ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第13話

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 「11時からはマリー皇后とのランチ会です。さぁ姫様、ご準備を」
「…」

ヴィンセントが淡々と予定を述べるとシャルロット様はチラッとヴィンセントの方に目線だけチラッとやってこくんと頷き、そのままスッと静かに立ち上がってセシルと共に着替えなどの準備の為に別室へと移りました。
その様子を見ていたウィリアム様はシャルロット様が部屋に入りドアがパタンッと閉まったのを見送ると、お召しになっていたセレルトブルーの軍服の詰襟を少し緩めながら何やら呆れながらヴィンセントに話しかけます。
 
「…お前たちオペラ鑑賞のあとからずっとそんな調子だが…ケンカでもしているのか?」
「姫様が一方的に怒っているだけです」
「…で、お前が拗ねているんだな」
「拗ねてなんかいませんよ」
「拗ねているように見えるけどな」
「…まさか。そんなことで拗ねるほど子供ではありませんよ」
「お前も頑固なところあるからなぁ…」

ヴィンセントはウィリアム様の制服の裾の乱れをそっと引っ張って直しながらハッと嘲笑じみた溜息を洩らしましたが、ウィリアム様の呟きにピタッと手を止めて眉をひそめて顔を上げました。

「は?」
「シャルもお前も似たもの同志だよ」
「いやいやまさかまさか…」
「お前たち本当にそっくりだよ…。私なんかよりお前とシャルの方が兄妹みたいだ」
「…笑えない冗談はやめてください」
「まぁ何があったかは知らないがこれ以上こじらせる前に仲直りしとけよ」
「だから…喧嘩なんかしていませんってば。姫様が勝手に怒って私と口きかないって言ってるだけですから」

ヴィンセントはさらに眉をひそめてウィリアム様のお顔を見つめました。さらに何か言いたげでしたがぐっと口を噤んでお辞儀をしてスッと控えました。

・・・・・・・・

 「シャルロット様…大丈夫ですか?」
「え?何が?」

別室に入り、腰のドレスのリボンを締め上げながらセシルはシャルロット様に聞きずらそうに伺います。

「今朝あまり朝食をちゃんとお召し上がりになっていないようですし…昨晩のディナーもあまりちゃんと召し上がっていなかったとお伺いしておりますが…」
「…何だか昨日から胸がいっぱいで…ご飯があまり喉を通らないの…」
「おや…!」
「ねぇセシル、私どうしちゃったのかしら。昨日から…ううん、ここ最近カルロ様のことを考えると何だか胸がこう…もぞもぞするって言うか…何かこう…変な感じがするの。ねぇ、どうしちゃったのかしら私…」
「あら…もしかしてシャルロット様…それって…」
「もしかして…何?」
「…恋…されているのでは?」
「恋…?」
「相手のことを思っただけで胸がいっぱいになったり…ドキドキしたり…苦しくなったり。きっとそれは恋ではないでしょうか?」
「…恋?私、カルロ様に恋しているの?まだ2回ほどしかお逢いしたことないのに?」
「恋に回数なんて関係ありませんよ!相手のことが気になってしまったらそれはもう恋です!」
「気になってしまったら…恋…?」
「良くも悪くも、気になって四六時中相手のことを考える…頭の中はその人のことでいっぱい!もう自分の中ではその人しかいないんですよ」
「…」
「確かにあのカルロ伯爵という方、とてもスマートで紳士的でお優しそうで…どこか陛下に似た雰囲気をお持ちですものね!そりゃあシャルロット様のお好きなタイプですよ!」

キュッと力強くリボンを締め上げ、セシルはポンッとシャルロット様のお背中を叩きました。そしてニヤニヤと笑いながら、髪飾りを探しに奥の部屋へと消えて行きました。
一人取り残されたシャルロット様は、近くのテーブルに置いていた小さなポシェットの中から昨晩拾ったカルロ伯爵の落し物の懐中時計を手に取りじっと見つめておりました。

「私…カルロ様のことが好き…なの…?…分からない。でもカルロ様のことを考えると…胸がいっぱいになるわ…」

懐中時計を手に取り細やかな模様の模様を指でなぞったりしていると、蓋がカチッと外れて蓋が開きました。いけない、とシャルロット様は思いましたが、好奇心が勝たれたのでしょうか…ついつい中身を見てしまいました。

