ローザタニア王国物語

月城美伶

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運命の女 ~Femme fatale~

第12話

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 ドミニク様、ジャンヌ、そしてシャルロット様を乗せたゴンドラはゆっくりと流れる河に揺られながら、しばらくして3番街の船着き場に戻ってきました。
ホテルを出てからおそらく2時間以上経っており、辺りはだいぶ陽が沈みだして空が淡い水色からオレンジ色に染められた街にはぼんやりと街燈がつき始めました。

「ちょっとゆっくりとし過ぎてしまったね…急いで戻ろうか」

街の時計台を見上げ時間を確認したドミニク様が道を流して走っている馬車を呼び止めようと辺りを見回しておりますと、背後からドミニク様を呼ぶ声がしました。

「ドミニクの旦那!」
「ジャック!」
「よかった…見つかって…っ!ったく…なんで外に何か行ってるんだよっ!」

三人を探し回ったからでしょうか、汗だくになって息も切れ切れにジャックは壁に手をついて話しかけてきました。すまないと謝るドミニク様と、その横で申し訳なさそうな表情と共に眉をひそめて少し怯えているようなジャンヌを見たシャルロット様は、詰め寄ってくるジャックから二人を守ろうとされたのか勢いよく前に飛び出てきました。

「私が外に行こうって言ったのよ!」
「小娘っ!」
「恋人と会う場所なんてどこだっていいじゃない!何か文句でもあるのかしら?」
「このガキっ!…余計なことを…っ!」
「ガキじゃないわ!私にはシャルロットって名前があるの」
「うるせぇっ!お前の名前なんかどうでもいいんだよっ!!クソッ!どいつもこいつも訳分かんねぇことばっかりしやがって…っ!」

ジャックはイライラした様子で地団駄を大きく踏んでおりました。不安そうな顔のドミニク様とジャンヌは手を取ってシャルロット様とジャックのやり取りの様子をハラハラしながら見つめております。
当のシャルロット様はと申しますと、ドミニク様とジャンヌの心配もよそにシレッとヴィンセント並みの涼しいお顔でジャックの様子を見つめており、一つ大きく溜息をつくと呆れた様子でジャックに言い放ちました。

「ちょっと、八つ当たりしないでくれる?」
「何だと~?」
「勝手に出て行ったこと、心配させたことに関しては謝るわ。…でも何だかよく分からないけれど、貴方のそのイラつきを私たちに向けないで!訳が分からなくて逆にこっちが腹立ってきたわ!」
「あぁ~んっ!?」
「それに何よ、お金で時間を買うみたいなこと…とってもナンセンスだわっ!しかもお茶も出ないようなこーんな趣味の悪い、空気も悪いホテルに2時間も缶詰だなんて…息も詰まっちゃう!もっと太陽の下で愛を語り合った方がよっぽど健全で幸せだわっ!」
「うるせぇっ!何お花畑みたいなこと言ってんだよ!!男と女なんてなぁ、盛り上がったらやる事なんて決まってんだっ!ベッドさえあればヤルこと出来るしそれでいいんだよっ!まぁなくても俺は平気だけどなっ!!あ、お前は子供だから分からねぇか!はははっ~!!」
「ちょっと、子ども扱いしないでくれる!?レディーに向かって失礼よっ!!」
「お前がレディー!?はっ!その凹凸の無いぺったんこな身体のくせに何言ってんだよ!」
「何ですって~!?」
「見たまんまだろっ!お前はまだ子供だって言ってんだっ!」
「失礼よ貴方っ!」
「うっせぇブースっ!!」
「言わせておけば~っ!!」

シャルロット様とジャックの言い合い留まることなく徐々にヒートアップしていき、二人はおでことおでこがくっ付きそうなくらいの距離までお顔を近づけてキャンキャンと吠えあっておりました。
ドミニク様とジャンヌはそんな子供の口喧嘩のようなレベルで言い合いしている二人に割って入る事も出来ずに完全に外の輪に行って固まったまま見ておりました。

「うおーいっ!な~んか騒がしいと思ったらおめぇら何してんだよ~!」
「ロバートの旦那…っ!」

そこには安っぽいペラペラの生地で出来た露出の多いドレスを身にまとった女性二人を肩に抱き、まだ陽も暮れていない時間だというのにもうすでに酒に酔っているのか、赤ら顔になりさらにニヤニヤと下品な顔でこちらに向かってくるチンピラのように下品に歩いてくるロバートの姿がありました。

「…おいおい、こんな所で喧嘩かぁ?もしかしてホテルに入るの断られたってとこか?ジャック!色男が台無しだなぁ!」
「そんなんじゃないっすよ…っ!」
「へっ!まぁどうでもいいや…。…って!おーっとこれはこれはメルヴェイユのドミニク様とジャンヌじゃねぇか!お二人もここでよろしくやってたのかぁ~?」
「…」
「悪ぃ悪ぃ!まぁそんな顔すんなよ!」

ロバートはわざとらしくドミニク様に気が付くと千鳥足で近づいてきてドンッとドミニク様にぶつかるとバシバシと思いきりドミニク様の肩を叩き、返答に困っているドミニク様を無視して一人で喋って一人で笑っておりました。
皆、ロバートに反応できず固まり、非常に微妙な空気が一同を包んでおりました。

「ロバートの旦那…なんでアンタがここに…?」
「あん?何だよ、俺がここに来ちゃいけねぇってのか?女と遊んじゃいけねぇってのかぁ?」
「いや…そういうわけじゃ…」

静寂を破るかのようにジャックがロバートの顔色を伺いながらそっと聞いてみると、ロバートはギロッとジャックにメンチを切るように睨みつけて凄みだしました。その睨みにヤバいッと思ったのか返答に困っているジャックを見てプッとロバートは笑い出し、唾を飛ばしながらガハハと笑い今度はジャックに近づいて思いきり肩を叩き出します。

「冗談だよジョーダンっ!!相変わらずユーモアも通じねぇ奴だなぁ!」
「…」
「まぁいいや…おいジャック、ジャンヌ!俺は今からこいつらと一晩中飲み明かそうと思ってるんだけどよぉ…お前らも付き合えよ!」
「えっ!?」
「何だよぉ~!嫌ってのかぁ?ホレ、メルヴェイユ家のドミニク様もよぉ!そこの…おめぇ誰だ?まぁいいか、そこの小せぇ嬢ちゃんもよぉ!一緒に飲み明かそうぜぇ~っ!!」

必死に嫌な顔を誤魔化そうと苦笑いしているジャックと、ロバートの喋っている言葉とそのノリが理解できずに付いていけていないポカーンとしているドミニク様を見ながらロバートは依然としてニヤニヤと下品な笑いをしておりました。
そして千鳥足のようにフラフラとした足取りですが確信犯なのでしょう、ドミニク様とジャックの二人をそのまま肩に抱いてホテルの近くにある、これまた怪しげな店の中へと一緒に入って行かせました。一緒に居た女性二人もそのままロバートの護衛の男たちにしな垂れながらクスクス笑いあって店の中に入ってき、ジャンヌとシャルロット様二人がその場にポツンッと取り残されたのでした。

「あの…プリンセス…大丈夫でしょうか?」
「う~ん…まぁ多分お酒飲むだけだったら大丈夫だと思うわ」
「はぁ…」
「まぁでも二人っきりになれてちょうどよかったわ。ねぇジャンヌ、私貴女に聞きたいことがあるの」
「え…?」

不安そうにお店の方とシャルット様を交互に見てジャンヌはオロオロとしております。シャルロット様は一つふぅ…っと息を吐いてストールを少し緩めるとエメラルド色に輝く瞳でジャンヌの方を真っ直ぐ見つめて、そう一言口にされたのでした。

・・・・・・・・

 「思いのほか時間がかかってしまいましたね…。いやはや…歳のせいでしょうか」

パチンっと懐中時計の蓋を閉めて内ポケットにしまうと、ピンッと燕尾服の襟の裾を持ってセバスチャンは上着の乱れを直しました。
そしてメルヴェイユ家の豪華な裏門の前で一息深呼吸をつくと、んんっと喉を整えて呼び鈴を鳴らしました。すると間髪入れずに屋敷の中からメルヴェイユ家の執事長であるマイクが出てきてササっと素早く門を開けるとスッとお辞儀をしました。

「お久しぶりです、セバスチャン殿…」
「えぇ、久しぶりですねマイク殿」

おそらく積もる話もあるでしょう二人は何か色々と話をしたそうな雰囲気でしたが、今はまだ業務中です。挨拶もそこそこに屋敷の中へと入ってすぐにマイクはセバスチャンを伴ってティーサロンの方へと歩き出しました。そしてノックをして部屋に入ると、うなだれているロベール公爵と姿勢を正して座っているウィリアム様、ドアの近くに控えていたヴィンセントが一斉にセバスチャンの方を向きました。

「遅くなりまして誠に申し訳ございません」

マイクが一礼して部屋を出ると、セバスチャンはスッと最敬礼で三人にお辞儀をしてそう詫びました。

「いや、よく来てくれたな。それで…何かその後進展はあったか」
「はい陛下。ただ今エースのアンがロバートとジャックを追跡、クローバーのトロワがシャルロット様を捜索しております。そしてダイヤのカトルサンクが諸々調査中です」
「そうか」
「今現在で把握しております情報と諸々の報告をばさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「あぁ、頼む」
「承知いたしました。…まず単刀直入に申し上げますと、ロバート・グル―バーと言う男はただの小者でした。マフィアの一員といっても下部の下部の末端で…いわゆるただの金づる要員ですね。ここペルージュからの多大な上納金目当ての様です。彼の一般市民に対する粗忽で暴力的な態度や行為にマフィアの連中は少し快く思っていないようで…何かにつけてはこの男を排除したいようです」
「なるほど…」
「もし可能なら今回この男をしょっ引いても大いに結構と…向こうのボスから承諾を得ております」
「ではそのようにしよう」
「承知いたしました。では…エースのアンに任せましょう。そしてもう一つご報告がございます」
「なんだ?」
「はい…ジャンヌ・ジュノーに関しましてご報告申し上げます」
「ジャンヌに関して…?」
「はい。ローザタニアに来る以前の彼女に関しまして調べておりましたら…とんでもないことが判明いたしました」

セバスチャンはスゥッと呼吸を大きく吸って呼吸を整えると、こちらを見つめる三人のお顔をしっかり一人ずつ見てゆっくりと口を開き始めたのでした。

「…実は―――…」

・・・・・・・・

 「ここなら誰も来ないからお話しできるわね」

騒がしい表の喧騒から離れ、シャルロット様とジャンヌはホテルの前から裏の方へと場所を変えました。
辺りをキョロキョロと見回し、人気が無いことを確認するとシャルロット様はストールを解いて身軽になると、フゥッと大きく深呼吸をされました。

「あの…プリンセス…私にお聞きになりたいことって何でしょう…?」

いきなりシャルロット様に一対一で呼び出されてジャンヌは緊張して少し震えておりましたが、シャルロット様はそんなことお構いなしにキリッと真っ直ぐジャンヌの方を見据えて口を開きました。

「そんな風にわざとたどたどしく話さなくても結構よ。貴女がローザタニア語を流暢に話せるのはもう分かっているわ」
「!」
「隠さなくても分かるわ。だって貴女ドミニク叔父様と私の会話を理解しているわよね。叔父様は貴女にローザタニア語と簡単なルテーリャ語を混ぜた感じでお話ししているけれどそれもしっかりと理解している。貴族特有の言葉や難しい言い回しも普通に対応して言えるし文法もおかしくない。アクセントだってちゃんとしているわ。ちゃんとした知識と教養がある人の話し方みたいよ」
「…」
「お爺ちゃまに、もう一度ドミニク叔父様と貴女の仲を認めてもらう前にはっきりさせておきたいの」
「プリンセス…」

ジャンヌの顔に焦りが見え、キュッと固く握られた手は小刻みにガタガタと震えだしました。
シャルロット様は静かにそんなジャンヌをジッと見ておりましたが、意を決して一度瞳を閉じ再びエ目ラルドの様に曇りの一切ない澄んだ瞳を開いて少し青ざめているジャンヌの顔を真っ直ぐ見つめていらっしゃいます。
そしていつもよりしっかりとした調子の威厳のあるお声でジャンヌに問いただし始めました。

「ねぇジャンヌ…貴女一体何者なの?」
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