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運命の女 ~Femme fatale~
第2話
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「いやぁー!勢い余って突っ込んでしまったよっ!せっかく淹れてくれたお茶を零してしまって申し訳なかったね…。そして幸いウィルにもかかってなくてよかったよ!」
「ビックリしちゃったわ!ドミニク叔父様、お怪我はない?」
「あ、少したんこぶが出来たぐらいだから大丈夫だよ!相変わらずシャルは優しいねぇ」
フリフリのレースのブラウスに付いている赤いシルク織りのリボンのヨレやジャケットの乱れをパパッと直しつつドミニク様はははは…っと豪快に笑っております。
ウィリアム様に背負い投げされて満身創痍のドミニク様のお顔を覗き込み、心配そうに見つめるシャルロット様にドミニク様はばちんっと元気よくウインクをかましてお返事されました。
「叔父上…避けて思わず背負い投げをしてしまって申し訳ございませんでした…」
「いやぁ、見事だったよ!さすがウィル!!叔父さんは鼻が高いぞ~!!」
「はぁ…」
「さすがさすが!!背負い投げされちゃってる最中、くしくも亡きわが姉上マルグリットに武術を掛けられまくった日々を思い出したよ!懐かしいなぁ~」
「叔父上…えっと…それで今日はいか様に…?」
「あっ!そうだったっ!!ついうっかり親戚トークで和んでしまったよっ!!…ウィル!!一生のお願いだっ!!哀れな叔父をの為にお前の力を貸してくれっ!!!」
「えっと…」
「ウィル…どうか私を匿ってくれないかっ!?」
「え…?」
「叔父様…?」
ゴクッと固唾を飲みこみ、奮起したドミニク様はまたもの凄い勢いでウィリアム様の方に詰めていき、ギュッとウィリアム様の両手を取って強く握るととてつもなく真剣なお顔でウィリアム様に泣き付かれました。
いきなりのことにウィリアム様は付いていけていないのか、それとも思いのほか強い力で握ってくるドミニク様の強さに驚いているのか、少し目を大きく見開いてドミニク様の丸まった背中を見つめております。
「…親父と意見が分かれてね…もう一緒にやっていられないっ!!と思って屋敷から出て行ったのさ…。ウチの別荘とかは親父の既に親父の手が回っていて入れなくってさ…ちょっと自分で屋敷を見つけるまでの間でいいんだ、ここで匿っていてくれないかっ!?」
「えっと…」
「なぁ頼むよウィルっ!シャルっ!哀れな叔父を助けてはくれないかっ?」
向かいのソファーに座っていたシャルロット様の方にも首を勢いよくブンッと向けて、ドミニク様は大粒の涙をオリーブ色の瞳からぽろぽろと零しながら懇願されました。若干全身もプルプルと震えているようで、まるで小動物のようにドミニク様は震えておりました。
「叔父様…お爺ちゃまと喧嘩されたの…?」
「そうなんだよ!んもう本当に頭の固い頑固親父とはウチの親父のことだっ!!何度話しても分かり合えないから、私の方から切り上げて行ったんだよっ!!」
「あのお爺様と喧嘩をされるとは…叔父上…なかなかやりましたね」
「だろっ!?私だってこう見えても弁が立つんだよ~?世間じゃあ私の事をメルヴェイユ家のボンボン息子って馬鹿にしているらしいが…そんなことは無いっ!!こう見えても立派にディベートが出来る紳士なんだよ~!!」
「紳士…ねぇ」
とそこへ、いつの間にかヴィンセントが客間に来ており、ドミニク様の背後にソファーの外側に手をついてそのお耳にフッと息を吹きかけて囁かれました。キャンッと一声ドミニク様は悲鳴を上げ、自分のお耳に息を吹きかけてきた相手は誰なんだっと横を振り返します。そしてその正体を見ると、これまたキャンッと悲鳴を上げてドクドクと逸る心臓に手を当てて鼓動の高鳴りを抑えます。
