ローザタニア王国物語

月城美伶

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真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~

第2話

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 「交霊会?なぁに、それ」

シャルロット様はエメラルドのように輝く瞳をパチパチと瞬きしながら、今日のメインディッシュのアクアパッツァをパクリッとお口に放り込み、対面に座っていらっしゃるウィリアム様が仰った不思議な言葉に首を傾げております。

「文字通り霊と交霊するんだよ。降霊会…とも言うな」
「交霊…?」

ウィリアム様はワインを一口飲まれて喉の渇きを潤わせてふぅ…と一息つかれました。まだ未だによく言葉の意味を理解しておられないシャルロット様はさらに首を傾げられます。その様子を見て、後ろに控えていたヴィンセントが呆れたような声でツッコミを入れました。

「幽霊と交信するんですよ。最近暇で暇でしょうがない一部の貴族やブルジョワ階級の間で流行っているんですって」
「えー!何それっ!面白そう!ねぇお兄様、やってみたいわ!」
「ダメですっ!」

すかさずヴィンセントのさらなる強いツッコミが入ります。爛々と輝いていたシャルロット様の瞳でしたが、パッと後ろを振り返って視線鋭くヴィンセントを睨みつけました。
「えっ何でよっ!?ヴィーのケチっ!」
「そんな胡散臭いものをお城の中でやられては迷惑です」
「いいじゃない別に!減るものじゃないんだから!…って、もしかしてヴィー…怖いんじゃないの?」
「は?」

いきなり訳の分からないことを言われたからでしょうか、ヴィンセントのいつもの澄ました涼しい顔が崩れ、シャルロット様に対して何か言いたげな顔付きで聞き返します。

「ヴィーったら本当は幽霊が怖いんじゃないの?だからお城で交霊会しちゃダメって言ってるんでしょ!」
「私には怖いものなどありません。まぁ強いて言うなら才能溢れる自分が怖いくらいです。いいですか、姫様。幽霊なんぞ脳みそが作り出した『こんなのが居たら怖い』という幻覚、幻想です。実際に幽霊や妖精、天使や悪魔や神など伝説や物語にしか出てこないような非現実的なものが存在したらこの世は大パニックですよ」
「ヴィーは神様を信じていないの?」
「私は自分の目で来たものしか信じません」
「つまらない人生ね」
「それなりに面白いのでこれ以上は結構です」
「…とか何とか言っちゃっているけれど、もし実際に見て怖がっても一緒に寝てあげないんだから!」
「え、姫様寝相悪いから絶対一緒に寝たくないです」
「そっそれは小さい時の話じゃない!今はそんなことないわ!」
「おや?ばあやからこの間も朝起こしに行ったらベッドから落ちていたと聞きましたが?」
「あ…あの日はたまたまよっ!」
「たまたま…?たまたまって毎日続くものですか…?」
「な…なによっ!そんなこと言うならヴィーが土下座して頼んできたとしても絶対に一緒に寝てあげないんだからっ!!」
「私だって御免ですよ。どうせ一緒にベッドに入るならもっとこう…セクシーでグラマラスな女性が良いですね。そっちの方が色々と楽しめますから」
「んもうっ!!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。だんだん話が訳分からなくなっていってるから」

どんどんとヒートアップしていくシャルロット様とヴィンセントの会話をずっと聞いていたウィリアム様が二人の間に割って入られました。まだ二人とも鼻息荒くしておりましたがウィリアム様に諌められてぐぬぬ…と唸るようにお互いを睨み合い、低レベルな会話を止めました。

「まぁ私も交霊会は反対かな」
「お兄様まで!どうして?」
「私も非現実的なことは興味ないしな。それに最近トラブルもよく起きているそうだし、厄介そうだ」
「そうなの?」
「あぁ。その『怖い』という思い込みを利用してインチキ霊媒師を語る者が何の効果も無い高い壷やお札、除霊と称してインチキ臭い儀式をして高額な報酬のやり取りがあったりと…まぁ詐欺まがいの事例が起きているんだよ」
「ふーん…そうなのね」
「姫様とかカモにされそうですもんね。騙されやすいですから」
「んもう!ヴィーうるさい~!」

今日もヴィンセントのツッコミがシャルロット様に突き刺さります。日頃の恨みがあるからでしょうか、容赦なく鋭く放たれております。しかしシャルロット様も負けてはおりません。ムッとしながらもシャルロット様は受け流す様にツッコミをスルーしていくのでした。

「しかし穏やかな話ではありませんからね。市長の話ではアントニー大臣は200万ルリカ払って魔除けの壺を買わされたみたいですし、コルベール伯爵は500万ルリカでお祓いをしてもらったとか。…馬鹿みたいな話です」
「えっ!」

シャルロット様は飲んでいたお水を吹き出しそうになるくらい驚かれ、大きな目をパチクリさせて発言元の呆れ返って眉間の皺が深く刻まれているヴィンセントを見つめます。ヴィンセントは聞こえよがしに大きな溜息をついてクドクドと文句を垂れました。

「全く…交霊会なんてしている暇があったら仕事をきちんとしてもらいたいものですね…。アントニー大臣は会議の時もたいてい寝ておりますし、資料も事前に読んだり勉強もしてこないし…毎回私に仕事押し付けるし…困ったもんです」
「ヴィー…苦労しているのね」
「えぇ。もし私がこの歳で禿たら皆の責任です」
「…」

食堂に居たウィリアム様、シャルロット様、執事長のセバスチャンやばあや、執事やメイドの皆は凍ったように動きが一瞬止まりました。冷たい空気が流れる中、ウィリアム様はフゥッと息を吐いて雰囲気を変えようと口を開かれました。

「…まぁとにかく交霊会に関してはかかわらない方が良いな。変なことをしないのが一番だ」
「頼みますよ、姫様」
「…はーい」

シャルロット様はちょっと残念そうな感じでしたが、背中に突き刺さるヴィンセントの視線を感じて肩をキュッと竦めると、お水を一口飲まれふぅ…と一息つかれて完食したアクアパッツァのお皿を下げられるのを見ておりました。そしてすぐにお給仕係のメイドがデザートの前のお口直しのレモンシャーベットとカモミールティーを運んできました。
まだまだウィリアム様とシャルロット様のディナータイムは続いております。今日のディナーで、シャルロット様は嫌いな茄子を使った料理がありましたが頑張って召し上がられたのでメイドはもちろん調理場のシェフたちも大変喜んでおりました。少しずつではありますがシャルロット様はしっかりとご飯も召し上がるようになってきており、シャルロット様の成長にお城の皆は喜んでおります。
最後のデザートのチョコレートムースケーキが運ばれてきました。甘いものが大好きなシャルロット様は目をキラキラと輝かせ、いそいそと召し上がられました。
その様子を対面に座られているウィリアム様は目を細めて微笑みながらご覧になっております。そしてシャルロット様の背後からはヴィンセントやセバスチャンやばあや、執事メイドの皆が見守るように控えておりました。

「今日も美味しかったわ」
「そうだな。皆今日もありがとう。さて…シャルロット、私はこれで失礼するよ。おやすみ」
「…おやすみなさい、お兄様」

ウィリアム様はスッと席を立たれてシャルロット様の頬にキスをされると、ヴィンセントを伴って食堂をあとにされました。
もう少し一緒に居たいと名残惜しそうなシャルロット様でしたが、スッと席を立たれると皆に挨拶した後、ばあやとメイドのセシルと共にお部屋の方へと戻って行かれました。
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