ローザタニア王国物語

月城美伶

文字の大きさ
3 / 115
fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜

第3話

しおりを挟む
 「…ったく、本当に手のかかる姫様ですねぇ貴女は」

エレガントなローズピンクの張地にホワイトとゴールドの塗装が施された木製フレームの猫足ソファーに優しくシャルロット様を座らせると、ヴィンセントは呆れたように溜息をつきます。

「何よぉ!でも飽きないでしょ?」

メイドが丁寧に並べてくれたであろうたくさん並んでいる色とりどりのクッションから、ピンク色のクッションを一つ手に取っていたずらっ子っぽい上目使いで笑いながらヴィンセントの方へと投げ渡します。
それをヴィンセントは無表情でキャッチし、また一つ聞こえよがしに大きな溜息を漏らしました。

「いや、もう本当に勘弁してほしいんですけど。私はこの国の国王補佐長官兼執務官長であって姫様の世話係じゃないんですけど」
「国王補佐官長…それって私たち兄妹のお世話係みたいなものじゃないの?」
「いや、全然違いますし」
「えー?幼馴染の延長じゃないの?」
「いや、そうじゃなくて。普通に国のまつりごとに関する仕事なんで。本来の仕事に支障出て迷惑してるんですけどね、私」
「…嫌じゃないくせに」
「嫌ですよ」
「嫌よ嫌よも好きのうち…」
「…ったく、本当に貴女が姫様じゃなかったら容赦してませんからね」

シャルロット様の左腕の付近にクッションを投げ返しました。
きちんとシャルロット様に命中しないようにわざとずらし、また万が一命中したとしても痛くないように優しく投げてきたあたりこの男はさすがであります。

「じゃあ私はこれで失礼いたします。…ったく、本当にこれ以上ばあやたちを困らせないでくださいよ」

シャルロット様に抱きつかれて乱れた制服をササっと直し、また一つ大きな溜息をつきながら白いマントを翻しヴィンセントはシャルロット様の部屋を後にしました。
バタンっと大きな音を立てて、部屋の扉が閉められます。
カツカツカツ…っと足早に歩くヴィンセントの足音がだんだん遠くなっていきました。

「…なんだかんだ言ってヴィーって凄く面倒見がいいのよねぇ」

シャルロット様はふぅ…っ!と一つ大きく息を吐き、大きな独り言を言いながらソファーからヒョイっと飛び降りました。そして春の陽気に誘われるようにベッドサイドの大きな窓へ向かい、大きな窓のガラスにそっとお顔と手を当てます。

「こんなにいい天気なのに、今日もお城から出られず…。ホントつまらないのよねぇ…」

雲一つない青い空の下に新緑の輝かしい山々の景色をぼんやりと眺めながらため息交じりにシャルロット様は呟きました。

「ヴィーはこれから資料作成って言ってたわね。じゃあこの後きっと遅くまで仕事しているのね…」

ぼんやりと頭で考えておられる言葉が口から自然に出て行きます。
ふと、視線を下の方に移すと白い石造りで出来たシャルロット様の部屋の前のテラスでは、一匹の黒猫が昼寝をしておりました。
お城の中庭では色んな鳥のさえずりが聞こえてきますが、猫はそんな声に一切反応することも無く陽だまりの中で気持ちよさそうに尻尾をパタパタさせながら寝ております。きっとゴロゴロと鳴きながらのんびりと昼寝をしているのでありましょう。

「あぁ…なんて毎日平和で退屈なのかしら。毎日決まった時間にお茶してお勉強して遊んで…毎日毎日同じことの繰り返しで全然変わりばえしないわ!ほんの少しで良いからドキドキするような毎日を過ごしてみたい―――…きっと私が何かの物語の主人公なら、実はあの寝ている黒猫の正体は魔法使いで、私を攫って違う世界や昔へタイムスリップさせてくれてくれるんだけどなぁ―――…なんてね」

自分で考えた陳腐な想像があまりにも馬鹿らしく思えてしまい、シャルロット様は思わずフフフ…と笑ってしまいました。
猫が目を覚ましました。うっすらとまだ少し眠たそうな目を開けてこちらを見ております。
窓越しにシャルロット様と目が合いました。少しジーッと睨むかのように猫はサファイアのように青い瞳を瞬きもせずに見据えております。
まるで今シャルロット様が考えていたことを見透かすかのような顔でジッと見つめておりました。
けれど、このポカポカ陽気には勝てないのでありましょう。再び寝っころがり、またうっつらと昼寝を始めました。
テラスの窓をゆっくりと開けてシャルロット様はそっと黒猫に近づき始めます。
シャルロット様が近づく気配に気付いた猫は、片目を開けてシャルロット様をじっと見つめております。
一歩一歩ゆっくりと歩み寄り、猫まであと2メートルほどの距離になった時、猫は素早く起き上がり身を翻してテラスから走り去ってしまいました。

「…逃げられちゃった」

一人テラスに取り残されたシャルロット様は、猫が走り去った方向を見つめながらため息を一つつかれました。
猫にまで逃げられちゃうなんて…今日は本当に退屈な日だわ。こんなことならお稽古でもちゃんと受けていればよかったのかしら。
空に流れる雲の行方をぼんやりと眺めております。本来ならばエスパルニア語とピアノのお稽古で、この後約2時間何かしら今日を過ごす予定でした。しかし自分がサボったためにその予定がキャンセルされてしまい、今日は本当にすることがなくなってしまったのであります。

「…これってもしかしてヴィーからのお仕置きかしら…」

何もすることが無くてただ無意味に時間を潰す。それがどんなに苦痛なことでありましょうか。
きっと今日はシャルロット様以外のお城の者は忙しく過ごされることでありましょう。
ある者はこれからの夕食の準備や明日の朝食の下ごしらえ。またある者はシャルロット様やウィリアム様の衣類や装飾品の手入れ。またある者はいつ来客があってもいいようにお城の中を常に綺麗な状態でいるために掃除をする。またある者は国のために重要な会議を行い、またある者はそのための為に資料を作ったり…と何かしら忙しく毎日を過ごしているのであります。
そんな中、シャルロット様ただ一人が暇を持て余し、何もすることが無く今日という一日を終えるのであります。

「…何だかとても虚しくなってきちゃった」

少し初夏の気配を含んだ爽やかな午後の風が吹き、シャルロット様のドレスの裾で遊び始めました。
かすかに街の賑わいが聞こえる気がしました。きっとこの風が運んできたのでありましょう。遠くに見える城下町では、街の人たちが買い物をしたりご近所の人たちと井戸端会議したり…としているのでしょう。

「いいなぁ…私も街に遊びに行きたい。自由にお買い物とかしてみたいわ!」

きっと街には色んな華やかなお店が立ち並び、とても煌びやかなんだわ…とシャルロット様は街のにぎわいの声に思いを馳せます。
幼いころに一度だけ、父親である前国王の視察に付いて街に降り立っち歩き回ったことをシャルロット様は思い出されました。
目を閉じれば今でもその時の景色が目に浮かんできます。
焼きたての香ばしいパンがたくさん並ぶ赤い屋根のパン屋さんや、異国のお菓子がひしめき合う不思議なお菓子屋さん。見たこともないような煌びやかな織物が所狭しと飾られている布屋さんや、ローザタニアのお花がたくさん置かれている花屋さん。
他にも市場ではたくさんのお店が並んでおり幼いシャルロット様にはどれも初めて見るものばかりで、胸が痛いほどドキドキ、キラキラしたのを今でも鮮明に覚えていらっしゃいます。
しかし、それ以来一度も街には降り立ったことはございませんでした。
何度も何度もお父様に街に遊びに行きたいとお願いされましたが、危ないからお城の外に出ては駄目だと言われて、結局一度しか行けなかったのであります。

「またお兄様やヴィーお願いしたら連れてってくれるかしら…?…きっと無理ね。いつものように眉間にシワを寄せて溜息をつきながらダメの一点張りで許してくれないんでしょうね…。…考えるだけ虚しくなっちゃうわね。まぁ悩んだところで仕方ないし、考えるのやめましょっと!」

少し後ろ髪を引かれながらもシャルロット様は足早に部屋の中に戻られました。
フカフカのベッドにぴょんっと飛び乗ります。整然と並べられていた枕が床に飛び散りました。
何もないときは寝るに限る!とシャルロット様は思われて横になり、ゆっくりと瞼を閉じます。

「いい香りがする…」

真っ白な洗いざらしのシーツに顔を埋めます。
メイドが毎日キチンとベッドメイクしてくれているのでありましょう。シーツからは柔らかな太陽の香りと、シャルロット様の大好きな甘い花の香りが焚き込めてあります。きっとシャルロット様が少しでも良い眠りにつけるように考えてしてくれているのでありましょう。
少しウトウトと微睡まどろみかけ、瞳の奥が重たくなってきました。頭の中がグラグラと渦を巻きかけて、まるで沼に足を踏み入れたように身体が動かなくなってきたのをシャルロット様は感じました。
そして少し時間が流れた部屋にはスゥスゥとかすかな寝息だけが聞こえておりました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

処理中です...