異世界に転移した落ちこぼれ、壊れた右腕で世界を救う!?

夜月 照

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2章 ゴブリン・マーケット編

9話 上弦の月の下で

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――私は何を恐れている。決意したんじゃなかったの? 
 フリージアは忌々しい惨劇を経験し、決意を胸にしたのだが……。
 荒ぶる呼吸を無理やり落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
(やっぱり私ってダメね……。何かあるとすぐに取り乱す……)
 足りないのは自信。それは自分でも分かっている。だが、それを持てないのにも理由があった。
 惨劇の後、フリージアは力を得るため来日も来日も鍛練をおこなった。しかし、運命のいたずらなのか、彼女が手にした力は優れた感知能力と、回復魔法のみ。攻撃魔法は全く扱えなかったのだ。
(でも、今は……そんなことを言っている場合じゃない) 
 フリージアは沈む気持ちを無理やり引き上げ、未だ動く気配のない赤いマナの存在を再確認する。
「こんなところで……立ち止まるわけにはいかない。早く彼のところへ行かないと……」
 でもどうやって? ――ドアも窓も駄目だった。
 その時、ふと思い出した。さっき感じた彼――ショウトの残留魔力がこの部屋の壁の向こう側にあることを。
 フリージアは立ち上がるとショウトの残留魔力に引き寄せられるように壁に向かって歩き出した。
 ガラクタのすき間を縫うように、体を縦に横に向きを変えて歩みを進め、壁に突き当たる。
「……なんか怪しい」
 壁際の向かって右側には、何も置かれていないスペースがあった。一見すると変わった様子はないように思うが、この部屋を物置として使っているのであればあまりにもスペースの無駄遣い。
「絶対に何かあるはずなのに……」
 空きスペースに来たものの、特に何かがあるわけでもなかった。
 もどかしい。一刻も早く宿に戻りたいのに――謎解きのような状況が彼女を苛立たせる。
「いっそのこと壁ごと吹き飛ばせればいいのに……」
 使えもしない魔法にすがろうとするなんて冷静ではない。そんな自分に苛立ちと焦りが膨らむ。
 フリージアは気持ちを押さえきれず、拳を握ると、小指球いわゆる手の小指側の側面で壁を強く叩いた。
「――きゃっ!」
 その時、叩いた壁が横に回転した。
 勢いのついたフリージアの体は、壁の向こう側に吸い込まれた。
「痛たたたぁ……なによもう……」
 派手に転倒してしまい膝を少し擦りむいたがそれよりも、彼女は目飛び込んだ光景に驚きを隠せなかった。
「な、なんなの……これ……隠し通路?」
 そこには地下へと続く階段があった。ショウトの残留魔力がここにあるということは、彼がここを通ったのは明白。
「やってくれるわねストレプト。まさかこんなものまで作っていたなんて……。それにしても回転する扉なんて……よくこんな発想よく思い付くわね」
 見たことは勿論、聞いたこともない扉の作りにフリージアは感心していた。
 この世界にも身を隠す手段として隠し通路や隠し部屋はあるのだが、それを隠すのは魔法を使うのが一般的。
 魔法が存在するこの世界では、その力を最大に生かす方法の方が当たり前なのだ。
 だから、扉自体に手を加えるこのような手法は存在しないと言って良い。
「後でゆっくりと問い詰めてやる。だけど、今はそんな時間はないわ! 先を急がないと!」
 フリージアはそう言って駆け出した。

