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第1章
3 イチゴ味メロンパン 前編
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美空は左手で頬杖を付きながら、ノートの上で握っていたシャープペンを茫然と見つめていた。
ふにゃふにゃとミミズのような線しか書かれていない。
昨日のウシガエル事件の後、美空は睦と一緒に帰ることになった。
図書館でお互い何をしていたのか話すと、睦の方は美空と同じく夏休みの宿題をしに来たが、筆記用具を忘れて仕方なく本を読み、それに飽きて帰るところで美空と出会ったらしい。家に戻れば良かったのにと美空が言うと、睦の両親が出かけるのと同時に鍵を忘れて家を出た睦、彼の両親も気付かず家の鍵を閉めてしまい、すぐに帰れなくなったそう。
睦の間抜けっぷりに美空は言葉を失った。
その後、途中で美空は家の近くに着いたが、睦はまだ遠くにあると言う。自転車もない睦、美空はなぜ自転車で来ないのかと聞くと睦は「天気がいいから歩いてきたうへへ」と笑いながら言って帰ってしまった。
間抜け過ぎる。美空は今まで良く生きて来られたなと逆に関心してしまった。
今までに会ったことのない感じ。
昨日の出来事は風馬と出会って以来の大きな事だった。
睦との会話を頭で繰り返し再生する。
身長も高くて、顔も良い。
でも、ウシガエルは鷲掴みにする人。
筆記用具を忘れる人。
へんな人。
クラスは2年だったっけ。
何組か聞いていなかったな。
今なにしてるんだろ。
…背中をぐいぐい押される感触。
「うしろ」
振り返る美空。
後ろの席の男子が美空を見ていた。手に持っているシャープペンのお尻が自分に向いている。美空が教室の窓の反対側に目を向けるとクラス全員がこっちを見ていた。そして、教卓に立つ先生は両手を付いて呆れた目を美空に向けていた。
「20ページ、読んでください」
「あっ、はい、」自分の手元を見てまったく違うページを開いていた美空は慌てて教科書20ページを開く。
「参考書の20ページです」
先生のため息交じりの注意が美空の心臓に重たく刺さる。
「ちゃんと聞けよなー」
先生の静かな怒りを美空と美空を見ていた生徒達は感じ取り、見ていた生徒達一斉に黒板に目を向ける。
「はい、すみませんでした…」
美空は俯きながらゆっくりと参考書を開いた。
恥ずかしい。
授業終了後すぐに風馬が美空の席にやってきた。
「美空なにしてんの」とからかう風馬。
「ほっとけ」
美空は顔を真っ赤にしてむくれながら、風馬にしかめっ面をする。そしてさっさと教科書を机にしまい次の授業の教科書を机に出す。
「授業聞いてないなんて珍しい」
風馬は美空の前の席の椅子の背もたれを前にしてまたがって座る。
「眠かったの」
「それも珍しい」
風馬は背もたれに両腕を乗せ美空の顔を覗き込み、見透かしたのか口角を上げた。美空は何か言い返す代わりに手元の教科書の表紙で風馬の顔面をぺしっと叩いた。
「いでっ」
風馬は教科書を避けて後ろから顔を出すと、「あっ」と何かを思い出したように言う。
「お前今日日直だろ?」
美空はそう言われてさっきの授業でクラス全員のノートを先生が回収していた事を思い出した。集めたノートは日直が職員室に持ってくるようにと先生は言っていた。美空が教卓を見ると、積み重なったノートがまだ置いてある。
「早くノート持って行かないと」
教室の時計を見上げながら風馬は言った。
次の授業までに黒板を消してノートを持って行かないといけない。男女2人で日直の仕事をすることになっているが、今日は運悪く片方が休みで美空1人になっていた。
美空はやらかしたと苦い顔をして急いで立つ。
「そうだった、ごめん風馬手伝って」
美空は教卓の方に行こうとしながらグイっと風馬の腕を引っ張った。
「購買おごりな」
「やだ」
「ちぇー」