「わっ!!ビックリしたっ…って君はヴィンセント君じゃないかっ!!」
「ご無沙汰しておりますドミニク様」
「んもうなんだよぉ~っ!…ってもう君は相変わらず不躾だなっ!」
「不躾で結構。…10以上も年下の甥っ子に泣き付いている30も過ぎたいい大人のどこが紳士なんでしょうか、ドミニク様…」
「うッ!」
「私の聞いた話によりますと…ドミニク様のお父上、ロベール様に勘当されたとお伺いしておりますが」
「なっ!何故それをっ!?」
「ローザタニア国王補佐長官兼執務官長の情報収集力を舐めないでいただいたいですね」
ソファーの上から転げ落ちそうなくらい動揺されたドミニク様を横目に、ヴィンセントはハッと嘲笑し腕を組んだままドミニク様の座っていらっしゃるソファーの横に立ちギロッと冷たい視線を送りつづけました。そして呆れているのかはぁ~…っと大きくため息をついております。
「お爺ちゃまに勘当されたって…叔父様、どういうことなの?」
「えっと…それはそのぉー…結婚に反対されてさ、親父と言い争いになってしまったんだよ…」
「結婚!?」
ウィリアム様とシャルロット様の声がユニゾンして発せられました。するといきなりドミニク様は立ち上がり、またスポットライトが当たっているかのような雰囲気で一人話し始めたのでした。
「そうなんだ!聞いてくれるかい、ウィル!シャル!…私と彼女の出会いはそう、半年ほど前のことだった―――…いつものように街をプラついている時にいきなりの通り雨に遭ってしまってね…5番街のあるロジエ通りにある仕立て屋の店先で雨宿りをしていたんだ。酷い雨でね…傘も持たずに歩いていた私はまるで濡れネズミのようにずぶ濡れで立っていたのさ。その時に店の中から寒さに凍えていた私にタオルと温かいミルクを差しだしてくれたのがそう!私の恋人ジャンヌなのさっ!!」
「…」
「亜麻色の髪に薄いブルーの瞳をした小さくて可憐な天使のような乙女…。差しだしてくれたその手に触れるとビビビッと私の身体に電流が走ったのさ…っ!」
「それ静電気ではないのでは?」
ヴィンセントが冷めた目でドミニク様を見つめ突っ込みを入れましたが、ウィリアム様が余計なことを言うなとばかりにヴィンセントの口を塞ぎに行きました。しかしそのヴィンセントの非情な突っ込みの声は幸いなことかドミニク様には聞こえていなかったようで、ドミニク様のワンマンショーはまだまだ続いております。
「そしてそれから私は毎日彼女の所に通った…。そう!彼女の働いているお店は仕立て屋さん!ゆるくなっているボタンを付け直してくれたり、たまにジャケットを繕ってくれたり…丁寧で真面目で正確な彼女の仕事っぷりに私の心はどんどん惹かれていく…。そしてある時ついに!私は彼女の手を取り…彼女に愛の告白をした!!少し驚いた彼女は最初は戸惑っていたけれども、真っ直ぐに私の気持ちをぶつけたら…受け入れてくれるようになった!!そしてついに私たちは晴れて恋人同士になったんだ…っ!!」
「…なんだかミュージカルナンバーみたいな感じですねぇ」
「ヴィー…」
「そしてジャンヌと密かに恋を育てている最中だったんだけど…ある時父上にばれてしまった!私は父上にどれだけ真剣にジャンヌを愛しているか、そして彼女を妻に迎えたいということを伝えたんだ!…しかし父上に思いっきり反対されてしまったのさ…」
「どうしてお爺ちゃまはその結婚に反対なの?」
「単純に身分違いだからでしょう」
「そうなんだ…私は貴族、ジャンヌは労働者階級…しかも他所の国から出稼ぎにやって来た娘だ…。メルヴェイユ家の次期当主の妻には相応しくないと判断されたんだろう」
「そんな…」
「一応次期当主っていう自覚はあるのですね、ドミニク様」
