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真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~
第3話
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「シャルロット様お湯加減いかがですか?」
「ちょうどいいわ。ありがとうセシル」
「じゃあごゆっくり肩まで浸かってくださいね」
「はーい」
今宵は新月です。月明かりがなく星明りだけがキラキラと瞬くころ、お城のお風呂場で甘い香りがする泡がたくさんモコモコしている猫足の陶器製の大きな白い湯船にシャルロット様が浸かっておりました。
お風呂場付の侍女たちとメイドのセシルにクリーム状の泡で綺麗に全身を磨いてもらい、柔らかな金糸のような髪もハーブと蜂蜜が配合された極上のシャンプーで洗ってもらってトリートメントもばっちりのシャルロット様は少し上気して赤くなった頬でのんびりと湯船に浸かっておもちゃのアヒルで遊んでおりました。
「ねぇセシル~、セシルは幽霊って信じる?」
洗い場の泡をざっと流し終えて次は寝巻きの準備をしようとしてお風呂場から出て行こうとしていたセシルは、話しかけてきたシャルロット様の方を振り返って少し考えるとケラケラ笑いながら答えました。
「えっ幽霊ですか?私は幽霊は信じないですね~」
「皆結構現実的なのね」
「姫様が夢子ちゃんなんですよ」
グサッとセシルもシャルロット様に辛辣な言葉を突き刺します。グッと凹んだシャルロット様は湯船に突っ伏すとブクブクお口で泡を作り何か言いたげな顔でセシルを見つめております。
「まぁそりゃあ妖精とか天使とか…こうファンタジーな生き物が実際居たら面白いなぁとは思いますけど」
「でしょ?幽霊も同じじゃないの?」
「まぁそうでしょうけど…。この世界が出来たのも神様が造られたからって学校では習いますけどねぇ。でもねぇ…」
「セシルは皆神様信じていないの?」
「う~ん…私はどちらとも言えないですねぇ」
「皆都合のいい時は神頼みするのに…?」
「ねー!不思議ですよねぇ。まぁ最近は科学が発展してきているので…この世界の創造も解明されてきているんじゃないですか?」
「面白くないわ」
「ファンタジーよりもリアルですよ、この世の中は」
「…つまんないの」
「あんまりブツブツ仰っていると、またヴィンセント様に怒られますよ」
「…小姑だわ」
「それだけ姫様が大切なんですよ」
「そうかしら?顔合せるたびにネチネチ煩いわ。それに私の大切なお兄様を独り占めして…っ!私だってお兄様ともっと一緒に居たいわ!一緒にお風呂にだって入りたいっ!!」
「さすがに陛下とお風呂に一緒に入られるのはちょっと…。まぁ陛下とヴィンセント様が常に一緒に居らっしゃるのはお仕事上での最大のパートナーですから仕方ありませんよ。我慢です、姫様」
「…今日だって早くディナーを上られたわ。そしてヴィーと一緒に出て行っちゃったじゃない。もう少しお兄様と一緒に居たかったわ」
「姫様…」
「また明日も朝から二人で会議とか打ち合わせだとかでずっと一緒に居るんでしょ!ずるいわっ!!」
「…姫様結婚したらめんどくさそうなタイプですよね」
「んもぅ!セシル、私本気で悩んでいるのにっ!!」
シャルロット様がパシャっとお湯を叩くと少しだけお湯が飛び、セシルの方へと飛んで行きました。パッとお湯を交わすと、セシルはしょうがないなぁと言わんばかりにため息をつき湯船に近づいて縁に座ってシャルロット様の近くにやって来ました。
「すみませんってば。まぁ姫様のブラコンは今に始まった事ではないですけど…最近かなり重症ですね」
「…ワガママなのは分かっているわよぉ…でも…お兄様が大好きだもの…もっと一緒に居たいわ」
「ホント姫様ってば寂しがり屋ですね」
「…幽霊でもいいから誰かずっとそばにいて欲しいわ」
「私たちが居るじゃないですか!」
「でもセシルだってケヴィンっていう彼氏居るし、ばあやだって家族があるじゃない!皆にとって一番の存在は私じゃないわ」
「姫様…」
「…」
「スゲーめんどくさいですね」
「んもぅ!セシルの意地悪っ!!」
「はいはいはい…のぼせないうちに上がりましょうか。はい、トリートメント流すからこっち来てください」
「皆の口撃には私一生勝てなさそうだわ」
