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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
トラックに轢かれそうになった女子高生を庇って、異世界の貴族ルカルドに転生した俺は、リーデンス家の次男として、何不自由なく幸せな日々を送っていた。
父のカイム・リーデンスはやり手の子爵で領地持ち。母さんのエレナ・リーデンスも元は男爵家のお嬢様という、絵に描いたような貴族家だけど、アルト兄さん、リーナ姉さんを含め、家族仲はとても良い。お金とか身分とか、そういうものよりも、前世で味わえなかった家庭の温かさに、俺の心は大いに満たされている。
そんな中俺は、この世界で三歳を迎えた者が必ず受ける儀式――『神の祝福』を受けたんだけど、そこでこの世界に転生させてくれた神様と再会し、流れで現人神という存在にされてしまった。
とはいえ、神様がくれた『願望』と『成長促進』というチート能力が、ぶっ壊れ性能だったせいで、俺の能力は元々おかしなことになっていたんだけど。三歳の時点で世界――いや、歴史上最高の能力を身につけてしまっていたからね。
神の祝福の儀式から一年が過ぎ、俺は四歳になった。
この一年間で、俺の日常生活は今までとは大きく違うものとなっている。
その理由は、神の祝福が終わった際に、自分のステータスを家族に披露したからだ。
隠蔽スキルでかなり控えめに偽装していたものの、それでも常識から逸脱した圧倒的な数値とスキル数だったので、みんな驚いていた。
結局〝さすがルカだ!〟といういつもの流れで納得してもらえたけどね。
そんな出来事の後、早速俺の日常生活に新しい風が吹いた。
まず、知力がかなり高い数値だったため、アルト兄さんやリーナ姉さんよりも早く算術や礼節の授業を始めることになったのだ。
ただ、算術とはいっても、習う内容は四則演算と軽い応用程度だったので、一週間もかからず五年間で学ぶ予定だった授業の全てを終えてしまった。
家庭教師として雇われていた女性が驚愕する顔はとても面白かった。家族や使用人達は、いつも俺の規格外な姿を見て慣れていたせいで、あまり驚かなかったから、なおさら彼女のリアクションが印象的だったのかもしれない。
そのおかげで、またみんなから神童ともてはやされたけどね。
同じ時期に始まった礼節の授業も、持ち前の成長促進と願望チートさんが余すことなく力を発揮してくれたので、習う予定だったものを一週間で全てマスターした。
その際、ただの『気品』スキルではなく、『王族の気品』というスキルを会得してしまったわけだが……
俺、王族じゃなくて、ただの貴族だけど……これ如何に?
その後も、一般教養やダンスレッスン、貴族としての常識等、多くのことを学んだ。
そのどれもがチートスキルのおかげもあってすぐに身についたので、結局五年かけて学ぶはずだった授業は、一ヵ月ほどで全てマスターした。
これで四年と数ヵ月は勉強せずに、自由に使える時間を手に入れられたと考えれば、喜ばしい。
その後も俺は、あまり調子に乗りすぎないように最低限気をつけながらも、色々なことに挑戦していった。
最初に行なったのは、『錬金術』のレパートリー拡充だ。
今まではただのポーションだけしか作っていなかったが、ハイポーションや魔力ポーションにも手を出してみた。
必要な材料は父さんの親友で、俺がポーションの専売契約を結んでいる商人のワルツさんがすぐに集めてくれたから、数日後には全部揃った。
すでに、俺の錬金術は神級のレベルMAX状態だったので、ポーション作りは難なく成功。ちなみに、どちらも品質は最高級だった。
出来上がったハイポーションが一本五万ベル、魔力ポーションが一本二万ベルで、それぞれワルツさんに売る契約をした。
どちらも普通のポーション同様、月に五百本ずつ納品する契約だ。
普通のポーションが一本一万ベルだから……ざっと計算すると、俺の年収は四億八千万ベルになる。凄い金額だ。
すでに、領地持ちの父さんよりも稼いでしまっているが、気にしない。
というか、俺の作ったアイテムが売れることを、俺以上に父さんが喜んでくれるんだから、気にしたって仕方ない。
こうしてポーションの納品数が三倍になり、錬金術の作業時間が多少増えたりもしたが、それでも一日のうちの自由な時間は十分に残った。
当然、みすみす時間を浪費する俺ではない。ポーション作りの合間を縫って、料理のレパートリーを増やす日々だ。
ピザ窯を作ってピザを焼いたり、パスタを発展させてマカロニグラタンにしたり。他にもアイスクリームやフレンチトーストといったデザート系メニューも充実させたね。
どの料理もみんなに大好評で、兄さんなんか興奮しちゃって、〝この料理を世界中に広めるべきだ!〟とか、意味のわからない発言をしていた。
俺はあくまで大好きなみんなを喜ばせるために作っているのであって、世界に料理を広めたいとは思っていないんだけどね……
でも、数年後には王都の学園に入学するであろう兄さんからしてみれば、王都の方で俺の考えた料理を食べられないのは、かなりのストレスになるのか?