「今日も辛口が冴えわたっているね、ヴィンセント君…。君、私の事嫌いだろう」
「その辺の理解はできる頭はお持ちのようですね」
「…」
ヴィンセントの突っ込みもあったとおり、ドミニク様のミュージカルナンバーのような説明を一通り聞き終わると、一同はシーンとしてしまい客間にはしばし沈黙が流れました。
「…酷いわお爺ちゃま」
その沈黙を破ったのは、ショボーンとしているドミニク様の向かいで肩を震わせていたシャルロット様でした。
思いつめたかのようなキッと座った瞳でお顔を上げると、シャルロット様は勢いよく立ち上がり鼻息荒く、そしてまるで象が歩いているかのごとくの闊歩でドアの方へと向かい出しました。
「シャル?どこへ行くんだ?」
「お兄様、ちょっとお爺ちゃまの所に行きましょうっ!叔父様とジャンヌさんの結婚を認めていただきましょうっ!」
「!」
ウィリアム様とドミニク様は鳩が豆鉄砲を食らったかのようなビックリしたお顔でシャルロット様の方をご覧になりました。ヴィンセントは相変わらずいつもの冷静なお顔のまま、言わんこっちゃないといった呆れた雰囲気で腕組みをしたまま溜息をついておりました。
「え…シャル…」
「セバスチャン!馬車を用意して!!メルヴェイユのお爺ちゃまの所に行くわっ!」
客間のドアを思いっきり開けると、おそらく近くで控えているであろうセバスチャンに向かってシャルロット様は大きな声でお願いいたしました。
「はっ!ただ今っ!!」
駆け足でセバスチャンが廊下を走っていく音が聞こえます。シャルロット様はばあやに着替えをお願いして自室へと走っていかれました。シャルロット様の意気揚々リズミカルな足音がだんだんと遠くなっていくと、ドミニク様は瞳を輝かせながらテーブルに置かれているもう冷めてしまった紅茶に手を伸ばし、クイッと一杯お茶を飲み込まれました。
「持つべきものは…行動力のある姪っ子だな❤」
「叔父上…もしかしてこうなることを計算の上こちらに来られましたか?」
「え??な…っ何のことっ!?」
「…確信犯ですね」
ウィリアム様も頭を抱えておりましたが一つ息を整えるように溜息をつかれると、気を取り直してスクッと立ち上がりました。
「叔父上、シャルはああなったら止められませんので、私もお爺様の所へ行きましょう」
「ウィル❤」
「ただし、叔父上も一緒です」
「えっ!!」
「何を仰っているのですか!当たり前でしょうっ!」
「…分かったよぉ」
「では私も用意をしてきます。すぐ戻りますので、しばらくこちらでお待ちください」
「…はーい」
少し呆れた表情をされておりましたウィリアム様は、スッと踵を返して早足で客間をあとにされました。
客間にはドミニク様とヴィンセントという微妙な間柄のお二人が残されており、これまたシーンとした沈黙の微妙な空気が流れておりました。
「ヴィンセント君は…一緒に行かないのかい?」
「はっきり言って全く興味ないんで私は行く気はありませんが、陛下が付いてこいと仰ればご一緒いたします」
「あ…そうなの?」
「私がご一緒だと何か問題でも?ドミニク様」
「あ…いや…別にそういうわけではないんだけれども…」
「どうでもいい事に巻き込まれるのは本当に迷惑なんですけどね。ツッコミ要員が居ないと話が進まないでしょう」
「う…うん」
「まったく…仕方のない方々ばっかりです」
「…ぐうの音も出ないな」
「出さないでください、鬱陶しいから」
「やっぱり私の事嫌いでしょ、君」
「私は賢い人間しか好きになりません」
「…」
冷たい空気の流れる客間にはまた沈黙が広がり、まるでマイナスの氷の世界にいるかの如く冷え冷えとした空気が流れておりました。
窓の外では、暖かい陽の光に誘われるかの如く鳥たちがお庭の木の上で遊んでおりました。落ち込んでいるドミニク様には目もくれずにヴィンセントはその様子をじーっと静かに眺めておりました。
