6 / 115
fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜
第6話
しおりを挟む
「おや、まだここに居たのか。こんな遅い時間まで仕事熱心だな」
「…誰のせいだと思っているんですか」
さらに夜が更けて、早い者はもう寝静まり出した頃合いでございます。
ここはお城の一番奥深くの北の塔にございます執務官室―――…国の重要な書類や資料などがたくさん詰まったごく限られた方しか入室出来ない場所でございます。
白いインテリアで統一された清潔感溢れる明るいお部屋ではございますが、今はもう夜中でございます。
お部屋の灯りはもうすでに落とされ、お部屋の奥の大きな窓に背を向けるように置かれた大きな木製の白い机の上にあります灯りのみが小さくゆらゆらと灯っております。
そんな薄暗いお部屋には、これまた真っ白な制服に身を包んだ青白い顔をしてお疲れモード全開のヴィンセントが机の上に整然と山積みになった書類に囲まれながら何やら色々と手際よく処理されております。
そんな執務官長室にウィリアム様がひょこっとお姿を現されました。
「陛下…」
「今日は大変だったな」
「今日も、ですよ」
「ははは…それはウチのお転婆姫のせいでってことかな」
「それ以外他に何かありますか?」
「それはすまないな」
ギロッと睨んでくるヴィンセントの視線に苦笑いをしながらウィリアム様は扉を閉め、執務官長室へとゆっくり入られました。
お風呂に入られたのか、もうすでに正装を解かれてラフな服装に着替えられて髪も前髪が降ろされております。こうされておりますと一国の主である国王陛下には見えず、よくあるただの美しい一人の青年のようでございます。
「で?陛下こそこちらに何しに来られたんですか?」
読んでいた書類にサラサラと手慣れたようにサインをして処理済みのトレイにサッと投げ入れ、ヴィンセントは溜息をつきながら背もたれにふんぞり返りました。
「んー?何しにって明日の会議のために、ちょっとこの間の資料を一度確認しようと思って」
「あぁ…あの資料でしたらこちらです」
ウィリアム様が資料を保管してある棚へ向かおうとされましたが、さっとヴィンセントが処理済みのトレイの中から数枚の紙の束を取出してちらっと書いてある内容を確認するとトントンっと綺麗に纏めてウィリアム様に差し出されました。
「ありがとう。あー、これこれ。やっぱりな…こちらからユリラシア大陸へ向かう航路が変更されるんだな。また変なルートだな…」
不躾にも座ったまま書類を差しだすヴィンセントのところまでスタスタと書類を受け取りになると、内容に目を落としぶつくさと呟きながらウィリアム様はヴィンセント様のお机の前に置かれております応接セットの少し硬めのソファーに腰を掛けられました。
灯りが無く暗いな、と一言呟き、ソファーの横のライトを点けて書類をパラパラとめくり始めました。
「あぁ…そう言えばユリラシア大陸の中にある国の一つにクーデターがあったらしいですよ。内戦状態らしいからそこを避けているんでしょう」
「そうか…それは大変だな。あの大陸は十数年前の大規模な戦争かなかなか落ち着かないな」
「そうですねぇ。まぁ『蒼龍国』での軍事クーデターで当時の王政が廃され軍のトップだった元帥が成り代わった。当時の王族の支持者たちがあの大陸の各国に散らばり仲間を集って未だに王政を取り戻そうとテロを行っているとか」
「だが当時の王族の者は皆処刑されたのだろう?」
「…噂程度ですが、生き残った者がいるとか」
「そうか…。それはまぁ何というか…『蒼龍国』もなかなか大変だな。まぁウチはそんなにユリラシア大陸の国々と付き合いが無いからそこまで影響はないが…」
「ですが隣のナルキッス国が確かユリラシアの方面と交易を盛んにしております。ユリラシアのカゲロウ王国産のお米とか穀物類を確かたくさん取り扱っていたかと思います。ウチもナルキッスから穀物やスパイスやお茶など…まぁ色々買い寄せていますから少し影響あるかも知れませんね」