座っているのに上から見るような顔をしていた風馬の言葉を叩き落として、美空は風馬を教卓の方へ連れていった。
職員室は2階にある。
休み時間の廊下は2年生の先輩達であふれていた。
二階は2年生の教室にもなっており、教室の入口のドアの上に2年何組と書かれた札が廊下の突き当りまで続いている。
暇だからとお散歩気分で美空に付いてきた風馬の横を女子数人を連れた黒髪ロングの美人が通り過ぎて行く。風馬は自分の鼻の穴に入り込んできた美人の残り香を吸った。
「高2になったら女子っていい匂いが出るんかな」
「変態」
「あの人美人だな」
風馬とのジャンケンに負けた美空はノートを抱えながら歩いていた。自分のクラスから出ない美空、廊下にいる男子の先輩達は皆、身長も高くて体もがっちりしている。女子生徒は大人びていて、都会の街中に来たような気分で美空はドキドキしながら歩いていた。
2年1組の教室の前に差し掛かった時、教室から男子生徒が3人、話をしながら出てきた。その中には美空の見覚えのある顔があった。
あ、ウシガエル···。
美空が睦だと気づき目を向けたのと同時に、彼も美空に気づき手を振った。
「うしろー」と手を振りながら近づく睦。それに続いて他の先輩達も付いてくる。
「ああ、どうも、」
校内で風馬以外とはほとんど会話をしない美空。先輩への挨拶がわからず、その上緊張と普段使わない口角を上げる筋肉が動かせず、初めて言葉を覚えた機械のような挨拶になってしまった。
「なにしてるの?」
「ノートを…」
「わあ、えらいねー」
美空がそんな状況だとは知らずにのほほんと話す睦。その後ろから珍しそうに美空を覗き込む先輩2人。
「だれ?睦、後輩?」
「そうそう!」
睦と一緒に出てきた他の先輩に向かって嬉しそうに頷く睦。そのまま彼は美空の横に立ち、肩に手を回してぐっと自分の体を寄せた。
「初めての後輩!」
突然の事で戸惑う美空。
それを見て「おー」それは良かったとうなずく先輩2人。
「睦、後輩ほしいって言ってたもんな」「よかったじゃん」と先輩2人が話す間も美空は睦に体を寄せられたままだった。彼の腕から逃れるように美空は一歩後ろに下がる。
肩から手を離す睦。
「ぶ、部活、入ってないんですか?」
誤魔化すように美空は無理やり睦に話しかける。
「顔にボール当たっちゃって、痛くて」
睦は開いた手を苦い表情をした顔の前でぐるぐる回してジェスチャーする。
「こいつ中学からバレーやってて、めっっちゃ強いの」
片方の先輩が親指で睦を指しながら言う。
「どうして、やらないんですか?」
無理して聞く美空。
「なんだっけ、顔に当たったからだっけ?」
片方の先輩が半笑いで睦を見ながら言う。
「見てた。アタック抑えようとして、跳ね返って…」
もう片方の先輩が指で空中に軌道を描く。
「高校生みんな力強いんだもん、舌噛んでさーめっちゃ血ぃー出た」
自分の口元を指さしながら痛がる顔をする睦。
「そんなんで辞めるとかマジか」
おかしな奴だと睦を笑う先輩2人とそれを気にせずのほほんと笑う睦。
そんな睦たちの会話を手出しできず眺めている美空。
横から風馬が肘でつつく。風馬の顔を見て美空はノートの事を思い出した。
「あ、あの、これ、置いてきます」
美空の言葉に反応する先輩3人。
「そうだった、ごめんね止めて」
「またね」と睦は手を振りながら美空の横を通り過ぎる。その後を先輩2人が付いていく。すれ違いざまに美空に顔を寄せて、「バカだけどよろしくしてやって」と微笑みかけて行った。
「ああ、はい、」と美空はまたぎこちなく返事を返す。
睦たちの背中を見送ってから風馬は興味津々で美空に聞いた。
「なんだ美空、知り合い?」
「昨日、帰り道で会った、」
そして、職員室にノートを置いて教室に戻る途中の廊下。
風馬が続けて聞く。
「すげえな、前川先輩と知り合いとか」
「あの先輩あんなだよ?すごいの?」
「イケメンに肩組まれて嬉しくないのか?お前」
「別に、」
美空は睦にいきなり肩に手を回されたことを不快に感じ苛立っていた。
「女子に人気だよ」
「うそ…、」
風馬から聞かされ引く美空。
「やっぱ顔だよなー」
言いながら風馬は両手をぐーっと上に背伸びしてそのまま頭の後ろに組んだ。
「頭に難ありだよ」
「それくらいしてもらわねーと、俺は神を恨む」
風馬が組んだ自分の手をパッとほどくと顔が上を向く。まるで地獄から見上げているように見えた美空はクスッと笑う。
そう言えば、風馬モテたいって言ってたっけ。
この前の体育、クラスの女子にかっこいいって言われて浮かれてたな。
「風馬もかっこいいよ」
美空は冗談半分で横を歩く風馬に言ってみた。
「ほんとかー?」
疑うように美空に聞く風馬。しかし、かっこいいと言われて嬉しかったのかニタニタ笑っている。
「ほんとほんと、かっこいい」
美空は笑いながら思っても無さそうに言った。
「なんだお前その顔」
風馬は笑いながら肩で美空を小突く。
風馬と話しているときは楽しい。
次の授業のチャイムが鳴った。
「やべっ、急げ!」
風馬が走りだし、美空もそれに続いて走り出した。
美空の学校では毎年秋にクラス対抗のスポーツ大会が開かれる。競技は卓球、バスケ、バトミントン、バレーボールを第1、第2体育館で分けて行われる。その日、美空のクラスでも帰りのホームルームで誰がどの競技に参加するのか決められた。運動全般が苦手な美空にとってはそれ以前の問題だったが、結局人数の足りなかったバレーボールに風馬と共に振り分けられた。
次の日から全クラスの生徒は休み時間を惜しんで練習を始めた。第一体育館は曜日を分けて、入口近くにバレーボールのネットが張られ、お昼休み、美空のバレーボールチームも第一体育館で場所を取って円になりパス回しの練習をしていた。のだが、スポーツ慣れしていない美空。必ず美空でパス回しが終わってしまうので、チームのリーダー格が不機嫌になってしまい、空気を読んで体育館の端で風馬にマンツーマンで教えて貰うことにした。
風馬がボールを下から上に放る。
美空が見様見真似でオロオロとオーバーでボールを返そうとしたが、おでこの前に出した両手はむなしく空を切り、美空のおでこにボールは直撃。
「痛っ、」
ボールは後ろに飛び、それを見て笑う風馬。
おでこを抑えながら飛んで行ったボールを取りに行った美空「強くない?ボール、」と、取りに行ったボールを風馬に投げ返すが、ボールは風馬の横に反れる。風馬はそれをうまく見切ってうまくキャッチした。
「威力1%で今投げてんだけど」
「ほんとに?」
「美空、目閉じてんだよ。ビビッて。そりゃあ空振りするよ」
片手で慣れたようにボールを操る風馬。余裕を見せられて美空は口を尖らせた。
「どうしたら目閉じないかな」
「セロテープでも張るか」
「おい」
「冗談。目を開く、ボールは上がるって思ってるだけでも変わると思うぜ」
風馬はボールを上に投げてオーバーで数回ボールを上げる。チームの雰囲気を悪くしたくない美空はなんとかできないか、風馬の動きを真似してみる。
「風馬って部活やってたの?」
風馬のボール慣れしている姿を見て美空は何となく聞いてみる。
「少年野球はやってた。中学は剣道」
風馬はボールを軽く美空に投げる。
危なっかしくキャッチする美空。
「すごいね」
以外だと思った。
「この高校剣道部無いしな。金もかかるから部活は入らない」
「…なんか、部活やってる人ってもっと、熱い感じなのかと思った」
美空がそう言うと風馬は「あー」確かにと軽く頷く。
「俺みたいなのもいるわけさ。勝っても負けてもいいって奴」
「なんで入部するの?」
美空がボールを返す。
「なんでだろうな。今となっちゃわからん」
ボールを目で追って難なくキャッチする風馬。
「…剣道って痛そう」
「体の右半分アザだらけ」と左手で右半分を指さす風馬。
「うわあ…」
それを聞いて顔をしかめる美空。
「ほら行くぞ!」と、風馬はまた同じようにボールを美空に放った。急いで構えた美空だったが、またおでこで受け止めてしまった。
再び跳ね返ったボールを取りに行く美空。
すると、入口前のバレーボールのネットで先輩たちがアタックの練習をしていた。
先輩達がパスをつなげてネットの先にアタックをしていく。
そこには、美空の見知った顔もあった。
「あ、前川先輩じゃん」
後ろから近づいてきた風馬が言う。
「バレー強いのってホントかな」
「どうだろ、」
首を傾げる美空。2人が見ていた丁度そのときネットの前にいた睦にボールが上がった。
手を振り上げ、
睦は高く飛ぶ。
片手は上に。
反対の手で打ったボールは勢いよく床に叩きつけられる。
雷鳴が鳴り響いた。
静まった室内。
大げさかもしれないが、今体育館にいる生徒たちにはそう聞こえた。
両手を床に着いて着地した睦。そのあとすぐ周りにいた先輩たちが睦に向かって手を叩いた。
目が離せなかった2人の耳元に両手を上げて「やったー」と喜ぶ睦の声が聞こえた。
「…うーわ」
唖然とする風馬。
美空も動かない。
「あれは人を殺せるぞ」
「…どうしよう、」
美空はボールを抱えて絶望した目で風馬を見た。
「どうした」
「無理だ、勝てっこない、」
強大な敵を前にし絶望するアニメキャラクターのように怯える美空。
「バカ言え、相手は人間だ」
風馬は美空からボールを取り、さっきまでボールを投げていた位置に戻る。
「ほらやるぞ」
「うん…」
嫌々返事をする美空。離れて練習していた自分のクラスのバレーボールチームを見た。自分がいたときよりも順調にパスを回している。リーダー格も機嫌が良さそうだった。
はあ、とため息をついて練習していた位置に戻る。
リーダー格の機嫌を損ねないように頑張ろう。そう誓って美空は「いいよ」と風馬にボールを投げてくれと合図した。目標を立てた直後は気分も高まってなんでも出来そうな気がしたが、風馬の投げたボールは美空のおでこに直撃して再び後ろに跳ねていった。
ふにゃふにゃとミミズのような線しか書かれていない。
昨日のウシガエル事件の後、美空は睦と一緒に帰ることになった。
図書館でお互い何をしていたのか話すと、睦の方は美空と同じく夏休みの宿題をしに来たが、筆記用具を忘れて仕方なく本を読み、それに飽きて帰るところで美空と出会ったらしい。家に戻れば良かったのにと美空が言うと、睦の両親が出かけるのと同時に鍵を忘れて家を出た睦、彼の両親も気付かず家の鍵を閉めてしまい、すぐに帰れなくなったそう。
睦の間抜けっぷりに美空は言葉を失った。
その後、途中で美空は家の近くに着いたが、睦はまだ遠くにあると言う。自転車もない睦、美空はなぜ自転車で来ないのかと聞くと睦は「天気がいいから歩いてきたうへへ」と笑いながら言って帰ってしまった。
間抜け過ぎる。美空は今まで良く生きて来られたなと逆に関心してしまった。
今までに会ったことのない感じ。
昨日の出来事は風馬と出会って以来の大きな事だった。
睦との会話を頭で繰り返し再生する。
身長も高くて、顔も良い。
でも、ウシガエルは鷲掴みにする人。
筆記用具を忘れる人。
へんな人。
クラスは2年だったっけ。
何組か聞いていなかったな。
今なにしてるんだろ。
…背中をぐいぐい押される感触。
「うしろ」
振り返る美空。
後ろの席の男子が美空を見ていた。手に持っているシャープペンのお尻が自分に向いている。美空が教室の窓の反対側に目を向けるとクラス全員がこっちを見ていた。そして、教卓に立つ先生は両手を付いて呆れた目を美空に向けていた。
「20ページ、読んでください」
「あっ、はい、」自分の手元を見てまったく違うページを開いていた美空は慌てて教科書20ページを開く。
「参考書の20ページです」
先生のため息交じりの注意が美空の心臓に重たく刺さる。
「ちゃんと聞けよなー」
先生の静かな怒りを美空と美空を見ていた生徒達は感じ取り、見ていた生徒達一斉に黒板に目を向ける。
「はい、すみませんでした…」
美空は俯きながらゆっくりと参考書を開いた。
恥ずかしい。
授業終了後すぐに風馬が美空の席にやってきた。
「美空なにしてんの」とからかう風馬。
「ほっとけ」
美空は顔を真っ赤にしてむくれながら、風馬にしかめっ面をする。そしてさっさと教科書を机にしまい次の授業の教科書を机に出す。
「授業聞いてないなんて珍しい」
風馬は美空の前の席の椅子の背もたれを前にしてまたがって座る。
「眠かったの」
「それも珍しい」
風馬は背もたれに両腕を乗せ美空の顔を覗き込み、見透かしたのか口角を上げた。美空は何か言い返す代わりに手元の教科書の表紙で風馬の顔面をぺしっと叩いた。
「いでっ」
風馬は教科書を避けて後ろから顔を出すと、「あっ」と何かを思い出したように言う。
「お前今日日直だろ?」
美空はそう言われてさっきの授業でクラス全員のノートを先生が回収していた事を思い出した。集めたノートは日直が職員室に持ってくるようにと先生は言っていた。美空が教卓を見ると、積み重なったノートがまだ置いてある。
「早くノート持って行かないと」
教室の時計を見上げながら風馬は言った。
次の授業までに黒板を消してノートを持って行かないといけない。男女2人で日直の仕事をすることになっているが、今日は運悪く片方が休みで美空1人になっていた。
美空はやらかしたと苦い顔をして急いで立つ。
「そうだった、ごめん風馬手伝って」
美空は教卓の方に行こうとしながらグイっと風馬の腕を引っ張った。
「購買おごりな」
「やだ」
「ちぇー」
座っているのに上から見るような顔をしていた風馬の言葉を叩き落として、美空は風馬を教卓の方へ連れていった。
職員室は2階にある。
休み時間の廊下は2年生の先輩達であふれていた。
二階は2年生の教室にもなっており、教室の入口のドアの上に2年何組と書かれた札が廊下の突き当りまで続いている。
暇だからとお散歩気分で美空に付いてきた風馬の横を女子数人を連れた黒髪ロングの美人が通り過ぎて行く。風馬は自分の鼻の穴に入り込んできた美人の残り香を吸った。
「高2になったら女子っていい匂いが出るんかな」
「変態」
「あの人美人だな」
風馬とのジャンケンに負けた美空はノートを抱えながら歩いていた。自分のクラスから出ない美空、廊下にいる男子の先輩達は皆、身長も高くて体もがっちりしている。女子生徒は大人びていて、都会の街中に来たような気分で美空はドキドキしながら歩いていた。
2年1組の教室の前に差し掛かった時、教室から男子生徒が3人、話をしながら出てきた。その中には美空の見覚えのある顔があった。
あ、ウシガエル···。
美空が睦だと気づき目を向けたのと同時に、彼も美空に気づき手を振った。
「うしろー」と手を振りながら近づく睦。それに続いて他の先輩達も付いてくる。
「ああ、どうも、」
校内で風馬以外とはほとんど会話をしない美空。先輩への挨拶がわからず、その上緊張と普段使わない口角を上げる筋肉が動かせず、初めて言葉を覚えた機械のような挨拶になってしまった。
「なにしてるの?」
「ノートを…」
「わあ、えらいねー」
美空がそんな状況だとは知らずにのほほんと話す睦。その後ろから珍しそうに美空を覗き込む先輩2人。
「だれ?睦、後輩?」
「そうそう!」
睦と一緒に出てきた他の先輩に向かって嬉しそうに頷く睦。そのまま彼は美空の横に立ち、肩に手を回してぐっと自分の体を寄せた。
「初めての後輩!」
突然の事で戸惑う美空。
それを見て「おー」それは良かったとうなずく先輩2人。
「睦、後輩ほしいって言ってたもんな」「よかったじゃん」と先輩2人が話す間も美空は睦に体を寄せられたままだった。彼の腕から逃れるように美空は一歩後ろに下がる。
肩から手を離す睦。
「ぶ、部活、入ってないんですか?」
誤魔化すように美空は無理やり睦に話しかける。
「顔にボール当たっちゃって、痛くて」
睦は開いた手を苦い表情をした顔の前でぐるぐる回してジェスチャーする。
「こいつ中学からバレーやってて、めっっちゃ強いの」
片方の先輩が親指で睦を指しながら言う。
「どうして、やらないんですか?」
