その姿が嬉しくてフリージアは、
「本当に? ……よーし! わたし頑張っちゃうんだから!」
 と両手でガッツポーズを作った――。
 
 意気込んだのも束の間。10分もせずに飽きがくる。
「……ぷはぁーっ! もう無理!」
 フリージアは体を倒して、花畑で大の字になった。
 首だけを姉に向ける。ラペルージアは集中しているのか座ったまま微動だにしない。
 その様子にフリージアは勢いをつけてピョンと起き上がると顔を覗きこんだ。
(うわぁ……。すごく集中してる。……お姉ちゃんカッコいいなぁ……。わたしも早くお姉ちゃんみたいに魔法が使えたらなぁ……)
 すると、ラペルージアは不意に目を開く。
「なーに? そんなに人の顔見てどうしたの? お姉ちゃんの顔に何か付いてる?」
「えっ、いや、何でもないよ! すごいなぁって思っただけ!」
「そっ……、ならいいけど」
 突然の反応に焦るフリージア、そんな彼女に姉ラペルージアはやはり賑やかに答えた。
 結局ピクニックには行けなかったが、大好きな姉との他愛のないやり取りに、フリージアの幼心は満たされていた。
 しかし、その幸せな時間は長くは続かなかった……。
 それからしばらくして、彼女たちが花冠を作って遊んでいる時だった。
 
「――大変です! 逆賊が侵入してきました! お二人とも早くお逃げ――ぐはっ!」
 突然やって来た白い衣を纏った兵士の男が、忠告と共にうめき声をあげた。
 見ると兵士の胸元から鋭い剣先が姿を覗かせていた。
 兵士は吐血し、服はみるみるうちに赤に染まる。そして、それが引き抜かれると同時に兵士は倒れた。
 それを見たフリージアは悲鳴をあげた。
 視界が涙で霞み、呼吸が乱れる。彼女は初めて目にした悲惨な光景に恐怖した。
「――フリージア、見ちゃダメ」
 ラペルージアがフリージアの目から兵士を隠すように体を抱き寄せる。
 すると、兵士と入れ替わるように1人の男が姿を現した。
 男は兵士と同じような白い衣を身に付けているが、それを隠すように真っ黒なローブを羽織っている。
 男は左手に持った剣に付着した兵士の血を払うようにひと振りすると、彼女らを見てニヤリと笑った。
 男の残虐な姿にラペルージアは、目を尖らせる。
「まさかあんただったとはね……、マキシス」
 知ってる名前だ――とフリージアは思った。姉の胸に押し付けられていた顔を少しだけ浮かして、後方を見る。
(えっ? うそ……でしょ)
 男は『マキシス・クラウン』だった。
 昔から良くしてくれた近衛団の副兵士長そのものだった。信じたくなかった。でも、信じるしかなかった。なんたって目の前で1人、部下を殺しているのだ。しかも、いま平然と、いや、不気味に笑みを浮かべている。その姿はもはや殺人鬼そのものだった。
 そんなフリージアの心情を無視しながら、二人の会話は続く。
「これはこれはラペルージア様、もうお帰りでしたか。あなたの帰還は予想外でした……が、まぁいいでしょう。いつかは手合わせ願おうと思ってましたから。それよりも疑問なのは、その口ぶりです。私がこうすることを知っていたとでも?」
「まぁね。私の知り合いに無駄に情報通な奴がいてさ。そいつが丁寧に教えてくれたのよ。君の家を狙っている奴がいる……ってね。でもまさか、こんなに早く黒幕に会えるとは思ってもみなかったわ」
 ラペルージアの鋭い眼光を目の当たりにしても、マキシスと呼ばれた男は微塵も動じる様子はない。それどころか余裕すら感じられる。
「ほほう。そんな人物がいるのですか。それは覚えておきましょう。それはそうと、今日は卒業式だったはずでは?」
「本来ならね。でも私は優秀だからさ、学長に頼んだら快く承諾してくれたってわけよ」
「さすが100年に1人の逸材。知り合いとして僕も鼻が高いですよ」 
「でも、それも今日でお仕舞いね。すぐにその高い鼻をへし折ってあげるわ」
 二人の会話を姉の腕の中で聞いていたフリージアは、幼いながらもただならぬ事態であることは理解した。
 でも、所詮は8歳の子供。それ以上に恐怖が彼女を支配していた。すると、
