上 下
5 / 28
第1章

4 イチゴ味メロンパン 後編

しおりを挟む
田舎のスーパーは建物が少ない分駐車場が広い。端々にATM、精米機も置いてありそれを利用しに来る人も多い。その上ここのスーパーの外の屋根の下には買い物に来た人が一息つくためのベンチが備わっており、になっている。美空と風馬のいつもの場所として利用している老舗スーパーだ。
スポーツ大会の練習をしたい所だが、放課後は部活動があり体育館は使えない。今日の学校帰りの二人はスーパーの出入口横のベンチに腰掛け、美空は缶コーヒー、風馬は缶で飲むゼリーを飲んでいた。
風馬はお店前の歩道をぼーっと眺める。
同じ高校の男子と女子が二人で並んで歩いていた。二人の背中しか見えないがとても楽しそうだ。
風馬は飲む気の無い缶の飲み口を歯で咥えながら、
「あれ2組の佐藤だ」
風馬の声で美空はその二人に目を向ける。
「そうなの?」
美空は自分のクラス以外の人間は知らない。
「どこ行くんだあいつら」
「帰ってる途中でしょ?」
「なんもないじゃんこの辺」
ここは町と山の間。高校のすぐ近くにはホームセンターがある程度で、学生が遊びやデートに行ける所なんてたかが知れていた。
「佐藤ー!」
風馬が冷やかしで大声で名前を呼び、顔を美空の背中とベンチの背もたれの間に隠す。頭隠して尻隠さず。美空は黙って見ていたが、名前を呼ばれた本人達は何食わぬ顔をして歩いて行き姿が見えなくなった。
「こっち見てなかったよ」
風馬が顔を上げ、誰もいなくなった歩道を見返した。なんだつまんないと風馬はベンチに体を預けて座る。先日、廊下で美人の先輩の残り香を嗅いでいた風馬。帰宅部なのにいつも女子の前ではカッコつけ、美空にはモテたいと愚痴る彼にとって羨ましい景色だったと思う。
「タツから聞いたけど、あいつ手紙貰ったんだって」
タツとは風馬の中学からの友人。今はクラスが別々である。
「へえ、スマホじゃないんだ?」
「流行りなんだとさ、手紙で告白」
「ふーん」
文具屋に行くとたくさんの柄のレターセットを見かける。バレンタインもそうだけど、女子は何事も手間を惜しまないところがすごいなと美空は思った。
「美空知ってるか?」
名残惜しそうに歩道を見つめる風馬が不服そうに言うので、美空は耳を傾ける。
「都会の学生は学校帰りにハンバーガーを食べるんだど」
「ああ、CMやってたね。俳優さんが片手で食べてるやつ」
美空達が住む地域にはCMで流れるようなチェーン店のハンバーガーショップが無い。行くには親に頼んで車で1時間かけて隣町まで行かなければならない。
「しかも男女混合でだ。学生で。なんて卑猥な」
「卑猥なの?」
「そうだ、そんなことしているから都会は犯罪率が多いんだ」
あるようでない持論を言う風馬。
「あとあれだ、東京の学生は毎日夢の国に行くらしい」
「ああ、あれか」
日本一有名な某遊園地。
二人共テレビでしかその存在を確認したことがない。
「耳生やしてさ、東京の学生のデートスポットなんだとさ」
もちろんそんなもの、この近辺には無い。デートで遊ぶ所と言えば地域密着型のカラオケ店か公園くらいだ。
「ショッピングモール作んねーで、夢の国作ってくんないかな。県に一つずつ」
最近、美空の住む県の都市部では大規模な都市開発が進められていた。車で1時間、町の方に出向くと平坦な道路の上に橋のように架かった道路が作られ、さらに人を呼ぼうと大型商業施設を作ろうという話が連日、県内ニュースとしてテレビで流れていた。
「なんでわざわざ遠い所に買い物しに来るんだよ」
風馬は顔を上に向けて片手でゼリー缶をグイっと飲み干す。まるで酔ったオッサンだ。
「主役が何人も居たら変じゃない?」
「今の時代、寡を以て衆を制す、だ。同じのが47いてもいいだろ」
風馬はクラーク博士像のようにゼリー缶を持った片手を前に突き出す。
それを聞いて美空は47匹のネズミが歌って踊る姿を妄想した。うん、やっぱ変だ。
それにしても風馬がそんな難しい言葉を言うなんて極めて珍しい。そう思った美空は風馬に何かあったのではないかと心配になった。
「風馬、何かあったの?」
風馬が神妙な面持ちで美空を見る。
「…めっちゃ暇なの」
「あっ、そう…」
