18 / 115
運命の女 ~Femme fatale~
第8話
しおりを挟む
「もしもし…」
「さすがはローザタニア王家の執事長…ワンコール鳴り終わる前に取られましたね」
「恐れ入ります」
ローザタニア王家の住まわれるお城の宝物庫の中で壷を磨いていた白髪頭に口髭をくゆらしたダンディーな執事長のセバスチャンは、燕尾服のカフスボタンに付いている通信機が震えだしそうな気配を感じると目にも見えぬ速さで安全な場所に壷を置きサッと通話ボタンを押して口元に持って行きました。
「急で申し訳ありませんが、セバスチャン殿にご依頼したいことがありまして」
「なんなりとお申し付けください」
「さっそくですが…ロバート・グルーバーという人物を徹底的に調べていただきたい」
「承知いたしました」
「詳しい情報はバルトに。それでは…宜しくお願い致します」
「かしこまりました」
通信機の通話を切ると、セバスチャンはすぐに宝物庫をを出てお城の一番奥深くの北の塔にあります執務室へと足早に向かいました。決して駆け出すような下品なことはせず、ですがそのスピードと同様の速さで廊下をズンズンと進んでいきます。メイドや部下の執事たちがセバスチャンに用事があったような風にも見えましたが、セバスチャンは一直線に執務室目掛けて歩いて行きます。
少しすると中から慌ただしい様子が手に取るように分かるくらい荒れている執務室の前に到着しました。
ノックを4回しましたが中の皆の声に消されているようです。セバスチャンはお構いなしに執務室のドアを開けると、そこには泣きそうな顔をしている者や目が血走るくらい焦っている者、青筋を立ててひたすら何かに恐れている者などが居て、ある意味地獄絵図のような状態になっておりました。
「失礼いたします」
その状況の中セバスチャンは怯むことなく凪のように涼しげに執務室の中に入ります。チラッと部屋全体を見渡すと、そのまま奥の方の席で過去の入国管理名簿を必死こいてまくり続けているバルトの姿を捉え、足音静かにスッとバルトの横へとやってきました。
「…バルト殿」
「わ…っ!ビックリした!!ってセバスチャン殿!!」
集中している時に耳元で心地よく名前を呼ばれ、バルトは心臓が飛び出るほど驚き上がりました。その様子を特に反応するでもなくセバスチャンはバルトの横で動じることなく立っておりました。
「先程ヴィンセント様より依頼がございまして…ロバート・グルーバーと言う人物について徹底的に調べてほしいとのことで、詳しくはバルト殿に聞くようにと申し付かりました」
「え?セバスチャン殿にも…!?まだそこまで詳細に調べ上げられていないんですよぉ…」
「左様ですか…では今現在分かっている情報だけでもいただけますでしょうか」
「あ、はい…こちらが分かっているデータです」
バルトは気持ちが焦って汗ばんでいるのか、制服の詰襟を少し緩めながらあっちです、とセバスチャンに示します。
てんやわんや人が飛ぶように行きかいしている執務室の中央に位置する大きなテーブルに、山のように積み重なった資料が散々と置かれておりました。その手前に雑多に置かれた紙の束が置かれてあり、次々と秘書官たちはそちらに何やら書き込んだり覗きに行ったりしておりました。
「あちらですね…ではちょっと失礼いたします」
バルトに軽くお辞儀をしてセバスチャンは静かに中央のテーブルの方に移動すると、すぅ…と一つ軽く息を吸って目にも止まらぬ速さで皆が書き込んでいる紙をパラパラめくりだしました。
「…ロバート・グルーバー―――…ラドガ大国出身の45の男で、身体的な特徴は金髪の髪をオールバックにし濃い色のサングラスがトレードマーク。右頬に古傷の刃に切られた傷がある。瞳の色は薄い青…派手なファッションを好む。身長175センチほどの中肉中背、武術の心得は無いが若い時に用心棒として働いていた経験もあり喧嘩は強い。だがボディーガードは2、3人連れていることが多い。20年ほど前の16の時に就労目的でローザタニアにやってきて、職を転々…。その後30の時に『崑崙』のローザタニア支社に御用聞きとして入社、以来恐ろしいスピードで出世して今は支社長。なるほど…あ、よろしければここ20年のローザタニアの犯罪リストと入国管理名簿をいただけますか?」
「あ、はいどうぞ…」
