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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
異世界の貴族の次男として転生してから三年で、現人神へと至った俺、ルカルドは忙しい日々を送っていた。
剣術を始めてからそれほど時をおかずに、多くの弟子を持つ師匠になり、一日の稽古時間が増えたのがその理由の一つだ。
また、家族に作ったアクセサリーがきっかけで自分の商会を立ち上げ、その評判を聞きつけてやってきたミザリー王妃とミラーナ第二王女殿下に店を気に入られ、王族御用商人にもなった。
これが、忙しい日々を送ることになったもう一つの要因だ。
だけど後先考えずに行動をしたのは自分なのだから、自業自得としか言えない。
それにどれほど忙しくとも、俺が最も信頼するパートナーの女神アテナや契約精霊のクク達がいる。
何より、この世界の家族であるリーデンス子爵家のみんなと過ごす時間があれば、俺はどんなことでもできる。
現に、最近、世界を破壊するために復活した怪物、邪龍王ヴェルニルだって、正拳突き一発で倒した。まさかそのヴェルニルともう一頭の龍王イグニルが俺の僕になるとは思いもしなかったけどね。
またヴェルニルを倒したせいで現人神の中でも神格が高い人龍神になったりもしたが、世界が破壊されることなく、大切なみんなと過ごす未来が守れたのだから気にしない。
これからも願ったスキルはなんでも手に入る『願望』チートと、あっという間にレベルが上がる『成長促進』スキルでどんなピンチでも乗り越えてみせるさ。
まあ、俺のスキルレベルはそのほとんどが、下・中・上・特・聖・王・帝王・覇王・精霊・神と十段階あるうちの最上位、神級だからもう上げる必要もないんだけどね。
こうして、五歳になった俺は、今日、社交界デビューのために王都へと旅立つ。
旅立つ、とは言っても、領地を離れるのは一ヵ月ちょっとで、王都に滞在する期間も半月だけだから、少し長い旅行のようなものだ。
家族から同行するのは俺の父さん――リーデンス子爵家当主――だけ。使用人からは、元リーデンス子爵家剣術指南役のパリス、元宮廷魔導師団団員のランファ、俺専属メイドのアリー、父さん専属メイドのウル、優秀なメイドのムアとハルの計六人。パリスとランファはいろいろあって、今は俺の弟子になっている。
それに加えてミラことハイデル王国の第二王女ミラーナや、ミザリー王妃、そしてこれまた俺の弟子になったウォルテニス公爵達王都組も一緒だ。
アルト兄さんやリーナ姉さんの時は、馬車の護衛に冒険者を何人か雇っていた。
けれど、今回は王国騎士団と宮廷魔導師団の面々が、ミラやミザリー王妃の乗る馬車と共に護衛すると言ってくれたので、素直にお願いした。
本来ならば兄さん達も同行する予定だったのだが、エレナ母さんのお腹には新しい命が宿っている。
いざという時のために兄と姉は家に残るそうだ。
この決定について、姉さんが〝私も行く!〟とブラコンっぷりを発揮するかと思っていたが、今回は駄々をこねなかった。
やっぱり姉さんも母さんが心配なんだな。
かくいう俺も、母さんとお腹の赤ちゃんが心配なので、本当は王都になど行きたくはない。
しかし、貴族の次男としての責務を放棄するわけにもいかないから、泣く泣くリーデを離れるのだ。
そんなことを考えているうちに、どうやら時間が来てしまった。
「旦那様、出発の準備が整いました」
「ご苦労。では早速だが、出発しよう」
ウルに声をかけられ、父さんが号令を発した。
「ルカルド様、とても楽しい時間をありがとうございました」
最後にミラから挨拶をされたので、俺も失礼のないように言葉を返す。
「王都と比べたら何もない町ですが、楽しんでいただけたみたいで何よりです。もしまたこちらに来る機会がありましたら、ぜひとも我が家とルル商会に寄ってください」
「まぁ! とても嬉しいです。ルカルド様がそう仰るのでしたら、絶対にまた来ますわ!!」
なんだかんだで、ミラをはじめ王都のみんなと過ごした時間は、とても楽しかった。
彼女もまた来ると言ってくれたし、王都から帰ってきたら、リーデをもっと良い町にするためにも頑張ろうと固く誓うのだった……って、まだ出発もしてないんだけどね?