「大丈夫ですよ、そのうち絶対姫様の方が強くなりますから。あれだけヴィンセント様に鍛えられているんですもの」
サラッとシャルロット様のボヤキを受け流してセシルは湯船からシャルロット様の手を取って出し、新しいお湯をかけてトリートメントと身体中に付いている泡をさっと流しました。
そしてテキパキと身体を拭き手際よく甘い香りのする保湿クリームを全身に塗りたくってピンクの可愛らしい寝間着に着替えさせました。
「さぁお部屋に戻りましょうか」
「はーい」
先程までは世界が終わるかのごとく落ち込んでいらっしゃいましたが、身体がぽかぽか温まってホッコリしたシャルロット様を伴って、セシルはお風呂場から出てお部屋へ戻ろうと歩き出しました。
オレンジの照明がユラユラと揺れる薄暗い廊下には人気がなく、二人の足音だけが響きます。
「ねぇセシル~、冷たいお水が飲みたいわ」
「はいはい。お部屋に戻ったらお入れしますよ」
「あ、レモンも入れて欲しいわ」
「レモンは調理場から貰ってこないとないですねぇ。ちょっと貰ってきますから姫様先にお部屋帰っておいてください」
「あ、じゃあ私も一緒に調理場に行くわ」
「…つまみ食いしたら駄目ですよ」
ダラダラとゆるーくお話をしていた二人はくるっと向きを変えてお城の端の方にある調理場を目指して歩き出しました。
ローザタニアのお城はとても広く、誰かとすれ違ったりすることも無く二人は静かで薄暗い廊下をたまにくだらないお喋りをしたりして歩き続けました。実は歳が意外と近い二人の楽しげな声が廊下に響いております。
外では大きな木々が揺さぶられるほどの少し強い風が吹いてきて、廊下の窓をガタガタと揺らし始めました。
「風が出てきましたね」
「そうね。そう言えば私部屋の窓閉めていたかしら?」
「確か閉めておられたかと思いますよ」
「じゃあ大丈夫ね。意外と私の部屋って、窓開けっ放しだと葉っぱとか入ってきちゃうのよね。結構な高さなのに」
「そうですね~、風に飛ばされてきますもんねぇ」
セシルがシャルロット様と取りとめのないお喋りをしながら横を向いて先に廊下の角を曲がってふとその先を見つめた時、いきなり足を止めて立ち止まりました。
「きゃっ!」
セシルの背中に後ろを歩いていたシャルロット様がぶつかりました。
「んもぅ!いきなり止まらないでよセシル!」
「…姫様…」
「?どうしたの、セシル?」
少し声のトーンを落として、セシルはスッと手を出してシャルロット様の動きを止めます。シャルロット様はそんなセシルの様子に少し戸惑っておりました。
「…今…あちらに人影のようなものがありました」
「え?」
「…この時分、この書庫付近に誰かいるなんて事ありませんよね?」
「気のせいじゃないの?」
「そうでしょうか…?」
「そうよ。ほら、幽霊の話をしていたから何か居るように見えたんじゃないの?」
「…」
「そんなことより早く行きましょう。私喉乾いちゃったわ」
「…そう…ですね」
よほど喉が渇いていらっしゃるのでしょうか、シャルロット様はセシルに早く調理場に行こうと促します。セシルはジッと先程人影のようなものがあった廊下の先を見つめております。
シャルロット様に背中を押されてセシルは重たい足取りで歩き始めました。そして先程の廊下の先に着きましたが、そこには特に何もなかったのでシャルロット様にホラ~と言われて呆れられました。
しかしセシルは書庫の扉が少しだけ開いているのを見逃しませんでした。
「…開いている」
「え?」
「…っ!!」
セシルが物音を感じてパッと後ろを振り返りました。先程まで自分たちが居た辺りで何かが動いたのをセシルは見逃しませんでした。
「姫様…絶対にここを動かないでくださいね」
セシルはシャルロット様を待機させて忍び足で近寄ると、やはりそこには何もありませんでした。
「…何か居たような気がしたのに…」
「きゃっ!」
「シャルロット様っ!?」
「セシル…あれ…」
セシルが驚いた表情のシャルロット様の指さす方に振り返りますと、そこには窓の外を飛び跳ねて走っていく黒い物体の姿がありました。
気がつくと廊下には黒い影がたくさん現れ、二人の前で素早く動き回ります。影の一つ大きく、まるで人影のような大きさになるとシャルロット様に近づいて触れそうになった瞬間、セシルはパッとシャルロット様を突き放しました。
「姫様、逃げましょうっ!!」
セシルは素早く影を避けるように走って、突き飛ばしたシャルロット様を急いで起こすとその手を取って一目散に来た道を戻って走り出しました。
