ローザタニア王国物語

月城美伶

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運命の女 ~Femme fatale~

第9話

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 ペルージュの街の中心に位置する1番街を抜けて進んでいくとだんだんそこは華やかなファッションに身を包んだ者たちが闊歩するファッションエリアの5番街へとつながっていきます。
高級な布やリボン、レースををふんだんに使用した服を着て闊歩している貴族、パトロンと共にショーウィンドゥを見て渡り歩いている派手な夜の女性たち、そして持っている服をリメイクに出して楽しんでいる庶民たち―――…。
5番街はそんな人たちに彩られ、ペルージュの街の中でも一際色鮮やかな街並みを形成しております。
そしてそんな5番街の小さな教会の横に3階建の深い青色の屋根をした仕立て屋が一件あります。
店の名前は『ラ・ベール』。先程服のリメイクを注文していた女性が満足した顔で店の中から出て行きました。そんなお客に店の外まで着いて行き、深くお辞儀をして見送る一人の女性の姿が見えました。
ブラウンの質素なワンピースに店のエプロンをしており、肩にかかりそうなくらいの亜麻色の髪がゆるく束ね、薄いブルーの瞳で客の後姿が角を曲がって見えなくなるまで見送っておりました。

「ジャンヌ!今日もお客喜んでいたじゃないか!やっぱりあんたセンス有るね!」
「おかみさん!ありがとうございます」

ジャンヌがお店の中に戻ってくると、カウンターからヒョイっと赤毛の中年女性が身を乗り出してジャンヌに話しかけてきました。ジャンヌははにかみながらこの赤毛の中年女性―――…『ラ・ベーヌ』の女主人にベッキーにそう答えて少し照れておりました。

「だいぶこっちの言葉も分かって来たしね!最初は全然喋られなくて困ったけれど、あんたは仕事も丁寧だしセンスもいいし器量よしで最高だね!いやぁ…我ながらいい人材を採ったわ!」
「そんな…褒めすぎです!」
「しかもメルヴェイユの坊ちゃんと付き合っているんだろ?玉の輿じゃないか!」
「そうよ!性格はちょっと頼りなくてあれだけど、黙っていればイケメンだし優しそうっちゃ優しそうだし!いいの捕まえたわね」
「いえ…そんな!」

ジャンヌが真っ赤になって居るところにおかみさんがニヤニヤとした表情で肘でツンツンと突くと、近くにいた同僚のお針子たちも寄ってきて矢継ぎ早に質問攻めにしてきました。

「この間も贈り物もらったんでしょ?毎回毎回凄いわよねぇ!」
「え何?貰ったの?」
「ドレス?」
「指輪?ネックレス?」
「…っ!」

皆によって来られてジャンヌはのけ反るほどびっくりしており、答えに戸惑っておりました。しかしジリジリと皆が寄ってくるのでジャンヌは逃げることが出来ません。ついに観念したジャンヌは消え入りそうなほどのか細い声でおどおどと話し始めました。

「…お…お花を一輪…」
「えっ!?」
「それだけ??」
「はい…」
「なにそれーっ!あんなにも熱烈にジャンヌのこと口説いておいて…プレゼントは花一輪だけぇ!?」

皆期待していた豪華絢爛な答えではなくて呆れた様子でしたが、ジャンヌはすぐさまタジタジとしながらですが一生懸命負けじと言い返しました。

「でもとても素敵なお花よ!」
「真っ赤なバラ?」
「いえ…白いデイジーを一輪…」
「デイジー!?」

全員が声を合わせてそう叫んで一斉に笑い出しました。

「デイジー一輪で女を口説こうとするなんて…っ!馬鹿にしてるのかしらっ!!」
「子供の恋愛じゃないんだからねぇ?!」
「でもほら、遊び慣れていないメルヴェイユの坊ちゃんだから仕方ないんじゃないの~っ?!」
「言えてる~!イケメンなのにホント残念な人よねぇ~っ!!」
「でも私は…とても嬉しかった…」
「アンタも純情ねぇ~っ!!」

皆でガハハと笑っていると店のドアのベルが鳴りお客が入ってきました。すると皆すぐに営業スマイルに変わり、お客の対応をテキパキとし出しました。

「ジャンヌ!皆笑ったりしてすまなかったね!」
「おかみさん…」

ジャンヌが少し俯いていると、おかみさんが近くに寄ってきてジャンヌの肩を優しく叩いて声を掛けてくれました。

「いえ、大丈夫!私気にしてません…!」
「そう?ならいいけど」
「はい!高い宝石なんて私には似合いません!それに…白いデイジーの花はとても綺麗で…私にとってはどんな宝石よりも輝いていました!」
「…アンタがそれが一番ならそれでいいんだろうね」
「はい!」

屈託がない笑顔でジャンヌが微笑むと女将さんもつられて笑顔になり、二人は顔を見合わせて笑っていたその時、またお店のドアのベルが鳴りました。ジャンヌは挨拶をしようと顔を上げると大きくてまん丸の目をさらに大きくして驚いた表情で入ってきた人物を見つめました。

「いらっしゃいませ…ジャック!」
「…今から出られる?」
「何言ってるのよ!まだ私仕事中よ!」
「ドミニクの旦那がジャンヌに会いたがっているんだ」
「でも…」

オシャレで華やかな仕立て屋には似合わないどこか刺々しい雰囲気を抱いたジャックがジャンヌを見つけると彼女の腕を掴み、今すぐにでも連れ出そうと引っ張ろうとしました。しかしジャンヌはそのジャックの腕を振り払い困惑した表情でジャックの顔を見つめております。

「何だい?何やら揉めているみたいだけど…姉弟ケンカなら外でやっておくれよ!」
「おかみ!ジャンヌもう今日上がってもいいか?急用が出来たんだ」
「ジャックっ!!」

ジャックはおかみさんのベッキーの方に向きを変えてそう言い放しました。ジャンヌは少し怒ったようにジャックの名前を呼びましたが、ジャックはジャンヌの方に振り返ることなく無視したままおかみさんの方を見ています。おかみさんはまるでキッと睨みを利かせるジャックの視線に、鷹に狙われる獲物のような気分になり少し後ろに引いてしまいました。

「…よ…用事があるなら仕方ないね。少し早いけれど…今日はもう上がってもいいよ!」
「だとよ、ジャンヌ。ほらさっさと行こうぜ」
「ごめんなさいおかみさん…っ!」

ジャックは強引に店の外に連れ出そうとジャンヌの腕をグイッと強く引っ張ります。ジャンヌは申し訳なさそうにおかみさんに謝りながらジャックに強引に引っ張られて店を出て行ったのでした。
お店の中に居た客さんたちは何が何だか分からずビックリしている者、ちょっと怖がっている者など居りましたが、お針子たちはすぐさまお客さんに謝り接客を続けておりました。
まだカウンターで立ち尽くしているおかみさんのもとに手が空いているお針子たちが集まってきて心配そうに声を掛けてきました。

「おかみさん…大丈夫ですか?」
「あ…あぁ、大丈夫よ…」
「さっきの…ジャンヌの弟ですよね?何だか若いのにちょっと怖い感じですね…」
「…アンタたち『スカーレットシャーク』って聞いたことあるかい?」
「確か…この辺りを荒らしているギャング集団…ってまさか…」
「あのジャックって子、その一員だって聞いたことがあるよ。あの鋭い目つき、横暴な態度…もしかしたら噂は本当かもね」
「嘘でしょ…あのジャンヌの弟が?」
「でもジャンヌもジャックも…移民だったわね」
「アタシは…移民でもちゃんと生活していれば差別なんてしたくない。ジャンヌはしっかりしているし仕事もちゃんとする子だしね。でもあの弟は危険だね」
「おかみさん…」
「ジャンヌ自身はいい子だけれどね…あのジャックからこっちにも何か飛び火で面倒事来なきゃいいけどね…。とりあえずは逆らわないことだね」
「…ドミニク様は大丈夫なのかしら」
「あの様子だと大分あの弟にやられているかもね。でも私らの知ったこっちゃないよ。私らは日々あくせく働いて食って行かなきゃならないんだ」
「…」
「さぁ!仕事の続きだよ!働く働くっ!!」

おかみさんはお針子たちの背中を叩いて仕事に戻るように促しました。お針子たちはちょっと何か言いたげな子、困惑している子など様々でしたがおかみさんにバシバシ背中を押されてそれぞれ仕事に戻っていきました。

「…ジャンヌ、アンタたちに何もないことを祈るよ…」

おかみさんはジャンヌが出て行ったドアの方を見つめて祈るようにそう呟くと、自分もお店の奥にある席に戻り仕事に再び取りかかったのでした。

・・・・・・・・

 「ジャック!痛いってば…っ!」

ジャンヌの腕を強く引っ張ったままズカズカと歩いていくジャックの手を精一杯の力で振りほどき、ジャンヌは立ち止まりました。人気のない裏路地にはジャックとジャンヌの声が響き渡りました。
パッと振り返ったジャックは怪訝そうな顔をしてジャンヌを睨むように見つめています。

「…なんだよ」
「ジャック、やっぱりもうやめましょうよ…こんなこと…」
「…」

ジャックはめんどくさそうな顔をして頭をボリボリと掻いてジャンヌを睨み続けました。ジャンヌは臆することなく、ジャックの手を取ってお願いしだしました。

「ねぇジャック…お願いよ」
「…なんだよ、今更怖気づいたのかよ」
「だって…こんなことして…いつか罰が当たるわ」
「…」
「あんな人の良いドミニク様からお金を巻き上げるようなマネ…もうしたくないっ!」
「…俺たちにはお金が必要なんだっ!」

今度はジャックがジャンヌの手を振りほどき、声を荒げて怒るようにそう叫びました。

「分かってる!…でも…っ!!」
「堅気で稼いだ金なんてたかが知れてる。その日を生きていくのに精いっぱいだっ!だったら…金があるところから貰おうじゃねぇか!ドミニクの旦那はジャンヌに会うためだったら金に糸目は付けねえ…あんな純朴そうな虫も頃さねぇ様な顔をしてやることやってるじゃねぇか」
「ドミニク様を侮辱しないで!あの方は…そんなんじゃないわっ!」
「はっ!貴族なんてどいつもこいつも一緒だろっ!…向こうでだって何人もの貴族や成金野郎どもがジャンヌを手に入れたい、抱きたいって金積み上げてきてたじゃねぇかっ!ドミニクの旦那だってやつらと同じだっ!」
「やめてジャック…ドミニク様とは全然そんな関係じゃないわ…っ!私たちはただ一緒にお話をして楽しく過ごしているの…まだ手しか握ったことないわ」
「はぁ?」
「…最初は他のやつらと一緒かと思っていたわ…でも違った。ドミニク様はいつだって優しい笑顔で…言葉の分からない私に一生懸命優しく話しかけてくださるの。そして…優しく手を握ってくださる。まるで祖国に降るまだ誰も触れたことの無い雪のように真っ白で柔らかかくて…そして綺麗なの」
「…誰が信じるかそんなこと…。ドミニクの旦那だって…そのうちジャンヌを抱かせてくれって言うに違いない。ジャンヌのこの柔らかくて美しい肌は100万ルリカ積まれたって触らせるもんかっ!」
「ジャックっ!」
「なんだよ、本気でドミニクの旦那に惚れているのか?」
「…」
「図星かよ…」

ジャックの指摘に、ジャンヌは言葉が詰まり次第に頬が紅く染まっていきました。そんなジャンヌの姿を見てジャックは呆れたように溜息をついて、馬鹿にしたようにハッと小さく笑い出しました。

「…ドミニク様は今まで私が出会ってきた男たちとは全然違う…。清らかで無垢で…優しくて…あの方にお会いするたびに私の心は真っ白に塗り重ねられていく気がするの」
「…諦めろよジャンヌ…黒く汚れちまっている俺たちは、どんなに白く塗られても真っ白になんかなれねぇんだよ」
「…でも、これ以上黒くならないようにすることは出来るわ」
「無理だな。俺たちには無理なんだよ…ジャンヌ…」
「…」
「とにかくドミニクの旦那が今日もジャンヌに会いたいって待ってる。行こうぜ」
「…分かったわ。でも…お金はドミニク様に私から返す。今すぐここで私に頂戴」
「…」
「ジャック!」
「…分かったよ」

ジャンヌはキッとジャックを睨みつけると、お金を返す様にとジャックの前に右手を差しだしました。惹句はチッと舌打ちをすると渋々上着の内ポケットからドミニク様からもらったお金を取り出してジャンヌに渡しました。

「…さぁ行きましょう。いつものホテルでしょ?」

受け取ったお金をすぐにワンピースのポケットにしまい込むと、ジャンヌはジャックを置いてさっさと歩き出しました。ジャックはクソッと小さく叫んで路地裏のゴミ箱に八つ当たりをして蹴りを一発入れて気持ちを落ち着かせるとジャンヌの後を追って路地裏をあとにしました。
ジャックに蹴られたゴミ箱はグラグラと揺れた後、バランスを崩して中のゴミを散乱させながら転がっていきました。そしてゴミが散乱したその場にはカラスがどこからともなくやってきてゴミを漁りだしたのでした。
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