うーん、一応、兄さんのためにもレシピを広めることを検討しておこう。
錬金術や料理以外の時間は、家族と触れ合う時間にしている。なんだかんだいって、この時間が一番充実感を与えてくれる。
父さん、母さん、姉さん、兄さん、使用人のみんなと他愛もない会話をしたり、ハグをしたりする時間が、今世の俺は堪らなく好きなのだ。
そして、それと同じくらい俺に幸せを感じさせてくれる人物……いや、神様がいる。
それは、『大賢者』スキルが実体化した存在、アテナだ。
みんなには彼女の存在を明かしていないので、家族や使用人達がいる前では常に俺の中にいる。
だが、二人きりになれる時は実体化して、いつも俺にベッタリだ。片時も離れないといってもいい。
母さんや姉さんと一緒に寝ない日は必ず添い寝してるし、たまに二人で散歩なんかもして、俺が昼寝する時はいつも膝枕をしてくれる。
俺といる時のアテナはいつも笑っていて……俺はそんなアテナの笑顔が本当に好きだ。
新しい人生は幸せでいっぱいだ。
今の時点でこれだけ幸せだと、後になってドン底に落ちてしまわないかと心配だけど、そんなの考えるだけ無駄だよね。
もしものことを考えて落ち込むくらいなら、今を楽しく生きる方が何倍も有意義でしょ?
アテナや家族のみんなが笑顔で幸福に過ごせる――そんな日々が続くように強く願いながら、今日も俺は精一杯楽しく生きる。
さて、今日は何を始めようかな?
第一章 良くない前兆?
四歳になってから数週間が経過した。
その日の朝も、俺はいつも通りの時間に起床し、ランニングを開始。千回の正拳突きを黙々とこなした。
一連のトレーニングメニューを終え、専属メイドのアリーから受け取ったタオルで汗を拭いていると、ある人物が声をかけてきた。
「いやー、いつ見てもルカルド様の体術は美しいですね」
冒険者と兼業しながら、兄さんと姉さんに剣術を教えている、パリスさんだ。
冒険者としては上から二番目に位置しているAランクで、上級冒険者にあたる。彼は普段、ソロの剣士として活動しているらしい。
そんな彼が何故こんな田舎の子爵領で、剣術を教えているのかは謎なのだが、そんなことは今はどうでもいい。
パリスさんは俺の正拳突きメニューを初めて見た時から、こうして頻繁に声をかけてくるようになったのだが、今日はいつもと雰囲気が違う気がする。
なんだか、落ち着きがなくて、そわそわしているというか……何か言いたいことがあるけど、なかなか言い出せない、といった感じだろうか?
「ありがとうございます。パリスさんの剣術もとても美しいと思いますよ」
俺は無難に社交辞令めいた返事をした。とはいえ、これは本心で思っていることだ。
パリスさんは、Aランク冒険者の中でも上位とされていて、剣術においては、最上位のSランク冒険者にも引けを取らないほどだと言われているらしい。
現に、パリスさんの剣術スキルは特級のレベル8と、かなり高い。
スキルのランクは全部で十段階あって、下から順に、下・中・上・特・聖・王・帝王・覇王・精霊・神だ。各ランクレベル10が最大で、それを超えると次のランクに上がる。
特級は下から数えた方が早いと侮るなかれ、王級以上のスキルを持っているのは、英雄と呼ばれる者くらいなのだ。
兄さんが五年間稽古して、やっと中級に上がったことを考えると、相当なポテンシャルを持っていると言っていい。
年齢もまだ二十歳で若いし、これからもっと強くなる逸材だ。
うん、本当になんでこんな所にいるんだろう。
そんなことを考えながらも、当たり障りのない会話をパリスさんと続けていると、いつもなら話を切り上げて兄さん達の稽古に戻るタイミングで、彼がこう切り出してきた。
「ルカルド様、まだ四歳で少し早いですけど、剣術の稽古を始めませんか?」
彼はそう言って、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「え?」
予想外の言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。
兄さん達みたいに、俺もてっきり五歳から剣術の稽古が始まるものだと思っていたのに。
三歳を過ぎたばかりの頃、俺の常人離れしたステータスを見て興奮した父さんが、俺に剣術の稽古を始めさせようとしたことがあった。その時パリスさんは反対していたのだが、今回はどういう風の吹き回しだろうか。
「ああ、ルカルド様が驚くのも無理はないですよね。一年前あれだけ反対していた私の方からこんな誘いをするなんて、頭がおかしいと思われても仕方ありません」
いや、そこまでは思っていないけどね?