廊下ではまだユラユラと影が揺れておりましたが、しばらくするとだんだんと小さくなっていきフッと消えてしまいました。
「ちょうどいいわ。ありがとうセシル」
「じゃあごゆっくり肩まで浸かってくださいね」
「はーい」
今宵は新月です。月明かりがなく星明りだけがキラキラと瞬くころ、お城のお風呂場で甘い香りがする泡がたくさんモコモコしている猫足の陶器製の大きな白い湯船にシャルロット様が浸かっておりました。
お風呂場付の侍女たちとメイドのセシルにクリーム状の泡で綺麗に全身を磨いてもらい、柔らかな金糸のような髪もハーブと蜂蜜が配合された極上のシャンプーで洗ってもらってトリートメントもばっちりのシャルロット様は少し上気して赤くなった頬でのんびりと湯船に浸かっておもちゃのアヒルで遊んでおりました。
「ねぇセシル~、セシルは幽霊って信じる?」
洗い場の泡をざっと流し終えて次は寝巻きの準備をしようとしてお風呂場から出て行こうとしていたセシルは、話しかけてきたシャルロット様の方を振り返って少し考えるとケラケラ笑いながら答えました。
「えっ幽霊ですか?私は幽霊は信じないですね~」
「皆結構現実的なのね」
「姫様が夢子ちゃんなんですよ」
グサッとセシルもシャルロット様に辛辣な言葉を突き刺します。グッと凹んだシャルロット様は湯船に突っ伏すとブクブクお口で泡を作り何か言いたげな顔でセシルを見つめております。
「まぁそりゃあ妖精とか天使とか…こうファンタジーな生き物が実際居たら面白いなぁとは思いますけど」
「でしょ?幽霊も同じじゃないの?」
「まぁそうでしょうけど…。この世界が出来たのも神様が造られたからって学校では習いますけどねぇ。でもねぇ…」
「セシルは皆神様信じていないの?」
「う~ん…私はどちらとも言えないですねぇ」
「皆都合のいい時は神頼みするのに…?」
「ねー!不思議ですよねぇ。まぁ最近は科学が発展してきているので…この世界の創造も解明されてきているんじゃないですか?」
「面白くないわ」
「ファンタジーよりもリアルですよ、この世の中は」
「…つまんないの」
「あんまりブツブツ仰っていると、またヴィンセント様に怒られますよ」
「…小姑だわ」
「それだけ姫様が大切なんですよ」
「そうかしら?顔合せるたびにネチネチ煩いわ。それに私の大切なお兄様を独り占めして…っ!私だってお兄様ともっと一緒に居たいわ!一緒にお風呂にだって入りたいっ!!」
「さすがに陛下とお風呂に一緒に入られるのはちょっと…。まぁ陛下とヴィンセント様が常に一緒に居らっしゃるのはお仕事上での最大のパートナーですから仕方ありませんよ。我慢です、姫様」
「…今日だって早くディナーを上られたわ。そしてヴィーと一緒に出て行っちゃったじゃない。もう少しお兄様と一緒に居たかったわ」
「姫様…」
「また明日も朝から二人で会議とか打ち合わせだとかでずっと一緒に居るんでしょ!ずるいわっ!!」
「…姫様結婚したらめんどくさそうなタイプですよね」
「んもぅ!セシル、私本気で悩んでいるのにっ!!」
シャルロット様がパシャっとお湯を叩くと少しだけお湯が飛び、セシルの方へと飛んで行きました。パッとお湯を交わすと、セシルはしょうがないなぁと言わんばかりにため息をつき湯船に近づいて縁に座ってシャルロット様の近くにやって来ました。
「すみませんってば。まぁ姫様のブラコンは今に始まった事ではないですけど…最近かなり重症ですね」
「…ワガママなのは分かっているわよぉ…でも…お兄様が大好きだもの…もっと一緒に居たいわ」
「ホント姫様ってば寂しがり屋ですね」
「…幽霊でもいいから誰かずっとそばにいて欲しいわ」
「私たちが居るじゃないですか!」
「でもセシルだってケヴィンっていう彼氏居るし、ばあやだって家族があるじゃない!皆にとって一番の存在は私じゃないわ」
「姫様…」
「…」
「スゲーめんどくさいですね」
「んもぅ!セシルの意地悪っ!!」
「はいはいはい…のぼせないうちに上がりましょうか。はい、トリートメント流すからこっち来てください」
「皆の口撃には私一生勝てなさそうだわ」
「大丈夫ですよ、そのうち絶対姫様の方が強くなりますから。あれだけヴィンセント様に鍛えられているんですもの」
サラッとシャルロット様のボヤキを受け流してセシルは湯船からシャルロット様の手を取って出し、新しいお湯をかけてトリートメントと身体中に付いている泡をさっと流しました。
そしてテキパキと身体を拭き手際よく甘い香りのする保湿クリームを全身に塗りたくってピンクの可愛らしい寝間着に着替えさせました。
「さぁお部屋に戻りましょうか」
「はーい」
先程までは世界が終わるかのごとく落ち込んでいらっしゃいましたが、身体がぽかぽか温まってホッコリしたシャルロット様を伴って、セシルはお風呂場から出てお部屋へ戻ろうと歩き出しました。
オレンジの照明がユラユラと揺れる薄暗い廊下には人気がなく、二人の足音だけが響きます。
「ねぇセシル~、冷たいお水が飲みたいわ」
「はいはい。お部屋に戻ったらお入れしますよ」
「あ、レモンも入れて欲しいわ」
「レモンは調理場から貰ってこないとないですねぇ。ちょっと貰ってきますから姫様先にお部屋帰っておいてください」
「あ、じゃあ私も一緒に調理場に行くわ」
「…つまみ食いしたら駄目ですよ」
ダラダラとゆるーくお話をしていた二人はくるっと向きを変えてお城の端の方にある調理場を目指して歩き出しました。
ローザタニアのお城はとても広く、誰かとすれ違ったりすることも無く二人は静かで薄暗い廊下をたまにくだらないお喋りをしたりして歩き続けました。実は歳が意外と近い二人の楽しげな声が廊下に響いております。
外では大きな木々が揺さぶられるほどの少し強い風が吹いてきて、廊下の窓をガタガタと揺らし始めました。
「風が出てきましたね」
「そうね。そう言えば私部屋の窓閉めていたかしら?」
「確か閉めておられたかと思いますよ」
「じゃあ大丈夫ね。意外と私の部屋って、窓開けっ放しだと葉っぱとか入ってきちゃうのよね。結構な高さなのに」
「そうですね~、風に飛ばされてきますもんねぇ」
セシルがシャルロット様と取りとめのないお喋りをしながら横を向いて先に廊下の角を曲がってふとその先を見つめた時、いきなり足を止めて立ち止まりました。
「きゃっ!」
セシルの背中に後ろを歩いていたシャルロット様がぶつかりました。
「んもぅ!いきなり止まらないでよセシル!」
「…姫様…」
「?どうしたの、セシル?」
少し声のトーンを落として、セシルはスッと手を出してシャルロット様の動きを止めます。シャルロット様はそんなセシルの様子に少し戸惑っておりました。
「…今…あちらに人影のようなものがありました」
「え?」
「…この時分、この書庫付近に誰かいるなんて事ありませんよね?」
「気のせいじゃないの?」
「そうでしょうか…?」
「そうよ。ほら、幽霊の話をしていたから何か居るように見えたんじゃないの?」
「…」
「そんなことより早く行きましょう。私喉乾いちゃったわ」
「…そう…ですね」
よほど喉が渇いていらっしゃるのでしょうか、シャルロット様はセシルに早く調理場に行こうと促します。セシルはジッと先程人影のようなものがあった廊下の先を見つめております。
シャルロット様に背中を押されてセシルは重たい足取りで歩き始めました。そして先程の廊下の先に着きましたが、そこには特に何もなかったのでシャルロット様にホラ~と言われて呆れられました。
しかしセシルは書庫の扉が少しだけ開いているのを見逃しませんでした。
「…開いている」
「え?」
「…っ!!」
セシルが物音を感じてパッと後ろを振り返りました。先程まで自分たちが居た辺りで何かが動いたのをセシルは見逃しませんでした。
「姫様…絶対にここを動かないでくださいね」
セシルはシャルロット様を待機させて忍び足で近寄ると、やはりそこには何もありませんでした。
「…何か居たような気がしたのに…」
「きゃっ!」
「シャルロット様っ!?」
「セシル…あれ…」
セシルが驚いた表情のシャルロット様の指さす方に振り返りますと、そこには窓の外を飛び跳ねて走っていく黒い物体の姿がありました。
気がつくと廊下には黒い影がたくさん現れ、二人の前で素早く動き回ります。影の一つ大きく、まるで人影のような大きさになるとシャルロット様に近づいて触れそうになった瞬間、セシルはパッとシャルロット様を突き放しました。
「姫様、逃げましょうっ!!」
セシルは素早く影を避けるように走って、突き飛ばしたシャルロット様を急いで起こすとその手を取って一目散に来た道を戻って走り出しました。
廊下ではまだユラユラと影が揺れておりましたが、しばらくするとだんだんと小さくなっていきフッと消えてしまいました。
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