殴り書きされているロバート・グル―バーの情報を頭に叩き込むためにブツブツと小声で読み上げると、一息ついてすぐにセバスチャンは横を通った秘書官に声を掛けました。バルトは犯罪リストと入国管理名簿を渡すと、これまたセバスチャンは目にも止まらぬ速さでページをめくりもの凄い速さで書類に目を通していきました。
「…20年前にラドガより入国…就労目的の移民…当時の入国管理官の名前は…?提出された書類…年に一度の申請書類…これか。提出されている資料は偽造…?確認を。ローザタニアの犯罪リスト…暴力、恐喝事件…15年前に大きな恐喝・暴行事件を1件起こして逮捕、しかし証拠不十分に付き釈放…。その後はチンピラモドキ。15年前に『崑崙』に御用聞きとして入社してチョコチョコ問題を起こしているが驚きのスピードで出世していき今や支社長まで上り詰める…」
一度瞳を閉じてもう一度復唱し直すと、セバスチャンはパタンッとファイルを閉じて口角を軽く上げた笑顔でファイルをバルトに返却しました。
「資料お貸しいただいてありがとうございました。大凡頭にインプットできましたのでご返却いたします」
「え…っ!?あ、はいっ!」
「それでは業務中に失礼いたしました」
深く一礼をしてそのままセバスチャンは執務室からスッと静かに出て行きました。
パタンッとドアが閉まり、セバスチャンの足音は執務室の雑踏の中にかき消されていきます。
「…あれが噂のセバスチャンの速読…。めっちゃ早いな」
「しかも読むだけじゃなくて全部覚えているって話だぜ」
「ヴィンセント様も同じこと出来るらしいぜ…」
「やっぱりあの二人、人間じゃないって噂あるけど本当かもな、バルト!」
ザワザワと秘書官たちは噂話をしておりました。そして秘書官の一人がバルトに話しかけましたが、バルトはジッと瞬きもせずにドアの方を見たまま固まっておりました。
「おーいバルト?」
「!」
肩をポンッと叩かれてやっと戻ってきたのか、バルトは一瞬椅子から浮き上がりました。
「あっ!うん…そうだな…っ!そんな噂話に花を咲かせている時間なんかないぜっ!早く報告上げないとヴィンセント様に怒られるぜっ!」
「そうだったなっ!おーい、崑崙の社員リスト手に入ったかー?」
「そっちの不法移民の検挙リストをこっちに回してくれー!」
皆の集中力が消えかかって雑談モードに入りそうでしたが、バルトの一声で皆もう一度そそくさと仕事に戻りました。
『…そう言えば小さい時、じいちゃんに聞いたことがある。ローザタニアには影から王家を支える特殊な訓練を受けた人たちが存在するって。まるで『ニンジャ』みたいな人たちで普通の人じゃないってじいちゃん言ってた。もしかして…セバスチャン殿ってそうなのかな…』
バルトはデスクに改めて座り直してさぁ再開しようとしましたが、フッとバルトはデ昔自分の祖父から聞いた話を思い出しておりました。
『セバスチャン殿の何事にも動じない性格…静かに音を立てずに歩いたり気配を消したりされるよな…。そして尋常じゃないほどの情報処理能力…人間離れしている…』
いや、しかしまさか!とブンブン頭を振って、ヨシッと気合入れで自分の頬を叩き、再び資料のページをめくって仕事を再開させたのでした。
・・・・・・・・
「さぁ着いたぜ。俺はジャンヌを呼んでくるから二人はしばらく中で待っててくれ」
「あぁ…ありがとうジャック」
3番街の外れのカフェー『マントゥール』から路地裏を歩くこと10分。全く人気のない空き家ばかりが並んでいる中にあるこじんまりとしたホテルが建っておりました。そう一言言い残してジャックは二人を置いて、自分の姉のジャンヌを呼びに行ってしまいました。
「さぁシャル、中に入ろう」
ジャックの後姿を見送るとドミニク様はシャルロット様にそうお声を掛けて古めかしい木のドアをゆっくりと開けました。
誰も居ないロビーは薄暗くとても静かでした。ドミニク様はロビーを進んでいき、奥にあるカウンターらしき所の呼び鈴を鳴らすと手が通るくらいの隙間から灯りが近づいてきて、しわがれた老婆の声が帰ってきました。
「はい…」
「こんにちは。3階のいつもの部屋の鍵を頼む」
「はい…」
少し待っていると隙間から部屋の鍵がスッと出てきました。ドミニク様はそれを受け取ると隙間から老婆にチップを少しばかり渡しておりました。
「もう少しするとジャックがジャンヌを連れてくるからまた案内してやってくれないか?」
「はい…承知いたしました…」
「ありがとう」
フッと灯りが遠ざかるとドミニク様はシャルロット様に小さな声で「行こう」と声を掛け、ロビーから吹き抜けで繋がっている階段を登り始めました。
そして3階まで登り奥の部屋の鍵を開けてドアを開けると、そこは小さい窓の光が差し込む薄暗い部屋で、中にはベッドとテーブルと椅子が2脚だけが置いてある簡素な部屋がありました。
「空気が悪いわ…ねぇ叔父様、窓を開けてもいいかしら?」
「その窓は開かないよ。ただの採光用だよ」
「そうなの?でも…何だかこの部屋、とっても陰気くさいわ」
「仕方ないよ、そういう部屋だもの」
シャルロット様は辛気臭い部屋の匂いをあまりダイレクトに嗅がないようにと頭を覆っていたストールを鼻の部分まで上げて、眉間に皺を寄せながらお部屋の中に入って行かれました。その後にドミニク様もお部屋の中に入り、ソワソワした面持ちでベッドに腰掛けられました。
「…ねぇ叔父様、どうしてこんなところでジャンヌと会う必要があるの?」
シャルロット様も硬い椅子に腰を掛けられました。そして再びドミニク様になぜこのような場所でジャンヌに会う必要があるのかと問い始めました。相変わらずドミニク様はぱぁっとされた笑顔で無垢にお答えになられました。
「ん?あぁ…ここなら人目に付かないからってジャックが言ってくれたんだよ。外だと誰かに見られちゃうかもしれないだろ?でもここなら人通りもない場所だし…私がジャンヌと会っていても誰にも咎められないだろうからって」
「そうかしら…」
「そうだよ!明らかに身分違いの私たちのことを考えてくれているんだ!ジャックはぶっきらぼうだけど姉思いのいい子なんだ!だから私は彼を信用しているよ!」
「…だと良いんだけれど」
シャルロット様はやはりどこか釈然としない思いを抱きながら、硬い椅子の座り心地の悪さにムッとしております。ですが飼い主の帰りを一心に待ち続ける忠犬のようなドミニク様をチラッとご覧になって、一抹の不安を抱き続けながらジッと座ってジャンヌの到着を待ち続けるのでした。
「さすがはローザタニア王家の執事長…ワンコール鳴り終わる前に取られましたね」
「恐れ入ります」
ローザタニア王家の住まわれるお城の宝物庫の中で壷を磨いていた白髪頭に口髭をくゆらしたダンディーな執事長のセバスチャンは、燕尾服のカフスボタンに付いている通信機が震えだしそうな気配を感じると目にも見えぬ速さで安全な場所に壷を置きサッと通話ボタンを押して口元に持って行きました。
「急で申し訳ありませんが、セバスチャン殿にご依頼したいことがありまして」
「なんなりとお申し付けください」
「さっそくですが…ロバート・グルーバーという人物を徹底的に調べていただきたい」
「承知いたしました」
「詳しい情報はバルトに。それでは…宜しくお願い致します」
「かしこまりました」
通信機の通話を切ると、セバスチャンはすぐに宝物庫をを出てお城の一番奥深くの北の塔にあります執務室へと足早に向かいました。決して駆け出すような下品なことはせず、ですがそのスピードと同様の速さで廊下をズンズンと進んでいきます。メイドや部下の執事たちがセバスチャンに用事があったような風にも見えましたが、セバスチャンは一直線に執務室目掛けて歩いて行きます。
少しすると中から慌ただしい様子が手に取るように分かるくらい荒れている執務室の前に到着しました。
ノックを4回しましたが中の皆の声に消されているようです。セバスチャンはお構いなしに執務室のドアを開けると、そこには泣きそうな顔をしている者や目が血走るくらい焦っている者、青筋を立ててひたすら何かに恐れている者などが居て、ある意味地獄絵図のような状態になっておりました。
「失礼いたします」
その状況の中セバスチャンは怯むことなく凪のように涼しげに執務室の中に入ります。チラッと部屋全体を見渡すと、そのまま奥の方の席で過去の入国管理名簿を必死こいてまくり続けているバルトの姿を捉え、足音静かにスッとバルトの横へとやってきました。
「…バルト殿」
「わ…っ!ビックリした!!ってセバスチャン殿!!」
集中している時に耳元で心地よく名前を呼ばれ、バルトは心臓が飛び出るほど驚き上がりました。その様子を特に反応するでもなくセバスチャンはバルトの横で動じることなく立っておりました。