「…これは…」

古めかしいその時計の内蓋には、一枚の肖像画が焼きつけてありました。緩やかにカールした栗毛色の肩にかかる髪の、ヘーゼルナッツ色の瞳の美しい女性が口元に笑みを浮かべてこちらを見ておりました。

「『我が愛しのルチア』…って彫ってある…。きっとこの方が前カルロ様が仰っていた昔の恋人の方ね…」

蓋の裏側に彫ってある刻印をじっと見ておりましたが、セシルの足音が近づいてきた気配を感じてシャルロット様は時計を閉じて元のポシェット中に戻し、何事も無かったかのように大きな鏡のあるドレッサーの前に座りました。

「今日は暑いですしアップにしましょうか!おリボンを髪に巻き込んで結い上げましょう!…シャルロット様?少し顔色が悪いように見えますが…大丈夫ですか?私ドレス締め上げすぎました…?」
「いいえ、大丈夫よセシル!さぁ…お兄様お待ちだし、早く準備してしまいましょう!」

シャルロット様は何事も無かったかのように元気に振る舞うと、心配そうに様子を伺うセシルを促してドレスアップの準備を進めました。

・・・・・・・・

 「さぁ…あちらの意地っ張り姫も呼んでこようか。シャル!準備は出来たかい?」
「えぇお兄様…お待たせしてごめんなさい」

ウィリアム様が別室のドアをノックするとすぐに返事があり、淡いミントグリーンに小花が散らされたドレスに着替えたシャルロット様が出て来られました。

「今日も一段と愛らしくて可愛いなぁ」
「ありがとうお兄様」
「じゃあ行こうか」

ウィリアム様はシャルロット様に腕を差出しエスコートして部屋を出ようとしました。ニコッと微笑んでシャルロット様はその腕を取り、歩き出します。少し頭を下げて後ろに控えているヴィンセントをチラッと見ましたがとくに話しかけることも無くそのままスッとお二人で歩いて行きました。
その様子をさらに後ろでセシルが異様な雰囲気をヒヤヒヤしながら見守っており、少し穏やかではない空気が流れるお昼前のことでした。

・・・・・・・・

 さて時間はいつの間にか流れて、もう空がオレンジと紫に染められつつある頃です。
ナルキッス王国の首都ビストリツァのど真ん中に位置する巨大な白い大理石のお城はこれでもかと言わんばかりに派手にライトアップされ、贅を尽くした豪華な装飾がお城中に施されて、フランツ皇太子殿下の誕生パーティーが繰り広げ照られておりました。
ナルキッス国内の貴族や付き合いのある諸外国の来賓がたくさん招待され、お城の広間やお庭には人が溢れかえっております。先日のグララスのパーティーよりもさらに大人数の楽団、そして次から次へと運ばれてくる出来立てのごちそうや何段にも重ねられたシャンパンタワーがいくつも配置されており人々は贅を尽くしたこのパーティーを思い思い楽しんでおりました。

「あ!シャルロットちゃーん!!」
「フランツ皇太子殿下!この度はお誕生日おめでとうございます!」

ウィリアム様にエスコートされて、お昼の可愛らしいドレスとは打って変って光沢のあるアイボリーの布地に細やかなゴールドの刺繍とローズ色のリボンとパールが施されたドレスに、美しい金の髪を結い上げて華やかなビジューとパールの細工が施されたティアラ、そして雫型の華やかなビジューのネックレスとお揃いのイヤリングをしたシャルロット様が大広間へと入ってきたところを、本日の主役のこれまたいつもにも増してカラフルなビジューが散りばめられた派手なゴールドのジャケットに同じくゴールドのかぼちゃパンツ、そしてゴールとのマントを身につけたフランツ王子が見つけて手をブンブンふりながら近寄ってきました。

「フランツ皇太子殿下、この度はお誕生日おめでとうございます」
「ウィリアムお兄様!ありがとう~!これで今日から僕たちは4つ違いになったね!またシャルロットちゃんに少し近づけて僕嬉しい!」
「え…えぇ、そうね…」
「僕ウィリアムお兄様みたいな素敵な大人になるからっ!だから待っていてね、シャルロットちゃん!」
「フランツ…」

瞳をキラキラと輝やかせ、フランツ王子はシャルロット様のお手をキュッと握ります。シャルロット様はその勢いに驚いて少し困惑しておりましたが、自分を見つめる真っ直ぐなその瞳を見てニコッと微笑み返しました。

「お兄様より素敵な男性なんているのかしら?」
「きっとなってみせるよ!ウィリアムお兄様みたいな男性に!」
「まぁ!それは楽しみね!」
「フォッフォッフォッフォ…やぁウィリアム!シャルロット!」
「ジョージ陛下!」

