ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第16話

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 「ねぇもっとぉ~」

夜もどっぷりと暮れ始めた頃です。踊りつかれた大人たちはお互いのパートナーや親しくなった者たちが酔いに任せて少し密着し始めて夜を過ごしております。
パーティー会場から少し離れて、大きな噴水が庭の真ん中に鎮座する人気のないお庭のガセホの中で、一組のカップルが熱いキスを交わしておりました。
少しむっちと肉感的な身体を惜しむことなくそのタイトな深い紫色のドレスに映しだし、女性は甘えた猫なで声で男にもっとキスをねだりました。
女性は男性の膝の間に入り込んだ形で腕を頭の後ろに回してしっかりと抱きつき、豊満な胸を男性のがっしりとした胸板に押し付けるように密着させて少し酔っぱらっているのか虚ろな瞳で男性を見つめ続けておりました。

「…ん❤」

男性は女性の顔を引き寄せ、甘い口づけを何度も何度も交わしました。女性は思わず歓喜の声をあげて男性の唇を貪ります。
そして徐々に男性の手が女性の身体を弄りだし、胸元が大胆に開いたドレスをゆっくりと下げてその胸目掛けて顔を寄せるとしっとりとした肌の柔らかさを堪能し、愛撫を続けます。

「あん❤」
「反応が良いですね…」

「だって…さっきまでちょっと焦らされて途中で放っていかれたのよ?そんな中途半端な状態だったから…身体が疼いているの」
「…貴女のような魅力的な方を放っぽり出す馬鹿な男もいるんですね…」
「ホント、失礼しちゃう!顔はよかったしキスもとろけちゃくくらい上手かったけど…途中から何か心ここに非ず~って感じになって、一人でイライラしだして…勝手にどこか行っちゃったのよ?まぁ…まだどこかガキ臭さが残ってる感じでアタシの好みじゃなかったけどね…っん❤」

女性の脚を開く様に促すように男性の手がそっと女性の太ももを撫でまわすと、女性はため息交じりに甘いため息を一つ吐いて真っ白な男性のシャツのボタンに手を掛けてゆっくりとほどいて行きます。

「そうですか…。罪な男ですね」
「ふふふ…」

月の光のように金色に光る男性の瞳に魔法が掛かったように見つめられて、女性はそのまま男性にしな垂れるように抱かれました。男性の唇が女性の首筋の辺りを優しくそしてねちっこく撫でまわし、女性は悲鳴にも似た甘い声を出してのけ反り男性の愛撫を受け入れます。
誰も居ない静かな広い庭には、女性の甘い吐息が広がっていたのでした。

・・・・・・・・

 「は…っ!また睦み声だわっ!ちょっと…何皆ハッスルしてんのよっ!!今日皆いったいどうしたのかしらっ!?」

カツンカツンと12センチはあろうかというピンヒールで闊歩しながら、大胆にも太ももまでスリットの入ったタイトなロングドレスを翻してマリアはぷんすか怒りながらお城の見回りをしておりました。

「ったく…私だって超スイートなイケメンと朝までハッスルしたいのにっ!!なのに何で今日に限って見回りの当番なのよ…。ったく…見せつけてんじゃないわよっ!ほら、ヤルんだったら街に出てホテルに行って思う存分ハッスルしてヤッて来なさいよっ!!」

人気のない廊下で男女が絡み合っていたり、人気のない部屋に忍び込んで複数の男女が痴態を晒していたり…とえらくハッスルした様子を蹴散らかし、また自分も本来はハッスルしたかったのにという不満を当たり散らす様にマリアは廊下を闊歩しておりました。
そしてさらに奥へ奥へとお城の端へと進んで行き、大きな噴水が庭の真ん中に鎮座する人気のないお庭の方へとやってくると、どこから甘い猫なで声が聞こえてきたのを耳にし、キョロキョロと目を大きく見開いて辺りを見回しました。

「やだっ!ここでも誰かハッスルしているのねっ!?んもぅっ!!」

蹴散らかしてやるぞと言わんばかりに鼻息荒くマリアは辺りを見回すと、お庭の隅にあるガセホの中で激しく睦み合っている男女を発見いたしました。近づこうと一歩踏み出した時、激しくキスをした後に女性が顔をずらしてどこか見覚えのあるお顔にマリアの足が止まりました。