俺が決意を新たにしていると、母さんが激励してくれる。
「ルカ、長旅は初めてだから疲れるでしょうけど、元気で帰ってくるのよ」
笑顔の母さんに続いて、姉さんと兄さんも励ましの言葉を送ってくれた。
「姉さんがいなくて寂しいだろうけど頑張るんだぞ、ルカ!」
「ルカ、王都で美味しい食材を見つけたら買って帰ってくるんだぞ、わかったね?」
「みんなありがとう。母さんは、あんまり無理しちゃ駄目だよ。姉さんも元気にね。兄さんは……うん、ご飯を食べすぎないように気をつけてね」
母さんと姉さんからハグをされ、兄さんからは美味しい物を頼まれる。うん、いつものみんなで安心だ。
これから一ヵ月も会えなくなるので、たっぷりと母さん成分と姉さん成分、ついでに兄さん成分を補給しておく。
「ルカ、出発するから早くおいでー」
そうしていると、先に馬車に乗り込んでいた父さんから催促された。
「はーい。じゃあ、みんな行ってきまーす!」
「「「行ってらっしゃーい!」」」
「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」
家族と使用人達の見送りの言葉を背に、俺達は王都へ向けて出発した。
考えてみれば、俺はこの町から出た経験はほとんどない。
少し前に、世界の果てで暴れていた邪龍王を倒すために一回だけ町の外に出たけど、あの時は真夜中だったのに加え、猛スピードで目的地に向かって、その後すぐに帰った。
だが今回は、馬車の中から屋敷やリーデの町並がだんだんと遠くなっていくのが見えて、町を離れているんだなと肌で感じる。
王都までは数箇所の町を経由するらしい。
王都も楽しみだけど、初めて行く他の町を想像するだけでも、とてもワクワクする。
この初めてづくしの旅がどうか有意義なものになりますようにと、俺は馬車の中で祈りながらゆっくりと流れていく外の景色を楽しむのだった。
第一章 いざ、王都へ
リーデの町を出て、馬車に揺られること数時間――
ようやく本日の目的地であるファルマルの町に到着した。
ここにたどり着くまでの間に、一度だけオークとゴブリンの軍団に襲撃されたが、護衛の弟子達が危なげなく対処し、事なきを得た。
俺によって魔改造……ではなく、みっちりと鍛えあげられた王国騎士団と宮廷魔導師団の混成メンバーなんだから、当然の結果だろう。
全員が一丸となって戦えば、ドラゴンが来たとしてもギリギリ勝てるかも。みんないつの間にか、人外みたいな強さになっていて驚きだ。
え、現人神のお前が言うなって? うるさいよ!
俺達は今夜、この町一番の宿屋に宿泊する。
俺達リーデンス子爵家だけならば、もう少しグレードの低い宿屋に泊まったのだけど、今は王族のミラにミザリー王妃、それに加えてウォルテニス公爵達までいるからね。安いところには泊まれない。
さて、そんなわけで初めて他の町に来たわけだが……ぶっちゃけ、リーデと大して変わらないというのが正直な印象だ。
ここも王都とはかなり離れてるから、まだまだ田舎なんだね。
こういう雰囲気も悪くはないけど、やっぱり多くの人達にリーデの町に来てもらいたい。一応、そのための観光資源になりそうなものに目をつけてはいるんだけど……
そんなことを考えていると、一緒の部屋で休んでいた父さんが、俺を心配して声をかけてきた。
「ルカ、初めての長旅で疲れていないか?」
長旅っていっても、まだ一日目の途中なんだから、今疲れてしまっていたらこの先が思いやられるんじゃない?