「…平和だなぁ」
「ビックリしちゃったわ!ドミニク叔父様、お怪我はない?」
「あ、少したんこぶが出来たぐらいだから大丈夫だよ!相変わらずシャルは優しいねぇ」
フリフリのレースのブラウスに付いている赤いシルク織りのリボンのヨレやジャケットの乱れをパパッと直しつつドミニク様はははは…っと豪快に笑っております。
ウィリアム様に背負い投げされて満身創痍のドミニク様のお顔を覗き込み、心配そうに見つめるシャルロット様にドミニク様はばちんっと元気よくウインクをかましてお返事されました。
「叔父上…避けて思わず背負い投げをしてしまって申し訳ございませんでした…」
「いやぁ、見事だったよ!さすがウィル!!叔父さんは鼻が高いぞ~!!」
「はぁ…」
「さすがさすが!!背負い投げされちゃってる最中、くしくも亡きわが姉上マルグリットに武術を掛けられまくった日々を思い出したよ!懐かしいなぁ~」
「叔父上…えっと…それで今日はいか様に…?」
「あっ!そうだったっ!!ついうっかり親戚トークで和んでしまったよっ!!…ウィル!!一生のお願いだっ!!哀れな叔父をの為にお前の力を貸してくれっ!!!」
「えっと…」
「ウィル…どうか私を匿ってくれないかっ!?」
「え…?」
「叔父様…?」
ゴクッと固唾を飲みこみ、奮起したドミニク様はまたもの凄い勢いでウィリアム様の方に詰めていき、ギュッとウィリアム様の両手を取って強く握るととてつもなく真剣なお顔でウィリアム様に泣き付かれました。
いきなりのことにウィリアム様は付いていけていないのか、それとも思いのほか強い力で握ってくるドミニク様の強さに驚いているのか、少し目を大きく見開いてドミニク様の丸まった背中を見つめております。
「…親父と意見が分かれてね…もう一緒にやっていられないっ!!と思って屋敷から出て行ったのさ…。ウチの別荘とかは親父の既に親父の手が回っていて入れなくってさ…ちょっと自分で屋敷を見つけるまでの間でいいんだ、ここで匿っていてくれないかっ!?」
「えっと…」
「なぁ頼むよウィルっ!シャルっ!哀れな叔父を助けてはくれないかっ?」
向かいのソファーに座っていたシャルロット様の方にも首を勢いよくブンッと向けて、ドミニク様は大粒の涙をオリーブ色の瞳からぽろぽろと零しながら懇願されました。若干全身もプルプルと震えているようで、まるで小動物のようにドミニク様は震えておりました。
「叔父様…お爺ちゃまと喧嘩されたの…?」
「そうなんだよ!んもう本当に頭の固い頑固親父とはウチの親父のことだっ!!何度話しても分かり合えないから、私の方から切り上げて行ったんだよっ!!」
「あのお爺様と喧嘩をされるとは…叔父上…なかなかやりましたね」
「だろっ!?私だってこう見えても弁が立つんだよ~?世間じゃあ私の事をメルヴェイユ家のボンボン息子って馬鹿にしているらしいが…そんなことは無いっ!!こう見えても立派にディベートが出来る紳士なんだよ~!!」
「紳士…ねぇ」
とそこへ、いつの間にかヴィンセントが客間に来ており、ドミニク様の背後にソファーの外側に手をついてそのお耳にフッと息を吹きかけて囁かれました。キャンッと一声ドミニク様は悲鳴を上げ、自分のお耳に息を吹きかけてきた相手は誰なんだっと横を振り返します。そしてその正体を見ると、これまたキャンッと悲鳴を上げてドクドクと逸る心臓に手を当てて鼓動の高鳴りを抑えます。
「わっ!!ビックリしたっ…って君はヴィンセント君じゃないかっ!!」
「ご無沙汰しておりますドミニク様」
「んもうなんだよぉ~っ!…ってもう君は相変わらず不躾だなっ!」
「不躾で結構。…10以上も年下の甥っ子に泣き付いている30も過ぎたいい大人のどこが紳士なんでしょうか、ドミニク様…」
「うッ!」