三人が仲良くお話しされていると、これまたフランツ王子より派手なゴールドの軍服にマント姿のゆで卵のような大きなお腹を弾ませながらのっそのっそとジョージ陛下が歩いてこられました。

「いやいや、お前たちが仲良くしてくれて何よりじゃ!」
「そうだよパパ!僕たち仲良しなんだ~!これまでも、そしてこれからもずっと仲良しだよ~!」
「フォッフォッフォ…!そうかそうか!仲良きことは美しいこと!さぁ…二人踊って来なさいっ!!」
「シャルロットちゃん…僕と踊ってくれる?」
「えぇ、もちろん」

ジョージ陛下に促されて、フランツ王子は緊張した面持ちでシャルロット様の前に手を差しだして跪きました。シャルロット様はスッとその手を取り、頷くと二人は軽やかなワルツの中に入って行かれました。

「先日のパーティーの時より皇太子殿下のワルツステップが上達したようにお見受けいたしますが…」
「あの後マリーからの特訓を受けたのじゃよ!フランツも今日で10になる。そろそろ本格的に勉強をし出さねばならんからのう。寄宿学校ケンニッジエールにも行かせようと思っておるんじゃ」
「そうですか…」
「そうなると少なくとも5~6年はこちらには帰ってこれなくなるからのぉ…寂しさもあるんじゃが、このナルキッスの発展のためには仕方のない事じゃ…」
「陛下…」

頭一つ身長差のあるフランツ王子とシャルロット様でしたが、フランツ王子がつたないステップではありますがしっかりとシャルロット様の手を握って一生懸命ワルツをリードして踊ろうとしております。
その姿を目を細めて見ているジョージ陛下はどこか少し寂しそうなしんみりとした様子でありました。

「まぁフランツが寄宿学校ケンニッジエールに入る前にでも婚約しておくかのぉ…。今日の様子じゃと…なかなか良い雰囲気ではないか?そう思わんか?」
「…はぁ…ですが…」
「ん?何か問題でもあるのか?」

相変わらず先々代の約束を果たすべく二人を結婚させようとしているジョージ陛下は、隙あらば婚約宣言をさせようとまたウィリアム様をつっつきます。しかしいまいち乗り気でないウィリアム様はまた今日も曖昧な返事をして誤魔化そうとしましたが今日はジョージ陛下も引き下がらずにそのまま続けます。

「フランツ皇太子殿下が寄宿学校ケンニッジエールをご卒業されてからでも遅くないのでは…と存じますが…」
「そうなるとシャルロットは20になるぞ?それでも構わんのか?」
「僭越ながら陛下…このような場所で申し上げるのは恐縮ですが、私はシャルロットの結婚に関しましては彼女の好きにさせてやりたく存じます」
「…じゃがのぉ…」
「まだあの二人は幼すぎて…『結婚』と言うモノがどんなものなのかが分かっていないかと。二人は『幼友達』としてとても仲がよく過ごしております。しばらくはこのままで良いのではないでしょうか」
「じゃが…」
「陛下、ワタクシもそう思いますわ」
「皇后陛下!」

二人の間を割って入るように、ジョージ陛下の後ろに控えていたマリー皇后がスッと会話に入って来られました。ジョージ陛下と真反対に背が高くスラッとしたマリー皇后は、メリハリのあるボディーラインに合うようなスタイリッシュですが同じくゴールドの派手なタイトなドレスを着て、大振りなジュエリーを身に着けて、フランツ王子そっくりのお顔でこちらをしっとりと見つめて話し出しはじめました。

「アナタ…あの二人の結婚をそんなに急ぐ事かしら?」
「マリー!」
「確かにワタクシもシャルロットを実の娘の様に可愛がっておりますわ。いつかウチのフランツと結婚してお嫁に来てくれたら嬉しいわ。でも…当人たちの気持ちを無視した結婚は不幸を生むだけだと良くご存知でしょう?」
「じゃが…」
「今すぐ急ぐ案件ではございませんわ。もっとウチのフランツがしっかりしてシャルロットを守れるような頼りがいのある男性に成長して…シャルロットももっと磨きをかけてもらってからでも遅くないでしょう」
「…うむ…」
「おままごとの結婚はダメよ。このナルキッス大国をこれまで以上に発展させていくためにも…お互いしっかりとしなければダメ。お互い自立していないと」
「まぁ…そうじゃなぁ」
「ほら、陛下…あちらにラドガの大使がお見えですわ。ご挨拶したくて待っているみたいですわ」
「ではワシは失礼するよ。…ウィリアム、一旦この話は保留にしてまた考えようかのぉ」