「フリージア、怖いと思うけど我慢してね。あなたは後ろの柱の影にでも隠れていなさい」
 ラペルージアはそう言うと、フリージアを体から引き離した。が、
「いやだよ! わたし、お姉ちゃんと一緒がいい!」
 フリージアは姉の洋服を必死に掴んで離れようとしない。
 それでも、姉ラペルージアは怒鳴るどころかフリージアの不安を取り除くように、優しく、いつもと変わらぬ調子で言う。
「わがまま言わないの。大丈夫よ、フリージア。あなたも知ってるでしょ? 私は強くて格好いい、あなたの自慢のお姉ちゃん。だから絶対にあいつ倒すから安心して待ってなさい。いい? わかった?」
 フリージアは少しの沈黙ののち、
「…………うん。わかった。約束だよ?」
「えぇ。約束よ」
 言葉を交わすと、何度も振り返りながら走って柱の後ろに身を隠した。
 その様子を見ていたマキシスは、何がおかしいのか、狂ったように笑う。
「――あぁーっはははははははっ! あぁあぁっーはははははははっ! いやぁ! いいですねぇ! 美しいですねぇ! 姉妹愛ですねぇ! より一層壊したくなりましたよ! あなたも、後ろにいるフリージア様も!」
「はい、はい。分かったから早くかかってきなさい。まぁあんたには無理だろうけど、私どころか、フリージアにも勝てないと思うけどね」
「フリージア様にもですか? これはなめられたものですねぇ。その根拠をお聞かせ願いましょうか?」
「根拠? そんなの簡単よ。私が100年に1人の逸材なら、あの子は……1000年に1人の逸材ってことさ!」
 そう言って、ラペルージアは右の手のひらを天をにかざした。
「水竜の咆哮、矢の形をなして、飛散すべし〈ウォーターアロー〉!」
 すると、彼女の頭上に無数の水の矢が姿を現した。
「ウォーターアロー……。それもすごい数だ。さすが、と言ったところですね」
 軽く50は超える矢の数を見てもマキシスは余裕の表情を浮かべる。その顔にラペルージアは、
「我慢しちゃって、本当は内心ビビってるんでしょ? マキシス、私知ってるのよ? あんたが付与術士だってこと。それがこれだけの数の物理魔法を防げるとでも思ってるの?」
 と、こちらも余裕を見せている。
「もちろん。戦い方は色々ありますからね。それじゃあ、お喋りはこのくらいにして……」
 マキシスの顔から笑みが消える。それと同時に彼も言葉を紡ぐ。
「その脚力疾風の如く、その腕力迅雷の如く、我が身に宿れ神秘の光――」
「――させるか!」
 マキシスが呪文を唱え終わる寸前、ラペルージアは天にかざした手をマキシスに向かって振り下ろした。
 無数の水の矢が、マキシス目掛けて一斉に飛ぶ。
 しかし、マキシスの魔法はすでに完成していた。
 マキシスは軽い身のこなしで、次々と矢をかわしていく。
 が、次の瞬間、マキシスはラペルージアの視界から消えた。
 無惨にも水の矢は誰もいない地面をひたすらに突き刺す。その衝撃と共に紫の花を巻き上げながら小さな水柱がいくつも立ち上がる。
「――なっ! どこへ!?」
 消えた――と言おうとした瞬間、
「ここです」
 と左方でマキシスの声。
 その声に瞬時に左に顔を向けるも、マキシスは剣をラペルージアに向かって突きつける。
「――っ!!」
 かろうじて体をひねり直撃は免れるも、剣先が頬をかすめる。
 ラペルージアの頬から血が滲む。
「肉体強化とはやってくれるわねぇ!」
「いやいや、あなたもですよ! 交わされるとは思ってもいませんでした」
「まぁね。こう見えて実戦形式の試合もトップなのよ」
「それは楽しめそうで何よりです!」
 そう言うと、マキシスは2撃、3撃と刃を振るう。がラペルージアもギリギリのところで交わしていく。そして、斬撃の隙を見てラペルージアが足払いをしたところでマキシスは後方にジャンプした。
「――いまだ!」 
 ラペルージアはその瞬間を逃さない。むしろこのタイミングを狙っていた。宙に浮いたマキシスの着地場所を瞬時に推測、座標を確定する。
「憤怒の巨人、猛威の一撃をもって、彼の者を沈めよ〈グランドアッパー〉!」