「先程ヴィンセント様より依頼がございまして…ロバート・グルーバーと言う人物について徹底的に調べてほしいとのことで、詳しくはバルト殿に聞くようにと申し付かりました」
「え?セバスチャン殿にも…!?まだそこまで詳細に調べ上げられていないんですよぉ…」
「左様ですか…では今現在分かっている情報だけでもいただけますでしょうか」
「あ、はい…こちらが分かっているデータです」
バルトは気持ちが焦って汗ばんでいるのか、制服の詰襟を少し緩めながらあっちです、とセバスチャンに示します。
てんやわんや人が飛ぶように行きかいしている執務室の中央に位置する大きなテーブルに、山のように積み重なった資料が散々と置かれておりました。その手前に雑多に置かれた紙の束が置かれてあり、次々と秘書官たちはそちらに何やら書き込んだり覗きに行ったりしておりました。
「あちらですね…ではちょっと失礼いたします」
バルトに軽くお辞儀をしてセバスチャンは静かに中央のテーブルの方に移動すると、すぅ…と一つ軽く息を吸って目にも止まらぬ速さで皆が書き込んでいる紙をパラパラめくりだしました。
「…ロバート・グルーバー―――…ラドガ大国出身の45の男で、身体的な特徴は金髪の髪をオールバックにし濃い色のサングラスがトレードマーク。右頬に古傷の刃に切られた傷がある。瞳の色は薄い青…派手なファッションを好む。身長175センチほどの中肉中背、武術の心得は無いが若い時に用心棒として働いていた経験もあり喧嘩は強い。だがボディーガードは2、3人連れていることが多い。20年ほど前の16の時に就労目的でローザタニアにやってきて、職を転々…。その後30の時に『崑崙』のローザタニア支社に御用聞きとして入社、以来恐ろしいスピードで出世して今は支社長。なるほど…あ、よろしければここ20年のローザタニアの犯罪リストと入国管理名簿をいただけますか?」
「あ、はいどうぞ…」
殴り書きされているロバート・グル―バーの情報を頭に叩き込むためにブツブツと小声で読み上げると、一息ついてすぐにセバスチャンは横を通った秘書官に声を掛けました。バルトは犯罪リストと入国管理名簿を渡すと、これまたセバスチャンは目にも止まらぬ速さでページをめくりもの凄い速さで書類に目を通していきました。
「…20年前にラドガより入国…就労目的の移民…当時の入国管理官の名前は…?提出された書類…年に一度の申請書類…これか。提出されている資料は偽造…?確認を。ローザタニアの犯罪リスト…暴力、恐喝事件…15年前に大きな恐喝・暴行事件を1件起こして逮捕、しかし証拠不十分に付き釈放…。その後はチンピラモドキ。15年前に『崑崙』に御用聞きとして入社してチョコチョコ問題を起こしているが驚きのスピードで出世していき今や支社長まで上り詰める…」
一度瞳を閉じてもう一度復唱し直すと、セバスチャンはパタンッとファイルを閉じて口角を軽く上げた笑顔でファイルをバルトに返却しました。
「資料お貸しいただいてありがとうございました。大凡頭にインプットできましたのでご返却いたします」
「え…っ!?あ、はいっ!」
「それでは業務中に失礼いたしました」
深く一礼をしてそのままセバスチャンは執務室からスッと静かに出て行きました。
パタンッとドアが閉まり、セバスチャンの足音は執務室の雑踏の中にかき消されていきます。
「…あれが噂のセバスチャンの速読…。めっちゃ早いな」
「しかも読むだけじゃなくて全部覚えているって話だぜ」
「ヴィンセント様も同じこと出来るらしいぜ…」
「やっぱりあの二人、人間じゃないって噂あるけど本当かもな、バルト!」
ザワザワと秘書官たちは噂話をしておりました。そして秘書官の一人がバルトに話しかけましたが、バルトはジッと瞬きもせずにドアの方を見たまま固まっておりました。
「おーいバルト?」
「!」
肩をポンッと叩かれてやっと戻ってきたのか、バルトは一瞬椅子から浮き上がりました。
「あっ!うん…そうだな…っ!そんな噂話に花を咲かせている時間なんかないぜっ!早く報告上げないとヴィンセント様に怒られるぜっ!」
「そうだったなっ!おーい、崑崙の社員リスト手に入ったかー?」
「そっちの不法移民の検挙リストをこっちに回してくれー!」
