ローザタニア王国物語

月城美伶

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真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~

第7話

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 「…っつくしょい!」

廊下を早足で歩いていたヴィンセントは突然くしゃみをかましました。近くで掃除をしていた使用人たちはヴィンセントがくしゃみをするのが珍しく、驚いた表情でヴィンセントを見つめます。

「失礼、作業の邪魔をしたな」

ポケットからハンカチを取出し鼻を拭くと、ヴィンセントは何もしていませんよと言わんばかりの涼しげな顔で足早に廊下を進んでいきます。

「…風邪か?いやいや、そんなことは無い。それとも誰か私の事を噂でもしているのでしょうか…?」

ぶつくさと独り言を言いながらズンズン歩いて行き、お城に搬入される荷物が届く裏口の方へとヴィンセントはやって来ました。そこには大きな荷台の上に大きな樽が10個ほど置かれておりました。

「バルト、届きましたか?」
「あ、はい!今しがた届いたところです」
「ではそれを兵士たちに中に運んでもらってください」

筋肉隆々の屈強な身体の兵士たちが数人で大きな樽を担いでお城の中へと運んでいきます。ヴィンセントはその様子を見守っておりましたが、バルトは腕を組んでちょっと胡散臭いと言った表情でした。

「しかし、本当に効くんですかねぇ~」
「はい?」
「いや、幽霊にですよ!幽霊なんか本当に居るんですかねぇ?」
「…信じるか信じないかはまぁ自由ですがね。念には念をです」
「え、ヴィンセント様は信じるんですか?絶対信じなさそうなのに…」
「…」
「昨日なんですけどね、俺はちょっと他の仕事があったから行けなかったんですが同僚アンリとグレブたちが少し早く仕事が終わったから街の酒屋に行ってたんですよ。久々だったんであいつらまぁ…結構飲んでいたみたいで、そこで意気投合したどこぞのブルジョワの人たちと最近交霊会?ってのが流行っているからやろうぜ~って酒の勢いでやってみたらしいんですよ」
「…ほぅ」

ヴィンセントが切れ長の流し目で、馬鹿にしたように笑いながら話すバルトをチラッと見ました。その氷のように冷たい空気の様子に全く気が付かないバルトはそのまま話を続けております。

・・・・・・・・
 
 少し時間が戻り、昨晩のことです。
ローザタニアの王都・パラディスの城下街のとある酒屋では、日頃のうっぷんを晴らすかのようにバルトの政務秘書官の同僚であるアンリとグレブと、まるで水を飲むかのような勢いで豪快に酒を飲んでおりました。時計の針はまだ8時だというのに二人はそうとうな量を飲んでいるようです。

「…ったくさぁ~本ッ当に!あの人は人使いが荒いよなぁ~っ!!」
「ホントだぜっ!この間会議の報告書持って行ったらさぁ~…まず報告書の書き出しからネチネチ嫌味言われたし…もうあの時間ホンット胃に穴開くぜ…」
「俺なんかさぁ机が汚い、整理整頓が出来ていないってののしられたぜ。あの時机が荒れていたのは、ヴィンセント女王様に渡す資料を作りために色々溢れていただけなのによぉ~!」
「俺もこの前…腹が出て来たって怒られた…」
「そう言えば俺も…襟足伸びすぎだって…。あと髭の剃り残しとかネチネチ言われたぜ…。誰のせいで家に帰るのが遅くなっていると思ってんだっ!!家に帰ったらもう午前様で、気絶するかのようにベッドにバタンキューで倒れ込んで気が付いたらもう朝!毎日毎日そんなんの繰り返しばっかりで…見た目のこととか気にしていられるか!」
「だよな!聞いてくれよ~、俺最近いい感じの女の子居たんだけどさぁ…忙しすぎて全然デートとかできなくてやっと久しぶりに会おうと思って家に行ったら…もう他の男とよろしくやっててさぁ…。問い詰めたら全然構ってくれない男なんか嫌っ!寂しいから我慢できなかった!って…。くそぅ…」
「グレブ…」

グレブと呼ばれた長身の男は思いっきり肩を落として背を丸くし、この世の終わりかと思うくらいの表情でしくしくと泣き始めました。かと思うといきなりテーブルに拳を叩きつけ、思いっきり顔を上げてフンッと大きな息を鼻から吐きました。その顔は明らかに真っ赤で目は虚ろで座っており、完全に酔っぱらっております。

ヴィンセント女王様のせいで俺たちの人生めちゃめちゃだぜっ!くそうッ!!今日はとことん飲み明かしてやるっ!!!」
「そうだそうだ~!!」

二人はグラスを高らかに持つと、乾杯~っと声高らかに音頭を取ってゴクゴクと喉をならしながら一気にお酒を飲み干しました。

「ふぅ~…沁みるねぇ」
「命の水だぜっ!!」

と二人が完全に酔っぱらってフワフワした気分になっている頃、他のテーブルの男たちもたいそう盛り上がって大量の酒を飲み散らかしておりました。
趣味の悪いギラギラした装飾が施されたジャケットを着た明らかに成金と言った感じの二人の男たちが、若い女性を数人侍らせてこちらも浴びるように酒を飲んでおります。

「そこの御仁方!何やら相当溜まっている様子ですなぁ!!よろしければ私たちと一緒に飲みませんか!?」
「え~、良いんですかぁ?じゃあお言葉に甘えて…一緒に飲みましょう!!」

完全に酔っぱらっているグレブは、女の子の方目掛けて千鳥足でその集団に合流しました。アンリも手招きしている女の子たちの方へ鼻の下を伸ばしながら近づいて行きます。

「いやぁ~こんなにかわいい子たちと一緒に飲んでいらっしゃるなんて!旦那良いですねぇ~!!」
「なぁに!お金は正義!金があれば女たちも寄ってくる!そのうち爵位も金で買えるようになりますよ!はっはっはっ!!」
「あぁ…俺も金持ちになりたいっ!いつまでも誰かの下でこき使われるなんて嫌だっ!!」
「先程から聞こえてきてはいたんですが…貴方方、相当上司からひどい扱いを受けていらっしゃるようですね…」
「えっ!聞こえておりましたかっ!?」
「えぇ、よーーーーーーーーーーーーく聞こえておりました。心中お察し申し上げます。さぁさぁ…そんな事忘れるくらいパーッと飲み明かしましょうっ!!」
「ありがとうございますぅ~!!」

グレブとアンリ、それに成金男二人と女の子たちはまたグラスを重ねて乾杯し、一気にお酒を流し込むと皆で何もないのに笑い出してそれはそれは楽しそうにしております。

「そう言えば…最近貴族やブルジョワ階級我々の間で『交霊会』と言うのが流行っておりましてなぁ。今からそれをやろうと思って景気づけに飲みに来たんですが…どうです、もしよろしければ貴方方も参加されませんか?」
「『交霊会』~?なんですかそれぇ~!」

成金男の一人がそう言い出すと、グレブは爆笑しながら聞き返しました。全員いい感じで酔っぱらっているのでもう何が起きても笑い続けてご機嫌になっております。

「文字通り幽霊を降ろす…呼び出すんですよ!そしてその貴方方の上司の方をちょっとビビらしてもらいましょう!!」
「良いっすねぇ~それ!!是非ぜひ!!やりましょうっ!!」
「では今から私の屋敷に参りましょう~!がははははっ!!!!」

そして皆肩を組んで酒屋を出て、成金男の屋敷へとフラフラした千鳥足で向かって行きました。

・・・・・・・・
 
 「…―――で、今朝アイツらに交霊会の感想聞いてみたんですよ。酔っぱらっててあんまり覚えていないらしいんですけど、まぁ特にいわゆる心霊現象ってやつですか?そんなんは何も起きなかったんですって。やっぱり幽霊なんて居ないんですよねぇ~っ!!」
「へぇ~…そうなんですか…ふーん…」

ははは~と陽気に笑うバルトの横で、ゴゴゴゴゴ…と静かに怒りがたぎっているヴィンセントが氷の様な冷たさのトーンで返事をしました。
その時やっとバルトは自分が蛇に睨まれたカエルのような状態であることに気が付きました。

「…えっと…ヴィンセント…さま…その…もしかして…」
「バルト…グレブとアンリはどこに?」
「そう言えば…今日皆さん大聖堂に行かれてました…っけ…」
「バルト」
「…もしかしてのもしかして…」
「言いなさい」
「…二人とも今日は二日酔いで死んでおります…なので…きっと中庭でサボっているかと…」
「…とどめを刺し行きましょう」

氷のように冷たい微笑みを浮かべたあと、サディスティックな表情に一変したヴィンセントはマントを翻してその場を足早に後にしました。
バルトは恐怖の余りヘタッとその場に座り込みました。そして今からヴィンセントに確実に言葉攻めで殺されるであろう仲間たちを売ってしまったことをすまないと思い、涙しておりました…。
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