 地面が盛り上がり、大地の拳が現れる。
 その拳は着地寸前のマキシスを突き上げる。
 しかし、マキシスは拳に足を着き、勢いを我が物に更に高く飛び上がった。
「遅い、遅い、遅過ぎる! 今の僕には止まっているのと同じだ!」
 宙に舞うマキシス。その光景を下から眺めるラペルージア。
「でもさ、マキシス。あんたはもうかっこうの的よ?」
 そう、宙に舞う人間ほど狙いやすい相手はいない。羽でも生えていない限り避けることは不可能。
 再びラペルージアが〈ウォーターアロー〉を唱えようとした時、マキシスの動きが変わった。
「あなたは何も分かっちゃいない。今の僕には大気すら壁と一緒なんですよ!!」
 そう言うと、マキシスは宙を何度も蹴った。
 マキシスは凄まじい速度でラペルージアに向かって落下する。そして、剣を突き立てた。
 詠唱中で無防備になったラペルージアも咄嗟に中断するが――
「――うっ!!」
 マキシスの剣がラペルージアの左肩を見事に突き刺した。
「――なにくそ!」
 だが、ラペルージアは一歩も引かない。そのまま怯むことなく、肩に刺さった刃を右手で掴み言葉を紡ぐ。
「深海の門番、四方囲いて、牢となせ〈ウォーターケイジ〉!」
 水の壁がラペルージアに突き立てた左手を除いてマキシスを取り囲む。
「動きを制限するつもりですね? でもこの程度の――っ!?」
 ラペルージアの猛攻はまだ終わらない。続けて、剣から伝って右手についた自身の血液を、現れた水の固まりに投げ込んだ。
「たぎる血潮、我が意を酌んで、混同すべし〈ブラッドリンク〉!」
 水の牢屋が赤く染まる。
「甘いのはそっちよ、マキシス。この牢屋を簡単に出れるとは思わないでよね」
「二重魔法〈ブラッディケイジ〉ですか。まさかそんな高等テクを使えるとは……。つくづく殺りにくい相手ですね……けれど、――雷獣嘯き、刀身纏いて、待機せよ〈エンチャントパルス〉」
 突然マキシスの持つ剣が細かく振動を開始する。肩をえぐる痛みに、ラペルージアの顔が歪む。だが攻撃はこれだけではなかった。微弱な電気が神経を伝って体の隅々まで行き渡る――。
「――がっ、あっ、きっ…………」
 剣の振動とリンクしてラペルージアの体も小刻みに揺れる。 
 そして、決着の時は訪れる――。
 ラペルージアの魔法〈ブラッディケイジ〉が消えると共に、マキシスは剣を引き抜いた。
 支えを失ったラペルージアの体は地面に倒れた。その姉に向かってマキシスは口を開く。
「呆気ないですね。でも楽しかったので、少しばかり称賛を送りましょう。しかし、所詮あなたは魔法が人より上手く使えるだけに過ぎない。学園の試合と殺し合いを一緒にされては困るな」
「はっ、はぁはぁ……はっ、はぁ……はぁ……」
「おっと、まだ息はあるようですね。――そうだ、これは丁度いい」
 マキシスは胸ポケットから何やら宝石のような石を取り出すと、倒れたまま苦しそうに呼吸だけを繰り返すラペルージアの上に置いた。
「聴こえています……よね? これが何だかわかりますか? 学園で耳にしたことくらいはあると思いますが……、まぁいい。さっさと始めてしまいましょう」
 そして、マキシスは剣を振り上げた。その時だった、
「――だめっーーーー!!!!」
 気付くとフリージアは叫んでいた。
 怖さで足が震える。立つのもままならない。それでも、このままでは大好きな姉が死んでしまう。そう思うといてもたってもいられなかった。
 マキシスの動きが止まり、視線がフリージアに向く。
 彼女に向けられた目は以外にもあっけらかんとしていた。
「おやおや、すっかり忘れていましたよ。フリージア様もいらしたのでしたね。これから最高のショーをお見せしますからそちらでご覧になっていてください」 
「うっ、うるさい! お姉ちゃんから離れろ!!」
 必死に食い下がる少女――フリージアは目に涙を溜めながらもマキシスを強く睨み付けた。マキシスはそんな彼女が気に食わないようで、余裕だったはずの表情を一気に変えた。
「――うるさい小娘! いいから黙って見ていろ!」