皆の集中力が消えかかって雑談モードに入りそうでしたが、バルトの一声で皆もう一度そそくさと仕事に戻りました。
『…そう言えば小さい時、じいちゃんに聞いたことがある。ローザタニアには影から王家を支える特殊な訓練を受けた人たちが存在するって。まるで『ニンジャ』みたいな人たちで普通の人じゃないってじいちゃん言ってた。もしかして…セバスチャン殿ってそうなのかな…』
バルトはデスクに改めて座り直してさぁ再開しようとしましたが、フッとバルトはデ昔自分の祖父から聞いた話を思い出しておりました。
『セバスチャン殿の何事にも動じない性格…静かに音を立てずに歩いたり気配を消したりされるよな…。そして尋常じゃないほどの情報処理能力…人間離れしている…』
いや、しかしまさか!とブンブン頭を振って、ヨシッと気合入れで自分の頬を叩き、再び資料のページをめくって仕事を再開させたのでした。
・・・・・・・・
「さぁ着いたぜ。俺はジャンヌを呼んでくるから二人はしばらく中で待っててくれ」
「あぁ…ありがとうジャック」
3番街の外れのカフェー『マントゥール』から路地裏を歩くこと10分。全く人気のない空き家ばかりが並んでいる中にあるこじんまりとしたホテルが建っておりました。そう一言言い残してジャックは二人を置いて、自分の姉のジャンヌを呼びに行ってしまいました。
「さぁシャル、中に入ろう」
ジャックの後姿を見送るとドミニク様はシャルロット様にそうお声を掛けて古めかしい木のドアをゆっくりと開けました。
誰も居ないロビーは薄暗くとても静かでした。ドミニク様はロビーを進んでいき、奥にあるカウンターらしき所の呼び鈴を鳴らすと手が通るくらいの隙間から灯りが近づいてきて、しわがれた老婆の声が帰ってきました。
「はい…」
「こんにちは。3階のいつもの部屋の鍵を頼む」
「はい…」
少し待っていると隙間から部屋の鍵がスッと出てきました。ドミニク様はそれを受け取ると隙間から老婆にチップを少しばかり渡しておりました。
「もう少しするとジャックがジャンヌを連れてくるからまた案内してやってくれないか?」
「はい…承知いたしました…」
「ありがとう」
フッと灯りが遠ざかるとドミニク様はシャルロット様に小さな声で「行こう」と声を掛け、ロビーから吹き抜けで繋がっている階段を登り始めました。
そして3階まで登り奥の部屋の鍵を開けてドアを開けると、そこは小さい窓の光が差し込む薄暗い部屋で、中にはベッドとテーブルと椅子が2脚だけが置いてある簡素な部屋がありました。
「空気が悪いわ…ねぇ叔父様、窓を開けてもいいかしら?」
「その窓は開かないよ。ただの採光用だよ」
「そうなの?でも…何だかこの部屋、とっても陰気くさいわ」
「仕方ないよ、そういう部屋だもの」
シャルロット様は辛気臭い部屋の匂いをあまりダイレクトに嗅がないようにと頭を覆っていたストールを鼻の部分まで上げて、眉間に皺を寄せながらお部屋の中に入って行かれました。その後にドミニク様もお部屋の中に入り、ソワソワした面持ちでベッドに腰掛けられました。
「…ねぇ叔父様、どうしてこんなところでジャンヌと会う必要があるの?」
シャルロット様も硬い椅子に腰を掛けられました。そして再びドミニク様になぜこのような場所でジャンヌに会う必要があるのかと問い始めました。相変わらずドミニク様はぱぁっとされた笑顔で無垢にお答えになられました。
「ん?あぁ…ここなら人目に付かないからってジャックが言ってくれたんだよ。外だと誰かに見られちゃうかもしれないだろ?でもここなら人通りもない場所だし…私がジャンヌと会っていても誰にも咎められないだろうからって」
「そうかしら…」
「そうだよ!明らかに身分違いの私たちのことを考えてくれているんだ!ジャックはぶっきらぼうだけど姉思いのいい子なんだ!だから私は彼を信用しているよ!」
「…だと良いんだけれど」
シャルロット様はやはりどこか釈然としない思いを抱きながら、硬い椅子の座り心地の悪さにムッとしております。ですが飼い主の帰りを一心に待ち続ける忠犬のようなドミニク様をチラッとご覧になって、一抹の不安を抱き続けながらジッと座ってジャンヌの到着を待ち続けるのでした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる