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最初、車から降りて先生に付いて入った一階の入口とは反対の方に向かうと、別の出入口があった。先生たちの後に付いて外に出ると、さっき二階から見た床一面緑の庭が目の前に広がった。庭に足を踏み入れると芝生のふかふかな感触が伝わってきた。自分の住む街の市民公園でもこんなに広い芝生のある所は先ず無い。感激してしまう。

「いないですね、」

庭の真ん中まで歩いた先生とつばめが辺りを見渡しているのを見て本来の目的を思い出した。しかし、2人の様子を見る限り結果はよく無さそうだ。
期待が外れ、俯くつばめ。心なしか背中の翼もしょげているように見えてしまう。

「もう一度、中を探してみましょうか」

先生が俯くつばめに言う。つばめは先生の言う通り建物に戻ろうと、とぼとぼ先生の元に歩き、先生に背中を支えられながら建物に戻ってくる。
つばめがゆっくり顔を上げる。何かに気付いた。そのまま建物の上の方を見つめている。

「あ!カドルいた!」

つばめが嬉しそうにそこを指さす。先生も見上げる。気になって俺も2人の近くに駆け寄り、同じように見上げた。
そこには屋上の淵に立つ一人がいた。
下を見ている。
あれは、まさか。

「せ、先生!」

どうすることも出来ないけど、俺は咄嗟に呼んでしまった。
その人は止める間もなく倒れこむように屋上から飛び降りる。
自分の肝がヒヤッとしたのと同時に「カドルー!」と叫びながら、つばめがその人が落ちていく所に走っていく。先生と俺も後に続く。
俺が、もう無理だと思ったとき、
落ちていくその人から大きな翼が開いた。
えっ。
翼を大きく羽ばたかせ、飛び立つとその人は空中を旋回する。

「えっ、ちょっ…」

あわあわと開いた口が塞がらない俺はひたすら飛び続けるその人を目で追った。

「カドルすごい!すごい!」

つばめがぴょんぴょん飛び跳ねながら、飛んでいるその人を追ってふらふらと走り回る。

「先生、あれ…」

未だ驚きを隠せない俺に先生は当たり前のように言った。

「ああ、あの方はここの患者さんなんですよ」

飛び続けるその人をもう一度見ると、水色の患者服を着ているように見えた。
その人はしばらく旋回してから、徐々に高度を下げ、顔面から紙ヒコーキが着地するときのように滑り込みながら芝生の上に着地した。
ザザザと芝生と肌が擦れる音が聞こえて自分の右頬に痛みを感じた。
俺と先生、つばめはその人の所に駆け寄った。つばめはすぐにその人の背中に飛び乗った。

「カドルどこいってたのー。ねーねーねー」

「うっ、」と苦しそうに声をもらしたその人。芝生に顔を埋めていて未だ表情は見えないが、それよりも俺は背中に生えた大きな翼に目を奪われた。
アニメや漫画に出てくる天使そのまんまだ。
つばめが体に跨ってぴょんぴょん飛び跳ねるのを嫌がっているのか、猫のしっぽのようにその人の翼がパタパタ揺れている。

「つばめさん。カドルが苦しそうです、降りてあげてください」

見かねた先生がそう言うと、「はーい」と言ってつばめはひょいと降りた。
つばめのはしゃぐ声で今まで聞こえていなかったが、翼の生えたその人からぼそぼそと何か話す声が聞こえてきた。それを見て先生がつばめに話かける。

「つばめさん。カドルはあとで連れていきますので、先に建物の中に戻っていてはもらえませんか?」

「えー」

そう言われてつばめは不満そうに口を尖らせる。
先生はしゃがんで膝をついて、彼女の前で「お願いします。少しだけ、カドルとお話させてください」と少し困った顔をしながら手を合わせてお願いした。つばめはまだ不満な顔をしている。
どうしようかと考える先生。
ぱっと何かを閃く。

「今度、施設の皆さんと豪華なパーティをしませんか?今回のお詫びに、私がつばめさんにお料理をプレゼントします」

つばめの表情がぱっと明るくなった。

「このことを皆さんに伝えに言ってもらえませんか?つばめさんとパーティーすると聞いたら皆さん、きっと喜んでくれると思うんですが…」

先生がつばめの様子をうかがう。するとつばめは大きく頷いて、

「うん!わかった。先生、約束ね」

「はい。約束です」

「つばめの好きな物ね」

「わかりました」

「あ、あとカドルの好きなのもね」

「もちろんです」

先生が優しく言うと、つばめは建物の方へ走って行った。
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