「うむ…ウチも用心にこしたことはないな」
「そうですね。国の農産物などの備蓄率を少し上げる必要があるかも知れません。またこれから先の自給率も上げていく方針に変えていきたいと思います。明日大臣たちも来られますから、その時に話し合いましょう」
「そうだな。明日の会議で充分議論しなければな」
一通り資料に目を通されたウィリアム様ははぁ…と一つ大きな溜息をつき、伸びをされました。ヴィンセントもはぁ…と小さく溜息のように息を吐くとサラサラと手に持っていた資料に何か書き込み、ハンコを押してトレイにポイッと投げました。
「あの会議で寝たばかりいるジジイたちにこんな小難しい話をしてもねぇ」
「そうだなぁ。もう少し我々の意見に耳を傾けてもらいたいものだ」
「若造だからって舐められいるんですよ。腹立たしい」
「そうだなぁ…。もっとこう…我々にも強い後ろ盾が必要だな」
「宰相殿は信頼置けますがご高齢ですしね」
「あぁ。引退していた所、再度カムバックしてもらったからな」
「何とかして行かないと…。私利私欲を肥やすだけのことだけでしか働かない腐った大臣たちを一掃してやりたいですね」
お二人の間に一瞬沈黙が流れます。ヴィンセントはデスクに肘をつき天井を見上げるように顎を置いて呆れたような表情をした後、チラッとソファーで崩れて行っているウィリアム様を見つめました。
「…で?用事はそれだけですか?」
「あぁ。資料だけこっそり見ようと思っていたんでね。誰も居ないかと思っていたらヴィー、お前が居たんだよ」
「…誰かさんのせいで全然仕事が捗らないんでね」
「ははは…別にシャルを探し回ったりしなくてもいいだぞ?それはお前の仕事じゃないし」
「ええそうですよ。しかし何故か皆姫様のことを逐一私に報告と相談をしてくるんですよ」
「それはそれは…」
「ったく…皆して私のことを姫様のお世話係と思っている…」
クルッと椅子の背を回し、ヴィンセントは机の後ろにあります大きな窓の方を向きました。
窓からはお城の外に広がる大きな森が良く見えます。夜なので灯りなどあるはずもなく、ただ真っ暗な景色のみがヴィンセントの目に入っていきます。
「まぁ仕方ない。私たちは小さい時からずっと一緒に育ってきているんだから。ヴィーも兄妹みたいなものだと思われているんだろう」
「うわ…それ凄い迷惑です。そのせいで私の仕事増えて終わらなくなっているんですから」
「すまないな」
あはははは…と笑いながらウィリアム様はヴィンセントに謝ります。しかしこの謝り方は心の底から謝っていないことを知っているヴィンセントは聞こえよがしに大きな溜息をつきました。
「…とにかく、用事が済んだのであればさっさとお引き取りください。私にはまだ仕事が残っているのでここに長居されたら邪魔です」
「はいはい…あ、そう言えば、フローレンス殿…母君が心配されていたぞ?最近ちっとも実家に帰ってこなくて寂しいと仰っておられたぞ」
ヴィンセントはゆっくりと振り返り、美しい紫色をした綺麗な切れ長の瞳をソファーに座っていらっしゃるウィリアム様の方に向けられました。
「まぁ我々兄妹のせいで余計に忙しくなっているとは思うが…たまには実家に帰って母君にお姿を見せて差し上げたらどうだ?喜ばれるぞ?」
「…まぁ時間が出来たら帰りますよ。とりあえず自分の家にも帰る時間がないもんでね」
「そう言われるとぐうの音もでないな」
「ええ。じゃあ早くお部屋にお戻りください」
「あぁじゃあ私は部屋に戻るとするよ。お前も早いところ家に帰れよ」
「この仕事が終わったら帰りますよ」
本日何回目でありましょうか、またヴィンセントは溜息をついて再び机に向き直し、未処理の書類を手に取りだしました。そんなヴィンセントを見てウィリアム様も負けじと溜息をついて呆れたような表情を向けます。
「ヴィー、お前帰る気ないだろう。…前から言っているが、もうこの城の中に住んでしまえばどうだ?一応ウチの城の敷地内と言えばそうだが、お前の館は遠いだろう」
「前から申し上げておりますがその話でしたら結構ですよ。このお城の中に住んだらまた24時間あなた方の世話をしなければならない。そんなの御免です」