でも、その理由を聞く権利くらい、俺にもあるはずだ。
「答えは簡単です。あなたは常人とは比べ物にならないレベルで、成長が早いからです。というのも、ルカルド様は、まだ四歳ながら、その発育状況はすでに六、七歳と同等といっていいでしょう。ならば、今の段階で剣術を始めても、今後の成長に支障をきたす心配はないと判断したんです」
ああ、そういうことか。
確かに、五歳まで剣術を始めないのは、早い段階で体に過剰な負荷をかけてしまうと、その後の成長に悪影響が出るからだ。
でも、そんなのは俺にとっては今更な問題だ。
俺は幼い頃から体を鍛えまくっているが、成長が阻害されるようなことはなかった。逆に普通よりも成長が早いくらいだ。
それはひとえに、成長促進というチートスキルや『健康』といったスキルのおかげだ。
せっかくパリスさんが剣術を始めないかと提案してくれたんだし、それに乗らない手はない。
正直、俺も代わり映えのない鍛錬に少し飽きてきていたんだ。
剣術がメニューに加わることで、そんな気持ちも吹っ飛んでくれるだろうから、俺としては大大大歓迎。
「えっと、パリスさんさえよければ、僕としてもぜひ賛成したいところなんですけど……」
「本当かい? いやー、そう言ってくれるとありがたいよ! じゃあ、これから改めてよろしくお願いしますね、ルカルド様」
そう言って、はにかみながら右手を差し出す彼はとても爽やかで、まさにイケメンだった。
……ってそんなことはどうでもいい。
俺は差し出された手を取り、パリスさんと握手をかわし、改めて挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします、パリスさん」
そんなやり取りが終わり、早速剣術の稽古に参加しようと、意気揚々と兄さん姉さんのもとに向かおうとしたが……パリスさんが待ったをかけた。
「あっ、ルカルド様。まだ、ルカルド様用の木剣は用意してないので、剣術が始められるのは最低でも一週間後くらいになりますよ」
「えっ? あっ、そうですよねー! ははっ、わかってましたよ! はい、わかっていましたとも。いやー、木剣が出来るのが待ち遠しいなあ!」
俺は勘違いしたことが少し……いや、だいぶ恥ずかしくて、ちょっと早口で言い訳がましい言葉を並べ、早足で屋敷に戻ったのだった。
◆
ある日の昼下がり、ポーション製作のノルマを終えた俺は、錬金小屋に一人きりになっていた。
いつもなら必ず一人は家族の誰かが残っているのだが、今日はみんなそれぞれに予定があるらしく、こんな状態になっている。
最近、一人になる時間なんて滅多になかったので、俺はここぞとばかりにアテナを顕現させることにした。
「アテナ、おいでー!」
『かしこまりました、マスター』
頭の中でアテナの声が響いた次の瞬間には、目の前に彼女が立っていた。
本当に仕事の早い女である。
「何を考えているんですか。仕事とは関係ないじゃないですか」
このように俺の頭の中は彼女に筒抜けなので、くだらないことを考えているとツッコミをされてしまう。
毎度ながら、心を読むのは反則だと思うんだよな。
――っと、これすらも読まれているんだから、考えすぎるのは危険だな。
「何が危険なんでしょうか?」
やっぱり、こうなった……
俺はそんなアテナの追及を適当にはぐらかすため、ある提案をしてみる。
「アテナ、今日暑くない?」
「いくらなんでも話が変わりすぎだと思うのですが……仕方ないマスターですね。とはいえ、確かになかなか暑い日だと思います。顕現して初めて気がつきました」
「うんうん、そうだよね。こんな暑い日にぴったりな、とっておきのデザートがあるんだけど、食べたくないかい?」
「暑い日にぴったり……マスターの世界の知識から推測するに、かき氷とかですかね?」