「まだまだ平気だよ、父さん」
「そうか? さすがルカだな。アルトやリーナはこの時点で、お尻が痛い! もう帰りたい! なんて騒いでいたのに」
そりゃあ、普通の五歳児ならそんなふうに騒ぐのも仕方ないだろう。
俺の場合はチートな五歳児だから、長時間移動しても疲れなんて感じないし、お尻の痛みにも縁はない。
「ねえ、父さん。せっかくよその町に来たんだし、少し観光してきてもいい?」
ずっと宿の中にいるのも退屈だったので、父さんに外出の許可をもらおうとお願いしてみた。
「ん、観光か? この辺りはうちと大して変わりはないんだが……まあ、いいか。念のためパリスとランファを護衛につける。気をつけて行くんだぞ」
危ないから駄目と言われた時のために、色々と言い訳を考えていたが、父さんは案外すんなりと許可をくれた。
まあ、パリスもランファも実力は折り紙つきだし、何より父さんはぶっ飛んでいる俺のステータスを知ってるから、そこまで心配はしていないのかな。
「ありがとう、父さん! じゃあ、二人と行ってくるね!」
「ああ、行ってらっしゃい」
そんなわけで、俺は早速、部屋で休んでいたパリスとランファを連れて外へと飛び出した。
しかし、初めて来た町の知識なんてあるわけもなく、どんなところに行きたいという目的もない。
どうしたものかと思案していると……
「ルカルド様。夕食まで少し時間があるようですし、この町の屋台街にでも行きますか?」
俺の様子を見ていた護衛のランファが、そんな提案をしてきた。
ナイスアイデアだね。うん、ちょうど小腹が空いてきたし、それでいこう。
「じゃあ、目的地は屋台街ってことで、出発しようか!」
「「はい!」」
こうして、俺達三人は屋台街を目指して歩きはじめた……
と思ったら、宿から一分もしないうちに着いたよ。
うーん……あんまり町を観光したって感じではないけど、深く気にしないようにしよう。
今は美味しい物を食べることに集中だ!
通りの左右には多種多様な屋台があり、威勢の良い客引きの声が飛び交っていた。
「さあさあ! 今日のおすすめはオーク肉の串焼きだよ!」
「今日は鮮度の良い果実が大量に手に入ったから、いつもより美味い果実水を用意してるよ! 一杯でいいから飲んでいきなさい!」
「こっちでは酒を出してるよっ! まだ夜には早いけど、仕事のないやつは一杯やっちゃおうよ!」
田舎町なので、そんなに客数は多くないが、屋台街はかなりの賑わいを見せている。中にはそれなりに並んでいる屋台もあった。
「ルカルド様、何か食べたいものはありましたか? 私が並んで買ってきますので、どうぞお申しつけください」
「ちょっと待ってね、パリス」
どこの屋台の料理も美味しそうで、凄く悩む。
いや、待てよ? 悩むくらいならいっそ全部食べてしまおうか。
幸い、俺は父さんと兄さん同様に大食漢のDNAを受け継いでいるし、十数種類程度の料理ならペロッと完食できるはずだ!
「ようし、決めた! パリス、全部一個ずつお願い! あっ、お酒以外でね。それと、自分とランファの分も忘れずに買ってきてよ」
「はい、かしこまりました! お気遣いいただき、ありがとうございます!」
「ルカルド様、私までありがとうございます」
「気にしない気にしない! 一人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいからね」
パリスが屋台の方に行くのを見送り、俺とランファは近くの公園にあるベンチで待つことにした。
しばらくすると、パリスが両腕でたくさんの料理を抱えてこちらにやってきた。
「お待たせしました、ルカルド様」
「ありがとう、パリス。じゃあ、早速食べようか」
「「はい!」」
俺はオーク肉の串焼きを受け取り、一口頬張る。それに続いて二人も食事を始めた。
「うん! 焼き加減が絶妙だ!」
「こちらのホーンラビット肉の方もいけますよ、ルカルド様」
「この果実水も甘くて美味しいですっ!」
その後も、買ってきた屋台料理を次々と食べていき、気づけば十分もしないうちに全部の料理をたいらげていた。
さて、お腹も満たしたことだし、食後の運動がてら軽く町中を散歩してから帰ろうかな。
そう思い、屋台街から出ようと歩きはじめたところで、路地裏から無数の視線を向けられているのに気づいた。
あれは……子どもか?
不審に思って確認してみると、そこには遠目から見ても明らかにやせ細った体に、小汚い服を着ている子ども達がいた。
あのような子ども達はこの世界に来てから一度も目にしていないが、どんな境遇に育ったのかなんて簡単にわかる。
きっと、小さい頃に親を亡くした孤児か、この町のスラム街の住人といったところだろう。
俺が住むリーデの町には、孤児院もスラム街も存在しない。
しかし、そういう子ども達がいるのは俺の『大賢者』スキルが実体化した存在、アテナの歴史の授業で学んでいた。
今の俺は五歳だけれど、そこら辺の大人よりもお金をたくさん持っている。
だから、彼らを助けてあげようと思えば助けられる。
だったらどうするか……いや、考える必要なんてない。答えなんてもう出ているだろう。
「パリスごめん、もう一度屋台で料理を買ってきて。今度はさっきの倍の量で」
「ルカルド様、どうされたんで……あっ、はい。わかりました。行って参ります」
パリスは、すでに満腹になった俺がもう一度大量に買い込むと言ったのを、疑問に思った様子だった。しかし俺の視線の先に気づくと、すぐに状況を理解して行動に移った。
同じくランファも俺の意図を察して、質問を投げかけてくる。
「ルカルド様、彼らを助けるんですか?」
「うん、そのつもりだよ。助けられるのに助けないなんて選択肢をとったら、一生後悔しちゃうかもしれないからね。僕はまだ五歳で、これからもたくさん生きていくのに、今からずっと後悔を引きずるのは辛すぎるよ。だから、これは僕のわがままだ。悪いけど、決定事項ってことで」
「……なんと慈悲深いお方なんでしょうか。まだ五歳だというのに、こんなに立派なお考えを……さすがルカルド様でございます!!」
そんなに感動することでもないと思うんだけどな……
そもそも平民に最低限の暮らしを保証するのが貴族の務めだ。俺も当主ではないにしても貴族だし、その務めは果たすべきだろう。
兎にも角にも、まずはあの子ども達に話をつけにいかなければ何も始まらない。俺はランファと共に子ども達のもとに歩み寄る。
突然近づいてきた俺達を見て、子ども達はあわあわとしているが、俺は気にせず声をかけた。
「こんにちは」
「あ、そ、その……こん、にちは」
子ども達の先頭に立っている灰色のロングヘアーが特徴的な十歳くらいの少女――この子がリーダーなのだろう――が、ぎこちないながらも挨拶を返してくれた。
よし、ファーストコンタクトは上々といったところか。
「僕の名前はルカルド、よろしくね?」
「えっと、はい……私はエイナです。その、よろしくです」
「うんうん。それで、早速君に聞きたいんだけど、君達はこの町の住人なのかな?」
回りくどい質問をしても時間がかかるだけなので、俺は直球で尋ねた。
初対面でいきなりこんな質問をすれば、警戒されてもおかしくなかったが、エイナは嫌な顔一つせずに答えてくれる。
「はい、私達はこの町の孤児院で暮らしてます。それであの、あなた様は……貴族様なのでしょうか?」
やはりエイナ達は孤児院の子どもだったようだ。
……おっと、そういえばまだ名前しか教えてなかったな。
「そうだよ、よくわかったね。僕はリーデの町から来た、リーデンス子爵家の次男なんだ」
「やっぱり……」
俺はいかにも貴族然とした上等な服を着込んでいるので、傍目にも身分はバレバレだったようだ。
俺が貴族だとわかったからか、エイナの後ろで様子を見ていた子ども達は、不安そうな表情を浮かべた。
「そ、それで、わ、私達に何かご用でしょうか?」
子ども達の顔色に気づいたエイナは後ろの子達をかばうようにして、恐る恐る俺に用件を聞いてきた。
彼女だっていきなり貴族である俺に声をかけられて不安だろうに。
でも、そんなことはおくびにも出さず……とは言えないものの、なんとか気丈に振る舞おうと頑張っている。
俺はそんな彼女をとても好ましく感じて、思わず本題とは関係のない話題を口にしてしまった。
「ねえ、エイナちゃん。君さえよければ、僕が経営してるルル商会で働いてみない?」
「……へ?」
あまりにも予想外だったからか、彼女は素っ頓狂な声を上げて固まってしまった。
「はははっ、いきなりだとそんな反応になっちゃうよね。まあ、まずは腹ごしらえして、その後で考えてよ」
俺はこの時点で、エイナをルル商会で雇うことを決定事項としていた。
孤児院の子どもだけど、最低限の敬語は使えるみたいだから何も問題はない。
彼女を雇って給金を少し多めに出せば、この子達も今まで以上の暮らしができるようになるし、もし大きくなった時に働き口に困ったら、ルル商会で雇えばいい。
俺は無駄な手間をかけずに従業員を確保できて、子ども達は働き口を得られる。
まさにウィンウィンな関係だね。
「はっ……え!? 私が貴族様のもとで働く? 腹ごしらえ? いったいどういう……」
しばらく経ってやっと再起動したエイナだったが、未だに混乱は解けていない様子だ。
そんな彼女は一旦置いておいて、俺はエイナの後ろにいる子ども達に声をかける。
応援ありがとうございます!
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