無理して聞く美空。
「なんだっけ、顔に当たったからだっけ?」
片方の先輩が半笑いで睦を見ながら言う。
「見てた。アタック抑えようとして、跳ね返って…」
もう片方の先輩が指で空中に軌道を描く。
「高校生みんな力強いんだもん、舌噛んでさーめっちゃ血ぃー出た」
自分の口元を指さしながら痛がる顔をする睦。
「そんなんで辞めるとかマジか」
おかしな奴だと睦を笑う先輩2人とそれを気にせずのほほんと笑う睦。
そんな睦たちの会話を手出しできず眺めている美空。
横から風馬が肘でつつく。風馬の顔を見て美空はノートの事を思い出した。
「あ、あの、これ、置いてきます」
美空の言葉に反応する先輩3人。
「そうだった、ごめんね止めて」
「またね」と睦は手を振りながら美空の横を通り過ぎる。その後を先輩2人が付いていく。すれ違いざまに美空に顔を寄せて、「バカだけどよろしくしてやって」と微笑みかけて行った。
「ああ、はい、」と美空はまたぎこちなく返事を返す。
睦たちの背中を見送ってから風馬は興味津々で美空に聞いた。
「なんだ美空、知り合い?」
「昨日、帰り道で会った、」
そして、職員室にノートを置いて教室に戻る途中の廊下。
風馬が続けて聞く。
「すげえな、前川先輩と知り合いとか」
「あの先輩あんなだよ?すごいの?」
「イケメンに肩組まれて嬉しくないのか?お前」
「別に、」
美空は睦にいきなり肩に手を回されたことを不快に感じ苛立っていた。
「女子に人気だよ」
「うそ…、」
風馬から聞かされ引く美空。
「やっぱ顔だよなー」
言いながら風馬は両手をぐーっと上に背伸びしてそのまま頭の後ろに組んだ。
「頭に難ありだよ」
「それくらいしてもらわねーと、俺は神を恨む」
風馬が組んだ自分の手をパッとほどくと顔が上を向く。まるで地獄から見上げているように見えた美空はクスッと笑う。
そう言えば、風馬モテたいって言ってたっけ。
この前の体育、クラスの女子にかっこいいって言われて浮かれてたな。
「風馬もかっこいいよ」
美空は冗談半分で横を歩く風馬に言ってみた。
「ほんとかー?」
疑うように美空に聞く風馬。しかし、かっこいいと言われて嬉しかったのかニタニタ笑っている。
「ほんとほんと、かっこいい」
美空は笑いながら思っても無さそうに言った。
「なんだお前その顔」
風馬は笑いながら肩で美空を小突く。
風馬と話しているときは楽しい。
次の授業のチャイムが鳴った。
「やべっ、急げ!」
風馬が走りだし、美空もそれに続いて走り出した。
美空の学校では毎年秋にクラス対抗のスポーツ大会が開かれる。競技は卓球、バスケ、バトミントン、バレーボールを第1、第2体育館で分けて行われる。その日、美空のクラスでも帰りのホームルームで誰がどの競技に参加するのか決められた。運動全般が苦手な美空にとってはそれ以前の問題だったが、結局人数の足りなかったバレーボールに風馬と共に振り分けられた。
次の日から全クラスの生徒は休み時間を惜しんで練習を始めた。第一体育館は曜日を分けて、入口近くにバレーボールのネットが張られ、お昼休み、美空のバレーボールチームも第一体育館で場所を取って円になりパス回しの練習をしていた。のだが、スポーツ慣れしていない美空。必ず美空でパス回しが終わってしまうので、チームのリーダー格が不機嫌になってしまい、空気を読んで体育館の端で風馬にマンツーマンで教えて貰うことにした。
風馬がボールを下から上に放る。
美空が見様見真似でオロオロとオーバーでボールを返そうとしたが、おでこの前に出した両手はむなしく空を切り、美空のおでこにボールは直撃。
「痛っ、」
ボールは後ろに飛び、それを見て笑う風馬。
おでこを抑えながら飛んで行ったボールを取りに行った美空「強くない?ボール、」と、取りに行ったボールを風馬に投げ返すが、ボールは風馬の横に反れる。風馬はそれをうまく見切ってうまくキャッチした。
「威力1%で今投げてんだけど」
「ほんとに?」
「美空、目閉じてんだよ。ビビッて。そりゃあ空振りするよ」
片手で慣れたようにボールを操る風馬。余裕を見せられて美空は口を尖らせた。
「どうしたら目閉じないかな」
「セロテープでも張るか」
「おい」
「冗談。目を開く、ボールは上がるって思ってるだけでも変わると思うぜ」
風馬はボールを上に投げてオーバーで数回ボールを上げる。チームの雰囲気を悪くしたくない美空はなんとかできないか、風馬の動きを真似してみる。
「風馬って部活やってたの?」
風馬のボール慣れしている姿を見て美空は何となく聞いてみる。
「少年野球はやってた。中学は剣道」
風馬はボールを軽く美空に投げる。
危なっかしくキャッチする美空。
「すごいね」
以外だと思った。
「この高校剣道部無いしな。金もかかるから部活は入らない」
「…なんか、部活やってる人ってもっと、熱い感じなのかと思った」
美空がそう言うと風馬は「あー」確かにと軽く頷く。
「俺みたいなのもいるわけさ。勝っても負けてもいいって奴」
「なんで入部するの?」
美空がボールを返す。
「なんでだろうな。今となっちゃわからん」
ボールを目で追って難なくキャッチする風馬。
「…剣道って痛そう」
「体の右半分アザだらけ」と左手で右半分を指さす風馬。
「うわあ…」
それを聞いて顔をしかめる美空。
「ほら行くぞ!」と、風馬はまた同じようにボールを美空に放った。急いで構えた美空だったが、またおでこで受け止めてしまった。
再び跳ね返ったボールを取りに行く美空。
すると、入口前のバレーボールのネットで先輩たちがアタックの練習をしていた。
先輩達がパスをつなげてネットの先にアタックをしていく。
そこには、美空の見知った顔もあった。
「あ、前川先輩じゃん」
後ろから近づいてきた風馬が言う。
「バレー強いのってホントかな」
「どうだろ、」
首を傾げる美空。2人が見ていた丁度そのときネットの前にいた睦にボールが上がった。
手を振り上げ、
睦は高く飛ぶ。
片手は上に。
反対の手で打ったボールは勢いよく床に叩きつけられる。
雷鳴が鳴り響いた。
静まった室内。
大げさかもしれないが、今体育館にいる生徒たちにはそう聞こえた。
両手を床に着いて着地した睦。そのあとすぐ周りにいた先輩たちが睦に向かって手を叩いた。
目が離せなかった2人の耳元に両手を上げて「やったー」と喜ぶ睦の声が聞こえた。
「…うーわ」
唖然とする風馬。
美空も動かない。
「あれは人を殺せるぞ」
「…どうしよう、」
美空はボールを抱えて絶望した目で風馬を見た。
「どうした」
「無理だ、勝てっこない、」
強大な敵を前にし絶望するアニメキャラクターのように怯える美空。
「バカ言え、相手は人間だ」
風馬は美空からボールを取り、さっきまでボールを投げていた位置に戻る。
「ほらやるぞ」
「うん…」
嫌々返事をする美空。離れて練習していた自分のクラスのバレーボールチームを見た。自分がいたときよりも順調にパスを回している。リーダー格も機嫌が良さそうだった。
はあ、とため息をついて練習していた位置に戻る。
リーダー格の機嫌を損ねないように頑張ろう。そう誓って美空は「いいよ」と風馬にボールを投げてくれと合図した。目標を立てた直後は気分も高まってなんでも出来そうな気がしたが、風馬の投げたボールは美空のおでこに直撃して再び後ろに跳ねていった。
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告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
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その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
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