 荒れ狂ったように罵声を飛ばすマキシス。すると突然、
「微光の女神……、煌めけ閃光………〈フラッシュシャイン〉」
 眩い光が中庭を支配した。と同時にフリージアの脳に直接声が届いた。
『――フリージア……今のうちに逃げなさい。ゴメンね……約束……守れなくて……。でも、あなたは……生きて!』
 大好きな姉、ラペルージアの声だった。でも、いつものけろっとした声ではなく、今にも消えてしまいそうな弱々しい声だ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! イヤだよ……。一緒にいてよ! お姉ちゃん!」 
 フリージアは逃げなかった。姉を置いて逃げることなど出来なかった。
 光が収まり、目が慣れると同時にフリージアは駆け出した。
 向かう先はもちろん姉ラペルージアの倒れる花畑。
 姉のもとに行きたい。姉に抱きつきたい。その一心で。もはやマキシスのことなど気になどしていない。子供とは猪突猛進する生き物なのだ。
 しかし、その幼心は一瞬にして打ち砕かれた。
 彼女の目に飛び込んできたのは、無惨にもマキシスに剣で串刺しにされ、血の海に浮かぶ姉の姿だった。
「いや、いやだよ……、お姉ちゃん……」
 フリージアは足を止め、力なく膝から崩れ落ちた。
「おや? フリージア様。まだいらしたのですか? ダメですねぇ。悪い子にはお仕置きをしなくては」
 横たわるラペルージアのそばにいたマキシスは、ぴちゃぴちゃと音を立ててゆっくりとフリージアに近づく。しかし、フリージアは失意の眼差しを姉に向けたまま動かない。
「ラペルージア様は期待外れでしたよ。あの石を与えても何の変化もない。もはやただのゴミですね。あれは」
 残念そうに溜め息を吐きながらマキシスはそう言って、フリージアの前で足を止める。
 腰をおろし、隠し持っていた赤い石の付いた短剣を取り出すと、フリージアの喉元に当てる。
「正直、あなた方に恨みはありませんが……、僕たちの目的のために死んでください」
 
 ――その時だった。
 一筋の赤い光が天を突き刺した。
 光は空にかかる雲に巨大な穴を開けると、遥か天空で横一線に稲妻のような閃光を走らせる。
  
 その様子にマキシスはの手は止まった。そして立ち上がると、歓喜にも似た声を発した。
「――期待外れ? いや、これは……これは、期待以上だ!! 最高だ! 最高の結果だ!!」
 一瞬、何が起きたのかフリージアは分からなかった。だけど、その疑問は即座に解消された。
「お……お姉ちゃん?」
 ふらふらと立ち上がる姉の姿がそこにはあった。
 フリージアは、笑うマキシスを横目に駆け出した。
「――よがっだ! お姉ぢゃんが……、生ぎでる! いぎでるよぉ」
 泣き叫びながらも言葉を懸命に繋ぐ。
 二人の距離が徐々に近づく。
 そして、手を伸ばした。
 あと少し、あと少しで姉に触れるところで、姉の視線がフリージアを射ぬいた。
「えっ……」
 その視線を浴びたフリージアは、体が固まったように動かなくなった。いや、厳密に言うと動けなかった。 
 いつもの姉じゃない。こんな目の姉は知らない。この人は……誰? 怖い。彼女の中で様々な感情が駆け巡る。
 すると、ラペルージアがおもむろに口を開いた。
「世界を…………ひとつに…………」
 暗くて、重い声。姉のようで姉じゃない声だった。
 フリージアは背筋が凍った。
 これは姉ではない。彼女の感覚がそう言った。
「あなたは……だれですか……?」
 怖かった、だけど、これは姉。姉の体。そう思うとフリージアは言葉を発していた。
「私か? 私はイベリス? そうだ。イベリス・ルージュだ」
 女は無表情のまま答えた。
「……イベリス? お姉ちゃんは……? お姉ちゃんはっ!?」
「お姉ちゃん? ああ、この体はお前の姉のものか。名は………ふむふむ、ラペルージアと言うんだな」
 イベリスと名乗る女は、瞳を上に向け、何やら考える仕草を見せた。のち、
「フリージア! あなたの大好きなお姉ちゃんだぞぉ。元気にしてたか?」
