五月雨は檻のよう

さとう たなか

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一日中、雨の日の朝は、部屋の中は日暮れ後みたいに暗い。目が覚めてもまだ夜のみたいだ。
今はもう聞けないテレビのノイズ音を耳元で聞かされている。今日はそんな鬱陶しい雨なんだなと思って、頭が痛くなる。
雨の日は苦手だった。偏頭痛持ちだからなのかもしれない。
これを学生の頃、よく話すようになったの同じ学部のやつに言ったら、女子かよとバカにするように言ってきたのが、不愉快だったから、それ以来誰にも話していない。
僕に取っては生活の支障になることもあるから、辛い悩みでもあった。それを誰にも言えない、理解されないのは小さな悩みでも、孤独に感じて世界に一人ぼっちのように思ってしまう。
だけど、それでも僕はこうして仕事をしているのだから偉い。
あと15分で今日の仕事が終わる。
生徒に宿題を出そうか。
思えば、その女子かよとバカにしてきたやつとは毎日つまらない話をしていたな。悩みを打ち明けたのはそいつが初めてだった、話も面白くない上に不快な答えしか言えないなんて可哀そうな奴だなと疎遠になるまでずっと思っていた。
黒板に宿題の範囲を書き終わり、生徒たちが座る方に身体を向けた。
窓側の一番後ろの席の生徒と目が合った。
それが彼、名字「篠川」だと気づいたとき、授業終了のチャイムが鳴った。
篠川は変わらずに、放課後僕の所にやってくる。
篠川も、僕も、なにも変わっていない。
帰宅しようと帰り支度を済ませた所で、どこかの教室にボールペンを忘れていたことに気づいた。
今日は雨の日だから、校舎内で部活をする生徒たちと挨拶を交わしながら僕は今日授業を行った教室を一つずつ見て周った。
今日、最後の授業を行った2年の教室に入る。すでに生徒はいない、だろうと思いこんでいたから、教室の後ろ扉を開けたとき教卓と黒板の間に突っ立っていた篠川の姿が目に入ったときは思わず身構えてしまった。
篠川も僕に気がついて、教室の扉を閉じる僕の方を見ていた。
「何してる」
聞く気もないことを篠川に向かって言いながら、教卓のあたりに目を凝らした。
「なんか落ちてて」
そう言った篠川は自分の足元に視線を送る。僕もそれに沿って目を向けると、篠川の足元に僕のボールペンが落ちていた。
「ああ、俺のだ」
僕は彼が拾って渡してくれると思い、手を軽く前に伸ばしたが、「そうなんだ」と篠川は黒板の方に背中をピタリと付け、僕からボールペンまでの通り道を作った。
先日と別人のような、偉そうな態度に内心、不愉快に感じたが、僕は顔には出さないようにボールペンまで一直線に向かった。
軽く膝を曲げて、ボールペンに手が触れたときだった。
背中から重みのある暖かさがのしかかり、僕の胸に何かが絡みついてきた。手付きに遊びが感じられなかった、肌を撫で回すようないやらしい手付きだった。
それが篠川の腕だと気づくまで時間がかかった。
死に近い恐怖を感じて、僕の身体は、金縛りにあったみたいに動かなくなった。
重さに耐えきれなくなった木の枝がぽきりと折れるみたいに膝が崩れて、四つん這いの形になった。
床に体を支えようと、両手を着いた反動で頭が揺れる。
篠川の「やめて」という声が脳の奥底から聞こえた。
次に、肛門を犯されて、体を弄ばれる篠川の姿を思い出した。
最後に、僕が幼い頃に犯した罪を思い出した。
背中にのしかかってきた篠川を腕を大きく振り、突き飛ばした。
「おい」と僕は怒鳴った。
篠川の眉がほんの少し下がる。
なぜ悲しんでいるのかわからない。
「ふざけているのか」
僕は急いで立ち上がる。
「覚えてない、先生」僕に問いかけるようにつぶやいた篠川を見下ろしながら、まだ襲ってくるんじゃないかと、僕は急いで教室から出ていった。
それからは僕は急いで帰路についた。
彼の絡みついてきた手の感触が首周りに残っていた。やけどをした後のようなじんわりと痛みを伴うような熱みだった。このまま死ぬまでついて離れないんじゃないかと思った。
僕の頭の中は、彼に、篠川に対する殺意でいっぱいだった。
忘れてしまいたい僕の罪を記憶の奥底から引張りだしてきたのだから。僕の罪を再認識してしまうと、僕は突然周囲の目が気になった。みんな僕のことなんて知らないはずなのに、僕を内心犯罪者として見て、大勢で僕の罪を攻め立てるんじゃないかと、怖かった。みんなそんな目で僕を見ているんだ。
体が熱い。
どうしてなのか。
怖いのに、体は熱い。
僕は急いで自宅のアパートに駆け込んだ。
なぜだか、部屋の中は外に比べて一層寒く感じた。
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