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fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜
第5話
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「まーたワガママ言ってるんですか。…ったく本当にいい加減にしてくれません?」
シャルロット様の目の前にあの男が―――…そう、更に眉間に深い皺を刻んだヴィンセントが立ち塞がっておりました。
「ちょっとヴィー、邪魔だから退いてよ。私お部屋に帰るんだけど」
「邪魔なのは貴女です。さぁ、早く席についてください」
「私今からお部屋に帰るんだけど?」
「え?今からディナーの時間ですよ?」
シャルロット様がヴィンセントをよけて右側を通ろうとしました。しかしヴィンセントもサッとシャルロット様の間に立ち塞がります。またシャルロット様が左側に行こうとすると、ヴィンセントは右に動き、シャルロット様の進路を塞ぎました。
「んもぅ!ヴィー邪魔!!」
「文字通り邪魔してるんですよ」
「ヴィー嫌いッ!」
「嫌いで結構。早く席に着いてください」
ジワジワとヴィンセントがシャルロット様との間合いを詰めていきシャルロット様は扉からお部屋に戻されていきます。
「ねぇヴィー、私、今お腹空いていないの。だからディナー要らないの。だからお部屋に帰るの」
「んで寝る前にお菓子食べるんでしょ?」
ハッと小馬鹿にしたようにヴィンセントは笑い出しました。そう、嘲笑です。ぐぬぬ…とシャルロット様は唸りながらもヴィンセントに負けじと言い返しだします。
「だってその時はお腹が空いているんだもの、仕方なくない?」
「その要望を聞くためにばあやが呼び出されたりとか、そのお菓子を作るためにシェフやメイドたちが時間外労働しているの分かります?」
「…」
「彼らだって休む時間は必要なんですよ。貴女のワガママばっかり聞いていたら寝る暇なんてなくなるんですよ」
「…そうなの?」
「え、今まで気付かなかったんですか?何、その人一倍大きな目は何ですか?いつもどこ見て生きてるんですか?」
「ヴィー、そこまででいいよ」
ヴィンセントは矢継ぎ早にシャルロット様に早口で捲し立てておりますと、静観しておられたウィリアム様がいつの間にかお二人の近くまで歩み寄ってこられ、ヴィンセントの肩をポンとバトンタッチをするかのように優しく叩きました。
「シャルロット…今日は少しの時間でいい、私と一緒にディナーをしよう」
「お兄様…」
ウィリアム様が片膝をつかれ、少しうつむいていらっしゃるシャルロット様のお顔を優しく覗き込まれました。
「少しでいいんだ。庭師のトムが丹精込めて育ててくれたウチの庭の野菜を共に味わおう。白身魚も鴨も、料理長のポールが市場からとびきり良いものを仕入れてくれた。パティシエールのニーナが作ってくれたデザートも私とゆっくり一緒に食べてお話をしようじゃないか」
「…」
「さぁ私の可愛いシャルロット、お手をどうぞ」
ウィリアム様がシャルロット様の前に優しく手を差し出します。そしてシャルロット様のお顔を覗き込み優しく微笑まれます。
「…えぇ、お兄様」
一瞬、シャルロット様はウィリアム様の手を取られるのを躊躇いましたが、とても小さい鈴が鳴るようなお声でお返事をされ、差し出されたウィリアム様のお手を取られました。
ウィリアム様はもう一度ニコッと微笑まれると優しくシャルロット様をお席へとエスコートされました。その様子を見てヴィンセントはやれやれと言った表情でまた溜息をつかれました。
「皆…ごめんなさい。私ワガママばっかり言って皆を困らせていたのね。本当にごめんなさい」
「シャルロット様…」
「さぁ…ディナーにしよう。セバスチャン始めてくれ」
「承知いたしました」
ウィリアム様が傍に控えていたセバスチャンに合図を送ると、セバスチャンは一礼をした後、給仕係たちに料理を運んでくるようにパンパンッと手を叩きます。
「お待たせいたしました、本日のディナーの前菜の白身魚のカルパッチョです。こちらは隣の国で良く獲れますメダダイという白身魚のお刺身でございます。こちらにお城の庭で採れました玉ねぎのソースとおリーズオイルのソースが掛かっております。とさぁどうぞお召し上がりください」