 外に出ると、辺りは闇に包まれていた。
 夜道を照らすのは上弦の月。その月の姿がより一層不気味さを演出している。
「なんて静けさなの……」
 住宅地であるはずの東区にも関わらず、家屋はおろか、街灯にも光が灯っていなかった。
 それどころか、人の気配のすら感じられない。
 不安を抱きながらもフリージアは、立ち止まることなく足を動かす。
(ん? あれは……)
 暗くて確信はないが、建物の脇になにやら人影があるように見えた。
 距離が近づくにつれて、人影が明確なものに変わる。
 その人影の頭部には獣耳。おそらく獣人だろう。とフリージアは思った。
 サクルソムの話が本当なら――という事を前提にすると、万が一狂気に落ちた者がいるのであれば、それは人間。
 つまり、今フリージアの前にいる人物はその対象外と言うことになる。
 だけど、少し様子がおかしい。人影は酔っぱらいのように、ふらふらとおぼつかない足取りで移動している。
「ちょっとそこの人。もし街の異変について何か知っていることがあるのであれば、手短に教えて欲しいのですか?」
 フリージアは問い掛けた。しかし、獣人らしき人影から返答はない。
(なんだ。ただの酔っぱらいか……なら仕方ないわね。先を急ぎましょう)
 フリージアが人影を横目に走り抜けようとしたその時だった――。
「アガ……グググゥ……カッ!!!」
 人影は奇声を上げてフリージアに襲い掛かってきたのだ。
 突然の出来事にフリージアの反応は遅れる。人影の放った一撃は見事に彼女の背中に直撃した。
「――うっ!!」
 背中に痛みが走る。何かに裂かれたようなそんな痛み。
 幸い、フリージアの着衣は丈夫な魔物の皮(アンダーベアの皮)で作った特注品。
 破けることはないが、相応のダメージは否めない。
 フリージアは流れる体にブレーキをかけ、軛を返した。
 振り向いた彼女の瞳に映るのは、闇夜に浮かぶ黒い影。その影の手には長い爪のシルエットあった。
(――くっ!? 後れを取ってしまったわ! 獣人と思って油断した! まさか攻撃してくるなんて。やっぱりストレプトの言ったことはデタラメだったってことね)
 だか、今はそんな事はどうでもいい。一刻も早く、目の前にいる脅威をどうにかして、宿に行かなければ。
 フリージアは体制を低くし、思考を巡らせる。
(あれが私に攻撃をしてきたってことは敵意があるのは間違いない。となると目的は……足止め? だとしたら様子がおかしすぎる。さっきの奇声といい、足取りといい到底正気だとは思えない。もし仮に狂気に呑まれているのであれば相手は一般人。迂闊に手は出せない。かと言って、この場を去るということは出来ないし……)
 人影との距離は約10メートルといったところ。逃げれない距離ではないとは思うが、それは出来ない。今は周りに人がいないが、万が一誰かがこの場を通ったのならその人にも危険が及ぶに違いない。そう考えるとフリージアは迂闊に動けなかった。
(助けも期待できないし……)
 倉庫部屋で魔力感知をした時から気付いてはいたが、サクルソム邸の外で見張りを頼んでいた護衛の2人の姿も確認できていない。おそらく、彼女が気を失っている間に何かあったのだろう。
(やっぱり、ここは自力でどうにかするしかないわね!)
 フリージアは意を固める。
 直後、人影は行動を開始した。
 人影は素早く一歩踏み出すと、フリージアに向かって凄まじい跳躍をみせた。軽々と10メートルの距離を詰め寄り、長い爪を振りかざす。
 フリージアはその攻撃を瞬時に横っ跳びでかわすと、着地の衝撃を脚に溜め、地面を強く蹴った。
「――そこっ!」
 着地後のインターバルタイムを狙った素早い攻撃。人影の脇腹にフリージアの放った拳が綺麗に決まる。
「グギギ……グゴ……」
 口から唾液を垂れ流しはするものの、人影にダメージを受けた反応はない。
 それどころか、
「――カーッ!!」
 威嚇と同時に爪を振り上げる。
 静まり返った住宅街に鋭く風を切る音が響く。
 フリージアは咄嗟に体を反らし、間一髪のところでかわしていた。
 そのとき、月の淡い光が影の顔を照らした。
「――えっ?」
 フリージアはその光景に一瞬言葉を失った。
 その顔には見覚えがあったからだ。闇に浮かび上がった獣人の顔は童顔の女性――昔、姉の友達だと紹介された事がある人物だった。
「えっ、ウソ? な、なんで? なんであなたが!!」
 フリージアは叫んだ。その瞬間、知った声が耳に届いた。
「――フリージア! 後方に跳べ!! 炎鬼の飯事、刹那に戯れ、豪華に飾れ〈フラッシュバーン〉!!」
 フリージアが後方に跳んだ直後、つい先ほどまで彼女が立っていた場所に炎を纏った赤い法陣が出現した。
 法陣は渦巻きながら、炎を一点に集めると、視界を白く埋め尽くすほどの光を放ちながら爆発する――。
 白く染まった世界と、そこに立ち込める煙にフリージアは咳き込む。
「ごほっ! ごほっ! なんて魔法なの」
 
 光が収まり、風に煙が流され、世界に色が戻ると、そこに獣人の姿はなかった。
 入れ替わるように現れたのは、魔法を唱えたであろう人物。
「良かった。無事だったようだね」
 サクルソムだった。
「ストレプト……。――でも彼女が!」
「ああ。そのようだね。僕も信じたくはないが……」
 サクルソムはそう言うと、顔を伏せ寂しそうな表情を浮かべた。
 フリージアはサクルソムを見たあと、爆発痕の残る石畳の道に視線を送る。
「だからって! あんな魔法を……」
 あの魔法で跡形もなく消えてしまったのであろうか? 獣人の姿が脳裏に浮かぶ。
「あなたは! あなたは……」
 目に涙を溜めながら、フリージアはサクルソムに再び視線を戻した。
 すると、サクルソムの表情はさっきまでとは違い、意外なほどけろっとしていた。
「ああ、なるほど。君は彼女が死んだと思っているんだね。でも安心していい。僕の登場で分が悪いとでも思ったんだろう。彼女は爆発する直前に逃げたよ」
「逃げた? ですって?」
 言葉を聞いてフリージアは強ばった体の力が抜けた。が、直ぐに状況を理解し、サクルソムを睨んだ。
「――だからって、何も確かめずにあんな魔法を使うなんてどうかしてるわ!」
「あんな魔法って……。ただの花火みたいなものじゃないか」
「花火?」
 フリージアはまたしても知らない言葉に困惑した。彼女は自分でもこの世界の事は把握しているつもりだった。それなのに、今日は知らない言葉や技術によく出会う。
「きっとショウト君なら知ってると思うんだけどね」
 フリージアの疑問に、サクルソムはいつものような笑みで答えた。
 ショウトという名を聞いて、フリージアはハッとする。
 怒濤のように押し寄せる出来事の連続に、当初の目的を忘れてしまっていた。
 フリージアは宿のある方角に視線を向けると口調を強めた。
「そうだわ! ショウトさんが危ない!」
 サクルソムも同じように視線を宿の方に向ける。
「ああ。そのようだね。ここからは僕も同行しよう。今回の襲撃の件は、それが片付いてからだ」
「ええ、そうしましょう。それにあなたには聞きたいことも山ほどあるしね」
「ほう聞きたいことですか……。それは、それは。是非とも遠慮したいですね」
「それは無理ね」
「はは、なんとも……」
 言葉を交わすと、二人は宿を目指して走り出したのだった――。
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