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1章 異世界転移編

19話 偽りの真相、再び山へ

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 重いまぶたを開き、ぼっーとする頭でショウトが見た景色は梁があらわになった天井だった。
 この景色には見覚えがある。こちらの世界に来てから、ほぼ毎日見ていた天井だ。

 その景色に自分が村の宿屋に帰って来ていた事に気付いた。

 ショウトは、何かを思い出すかのように急に身体を起こした。

「サイクル!?」

 焦って周りを見回した。
 すると、ベッドの足元でサイクルが丸まっていた。サイクルは特に怪我をしている様子もなく、スヤスヤと寝息を立てて眠っているようだ。ショウトはその光景に安堵した。

「良かった……」

 宿屋と呼ぶにはどうかと思うほど、殺風景な十畳ほどの部屋には、ショウトが寝ているベッドの他、横のサイドテーブル、窓際には丸テーブルが置かれその左右にそれぞれ一人掛けのソファーがあるだけの簡単な作りだ。

 ショウトがふと、ベット脇の角テーブルに目をやると、そこにはパンと真っ白なスープが置かれていた。

 すると、急激な空腹がショウトを襲う。
 
「腹……、減ったな……」

 そう言って食事に手を伸ばしたその時だった、

「なんだよこれ……」

 ショウトは言葉を失った。
 ショウトの目に映った腕は包帯がぐるぐるに巻かれていた。

 その光景がショウトの記憶を呼び起こす。

 そう。あの山での記憶を……。

 自分の弱さが、招いた悲劇。救えなかった命。負の感情だけがショウトの脳裏を駆け巡る。

「――うごっ……」

 急に吐き気が込み上げる。
 しかし出す物のない身体からは少量の胃液が出るだけだった。

 その時、突然部屋のドアが開いた。

「ショウト……?」

 ショウトはその声に反応して口を押さえた手をそのままに、ゆっくりとドアに顔を向ける。
 すると、そこに立っていたのは替えの食事を手に持ったモミジだった。

 モミジは驚いたように食事の乗ったおぼんを放り投げショウトの方へと走り出した。

「ショウト~! 無事で良かったよぉ~」

 無事を安心してか、モミジは泣きじゃくりながら、ショウトに抱きついた。

「モミジ……」

「ショウト~、ごめんね! ごめんね! アタシが一人で行かせたせいで~」

 泣きながら話すモミジの姿に、先程までの感情は身を潜め、ショウトにも安堵が訪れる。

「いや……、俺の方こそ心配かけて悪かった」

 そう口を開いたが、あることを思い出した。

「そう言えば、俺は何でここにいる?」

「アンタは村の裏手……、つまり山の入り口付近にサイクルと倒れていたんだよ。覚えてないのかい?」

 ショウトはモミジの言葉に疑問を抱いた。

――おかしい。俺はあの晩、夜光草の群衆地で意識を失ったはずだ。なのにどうして……

 するとモミジは続けて口を開く。

「いやぁ、それにしても驚いたよ。ショウト、アンタ、一人ででっかい蜘蛛の魔物倒したらしいじゃないか。それに捕まってた人たちまで助けるなんて大したもんだよ」

 その言葉でショウトはさらに混乱する。

「は? 何言ってんだよ? 一人なわけないだろ! ……マーカス! マーカスはどこだよ! あいつが居なきゃ俺は今頃……、あいつは何処にいる!?」
 
「ちょっとショウト、落ち着きなさい! マーカスって誰よ! そんな人この村には居ないわよ? 助けられた人たちがアンタが一人で、しかもすごいスピードで駆け回ってたって言ってたのよ」

――居ない? じゃあ何で俺はここにいる? マーカスが運んでくれたんじゃないのか?

 モミジの言っている事が理解出来ないショウトはさらに混乱した。

「じゃあ火は!? 山の火事はどうなった!?」

「火事? ショウト、アンタ本当に大丈夫? まぁそれだけの傷を作って帰ってきたのだから混乱するのも無理ないわね。お腹空いてるでしょ? アンタ、三日も寝てたんだから、今日はしっかり食べて安静にしてなさい。今、新しいの持ってくるから」

 モミジはそう言うと、ひっくり返した食事を片付け、部屋を出て行った。

「一体どうなってるんだ……」


 ショウトの疑問をよそに、ショウトが意識を取り戻したという情報はすぐに村中に広がった。

 そんなショウトの元には入れ替わるように村人たちが押し寄せ、安静に出来る余地なんて何処にもなかった。

 さらに、そこでショウトが知った情報は、事実とはかけ離れたものだった。

 村人たちの話だと、ショウトは一人でフォレストスパイダーを翻弄するように素早い動きで捕まった者たちを次々と救いだしたということ。
 ナッツの父親、エンドウが行方不明だということ。
 ショウトの言うような山火事は起きていないということだった。

「おかしい……、おかしすぎる」

 マーカスの存在やウルカヌスの暴走がまるでなかったかのように、関わった者たちの記憶が無くなり、すり替えられていた。

「おい! サイクル!」

「やっぱり、ショウトもかい?」

「ああ、どう考えても変だ。それにナッツの親父だって……」

「ごめんね。僕はその時、意識を失ってたから事の真相は分からないけど……、マーカスと何か関係ありそうだね」

 サイクルはマーカスの事をしっかりと覚えていた。
 サイクルは申し訳なさそうにそう言ったが、マーカスの件に関して話すときは険しい表情を見せた。そして再び口を開く。

「となると、僕たちが気を失っている間に何かあったに違いない。もう一度山に行く必要がありそうだね」

「ああ、俺もそう思ったところだ。でも……」

 もしかしたらまた同じように自分のせいで傷付く人がでるかもしない。ショウトは山での出来事を思い出す度に恐怖がよみがえる。すると、部屋のドアが勢いよく開いた。

「話は聞かせてもらったよ! 今回はアタシたちも付いて行くから安心して!」

 そこには、両腰に手を当て、自信たっぷりに口走るモミジとその後方にはモミジの仲間の男が二人立っていた。その光景にショウトは呆然とした。

 ショウトが呆気に取られていると、モミジの仲間の男たちA、Bが口を開く。

「ショウトって言ったか、今回は世話になったな! お前のサポートは俺たちに任せとけ!」

「そうだ! 格好悪いとこはもう見せられねぇ! お前は大船に乗ったつもりでいればいい!」

 その言葉と三人の表情を見たとたん、ショウトの心配はまるでなかったかのように消え去っていた。

「みんな……、ありがとう。モミジ、ありがとう」

 そしてモミジはショウトの言葉を聞くなり、一回うなずき、

「決行は明日! 朝から出発するから、それまでは個々でしっかりと準備するように!」

 力強くそう言って、ここに、山散策隊か結成されるのであった――。



 翌日……

 朝早く村を出発したショウトたちは、昼過ぎには夜光草の群衆地へたどり着いていた。

「ショウト大丈夫か?」

 モミジの仲間Aが心配そうに口を開く。それにショウトは痛む身体を我慢しながら、

「心配かけてすみません。まだ全然本調子じゃなくて……」

「キツかったらいつでも言えって言ったじゃねぇか。もっと頼ってもいいんだぜ」

「はい……」

 頼りにはしていても、自分の弱さで他人を傷つけたくない。そう思うと素直に頼れずにいた。

 すると、モミジとモミジの仲間Bが話をしている声が聞こえた。

「それで? 現場はどこなんだい?」

「巣に続く道はあのデカイ木の裏にあるはずだ」

「ショウト、アタシたちは先に見てくるからゆっくり着いておいで」

「ああ、済まない……」

 ショウトとサイクルを群衆地の入り口に残し、モミジたちは大木の方へと走っていった。

「なぁ、サイクル。やっぱり俺って迷惑かけてるよな……」

「それは気にしすぎじゃないかな? 確かに、みんなショウトの心配はしているけど、それはショウトが弱いからじゃないと思うよ」

「そうかな……?」 

「そうだよ。ここに来るまでの間、みんな笑ってただろ?」

 サイクルの言うとおり、ここまでの道のりは決して楽ではなかった。
 獣人である彼らの臭いに釣られて、この前よりもたくさんの魔物と遭遇した。しかし彼らは必死に戦うというよりも楽しんでいたようにも見えていた。

「きっとそれは、少しでもショウトに恩返ししたいって想う彼らの気持ちだと僕は思うんだ。そうじゃなかったらわざわざ危険をおかしてまでこんな所へは来ないと思うよ。だからさショウト……。気楽に行こうよ」

 ショウトは、優しさのこもったサイクルのその言葉に少しだけ、ほんの少しだけ肩の荷が降りたような気がした。すると、

「ショウト! こっちに来て! 早く!」

 モミジがショウトを呼ぶ声が響いた。
 ショウトは重い、痛む身体を我慢しつつモミジの声のする方へ急いだ。

 途中よろけて転びそうになる場面もあったが、その時はサイクルが笑顔で支えてくれた。その表情と先程の言葉がショウトにも笑顔を作る余裕を与えてた。

 そして、大木に着くなりモミジが口を開いた。

「ショウト、これ見て」

 モミジは木の幹を指差している。
 そこには、読めない文字が円形に様々な模様と共に刻まれている。

「これは?」

「これは、時間操作の術式が組み込まれた魔方陣だね」

「魔方陣?」

「普通の魔法と違って、時間操作や次元操作は扱いが難しいからこういった魔方陣を書いて使うのが一般的なの。一般的って言っても実際に使える人は限られるけど……」

「じゃあ一体誰がこんな事を!?」

「イベリス……」

 するとモミジは頭を抱えて座り込み、声を荒げた。

「アタシは何か……、何か! 大事な事を忘れている気がする! なんで!? どうして!?」

 その光景にショウトは驚き、急いでモミジに近づく。

「おい! モミジ! 大丈夫かよ!」

 ショウトはそう言うと身体を起こすようにモミジの身体に触れた。その時、モミジは急に思い出したかのようにハッとし口を開いた。

「イベリス=ルージュ」

「は?」

「西の魔女イベリス=ルージュ」

 モミジは真剣な表情でショウトを見つめる。

「あ~! なんでアタシはこんな大事な事を忘れてたんだ! ショウト! アンタ、ここでイベリスと会ったかい!?」

 モミジはショウトの肩を掴み、激しくショウトの身体を揺らす。その声と表情はショウトが今まで見たこともないくらい殺気立っているように感じた。

「知らねぇよ! 俺はここに着いたとたん意識を失ったんだぞ! もしそいつが居たとしても見てねぇよ!」 

「プリチーちゃん! アンタは?」

「ゴメンねモミジ……、僕も分からないよ……」

「そっか……、取り乱して悪かったね」

 そう言うとモミジは落ち込んだようにうつむいた。しかし、何かを思い付いたように直ぐに顔を上げ、

「そうだ! ショウト! アンタの能力! 確か物の魂を呼び起こす事出来るんでしょ!? 今もアンタに触れられた瞬間思い出したしさ! そうだろ? だから、この木に聞いてみれば何か分かるかも!」

 その言葉を聞いたショウトは再びウルカヌスの件を思い出す。
 出来る保証はない、だけど、もしまた同じような事が起きてしまったら……、ショウトはそう思うと恐怖で足が震えた。
 
 するとモミジの仲間AとBが、

「ショウト。大丈夫だ。さっきも言ったろ? もっと俺たちを頼れ。信じろ!」

「そうだぞ。あの時はヘマしたが、俺たちは商人だ。お前が思っているよりはるかに強い」

 その言葉にモミジも続く。

「ショウト、アンタは一人じゃないよ。アタシも居るし、コイツらも。だからさ!」

 ショウトは困惑した。目の前にいる仲間たちを信じていない訳じゃない。でももし本当に……、ショウトは少し後方で浮いているサイクルの方を振り返った。すると、サイクルは笑顔でうなずいた。その姿に、ショウトは一度深く深呼吸をして、

「わかった! やってみる! 何かあったら本当に頼むな!」


 そう言って、今自分が出来る最大の笑顔をモミジたちに向けたのだった――。
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