捨て台詞の様にジョージ陛下はウィリアム様にそう伝えてその場を離れて行きました。スッと神妙な面持ちでウィリアム様はジョージ陛下のお姿が見えなくなるまでお辞儀をされておりました。

「お前も苦労が多いわねぇ、ウィリアム…」
「マリー皇后殿下…。いえ、とんでもございません」
「ごめんなさいね、ウチの陛下は口を開けばフランツとシャルロットの結婚の話ばかりして。お前も頭が痛いでしょう」
「…いえ…そのようなことは…」
「そりゃあシャルロットがうちの嫁に来てくれればワタクシはとても嬉しいわ。でも結婚は当人同士の気持ちが一番よ…。あの人も一度結婚に失敗して分かっているはずなのに、先代の約束の為に意固地になって…情けないわねぇ」
「皇后陛下…」

おほほほほ…と扇子で顔を隠し笑いこけるマリー皇后にウィリアム陛下は何と申し上げていいのか分からずに少したじろいでおります。

「それに…シャルロットはきっと今思い人が居るのね」
「皇后陛下…」
「昨晩のオペラの後のシャルロットの様子からして何となく分かるわ。どこか宙を見て心ここにあらずと言った状態ね」
「…」
「その恋が成就するかは誰にも分からないけれど…恋は女性を美しく成長させてくれるものよ。シスコンのお前には辛いでしょうが優しく見守ってあげなさい!ヴィンセント、お前もね」
「は…?」
「おほほほほ…!お前たちたくさん悩んで大人になりなさい!ではワタクシも挨拶回りしてくるわ。では…お楽しみなさいね」

いきなり話を振られたヴィンセントは呆気に取られた表情でマリー皇后のお顔を見つめます。扇子で口元を隠してはおりますがマリー皇后はニヤッと意味深に微笑まれてその場を去っていかれました。

「…一番手強いのはあの方だな」
「ですね」

マリー皇后に一礼してそのお姿が完全に人ごみに紛れて見えなくなるとウィリアム様とヴィンセントはお互いにしか聞こえない声でぼそっと話し出しました。ふぅ…と二人とも溜息をつき、人酔いしそうなほどごった返している広間を見渡しました。所々で女性たちがこのパーティー会場でもひときわ目立つ二人を見つめていたりした語頃満載の笑みで微笑んだりしております。ヴィンセントは乾いた笑いを含みながらウィリアム様の肩を叩きました。

「また今日も女性陣たちが陛下を狙っておりますね」
「お前も狙われているぞ」
「ですねぇ。まぁ久々に遊んでもいいんですけどねぇ。色々溜まってますから」
「たまには発散するか。でもお前えぐいからなぁ。ほどほどにしとけよ」
「そう言う陛下こそなかなかだとお聞きしておりますが」
「お互い様だな」

二人はハッと笑い合い、近くに居たボーイからシャンパンをもらうと一気に飲み干しました。
喉に熱い液体が通っていき、軽く息を吐きウィリアム様は少し頬が蒸気するのを感じました。

「今日のシャンパン、いつもより強くないか?」
「そうですか?」
「なんかこう…身体が一気に熱くなった気がするんだが?」
「…確かにそんな気もしますね。まぁ…気持ちがたぎっているからじゃないですか、陛下」
「そうかもな」

ふぅ…ともう一度吐息を吐き髪の乱れをと整えてチラッと流し目で辺りを見渡します。近くでそんなお二人を熱い視線で見つめていた、少し年上であろう華やかに着飾ったよその国の貴族の女性二人組にウィリアム様はニコッと微笑みかけ近づいて行かれました。
そして赤いドレスを着たスレンダーですらっとされた女性の手を取りにっこりと微笑み、そっと優しくキスをされると耳元で何か囁いてワルツの中へと入って行かれました。
かたやヴィンセントはと言いますと、もう一人の先程の女性よりも少しむっちちと肉感的な深い紫色のドレスを着た女性の方へ近づき、フッと微笑みながらお酒を片手に話しかけております。そしてその女性の美しくセットされた髪を優しく撫でその髪にキスをするとこちらも何か耳元で囁かれてゆっくりとワルツの中へと入って行ったのでした。
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