「やだっ!だいぶ盛り上がっているじゃないっ!ちょっと…ってあの女、ヴィンセント様といちゃこらして居た女じゃないっ!それにあの殿方…さっき廊下でシャルロット様やヴィンセント様と争っていた方…?じゃない??」

マリアはパッと階段の陰に大きな身を隠し、顔だけ出してガセホに居る男女の様子を伺っておりました。
濃厚なキスを終えると、男性は女性の首筋を執拗に愛撫し続けます。女性が甘いため息を放ち、のけ反って男性の愛撫を受けいれておりました。

「やだ…っ!このままここでハッスルするつもりかしらっ!自分たちだけ気持ち良くなってんじゃないわよって…違う違う…ハッスルするなら別のとこでハッスルしなさいよっって…え??」

男女の間に割って入ろうと立ち上がったマリアでしたが、男性が女性の首筋に思いっきり貪るように覆いかぶさった瞬間、女性は急に力をなくしたようにガクンッと大きく沈み込み動かなくなってしまい、男性が女性をそっと抱き寄せると、二人の姿は一瞬で消えてしまったのを見てその場に立ちすくんでしまいました。

「え…?」
「どうかされましたか?」

目をゴシゴシと擦ってもう一度マリアはガセホをジッと見つめましたが、やはりそこには男女の姿はなくもぬけの殻となっており、白い鉄製のガセホが月明かりに照らされているだけでした。近づいてみようとマリアが階段を降りようとした時、芳醇な甘い花の香りのする香水の香りとと共に心地よい低音の声がマリアの耳元に後ろから覆いかぶさってきました。

「ぎゃっ!!…ってあれ…?…え??」

野太い悲鳴を出して後ろを振り返ると、そこには先程ガセホに居たはずの金色の瞳の男性とそっくりな男性ががすぐ傍に立っておりました。

「…こんばんは麗しいマドモアゼル…」
「貴方…さっきそこのガセホに…」
「何のことですか?見間違いでは?私はあちらの道から歩いてきたんですが…」
「え…でも…その金色に光る瞳…さっきそこで女性とハッスルしてた人と同じ…。それに…貴方…シャルロット様と―――…」
「…シャルロット様とお知り合いで?」
「え…えぇ…。失礼ですがこのパーティーの招待客でいらっしゃいます?…ムッシュー貴方は―――…」
「申し遅れました。私はモンテフェルロト伯爵家のカルロ・ジャン・モンテフェルロトと申します。お見知りおきを…ミステリアスな麗しのマダム」

カルロ伯爵は懐から懐中時計を取出し、モンテフェルロト家の家紋をチラッとマリアに見せました。あまり見たことの無い珍しい家紋だったのでマリアはおや?と思いましたが、ナルキッス大国の貴族の印である水仙の模様が入っているのを確認すると頭を下げました。

「まぁそうでしたの!モンテフェルロト伯爵家…あまりお聞きしたことございませんが…ナルキッスのお方ですわね。これは失礼いたしました。私はマリア・ヴァン・イノクマ・ヴィッツレーベン…フランツ皇太子殿下の家庭教師と護衛を申し付かっておりますのっ!」
「モンテフェルロト家は小さい家ですからご存知ないの無理ありません。それにこのナルキッスは2000以上も貴族がおりますからね」
「ご無礼を…」
「いえ、とんでもないですよ、マリア殿。お近づきの印に…少しお話でも…」
「まぁ…❤」
「貴女のその黒曜石のように美しい黒髪に瞳…こんなミステリアスな魅力を持った方はそうお目に掛かれない…是非少しの間だけでも…」
「いやぁ~ん❤」

カルロ伯爵はパッとマリアの手を取り、腰の辺りにもう片方の手を添えて力強く抱き寄せました。少しお顔を見上げてマリアの瞳をジッと見つめ、そして艶やかに流れる美しい黒髪に手を添えて慈しむように撫でます。

「まるで昔見た絵巻物の東方の国の美女の様だ…美しい」
「まぁ❤ワタクシの祖母が東の大陸の『カゲロウ王国』出身の者ですの…」
「そうですか…なんて見事な…」

カルロ伯爵がマリアの髪を一掬いそっと自分の口元に寄せて口づけをすると、マリアの興奮は頂点に達したのか、壮大な音を立てて膝から見事に崩れ落ちました。驚いた伯爵はパッとマリアを抱きとめてずっしりとマリアの重みを感じて倒れないようにと支えます。

「マ…マリア殿?」
「伯爵ったら❤もうマリアは腰砕けですわっ❤」
「カルロとお呼びください、マリア殿…」
「カルロ様…❤」

月明かりに照らされ、金色に光るカルロ伯爵の瞳にマリアは目が離せずにおりました。そして伯爵の手がそっとマリアの鍛え上げられた背中の筋肉にそっと添えられて引き寄せ、二人はしばらく見つめ合っておりましたがやがてゆっくりと顔を近づけそのまま唇を重ね合わせました。

「ん❤カルロ様ったら…キスがお上手なのね❤」
「そういうマリア殿こそ…」
「まぁ❤そうやって何人の女性を殺してきたんですの?」
「…知りたいですか?」
「さっきだって…女性とハッスルしていらっしゃったでしょう?」
「?何のことですか?」
「んもぅ…とぼけちゃってっ❤ついさっきだって…そこのガセホで女性とハッスルしようとされてたじゃないですか」
「…おや?」
「その魅惑的な金色に光る瞳の方なんてなかなかいらっしゃいませんわ…」
「金色に光る瞳…」
「えぇ…とても美しい瞳でしたわ」
「…そうですか」

カルロ伯爵はまだ何か喋ろうとしているのを遮るかのようにマリアのぷっくりとジューシーな赤い唇をさらに自分の唇で覆いました。そしてさらに何度も何度も執拗に唇を重ね合わせます。
マリアはカルロ伯爵の濃厚なキスと、今まで嗅いだことの無いような伯爵の甘くて重厚な香りのする香りに頭がクラクラしてきてそのままうっとりと瞳を閉じて伯爵に身を任せます。するとガクンッと崩れ落ち、そのままゴンッという大きな音を立てて地面に突っ伏しました。

「…いやぁ…さすがに貴女の身体は支えきれませんでした。すみません、マリア殿…」

伯爵は地面に垂直に倒れ込んだマリアに申し訳なさそうに謝り、よいしょっと力を入れてマリアの腕を引っ張って少し引きずってベンチへと横たえました。

「筋肉って重いんですねぇ。やはり鍛えている人は違いますねぇ。そしてエネルギーも桁違いに濃厚だ…。これでしばらく数日はバラに頼らずに済みますね。ありがとうマリア殿」

伯爵はフフフ…と微笑みながらぐぅぐぅと寝息を立てるマリアの頬を優しく撫でました。

「さぁ…夜はまだ長い…。貴女も楽しい夢だけを見て少しの間お休みなさい…」

静かな夜の庭では虫の音とマリアの豪快ないびきだけが響き渡ります。
伯爵はふと夜空を見上げて、ぼんやりと金色に輝く月を見つめました。そしてフッと小さく微笑んだ後、金色に光る瞳をゆっくりと閉じてその場からスッと消えて行ったのでした。

・・・・・・・・

 「シャルロット様大丈夫かしら…?」
「どうやら泣き疲れて眠ってしまわれたみたいですね…」
「…いったいどうされたのかしら。ここ最近…ずっと何だか悲しそうですわ」
「明日はお元気なお姿を見せてくださったらいいんだけれど…」

