ローザタニア王国物語

月城美伶

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真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~

第8話

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 「…なぁグレブぅ…」
「なんだよアンリ…。うっぷ…っ!俺まだ昨日の酒抜けてなくて気持ち悪ぃんだから話しかけんなよ…」

お城の奥の政務官秘書室の近くの中庭では、昨晩の深酒がお昼を過ぎてもまだ抜けないグレブとアンリがベンチに突っ伏したままちょっと仕事をしては休んで…といった具合にダラダラしておりました。

「俺だってまだ頭痛いんだよ…。てかさぁ、結局昨日の交霊会ってさぁ…なんだったんだろうなぁ」
「さぁ?あんなもん…インチキだろ?女の子の一人が霊媒師とかって言ってたけどさぁ、結局お守りのお札みたいな嘘くさいもん買わせようとかしてきたし」
「だよなぁ。『影が…蛇みたいなのが来たっ!』ッとかってめっちゃ騒いでいたけど何も起こんなかったしなぁ」
「結局『交霊会』なんて暇で暇で仕方ない貴族様たちや成金野郎たちの暇つぶしの娯楽なんだろうなぁ…。昨日のあいつらだって、あんなインチキみたいなこと言って金せしめとってんだろうよ」
「ケッ…やっぱ金持ちなんてクソくらえだわ」

政務秘書官室でバタバタと走り回り、文字通り忙しなく働く同僚たちを尻目に、二日酔いで使い物にならない二人はベンチで項垂れてダラダラとした口調でダラダラと過ごしておりました。

「そう言えばさぁー、昨日の夜何かお城で騒動あったらしいぜ」
「は?何だそれ」
「なんか…メイドのメイリンちゃんが言ってたんだけど…何か夜にシャルロット様が大暴れしたとかなんとか…」
「え、いつものことじゃん」
「…だよな」
「あぁ。結局いつも通りの日常しか起こらねぇよなぁ」
「ってか何だよお前…メイリンちゃんと仲良いのかよ」
「あ?言ってなかったけ?この間俺メイリンちゃんとデートしたんだぁ」
「何だよそれ…。俺にはそんな艶めいた話なんて一切ないのに。え?何、アンリお前リア充なの?」
「何だよグレブ…」
「俺なんか…幼馴染のことずーっとずーっと好きなのに気づいてもらえずこの歳なのに…。クソッ!お前爆発してしまえよ」

二人はまだ気が付いておりませんでした、、絶対零度の怒りを抱いたヴィンセントが背後の垣根からそっと気配を殺して近づいてきていることを―――…。
そしてその後、お城中にアンリとグレブの悲鳴がこだましたのが聞こえたとか聞こえていないとか。

・・・・・・・・

 「ルドルの泉のお水飲んだら何だか身体がスッキリしたわ」
「そうですか!それはよかったです~」

さて、いつも通り賑やかなローザタニアの一日が終わろうとしております。
午後のお茶の時間にたらふくスコーンを食べつくし、その後のディナーでは前菜のアミューズから始まり、お野菜たっぷりのミネストローネ、魚のメイン料理の白身魚の香草パン粉焼き、お肉のメインのチーズカツレツ、そしてデザートのティラミスまでしっかりとたらふくお召し上がりになって大満足のシャルロット様は、ニコニコと笑顔でばあやからお風呂上りのマッサージを受けてもうすっかりと寝る準備に入られております。

「ばあやのお蔭ね。ありがとう」
「いえいえ~、滅相もございません!さぁ姫様、今日もお疲れでしょうから早くおやすみなさいな!」
「そうね。今日はお兄様もヴィーもご出張でいらっしゃらなくて暇だし…早い所寝るわ」
「では灯りを消しますよ。お休みなさいませ」
「おやすみなさい」

いつも通りのシャルロット様のご様子に安心したばあやは、ベッドに座り込んだシャルロット様にササっとシーツをかけました。洗いざらいの清潔な石鹸の香りと、爽やかなラベンダーの香りが炊き込められております。シャルロット様はゆっくりとふかふかの枕に頭をポンッと落とすと、優しく微笑むばあやに笑顔で夜のあいさつを返しました。
そしてばあやはそっとシャルロット様のお部屋の灯りを消しました。
ベッドサイドには新しいランプが置かれ、その光と窓の外から降り注ぐ星々の煌めきだけがお部屋をぼんやりと照らしております。シーツを肩までかけてシャルロット様は瞳をゆっくりと閉じました。しばらくするとシャルロット様は頭に霞がかかったような気配を感じてそのまま脱力をして眠りこけてしまいました。
普段はこうなると誰が何をしてもめったに起きることはありません。しかしシャルロット様は頬っぺたに何かペチペチとくすぐったいものが当たっているのを感じました。
そしてそのくすぐったいものがシャルロット様のお鼻をかすめると、シャルロット様は思わずくしゃみをして珍しく起きてしまいました。

「何っ?」

パッとシャルロット様が起き上がると、シャルロット様のお顔のすぐ傍にはお城に住み着いている猫が座っており、ゴロゴロと喉を鳴らしてシャルロット様に尻尾をペチペチと当てておりました。

「猫…」

ホッと安心したシャルロト様はそっと猫の方に手を出されました。猫はおや?と思ったのか一瞬の間を開けてシャルロット様を見つめておりましたが、すぐにグルグル喉を鳴らせてシャルロット様の腕の中へとやって来ました。

「もしかして最近書庫を荒らしている猫ってあなたのことかしら?」

よいしょ、とその真っ黒な毛皮の猫を抱きかかえシャルロット様はお顔を近づけて猫のサファイヤのように輝く青い瞳を覗きこむように見つめます。猫はまるでシャルロット様の言葉が分かるかのようににゃーんと一声鳴くと、ペロッと舌を出してシャルロット様のお顔を舐めました。

「んもう…くすぐったいわ!…ねぇ、書庫じゃ貴方の身体も痛いでしょう?今日はこのベッドで一緒に寝ましょっか」

シャルロット様は猫をひょいっとご自身の横に置いて、ゴロンっと寝っころがりました。艶やかなビロードのような黒い毛皮をひとしきり撫で、シャルロット様は猫の深いブルーの瞳を見つめます。

「おやすみ、猫さん」

そして大きな瞳を閉じられると、またもの凄い速さで眠りについてしまいました。
静かな夜の星明りが、シャルロット様と猫を照らします。お二人はスゥスゥと寝息を立ててふかふかのお布団に包まれながら眠っているのでした。

・・・・・・・・

 その日の晩、シャルロット様は夢の中で不思議な夢を見たそうです。
一緒に寝ていたはずの猫が黒曜石の様な美しい黒髪をたなびかせサファイヤのように青く輝く瞳の美しい青年となり、騎士のような格好をしてシャルロット様の前にかしずいておりました。そしてお二人は手と手を取り合って夢の国で幸せに暮らすというような、そんな夢を見たそうです。
そして朝が来てシャルロット様が目を覚ますと、猫はもうどこかに行ってしまったみたいでベッドにはシャルロット様お一人しかおりませんでした。
シャルロット様はそんな話をセシルに話すと、セシルはプッと笑ってそんな子供っぽい夢の話を茶化したりしておりました。
今日もローザタニアのお城では、いつも通り何も変わらない平和な時間が流れているのでした―――…。
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