「私の聞いた話によりますと…ドミニク様のお父上、ロベール様に勘当されたとお伺いしておりますが」
「なっ!何故それをっ!?」
「ローザタニア国王補佐長官兼執務官長の情報収集力を舐めないでいただいたいですね」
ソファーの上から転げ落ちそうなくらい動揺されたドミニク様を横目に、ヴィンセントはハッと嘲笑し腕を組んだままドミニク様の座っていらっしゃるソファーの横に立ちギロッと冷たい視線を送りつづけました。そして呆れているのかはぁ~…っと大きくため息をついております。
「お爺ちゃまに勘当されたって…叔父様、どういうことなの?」
「えっと…それはそのぉー…結婚に反対されてさ、親父と言い争いになってしまったんだよ…」
「結婚!?」
ウィリアム様とシャルロット様の声がユニゾンして発せられました。するといきなりドミニク様は立ち上がり、またスポットライトが当たっているかのような雰囲気で一人話し始めたのでした。
「そうなんだ!聞いてくれるかい、ウィル!シャル!…私と彼女の出会いはそう、半年ほど前のことだった―――…いつものように街をプラついている時にいきなりの通り雨に遭ってしまってね…5番街のあるロジエ通りにある仕立て屋の店先で雨宿りをしていたんだ。酷い雨でね…傘も持たずに歩いていた私はまるで濡れネズミのようにずぶ濡れで立っていたのさ。その時に店の中から寒さに凍えていた私にタオルと温かいミルクを差しだしてくれたのがそう!私の恋人ジャンヌなのさっ!!」
「…」
「亜麻色の髪に薄いブルーの瞳をした小さくて可憐な天使のような乙女…。差しだしてくれたその手に触れるとビビビッと私の身体に電流が走ったのさ…っ!」
「それ静電気ではないのでは?」
ヴィンセントが冷めた目でドミニク様を見つめ突っ込みを入れましたが、ウィリアム様が余計なことを言うなとばかりにヴィンセントの口を塞ぎに行きました。しかしそのヴィンセントの非情な突っ込みの声は幸いなことかドミニク様には聞こえていなかったようで、ドミニク様のワンマンショーはまだまだ続いております。
「そしてそれから私は毎日彼女の所に通った…。そう!彼女の働いているお店は仕立て屋さん!ゆるくなっているボタンを付け直してくれたり、たまにジャケットを繕ってくれたり…丁寧で真面目で正確な彼女の仕事っぷりに私の心はどんどん惹かれていく…。そしてある時ついに!私は彼女の手を取り…彼女に愛の告白をした!!少し驚いた彼女は最初は戸惑っていたけれども、真っ直ぐに私の気持ちをぶつけたら…受け入れてくれるようになった!!そしてついに私たちは晴れて恋人同士になったんだ…っ!!」
「…なんだかミュージカルナンバーみたいな感じですねぇ」
「ヴィー…」
「そしてジャンヌと密かに恋を育てている最中だったんだけど…ある時父上にばれてしまった!私は父上にどれだけ真剣にジャンヌを愛しているか、そして彼女を妻に迎えたいということを伝えたんだ!…しかし父上に思いっきり反対されてしまったのさ…」
「どうしてお爺ちゃまはその結婚に反対なの?」
「単純に身分違いだからでしょう」
「そうなんだ…私は貴族、ジャンヌは労働者階級…しかも他所の国から出稼ぎにやって来た娘だ…。メルヴェイユ家の次期当主の妻には相応しくないと判断されたんだろう」
「そんな…」
「一応次期当主っていう自覚はあるのですね、ドミニク様」
「今日も辛口が冴えわたっているね、ヴィンセント君…。君、私の事嫌いだろう」
「その辺の理解はできる頭はお持ちのようですね」
「…」
ヴィンセントの突っ込みもあったとおり、ドミニク様のミュージカルナンバーのような説明を一通り聞き終わると、一同はシーンとしてしまい客間にはしばし沈黙が流れました。
「…酷いわお爺ちゃま」
その沈黙を破ったのは、ショボーンとしているドミニク様の向かいで肩を震わせていたシャルロット様でした。