……驚かせようと思って勿体ぶったはずが、先回りで言い当てられて、なんとも言えない気持ちになってしまう。
そんな俺の心情を読み取ったアテナが、わざとらしすぎるすっとぼけ方でフォローを入れてくる。
「あっ、す、すみません。わ、わー、なんだろー、暑い日にとっておきのデザートってなんだろーな、食べたいですねー」
彼女の慌てぶりを見て、俺はつい〝ぶふっ!〟と噴き出してしまった。
ん? まさかここまでアテナの計算の内なのか? いや、さすがにそれはないよな。
気を取り直し、俺は一つ咳払いをしてから提案を再開する。
「――っ、ごほん。アテナの言う通り、かき氷で合ってるよ。こんな暑い日に食べると、最高に美味しいんだよね。どう? アテナも食べてみたくない?」
「もちろん、マスターに作っていただけるのであれば、ぜひ食べてみたいです!」
「素直でよろしい。……せっかくだし、ククも呼ぼうよ」
「いいですね、ククも喜ぶでしょう」
俺は以前助けた木の精霊――ククに、念話で呼びかけた。
彼女もアテナ同様、家族が周りにいるとなかなか話をする機会がない。
『ククー、聞こえるー?』
ククは俺の契約精霊なので、遠くにいたとしても、こうして念話で呼び出すことができる。
『ん? ルカ様? 聞こえてますよー! どうしたんですかー?』
『これからアテナと、甘くて冷たいデザートを食べるんだけど、一緒にどうかと思ってさ』
『本当ですかー!? 食べたい! 食べたいですー!』
「はははっ、錬金小屋で待ってるから、早くおいで」
念話越しでも伝わってくるククのハイテンションな様子に、思わず笑いがもれてしまった。
その後一分とかからずに、ククが錬金小屋にやってきた。まるで突撃してくるかのごとき勢いだったのは、言うまでもない。
ククが到着したところで、早速かき氷を作る。
まずは、土魔法で作製したお椀をテーブルの上に置く。その中に、キメ細かく削られた氷が積み上がっていくように深くイメージして、氷魔法を発動する。
……これで少し待てば、山盛りになったルカルド特性、フワフワかき氷の完成だ。
「んうぅっ! 冷たくてフワフワで美味しいですコレ!!」
まだシロップをかけていないのに、その見た目に誘惑されたククが、フライングして一口食べてしまった。
もちろん、味はしないのだが、その食感と冷たさに、ククは早くも大興奮だ。
「そうでしょ? これはかき氷っていう食べ物で、暑い日に食べると最高に美味しいデザートなんだよ。でも、まだ完成してないんだ」
「え? こんなに美味しいのに、未完成なんですか?」
「そうだよ、ちょっと待ってね」
俺は事前に作っておいたイチゴシロップを取り出し、ククの持つかき氷の上から、たっぷりとかけてあげた。
「これでイチゴ味のかき氷の出来上がりだよ。さぁ、食べてごらん!」
「はーい!」
ククは元気よく返事をすると、イチゴシロップがたくさんかかっている部分をスプーンですくい上げ、口の中に運んだ。
「んんぅ~!! 凄い! さっきは冷たいだけだったのに、今度は甘くてイチゴの味もして、凄く美味しいですー!」
ククは満面の笑みで、かき氷を勢いよく食べ続ける。
でも、そんなにバクバク食べていると……
「んっ!? ルカ様、なんか急に頭が痛くなってきましたっ!」
案の定頭痛を起こし、ククは片手で頭を押さえながら悶絶した。
それでも、もう片方の手でかき氷を持ち続けている辺り、余程かき氷が気に入ったのだろう。
「でも、美味しくて止まらないですー!」
ククは頭痛と戦いながらも、喜々としてかき氷を食べ続けた。
「マスター、私のはまだですか?」
つい微笑ましいククばかりに気を取られていたら、アテナから催促された。
アテナもやはり女の子なだけあって、甘いものには目がないようだ。
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