セシルはコンコンコン…とシャルロット様のお部屋のドアをノックしましたが何のお返事もなく、ただ静かな夜が流れておりました。お部屋の前でメイドたちが心配そうに立ち尽くして中の様子を伺っております。
セシルはため息交じりにそうね…と小さく呟くと、メイドたちにもう休むように伝えてその場から下がらせました。もう一度お部屋の方をチラッと見ましたが、物音せず静かな様子から寝ていらっしゃるのだろうとセシルは思い小さくお辞儀をしてその場を去っていきました。
物音一つしないシャルロット様のお部屋のバルコニーに続く大きな窓がそっとゆっくりギィ…っと開き、風がカーテンを遊ばす様に揺らめかせております。
窓側に置かれているベッドには泣き疲れてドレス姿のままベッドに突っ伏しているシャルロット様のお姿かありました。宝石のような涙の粒に濡れた頬がぼんやりと月明かりに照らされております。

「シャルロット様…」

そっと優しく、誰かがシャルロット様の名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
開いている窓からス…っとぬるい風がシャルロット様の傍を通り抜け髪を揺らしました。

「ん…」

ゆっくりと伏せられている瞼を開け、まだぼんやりとした頭で辺りをキョロキョロと見回しまします。

「シャルロット様…」
「誰…?」

風にって広がる甘い声と覚えのある甘い香りのする方を探していると、ふと空いている窓の方へと視線をやりました。そしてゆっくりと窓をさらに開けて、バルコニーを覗きこむとシャルロット様はハッと息を飲みこみました。

「カルロ様…っ!」

窓の外の小さなバルコニーにはカルロ伯爵の姿があり、口元に手を当ててお静かにとジェスチャーをして微笑んでおりました。

「どうやってここへ…?」
「貴女を愛する気持ちが私に翼を与えてくれてここへやって来ました―――…と言うのは嘘で、あの梯子から登って来たんです」
「…カルロ様…」
「少し前に…窓から泣いていらしたのをお見かけしましたのでお慰めしたく貴女に会いに来たことをお許しください」
「やだ…見られていたの…?」

シャルロット様が恥ずかしそうにパッと後ろを向いてお顔を隠そうとすると、カルロ伯爵はそっと後ろからシャルロット様を抱きしめられました。

「シャルロット様…貴女のその悲しそうなお顔を見ていると…私もとても心が苦しい…」
「カルロ様…」
「シャルロット様…これを…」
「…これは」

カルロ伯爵はそっとご自身の小指にはめていた華奢なシルバーの指輪を抜き取り、シャルロット様の右手の中指にスッと差し込みました。

「貴女に幸運が舞い込みますように…お守りの指輪です」
「綺麗な指輪…」
「その指輪を…肌身離さずしっかりと持っていてください。何があっても必ずです…」
「えぇ…分かったわ。ありがとうカルロ様…」

シンプルなシルバーの指輪でしたがよくよく見てみると小さな赤いルビーが埋めこまれており、月明りにそのルビーがきらりと輝いておりました。
嬉しそうに指輪に見とれているシャルロット様の手を取って伯爵はしっかりと瞳を見つめながらそう優しく告げると、シャルロット様は天使のような愛らしい微笑みを浮かげて頷きカルロ伯爵に抱きつかれました。伯爵もそれに応え、しっかりとシャルロット様を抱きとめて艶やかな金髪の髪を愛おしく撫でておりました。

「そうだわ…!私、カルロ様にお会いしたらお渡ししなきゃって思っていたものがあるの」
「おや?」

シャルロット様はパッと伯爵から離れて、お部屋の中に駆け込んで行かれました。すぐに戻って来られて、ハンカチに包んだ懐中時計をカルロ伯爵の前に差しだします。

「…これは…貴女が持っていらしたんですか!よかった…!」
「先日のオペラでお会いした時に…カルロ様が落とされたのを拾ったの。またちゃんとゆっくりとお会いした時にお返ししたいと思って…ずっと持っていたの。ごめんなさい…」

カルロ伯爵は懐中時計を受け取ると安堵の表情を見せて愛おしそうにご自分の頬に寄せ、嬉しそうに微笑まれました。シャルロット様はそのお顔をご覧になって、よかったと思う反面、少し胸の辺りがモヤモヤとされるのを感じておりました。

「ありがとうございますシャルロット様…なんとお礼を申し上げたらいいものか」
「ううん…。カルロ様の大切な物なのにずっと私が持っていてごめんなさい」
「いえ、貴女が大事に持っていてくれて嬉しかったです」
「…その方は…カルロ様の恋人?」
「…!」
「勝手に中を見ちゃってごめんなさい…!」
「いえ、大丈夫ですよ」

シャルロット様はしまった、と言ったような表情をした後、どうしようとパニックになりパッと後ろを向いてしまいました。小動物の様に妙に忙しなく動いているシャルロット様の姿を見て、カルロ伯爵はプッと吹きだし後から優しくシャルロット様を包み込むように抱きしめました。

「…彼女はね、私の亡くなった婚約者なんです」
「亡くなった…?」
「えぇ…だいぶ前に…」
「…ごめんなさい!」
「どうして?」
「だって…お辛い思いを…思い出させているんじゃないかと…」
「…大丈夫ですよ。もう過去のことですから…」
「でも…」

カルロ伯爵の手をキュッと握り返し、シャルロット様はそっとお顔を後ろに振り返ってカルロ伯爵のお顔を見上げました。金色がかったアッシュグレーの瞳は優しくシャルロット様を見つめ柔らかく微笑んでおります。

「彼女は…ルチアは私の幼馴染で…とても美しく、そして聡明で清廉な女性でした。軽薄な私にはもったいないくらいの女性でしたよ」
「…そう」
「でも彼女は私の心の中でまだ生きている。私が生きている限りは…ずっと彼女は私の中からは消えずに永遠にここにいる…。ですが…思い出ばかりに浸っていても前には進めないでしょう?だから…大丈夫ですよ」
「…カルロ様」
「だからシャルロット様も後悔なさらぬようにして下さいね」
「…」

シャルロット様はもう一度キュッとカルロ伯爵の手を強く握りパッと振り返ってカルロ伯爵の胸にお顔を埋めるように抱きつきました。少し驚かれたカルロ伯爵でしたが、シャルロット様の背中にそっと手を置きポンポンと優しく撫でると、気持ちが解れたのかシャルロット様はポツリポツリとゆっくりと言葉を紡ぎだしました。

「…カルロ様と一緒に居ると、私…不思議ととても素直になれる気がするの…。でもね、ヴィーの前だといつも意地張ってケンカばかりしちゃうの」
「おや…」
「カルロ様がとてもお優しい方だからかしら…。意地悪で口うるさいヴィーと全然違うの」
「彼はきっと貴女のことを誰よりも思って心配しているからではないのですか?」
「そうかしら?仕事のストレスを発散するかのようにいつも顔合せたら小言やお説教ばっかり言ってくるのよ?心配とかそんなんじゃないわきっと…」
「そうですか?」
「そうよ!『私は姫様のお世話係ではない』っていつも言ってるけどなんやかんや言って…いつも一番に私の事に気が付いてくれて…いつも私のこと…世話焼きに来てくれるの」
「…シャルロット様?」
「今みたいにもっと素直になれたらいいのに…」

シャルロット様の瞳にはうっすらと涙が滲み、ゆっくりと瞬きをすると一粒の涙がダイヤモンドの雫のように流れて行きました。カルロ伯爵はギュッとさらに強くシャルロット様を抱きしめられました。

「大丈夫ですよ、もう少ししたらきっと彼の前でも素直になれますよ」
「…ホント?」
「えぇ…きっと」
「いつかそんな日が来るのかしら…」
「来ますよ、必ず。だから泣かないでくださいシャルロット様…」
「カルロ様…」

シャルロット様はカルロ様のお顔をゆっくりとお顔を見上げました。にっこりとまるで慈しむように優しい微笑みでカルロ伯爵はシャルロット様を見つめます。静かに瞬く星の下で、灰色に金色がかったその瞳に囚われたかのようにシャルロット様も伯爵を見つめ返しているのでした。