暇と言うのはなんと恐ろしい、勉強嫌いの風馬にあんな言葉を言わせてしまうなんて。きっと暇すぎて辞書でも読み始めてしまったのだろうと、哀れに思った美空は心の中で風馬の肩を優しく叩いた。しかし、この近辺で帰宅部高校生が出来る範囲の事は全てやり尽くした二人。持っているスマートフォンもろくな情報がない。毎日似たようなものばかり。これ以上はどうすることもできない。
「なんかねーかなー」
風馬が深呼吸しながら座っていたベンチに背中を預け、頭を上げる。美空はそんな彼の姿を見て何かしてあげられないかと考えた。
すると風馬の横のスーパーの出入り口から見覚えのある姿が出てきた。
美空がその人に気づいて見つめていると、彼もまた以前のように美空の視線に気づいて振り向いた。
顔の良い高校生。
「うしろー」
気づかれた。
美空に気付いて前川睦は名前を呼びながら向かってくる。学校で肩を組まれてから睦の事がどうにも苦手な美空。遠慮して欲しかったが先輩でもあるし彼も悪気があったと思っていない。仕方なく「どうも、」と美空は頭を下げた。
とぼとぼと近づいてくる睦。先日のような明るい彼ではない。顔も俯きがちで、なんだか美空の名前を呼ぶ声も少々低く聞こえた。
美空と風馬が座るベンチにやってきた睦。
廊下で会ったあの人かと風馬も気づいて、美空と同じように挨拶した。
「ああ、うしろの隣にいた人、」
「やあ」と睦は弱々しく手を振る。空元気で無理やり笑っている。
元気がない。
さすがに遠慮したい先輩でも放ってはいけないと、美空は声を掛けた。
「先輩、元気ないですね、」
言われて睦は重くため息を吐く。
風馬もそんな睦を見て気になったのか上体を起こし、睦の顔を伺った。
睦はゆっくり顔を上げる。
「俺、もうすぐ死ぬかもしれない…」
睦の口からは想像も出来ない言葉に美空は動揺した。
ウシガエルを持ってはしゃいでいた彼に一体何があったのだろうか。ショックで疲弊している様子の彼。座らせた方がいい…。美空よりも先に風馬がベンチから立ち上がり「座ってください」と睦を気遣った。
「ありがとう、」と睦は美空の横に座る。
すると、美空は彼の手に買い物シールを張られたメロンパンがあることに気付いた。
「先輩、メロンパン好きなんですか」
睦は両手で愛おしそうにメロンパンを抱える。値札の商品名にイチゴ味メロンパンと記載。美空にお前は結局何者なんだと思わせてくる。
「これ、好きなんだ、最後の晩餐にしようと思って、」
病気か何か?美空の頭によぎり不安を煽る。
「先輩、話してください。聞きますよ」
睦は安心したのか、顔を上げて口を開いた。
「体育館裏に来いって、手紙が来たんだ」
「えっ」
ショックを受ける美空。高校にそんな果たし状を渡すような古臭いヤンキーがいるなんで聞いた事がない。と、すると、
「いじめ?」
そう言ってきたベンチの前で立っている風馬と美空は目を合わせた。
「下駄箱に入れられてて、一年の時もあったんだけど、3回で済んだから忘れてて。でもまた最近始まって、今度は頻繁に、何枚も。もう、カバンいっぱいに来てて…」
手紙は何通と数えるんだがと美空は気になったが、今はそんな場合じゃない。
「先生とか、他の人には言ったんですか?」
睦は頭をぶんぶん振る。
「学校にそんな事する人がいるなんて思いたくない、クラスのみんなはいい奴らだから…」
睦は目を滲ませ、メロンパンを握り閉めた。こんな嫌な思いされたのになんでそんな事言えるんだろうと、美空は彼を見て悲しくなった。こっちも泣きそうになる。
睦は顔が良くて、身長も高くスタイルも良い、おまけに部活に入っていないのに運動もできる、頭のネジが足りない事以外は完ぺきな彼だ。本人も知らないうちに嫉妬や恨みをかってしまうのも仕方ないのかもしれない。
しかし、いじめはだめだ。
でも、自分に何ができるだろうか、美空は睦の肩にゆっくり手を置いて撫でた。これくらいしか出来ない。
「呼ばれたからには勝つしかないですよ」
重たい空気を消し去るように、風馬が力強く言った。睦が風馬を見上げる。
「こーゆうので大人は頼りにならない、ならケンカに勝つしかない」
風馬の目は真剣だった。
「でも…、あの、あれ、」名前なんだっけと睦が風馬に片手を向ける。
「仲村です」
「あ、仲村くん。…俺、ケンカしたことない、」
「いや、必ず勝つ方法がある」
無駄を省けば必勝法と言える。風馬は目を細くし、わざとらしく声を低くしてねっとりと言った。こんな時にカッコつける風馬に、いつのセリフを言ってるんだと美空は心配になった。
「風馬、ちゃんと考えてよ、」
「美空、覚えているか。俺、ケンカめっちゃ強えんだぜ」
いま知った。
強い奴は自ら言わないと思うが。自信ありげに拳を見せつけてくる風馬。美空はこれ以上言わず、彼に任せてみる事にした。
「まず前川さん。手を前に」
片手を前に出した風馬に言われ、ベンチから立つ睦。
「そして親指は中にして拳を作る」
風馬に続いてマネをする睦。
「こうすると威力が高まります。さあ、殴ってみてください」
「ええっ」
腕を縮こませて心配そうな顔をする睦。風馬は顔の前で両手をキャッチャーミットのようにして構えた。さあ、来い、と目で訴える風馬を見て睦は覚悟を決めて拳を構えた。
…あれ?風馬が危ない。
美空は風馬の構え方を見て思った。
「いくよ」
睦は再び拳を握り閉め、素早く風馬の手の中に拳をぶち込んだ。
風馬の顔面に両手越しの睦の拳が炸裂した。
風馬の顔は美空から見て漫画のようにめり込み、そのまま後ろに倒れた。
「ああーっ!ごめん!」
睦は急いで風馬の横に駆け寄った。平気と思わせたかったのか風馬はすぐにむくっと上体を起こして睦に「ナイスパンチ」と笑いかけたが、鼻からだらりと血が流れてしまった。
「バカお前…」美空はすぐに風馬を引っ張りベンチに座らせる。
リュックからポケットティッシュを取り出し、風馬に渡す。
「サンキュ」
鼻を上に向けたまま風馬はティッシュを鼻に詰めていく。
「ごめんね、強くやり過ぎた、」申し訳ない顔をしている睦。「いいえ、いいんですよ」と風馬は明るく返す。
「あんだけ強いんなら、いじめる奴らにも勝てますよ」
「そう?ありがとう、」
さっきの暗い顔より少し明るくなった睦。心配だったが風馬に任せて良かったと美空は胸を撫でおろした。
「でも、一体だれなんだろう…」
先日美空が廊下で睦と出くわした時、睦と他の先輩2人と2年生の教室の感じを見てもいじめがあるとは思えなかった。
「先輩、誰か思い当たる人いないんですか?」
美空に聞かれて睦は難しい顔をして首を傾げる。
「手紙に、いつも見ていますって書いてあった」
「そうなると、クラスの誰かとか?」
と風馬は意見の確認のため美空の方を見て、お互いにうなずいた。
「そうなのかな、」
悲しそうに肩を落とす睦。
「そういえば、クラスの女子がやたら聞いてきてた」
「なんて?」と風馬。
「前川って気になる人いるの?って」
美空の思考が止まる。
風馬も同様だった。
……。
…ん?
「…女子限定ですか?それ」
風馬が確認の為に、と聞く。
「うん…、他クラスとか、あと、1年の人とかも大人数で聞きに来た、」
「あれ、怖かったあ…」と睦は身を震わせた。
美空と風馬は顔を見合わせ、しばし沈黙。
「先輩、今、その手紙持ってます…?」
美空が冷静に睦に聞く。
「うん、あるよ」
睦は背負ったままだったリュックを肩から下ろし、ベンチに置く。
中から睦が手一杯に掴んで出したのは、可愛らしい柄の封筒たち。中にはハートのシールで封をされているのもあった。
「まだまだあるの」と睦はどんどんリュックから出していく。
ベンチに手紙が積み重なっていく。
新作の手品を見せられているかのように、美空と風馬はポカンと見ていた。
「もうロッカーに入りきらなくて。毎日来るから、早く来いって催促されてるんだよね、きっと」
山のように積み重なった手紙を見て怖がる睦。
…違うじゃん。
「先輩、それはラブレターですよ」
開いた口が塞がらないままの風馬の代わりに美空は言った。
「破れた?」
聞き間違えただけだろうがしょうもないことを言ってしまう睦。
「ラ、ブ、レターです、先輩の事が好きな女子がたくさんいるってことです」
目をぱちくりさせる睦。
「脅迫状じゃないの…?」
「先輩を悪く思っている人はいないってことです」
それを聞いた睦の顔がぱあっと明るくなる。
「みんな悪くない!?」
頷く美空。
「わあーっ、よかったあー!」
全身から緊張が吹っ飛んだのか睦は上半身を大袈裟に前に曲げた。
困り事が解決し、肩が軽くなったのか両腕を上げて背伸びをする睦。
「なあんだ、そうならみんな直接言えばいいのに」
いつもの状態に戻った睦は丁寧に手紙をリュックにしまっていく。
「明日みんなにお礼言わないとだ」
睦のリュックが手紙でいっぱいになり、メロンパンが入らなくなった。睦は袋を裂いてメロンパンを取り出すと、嬉しそうに頬張った。
しおりを挟む

処理中です...