ウィリアム様とシャルロット様の前に透明なお皿に品よく盛り付けられたカルパッチョが置かれました。
透き通るように白い淡泊な見た目の白身魚の切り身に照りのある淡いブラウン色のソースが掛かって、周りには食用花がバランスよく散りばめられて見た目にも彩りよく品のある一品になっております。
「うん、ではいただこう」
ウィリアム様はグラスに入った冷えたシャンパンを一口飲み干して喉を潤されると、次にフォークを手に取りお魚とソースと絡めてお口に運ばれました。
「この濃厚な玉ねぎソースの味がさっぱりとした魚に合ってちょうどいいなぁ」
「ありがとうございます。ウィリアム様のお口にあって何よりです」
ウィリアム様と給仕係の青年のやり取りをじっと見つめていらっしゃったシャルロット様も、お手元のフォークを手に取り、そっと一切れお口に運びました。
まるで覚悟を決めて滝に飛び込むかのように最初は目をつむっていらっしゃいましたが、お口に入れてゆっくりとモグモグとお魚を噛んでいらっしゃいますと、まるで驚いたかのようにシャルロット様の大きな瞳がパッチリと開きました。
「…美味しい」
その一言を聞いて、今お部屋にいらっしゃる方全員がホッと肩を下しました。
「シャルロット様!」
「お魚がとてもあっさりしていて生臭くなくて…凄く食べやすくて…美味しい…」
「先程もご説明させていただきましたが、こちらの白身魚は隣の国の海で良く獲れる魚でして、非常にあっさりしていて、カルパッチョやムニエルなどによく合うお魚なんです。ですが少しでも生臭くないように、としっかりと下ごしらえさせていただきました。この玉ねぎのソースも、お城の庭で育てた玉ねぎを使用しておりますよ」
「…これなら玉ねぎでも食べられそうだわ」
シャルロット様が小さくそう呟かれますと、部屋の後ろに控えておりましたばあやが目頭をハンカチでチョンチョンと押さえながら笑っておりました。
メイドや給仕係の者たちもホッとしてにこやかにされています。
ただ一人、ヴィンセント様だけやれやれと言った感じで、腕組みをしながらため息をつかれました。
「どうだい、シャルロット。美味しいご飯をいただいたらもっと食べたくならないか?」
「えぇ…何だか私、お腹空いてきちゃったわ」
「うん、じゃあもっとたくさんいただこうか。私もぺろりと食べてしまったよ」
パクパクと食が進みついにカルパッチョを完食したシャルロット様をご覧になられて、ウィリアム様はニコニコと笑顔が溢れていらっしゃいました。
とても小食で好き嫌いの激しいことで有名なシャルロット様が、ついにきちんとディナーの席についてご飯を食べられたということはお城に居る皆にとってとても衝撃的で嬉しいことだったのです。
ウィリアム様とシャルロット様の前菜お皿をタイミングよく給仕係の者たちがスッと下げられました。
そして小さくて深いお皿に入ったスープがそっとお二人の前に置かれました。
「スープはポテトのスープでございます。こちらもお庭で採れました甘いポテトを使用しております。蒸かして裏ごしいたしましたポテトに生クリームを加えております。どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
「ポテトのスープはシャルロット大好きだったな」
「えぇ。だってウチのポテトのスープは甘いでしょ?とても飲みやすいわ」
「姫様に少しでもご飯を召し上がっていただくために、料理長がわざわざ考えて作ってくれているんですよ。料理長に感謝しながら召し上がってくださいね」
「…はーい」
シャルロット様のお席の後ろから、相変わらず腕組みをしながらシャルロット様がちゃんとご飯を召し上がるかどうかをチェックしているヴィンセントの一声が飛んできました。ばあややセバスチャンが、まぁまぁ…と気を使ってヴィンセントをなだめていらっしゃいます。
シャルロット様も本日は素直にその一言を聞き入れて、反撃することなく料理長渾身のポテトスープをいただきました。
甘い味付けの、濃厚なポテトのスープを一口お召し上がりになられたシャルロット様のお顔に笑顔が浮かび上がってこられました。それをウィリアム様はご覧になられるととても安心したように微笑まれ、シャルロット様の後ろで控えていらっしゃるヴィンセントに目配せをいたしました。
「ヴィー、今日はもう下がってくれて構わないぞ」