 そう言って満面の笑みをフリージアに向けた。
 その顔を目にしたとたんフリージアは泣き崩れた。
 この顔は、昨日姉が帰ってきた時フリージアに向けた笑顔だった。
 だけど、彼女が泣いたのは安堵の涙ではない。彼女にとっての最愛の姉はいなくなってしまったのだと悟ったからだ。
 泣きわめくフリージアを見て、イベリスは不愉快そうな表情を浮かべる。
「ちっ、うるさいガキだね。殺してやろうかしら……」
 が、何やら閃いたのか表情が明るくなる。
「そうだ! ふふふっ、良いこと思いついたわ。どうせなら面白くしましょう」
 イベリスはフリージアの頭に手を乗せる。
「……開け」
 そう発したとき、フリージアは体の奥底から熱のようなものが込み上げる。そして、その熱は膨れ上がり、明確な痛みに変わった。
「――!? ああああぁぁぁ!!!!」
 フリージアの悲痛の叫びが中庭に響き渡る。
 息が出来ない。意識が朦朧とする。フリージアはもがき苦しむ。
「きゃははははっ! お前の力を引き出してやったぞ? 泣き叫ぶほど嬉しいか? だが、そのままだと体が先に逝ってしまうがな。まぁせいぜい抗ってみなさい」
 イベリスは苦しむフリージアを置き去りに、後方で狂ったように歓喜の声をあげるマキシスに近づく。
「私を起こしたのはお前か?」
「はいっ! お初にお目にかかれて光栄でしす」
 声をかけられ、マキシスは嬉しさそのまま、姿勢を正した。
「ああ、久方ぶりの世界だ。まずは感謝しよう」
「もったいなきお言葉。それでは、早速ですが参りましょう」
 しかし、イベリスは左右に首を振った。
「いや、お前はもう要済だ」
 イベリスはマキシスの腹に手を当てる。マキシスは意味もわからず、目を丸くした。
「えっ? なにを?」
「――爆ぜろ」
 暫しの沈黙が場を支配する。
「……なんてな」
「悪い冗談は止めてください……本当に死んだと思いましたよ」
 マキシスはホッしたのか、安堵の表情を浮かべた。
「ははははっ! あーははははっ! 滑稽だな人間! よし、行くとしようか」
「えっ? しかし、あの子供はよろしいのですか?」
「ああ、問題ない。ほっといてもそのうち死ぬだろう。死ななければ、それはそれで面白い」 
「はぁ、イベリス様が良いのであれば……」
 そんな二人の姿を、フリージアは這いつくばりながらも睨んでいた。
 
 少女の目に映ったイベリスは真っ赤に染まっていた。
 姉の血で染まったドレスの赤ではない。それは今まで見たことのないマナの色。イベリスに解放された自身の力によって見えたものだった。
 だが彼女は、今まさにその力に潰される寸前。
 苦しい、意識が遠退く。だけど、
 ――お姉ちゃん……
 最後にそう思うと、フリージアの意識はそのまま闇に沈んだ。
 
 意識が戻った時はベッドの上だった。
 誰かのに手を握られている。この手は多分――
「お母さん?」
 しかし、母カトレアからの返事はなかった。
 体をお越した時、母の異変に気付いた。母の手は冷たく、母の背中にはいくつもの刀傷が刻まれていた。
 フリージアは急激な吐き気に襲われた。
「――うっぷ……」
 我慢できず、口から胃液がこぼれる。
「なんで……なんでお母さんまで……」
 溢れでる涙を流しながら、フリージアは気を失う前の出来事を思い出し、悟った。
 これはあいつらの仕業に違いない。きっと母はそんな状況から私を守ってくれたのだと。
 深い悲しみを抱えながら、フリージアはベッドを後にする。が、その先にはさらに、目も当てられないくらい悲惨な状況が広がっていた。
 壁は崩れ、血糊が至るところに着いていた。無惨にも勇敢に戦ったであろう兵士の死体もそこかしこに転がっていた。
 幸い、父の姿は見当たらなかったが、幼いフリージアはその惨劇の前に己の弱さを恨んだ。それと同時にやり場のない怒りが込み上げた。
――許さない。
 幼いフリージアに復讐の炎が灯った瞬間だった。
「絶対に! 許さない!――」
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