「だがしかし、もう日付も変わるぞ?この城からお前の館まで少なくても15分はかかるだろう?大変じゃないのか?」
「別にそれくらい構いませんよ」
「だがしかし…」
「充分すぎるご配慮をありがたく存じますが、私はこのままで良いのです」
サラサラと書類に何か書き込みながらヴィンセントはウィリアム様の方にお顔を向けることなくお仕事を黙々と続けられております。もう早いところこの部屋から出て行って欲しいオーラがヴィンセントからはムンムンと溢れ出ております。
ウィリアム様もおバカではありませんので、もうこれ以上ヴィンセントに申しても無駄だと思われたのでしょう、仕方ないな…と呟きソファーから立ち上がり扉の方へと向かわれていきました。
「そうか…まぁまた気が変わればいつでも言ってくれ」
「ええ、その節はきちんと申し出させていただきます。陛下も明日も早いんですから、早くお休みになってください」
「あぁ…お前も早く帰れよ。じゃあおやすみ…」
「おやすみなさいませ」
パタン…と静かに扉をお閉めになり、ウィリアム様の靴音がだんだんと遠くなって行かれました。
完全に靴音が聞こえなくなったのを確認すると、ヴィンセントはフーと溜息をつきながらまた背もたれに身を投げ出されました。
「…ったく相変わらずお節介な方だ」
眉間に深い皺を寄せて、ヴィンセントは誰に言うでもなくそう大きな独り言を呟きます。
そして再び大きな窓の方に少し身体を向け、微かに光る猫の爪のような形をした月と満天の星空をぼんやりと見つめておりました。
「私のことなんぞどうでも良いのに」
誰に聞いてほしいわけでもございませんでしたが、ボソッと独り言をもらされヴィンセントは瞳を閉じました。お疲れなのでしょうか、しばらくするとスゥッと小さな寝息が聞こえてきました。
かすかな夜の光だけがヴィンセントを静かに照らしております。
一筋の流れ星がスッと夜空に消えていきましたが、今は真夜中。
屋根に座っている猫だけがこの夜を眺めていることでしょう―――…。
「…誰のせいだと思っているんですか」
さらに夜が更けて、早い者はもう寝静まり出した頃合いでございます。
ここはお城の一番奥深くの北の塔にございます執務官室―――…国の重要な書類や資料などがたくさん詰まったごく限られた方しか入室出来ない場所でございます。
白いインテリアで統一された清潔感溢れる明るいお部屋ではございますが、今はもう夜中でございます。
お部屋の灯りはもうすでに落とされ、お部屋の奥の大きな窓に背を向けるように置かれた大きな木製の白い机の上にあります灯りのみが小さくゆらゆらと灯っております。
そんな薄暗いお部屋には、これまた真っ白な制服に身を包んだ青白い顔をしてお疲れモード全開のヴィンセントが机の上に整然と山積みになった書類に囲まれながら何やら色々と手際よく処理されております。
そんな執務官長室にウィリアム様がひょこっとお姿を現されました。
「陛下…」
「今日は大変だったな」
「今日も、ですよ」
「ははは…それはウチのお転婆姫のせいでってことかな」
「それ以外他に何かありますか?」
「それはすまないな」
ギロッと睨んでくるヴィンセントの視線に苦笑いをしながらウィリアム様は扉を閉め、執務官長室へとゆっくり入られました。
お風呂に入られたのか、もうすでに正装を解かれてラフな服装に着替えられて髪も前髪が降ろされております。こうされておりますと一国の主である国王陛下には見えず、よくあるただの美しい一人の青年のようでございます。
「で?陛下こそこちらに何しに来られたんですか?」
読んでいた書類にサラサラと手慣れたようにサインをして処理済みのトレイにサッと投げ入れ、ヴィンセントは溜息をつきながら背もたれにふんぞり返りました。
「んー?何しにって明日の会議のために、ちょっとこの間の資料を一度確認しようと思って」
「あぁ…あの資料でしたらこちらです」