「ありがとうカルロ様…」
「いいえ」
「でも本当不思議…。カルロ様の腕に抱きしめられてのこの香水の香りを嗅いでいると…なんだかとても気持ちが落ち着くの」
「気に入っていただけましたか?」
「えぇ…。とても甘くて濃厚で不思議な香りだわ…」
Sainteサン・ Viergeヴィエルジュ…またの名をSanglantサングラン・ Roseロゼと言う花です」
Sainteサン・ Viergeヴィエルジュ…?」
「『聖処女』という名前の…真っ赤なバラですよ」
「…真っ赤なバラ…」
「血のように真っ赤に咲くバラの花です。だから別名Sanglantサングラン・ Roseロゼ…『血まみれのバラ』と呼ばれるようになったんですよ」
「…血のように…?」
「えぇ、怖いくらいに美しい花です。貴女にも見せて差し上げたい…」
「見てみたいわ…。約束したじゃない、カルロ様のお庭のお花を見に行くって」
「そうですね。必ず…」
「…約束よ、カルロ様…」
「えぇ」

シャルロット様はご自分の背中に回っているカルロ伯爵の手をそっと離して胸の前に持って行きキュッと強く握り、天使のような愛らしい微笑みを浮かべました。
ほんの一瞬、その微笑みを受けたカルロ伯爵は驚かれたのか言葉に詰まられましたが、すぐにシャルロット様の手を取られてその手に優しくキスをされました。

「…約束の印に…」
「カルロ様…」

もう一度伯爵はシャルロット様の華奢な身体を引き寄せて包み込むように抱きしめました。そして少し頬が紅く染まっているシャルロット様のお顔に手を添えてお顔を上げさせると、エメラルドのように輝く瞳の上にそっとキスをし、そのままゆっくりと唇を滑らせて頬をなぞります。そしてそのままさらにゆっくりと下に流れさせ、白くて細い首元にそっと唇を這わせました。
ん…っとシャルロット様の口から吐息のような小さな呼吸が漏れるのを見た伯爵はそのままその白くて細いうなじにそのまま唇を押し当てました。

「あ…っ」

何か吸われていくような感覚を感じたシャルロット様は身体が熱くなる感覚に囚われました。ん…と小さく声を出してその唇から抗おうとしますが、カルロ伯爵の強い力から逃れられることが出来ずにそのまま伯爵の熱い口づけを首筋に受けながら小さく身悶えをしておりました。
満足されたのかしばらくして伯爵の唇が首元から離れると、シャルロット様は膝からガクッと砕けるように倒れそうになりました。伯爵は優しくシャルロット様を抱き寄せ、少し熱を帯びているその肌を愛おしそうに抱きとめます。

「…カルロ…さま?」
「私の印です、シャルロット様…悪い虫が付かないように」
「…印…?」
「えぇ…貴女は私の―――…」

だんだんと頭がぼんやりとし始め、シャルロット様は全身の力が抜けていく感覚を覚えました。そしてカルロ様が何か言っているのも聞こえなくなっていき、眠るように全身をカルロ伯爵に預けて倒れ込んでしまいました。

「…まだ貴女には刺激が強かったですかね…。すみませんシャルロット様…」

名前を呼びかけても反応はなく、まるで人形のように静かに眠っていらっしゃるシャルロット様のお顔を見つめて微笑むと、伯爵はそのままシャルロット様を抱きかかえました。

「本当に天使のように無垢ですね、貴女と言う方は…」

スゥスゥと小さな寝息を立てているシャルロット様の寝顔を見て伯爵は微笑むと、おでこにそっと優しくキスをしました。まるで母親の腕に抱かれる赤ん坊のように無防備にシャルロット様はぐっすりと寝入っております。

「さぁ…今日は疲れたでしょう、素敵な夢を見てゆっくりとお休みください…」

伯爵は窓から部屋の中に入って行きベッドにそっとシャルロット様を寝かせると、頬に優しくキスをしました。

「おやすみなさい…」

優しく微笑み、伯爵は静かに窓を閉めると空の月を見上げました。月の光を移したかのように光るその金色の瞳が妖しく輝きだすと、どこからでもなくもやが伯爵を包み込みました。そしてネイビーのマントをバサッと翻すともやが一瞬で消えてなくなり、そこにはカルロ伯爵の姿もありませんでした。
少しだけバラの残り香が残ったバルコニーでは、ただ静かな夜の闇が広がっているだけだったのでした―――…。
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初昔 茶ノ介
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 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

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