ウィリアム様がヴィンセントに退室を命じました。
本日のヴィンセントの執務は、これにて終了という合図です。
「承知いたしました」
ヴィンセントは軽く一礼された後、ふぅ…と息を一息大きく吐いてまたカツカツカツ…と靴の音を響かせながら足早に食堂を後にされました。
「さてシャルロット、今日一日の出来事を聞かせてくれないか?」
「えぇお兄様…。あのね、今日北のお庭にある一番古い納屋に行ったの。それでね…」
美味しいお食事を共にいただきながらお二人の話は弾んでいきました。
給仕係やメイドの者たちは気を使って、そっと奥の部屋へと下がっていきました。
まだ19歳の青年でありながらも、小さい国とは言えウィリアム様は一国の国王陛下でいらっしゃいます。毎日がとても目まぐるしい程たくさんのご公務をされております。そんな最中、シャルロット様と唯一共にできるお時間は珠のティータイムとこのディナーの時間だけだったりします。
ウィリアム様はシャルロット様と一緒にいらっしゃるプライベートなお時間だけが唯一の兄妹水入らずでくつろげるお時間なのです。
今日はシャルロット様も全てのお食事を召し上がられました。たっぷりと約2時間、ウィリアム様とシャルロット様はゆっくりと楽しいディナーのお時間を過ごされたのです。
辺りはもうすっかりと、深い紺色の絵の具を塗りつぶしたかのように夜の闇が覆っております。
「さて、今日のディナーはこれまでにしようか。今日もとても美味しかったよ。皆、いつもありがとう」
「ありがたきお言葉です。我々はウィリアム様やシャルロット様に美味しくお食事を召し上がっていただくことが何より幸せであります」
調理場から料理長のポールを始め、シェフの皆が退出されるであろうお二人をお見送りする為に食堂に集まっておりました。
「…とても美味しかったわ。…これからはちゃんとご飯をいただくように心掛けるわ。皆、本当にごめんなさい」
「シャルロット様…」
少し伏し目がちではありましたが、シャルロット様はシェフの皆に今までの無礼をお詫びされました。
その場にいらっしゃる全員がシャルロット様の言葉にジーンと感動されております。中堅どころであろうと見られるシェフたちは手を取り合って感動されておりました。そして相変わらずばあやとセバスチャンも涙を流しながらシャルロット様を見つめていらっしゃいます。
「ありがとうございます。そのお言葉だけでも我々は嬉しゅうございます。でもシャルロット様、ご無理にとは申しませんので…」
「うん…本当に気分が悪くて食べられない時もあるんだけれど、基本的には私のワガママだから…。これからは少しずつでもいただくように頑張るわ」
「うん、いい心がけだな、シャルロット。ヴィーに聞かせてあげたかったよ」
「ヴィーにはいいわよ、お兄様。きっとまた何かしらイチャモンつけてくるんだから」
「まぁまぁ…あれでも彼なりにシャルロットのことを心配しているんだよ」
「本当かしら」
「不器用なヴィーなりの愛情だよ」
「…そうかしら」
「あはははは…。それではお先に失礼するよ。おやすみ、私の可愛いシャルロット」
「おやすみなさい、お兄様」
ウィリアム様はそっと優しくシャルロット様の頬にキスをされ、食堂をあとにされました。
段々と遠くなっていくウィリアム様の足音を見送られるとシャルロット様は少し寂しそうなお顔をされましたが、またすぐにいつもの愛らしいお顔に戻られました。
「さぁシャルロット様、お風呂の準備がもうすぐ出来上がります。そろそろ行きましょうか」
「えぇ、ありがとうばあや」
スッとお席を立たれておやすみなさい、と一言シェフの皆に挨拶した後、シャルロット様はばあやと共に自室へ戻られます。
「シャルロット様、本日のバスソルトはシャルロット様の大好きなグレープフルーツとカモミールの香りでございますよ!」
「嬉しい!私あの香り大好きだわ」
「セシルが準備してくれておりますからね!さぁさぁ、今日もゆっくりとお入りくださいましな」
「えぇありがとう。お昼寝しちゃったけれど今日は何だかよく眠れそうだわ」
「よく寝ることが元気の基本ですよ!さぁさぁ…早いところお部屋に戻りましょう」
美味しいお食事をいただきお腹も満たされ、たっぷりとご兄妹でお話をされ気持ちもどこか落ち着かれ、行きの不機嫌なモードとは真逆にシャルロット様とばあやの足取りは少し軽快に聞こえます。もうすっかり日も暮れ、濃い紺色の夜空が辺りを包んでおります。
お城の廊下もどこかひんやりとした空気が流れて、オレンジ色をした蝋燭の光がユラユラと揺れているだけでした。
シャルロット様の目の前にあの男が―――…そう、更に眉間に深い皺を刻んだヴィンセントが立ち塞がっておりました。
「ちょっとヴィー、邪魔だから退いてよ。私お部屋に帰るんだけど」
「邪魔なのは貴女です。さぁ、早く席についてください」
「私今からお部屋に帰るんだけど?」
「え?今からディナーの時間ですよ?」
シャルロット様がヴィンセントをよけて右側を通ろうとしました。しかしヴィンセントもサッとシャルロット様の間に立ち塞がります。またシャルロット様が左側に行こうとすると、ヴィンセントは右に動き、シャルロット様の進路を塞ぎました。
「んもぅ!ヴィー邪魔!!」
「文字通り邪魔してるんですよ」
「ヴィー嫌いッ!」
「嫌いで結構。早く席に着いてください」
ジワジワとヴィンセントがシャルロット様との間合いを詰めていきシャルロット様は扉からお部屋に戻されていきます。
「ねぇヴィー、私、今お腹空いていないの。だからディナー要らないの。だからお部屋に帰るの」
「んで寝る前にお菓子食べるんでしょ?」
ハッと小馬鹿にしたようにヴィンセントは笑い出しました。そう、嘲笑です。ぐぬぬ…とシャルロット様は唸りながらもヴィンセントに負けじと言い返しだします。
「だってその時はお腹が空いているんだもの、仕方なくない?」
「その要望を聞くためにばあやが呼び出されたりとか、そのお菓子を作るためにシェフやメイドたちが時間外労働しているの分かります?」
「…」
「彼らだって休む時間は必要なんですよ。貴女のワガママばっかり聞いていたら寝る暇なんてなくなるんですよ」
「…そうなの?」
「え、今まで気付かなかったんですか?何、その人一倍大きな目は何ですか?いつもどこ見て生きてるんですか?」
「ヴィー、そこまででいいよ」
ヴィンセントは矢継ぎ早にシャルロット様に早口で捲し立てておりますと、静観しておられたウィリアム様がいつの間にかお二人の近くまで歩み寄ってこられ、ヴィンセントの肩をポンとバトンタッチをするかのように優しく叩きました。
「シャルロット…今日は少しの時間でいい、私と一緒にディナーをしよう」
「お兄様…」
ウィリアム様が片膝をつかれ、少しうつむいていらっしゃるシャルロット様のお顔を優しく覗き込まれました。
「少しでいいんだ。庭師のトムが丹精込めて育ててくれたウチの庭の野菜を共に味わおう。白身魚も鴨も、料理長のポールが市場からとびきり良いものを仕入れてくれた。パティシエールのニーナが作ってくれたデザートも私とゆっくり一緒に食べてお話をしようじゃないか」
「…」
「さぁ私の可愛いシャルロット、お手をどうぞ」
ウィリアム様がシャルロット様の前に優しく手を差し出します。そしてシャルロット様のお顔を覗き込み優しく微笑まれます。
「…えぇ、お兄様」
一瞬、シャルロット様はウィリアム様の手を取られるのを躊躇いましたが、とても小さい鈴が鳴るようなお声でお返事をされ、差し出されたウィリアム様のお手を取られました。
ウィリアム様はもう一度ニコッと微笑まれると優しくシャルロット様をお席へとエスコートされました。その様子を見てヴィンセントはやれやれと言った表情でまた溜息をつかれました。
「皆…ごめんなさい。私ワガママばっかり言って皆を困らせていたのね。本当にごめんなさい」
「シャルロット様…」
「さぁ…ディナーにしよう。セバスチャン始めてくれ」
「承知いたしました」
ウィリアム様が傍に控えていたセバスチャンに合図を送ると、セバスチャンは一礼をした後、給仕係たちに料理を運んでくるようにパンパンッと手を叩きます。
「お待たせいたしました、本日のディナーの前菜の白身魚のカルパッチョです。こちらは隣の国で良く獲れますメダダイという白身魚のお刺身でございます。こちらにお城の庭で採れました玉ねぎのソースとおリーズオイルのソースが掛かっております。とさぁどうぞお召し上がりください」
ウィリアム様とシャルロット様の前に透明なお皿に品よく盛り付けられたカルパッチョが置かれました。
透き通るように白い淡泊な見た目の白身魚の切り身に照りのある淡いブラウン色のソースが掛かって、周りには食用花がバランスよく散りばめられて見た目にも彩りよく品のある一品になっております。