ウィリアム様が資料を保管してある棚へ向かおうとされましたが、さっとヴィンセントが処理済みのトレイの中から数枚の紙の束を取出してちらっと書いてある内容を確認するとトントンっと綺麗に纏めてウィリアム様に差し出されました。
「ありがとう。あー、これこれ。やっぱりな…こちらからユリラシア大陸へ向かう航路が変更されるんだな。また変なルートだな…」
不躾にも座ったまま書類を差しだすヴィンセントのところまでスタスタと書類を受け取りになると、内容に目を落としぶつくさと呟きながらウィリアム様はヴィンセント様のお机の前に置かれております応接セットの少し硬めのソファーに腰を掛けられました。
灯りが無く暗いな、と一言呟き、ソファーの横のライトを点けて書類をパラパラとめくり始めました。
「あぁ…そう言えばユリラシア大陸の中にある国の一つにクーデターがあったらしいですよ。内戦状態らしいからそこを避けているんでしょう」
「そうか…それは大変だな。あの大陸は十数年前の大規模な戦争かなかなか落ち着かないな」
「そうですねぇ。まぁ『蒼龍国』での軍事クーデターで当時の王政が廃され軍のトップだった元帥が成り代わった。当時の王族の支持者たちがあの大陸の各国に散らばり仲間を集って未だに王政を取り戻そうとテロを行っているとか」
「だが当時の王族の者は皆処刑されたのだろう?」
「…噂程度ですが、生き残った者がいるとか」
「そうか…。それはまぁ何というか…『蒼龍国』もなかなか大変だな。まぁウチはそんなにユリラシア大陸の国々と付き合いが無いからそこまで影響はないが…」
「ですが隣のナルキッス国が確かユリラシアの方面と交易を盛んにしております。ユリラシアのカゲロウ王国産のお米とか穀物類を確かたくさん取り扱っていたかと思います。ウチもナルキッスから穀物やスパイスやお茶など…まぁ色々買い寄せていますから少し影響あるかも知れませんね」
「うむ…ウチも用心にこしたことはないな」
「そうですね。国の農産物などの備蓄率を少し上げる必要があるかも知れません。またこれから先の自給率も上げていく方針に変えていきたいと思います。明日大臣たちも来られますから、その時に話し合いましょう」
「そうだな。明日の会議で充分議論しなければな」
一通り資料に目を通されたウィリアム様ははぁ…と一つ大きな溜息をつき、伸びをされました。ヴィンセントもはぁ…と小さく溜息のように息を吐くとサラサラと手に持っていた資料に何か書き込み、ハンコを押してトレイにポイッと投げました。
「あの会議で寝たばかりいるジジイたちにこんな小難しい話をしてもねぇ」
「そうだなぁ。もう少し我々の意見に耳を傾けてもらいたいものだ」
「若造だからって舐められいるんですよ。腹立たしい」
「そうだなぁ…。もっとこう…我々にも強い後ろ盾が必要だな」
「宰相殿は信頼置けますがご高齢ですしね」
「あぁ。引退していた所、再度カムバックしてもらったからな」
「何とかして行かないと…。私利私欲を肥やすだけのことだけでしか働かない腐った大臣たちを一掃してやりたいですね」
お二人の間に一瞬沈黙が流れます。ヴィンセントはデスクに肘をつき天井を見上げるように顎を置いて呆れたような表情をした後、チラッとソファーで崩れて行っているウィリアム様を見つめました。
「…で?用事はそれだけですか?」
「あぁ。資料だけこっそり見ようと思っていたんでね。誰も居ないかと思っていたらヴィー、お前が居たんだよ」
「…誰かさんのせいで全然仕事が捗らないんでね」
「ははは…別にシャルを探し回ったりしなくてもいいだぞ?それはお前の仕事じゃないし」
「ええそうですよ。しかし何故か皆姫様のことを逐一私に報告と相談をしてくるんですよ」
「それはそれは…」
「ったく…皆して私のことを姫様のお世話係と思っている…」
クルッと椅子の背を回し、ヴィンセントは机の後ろにあります大きな窓の方を向きました。
窓からはお城の外に広がる大きな森が良く見えます。夜なので灯りなどあるはずもなく、ただ真っ暗な景色のみがヴィンセントの目に入っていきます。
「まぁ仕方ない。私たちは小さい時からずっと一緒に育ってきているんだから。ヴィーも兄妹みたいなものだと思われているんだろう」