思いつめたかのようなキッと座った瞳でお顔を上げると、シャルロット様は勢いよく立ち上がり鼻息荒く、そしてまるで象が歩いているかのごとくの闊歩でドアの方へと向かい出しました。
「シャル?どこへ行くんだ?」
「お兄様、ちょっとお爺ちゃまの所に行きましょうっ!叔父様とジャンヌさんの結婚を認めていただきましょうっ!」
「!」
ウィリアム様とドミニク様は鳩が豆鉄砲を食らったかのようなビックリしたお顔でシャルロット様の方をご覧になりました。ヴィンセントは相変わらずいつもの冷静なお顔のまま、言わんこっちゃないといった呆れた雰囲気で腕組みをしたまま溜息をついておりました。
「え…シャル…」
「セバスチャン!馬車を用意して!!メルヴェイユのお爺ちゃまの所に行くわっ!」
客間のドアを思いっきり開けると、おそらく近くで控えているであろうセバスチャンに向かってシャルロット様は大きな声でお願いいたしました。
「はっ!ただ今っ!!」
駆け足でセバスチャンが廊下を走っていく音が聞こえます。シャルロット様はばあやに着替えをお願いして自室へと走っていかれました。シャルロット様の意気揚々リズミカルな足音がだんだんと遠くなっていくと、ドミニク様は瞳を輝かせながらテーブルに置かれているもう冷めてしまった紅茶に手を伸ばし、クイッと一杯お茶を飲み込まれました。
「持つべきものは…行動力のある姪っ子だな❤」
「叔父上…もしかしてこうなることを計算の上こちらに来られましたか?」
「え??な…っ何のことっ!?」
「…確信犯ですね」
ウィリアム様も頭を抱えておりましたが一つ息を整えるように溜息をつかれると、気を取り直してスクッと立ち上がりました。
「叔父上、シャルはああなったら止められませんので、私もお爺様の所へ行きましょう」
「ウィル❤」
「ただし、叔父上も一緒です」
「えっ!!」
「何を仰っているのですか!当たり前でしょうっ!」
「…分かったよぉ」
「では私も用意をしてきます。すぐ戻りますので、しばらくこちらでお待ちください」
「…はーい」
少し呆れた表情をされておりましたウィリアム様は、スッと踵を返して早足で客間をあとにされました。
客間にはドミニク様とヴィンセントという微妙な間柄のお二人が残されており、これまたシーンとした沈黙の微妙な空気が流れておりました。
「ヴィンセント君は…一緒に行かないのかい?」
「はっきり言って全く興味ないんで私は行く気はありませんが、陛下が付いてこいと仰ればご一緒いたします」
「あ…そうなの?」
「私がご一緒だと何か問題でも?ドミニク様」
「あ…いや…別にそういうわけではないんだけれども…」
「どうでもいい事に巻き込まれるのは本当に迷惑なんですけどね。ツッコミ要員が居ないと話が進まないでしょう」
「う…うん」
「まったく…仕方のない方々ばっかりです」
「…ぐうの音も出ないな」
「出さないでください、鬱陶しいから」
「やっぱり私の事嫌いでしょ、君」
「私は賢い人間しか好きになりません」
「…」
冷たい空気の流れる客間にはまた沈黙が広がり、まるでマイナスの氷の世界にいるかの如く冷え冷えとした空気が流れておりました。
窓の外では、暖かい陽の光に誘われるかの如く鳥たちがお庭の木の上で遊んでおりました。落ち込んでいるドミニク様には目もくれずにヴィンセントはその様子をじーっと静かに眺めておりました。
「…平和だなぁ」
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ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
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