「うん、ではいただこう」
ウィリアム様はグラスに入った冷えたシャンパンを一口飲み干して喉を潤されると、次にフォークを手に取りお魚とソースと絡めてお口に運ばれました。
「この濃厚な玉ねぎソースの味がさっぱりとした魚に合ってちょうどいいなぁ」
「ありがとうございます。ウィリアム様のお口にあって何よりです」
ウィリアム様と給仕係の青年のやり取りをじっと見つめていらっしゃったシャルロット様も、お手元のフォークを手に取り、そっと一切れお口に運びました。
まるで覚悟を決めて滝に飛び込むかのように最初は目をつむっていらっしゃいましたが、お口に入れてゆっくりとモグモグとお魚を噛んでいらっしゃいますと、まるで驚いたかのようにシャルロット様の大きな瞳がパッチリと開きました。
「…美味しい」
その一言を聞いて、今お部屋にいらっしゃる方全員がホッと肩を下しました。
「シャルロット様!」
「お魚がとてもあっさりしていて生臭くなくて…凄く食べやすくて…美味しい…」
「先程もご説明させていただきましたが、こちらの白身魚は隣の国の海で良く獲れる魚でして、非常にあっさりしていて、カルパッチョやムニエルなどによく合うお魚なんです。ですが少しでも生臭くないように、としっかりと下ごしらえさせていただきました。この玉ねぎのソースも、お城の庭で育てた玉ねぎを使用しておりますよ」
「…これなら玉ねぎでも食べられそうだわ」
シャルロット様が小さくそう呟かれますと、部屋の後ろに控えておりましたばあやが目頭をハンカチでチョンチョンと押さえながら笑っておりました。
メイドや給仕係の者たちもホッとしてにこやかにされています。
ただ一人、ヴィンセント様だけやれやれと言った感じで、腕組みをしながらため息をつかれました。
「どうだい、シャルロット。美味しいご飯をいただいたらもっと食べたくならないか?」
「えぇ…何だか私、お腹空いてきちゃったわ」
「うん、じゃあもっとたくさんいただこうか。私もぺろりと食べてしまったよ」
パクパクと食が進みついにカルパッチョを完食したシャルロット様をご覧になられて、ウィリアム様はニコニコと笑顔が溢れていらっしゃいました。
とても小食で好き嫌いの激しいことで有名なシャルロット様が、ついにきちんとディナーの席についてご飯を食べられたということはお城に居る皆にとってとても衝撃的で嬉しいことだったのです。
ウィリアム様とシャルロット様の前菜お皿をタイミングよく給仕係の者たちがスッと下げられました。
そして小さくて深いお皿に入ったスープがそっとお二人の前に置かれました。
「スープはポテトのスープでございます。こちらもお庭で採れました甘いポテトを使用しております。蒸かして裏ごしいたしましたポテトに生クリームを加えております。どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
「ポテトのスープはシャルロット大好きだったな」
「えぇ。だってウチのポテトのスープは甘いでしょ?とても飲みやすいわ」
「姫様に少しでもご飯を召し上がっていただくために、料理長がわざわざ考えて作ってくれているんですよ。料理長に感謝しながら召し上がってくださいね」
「…はーい」
シャルロット様のお席の後ろから、相変わらず腕組みをしながらシャルロット様がちゃんとご飯を召し上がるかどうかをチェックしているヴィンセントの一声が飛んできました。ばあややセバスチャンが、まぁまぁ…と気を使ってヴィンセントをなだめていらっしゃいます。
シャルロット様も本日は素直にその一言を聞き入れて、反撃することなく料理長渾身のポテトスープをいただきました。
甘い味付けの、濃厚なポテトのスープを一口お召し上がりになられたシャルロット様のお顔に笑顔が浮かび上がってこられました。それをウィリアム様はご覧になられるととても安心したように微笑まれ、シャルロット様の後ろで控えていらっしゃるヴィンセントに目配せをいたしました。
「ヴィー、今日はもう下がってくれて構わないぞ」
ウィリアム様がヴィンセントに退室を命じました。
本日のヴィンセントの執務は、これにて終了という合図です。
「承知いたしました」
ヴィンセントは軽く一礼された後、ふぅ…と息を一息大きく吐いてまたカツカツカツ…と靴の音を響かせながら足早に食堂を後にされました。
「さてシャルロット、今日一日の出来事を聞かせてくれないか?」
「えぇお兄様…。あのね、今日北のお庭にある一番古い納屋に行ったの。それでね…」
美味しいお食事を共にいただきながらお二人の話は弾んでいきました。
給仕係やメイドの者たちは気を使って、そっと奥の部屋へと下がっていきました。
まだ19歳の青年でありながらも、小さい国とは言えウィリアム様は一国の国王陛下でいらっしゃいます。毎日がとても目まぐるしい程たくさんのご公務をされております。そんな最中、シャルロット様と唯一共にできるお時間は珠のティータイムとこのディナーの時間だけだったりします。
ウィリアム様はシャルロット様と一緒にいらっしゃるプライベートなお時間だけが唯一の兄妹水入らずでくつろげるお時間なのです。
今日はシャルロット様も全てのお食事を召し上がられました。たっぷりと約2時間、ウィリアム様とシャルロット様はゆっくりと楽しいディナーのお時間を過ごされたのです。
辺りはもうすっかりと、深い紺色の絵の具を塗りつぶしたかのように夜の闇が覆っております。
「さて、今日のディナーはこれまでにしようか。今日もとても美味しかったよ。皆、いつもありがとう」
「ありがたきお言葉です。我々はウィリアム様やシャルロット様に美味しくお食事を召し上がっていただくことが何より幸せであります」
調理場から料理長のポールを始め、シェフの皆が退出されるであろうお二人をお見送りする為に食堂に集まっておりました。
「…とても美味しかったわ。…これからはちゃんとご飯をいただくように心掛けるわ。皆、本当にごめんなさい」
「シャルロット様…」
少し伏し目がちではありましたが、シャルロット様はシェフの皆に今までの無礼をお詫びされました。
その場にいらっしゃる全員がシャルロット様の言葉にジーンと感動されております。中堅どころであろうと見られるシェフたちは手を取り合って感動されておりました。そして相変わらずばあやとセバスチャンも涙を流しながらシャルロット様を見つめていらっしゃいます。
「ありがとうございます。そのお言葉だけでも我々は嬉しゅうございます。でもシャルロット様、ご無理にとは申しませんので…」
「うん…本当に気分が悪くて食べられない時もあるんだけれど、基本的には私のワガママだから…。これからは少しずつでもいただくように頑張るわ」
「うん、いい心がけだな、シャルロット。ヴィーに聞かせてあげたかったよ」
「ヴィーにはいいわよ、お兄様。きっとまた何かしらイチャモンつけてくるんだから」
「まぁまぁ…あれでも彼なりにシャルロットのことを心配しているんだよ」
「本当かしら」
「不器用なヴィーなりの愛情だよ」
「…そうかしら」
「あはははは…。それではお先に失礼するよ。おやすみ、私の可愛いシャルロット」
「おやすみなさい、お兄様」
ウィリアム様はそっと優しくシャルロット様の頬にキスをされ、食堂をあとにされました。
段々と遠くなっていくウィリアム様の足音を見送られるとシャルロット様は少し寂しそうなお顔をされましたが、またすぐにいつもの愛らしいお顔に戻られました。
「さぁシャルロット様、お風呂の準備がもうすぐ出来上がります。そろそろ行きましょうか」
「えぇ、ありがとうばあや」
スッとお席を立たれておやすみなさい、と一言シェフの皆に挨拶した後、シャルロット様はばあやと共に自室へ戻られます。
「シャルロット様、本日のバスソルトはシャルロット様の大好きなグレープフルーツとカモミールの香りでございますよ!」
「嬉しい!私あの香り大好きだわ」
「セシルが準備してくれておりますからね!さぁさぁ、今日もゆっくりとお入りくださいましな」
「えぇありがとう。お昼寝しちゃったけれど今日は何だかよく眠れそうだわ」
「よく寝ることが元気の基本ですよ!さぁさぁ…早いところお部屋に戻りましょう」
美味しいお食事をいただきお腹も満たされ、たっぷりとご兄妹でお話をされ気持ちもどこか落ち着かれ、行きの不機嫌なモードとは真逆にシャルロット様とばあやの足取りは少し軽快に聞こえます。もうすっかり日も暮れ、濃い紺色の夜空が辺りを包んでおります。
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
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