「うわ…それ凄い迷惑です。そのせいで私の仕事増えて終わらなくなっているんですから」
「すまないな」
あはははは…と笑いながらウィリアム様はヴィンセントに謝ります。しかしこの謝り方は心の底から謝っていないことを知っているヴィンセントは聞こえよがしに大きな溜息をつきました。
「…とにかく、用事が済んだのであればさっさとお引き取りください。私にはまだ仕事が残っているのでここに長居されたら邪魔です」
「はいはい…あ、そう言えば、フローレンス殿…母君が心配されていたぞ?最近ちっとも実家に帰ってこなくて寂しいと仰っておられたぞ」
ヴィンセントはゆっくりと振り返り、美しい紫色をした綺麗な切れ長の瞳をソファーに座っていらっしゃるウィリアム様の方に向けられました。
「まぁ我々兄妹のせいで余計に忙しくなっているとは思うが…たまには実家に帰って母君にお姿を見せて差し上げたらどうだ?喜ばれるぞ?」
「…まぁ時間が出来たら帰りますよ。とりあえず自分の家にも帰る時間がないもんでね」
「そう言われるとぐうの音もでないな」
「ええ。じゃあ早くお部屋にお戻りください」
「あぁじゃあ私は部屋に戻るとするよ。お前も早いところ家に帰れよ」
「この仕事が終わったら帰りますよ」
本日何回目でありましょうか、またヴィンセントは溜息をついて再び机に向き直し、未処理の書類を手に取りだしました。そんなヴィンセントを見てウィリアム様も負けじと溜息をついて呆れたような表情を向けます。
「ヴィー、お前帰る気ないだろう。…前から言っているが、もうこの城の中に住んでしまえばどうだ?一応ウチの城の敷地内と言えばそうだが、お前の館は遠いだろう」
「前から申し上げておりますがその話でしたら結構ですよ。このお城の中に住んだらまた24時間あなた方の世話をしなければならない。そんなの御免です」
「だがしかし、もう日付も変わるぞ?この城からお前の館まで少なくても15分はかかるだろう?大変じゃないのか?」
「別にそれくらい構いませんよ」
「だがしかし…」
「充分すぎるご配慮をありがたく存じますが、私はこのままで良いのです」
サラサラと書類に何か書き込みながらヴィンセントはウィリアム様の方にお顔を向けることなくお仕事を黙々と続けられております。もう早いところこの部屋から出て行って欲しいオーラがヴィンセントからはムンムンと溢れ出ております。
ウィリアム様もおバカではありませんので、もうこれ以上ヴィンセントに申しても無駄だと思われたのでしょう、仕方ないな…と呟きソファーから立ち上がり扉の方へと向かわれていきました。
「そうか…まぁまた気が変わればいつでも言ってくれ」
「ええ、その節はきちんと申し出させていただきます。陛下も明日も早いんですから、早くお休みになってください」
「あぁ…お前も早く帰れよ。じゃあおやすみ…」
「おやすみなさいませ」
パタン…と静かに扉をお閉めになり、ウィリアム様の靴音がだんだんと遠くなって行かれました。
完全に靴音が聞こえなくなったのを確認すると、ヴィンセントはフーと溜息をつきながらまた背もたれに身を投げ出されました。
「…ったく相変わらずお節介な方だ」
眉間に深い皺を寄せて、ヴィンセントは誰に言うでもなくそう大きな独り言を呟きます。
そして再び大きな窓の方に少し身体を向け、微かに光る猫の爪のような形をした月と満天の星空をぼんやりと見つめておりました。
「私のことなんぞどうでも良いのに」
誰に聞いてほしいわけでもございませんでしたが、ボソッと独り言をもらされヴィンセントは瞳を閉じました。お疲れなのでしょうか、しばらくするとスゥッと小さな寝息が聞こえてきました。
かすかな夜の光だけがヴィンセントを静かに照らしております。
一筋の流れ星がスッと夜空に消えていきましたが、今は真夜中。
屋根に座っている猫だけがこの夜を眺めていることでしょう―――…。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる