ローザタニア王国物語

月城美伶

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Jardin secret ~秘密の花園~

第36話

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…………………………

 200年。
暗い闇の閉ざされた世界で私はずっと待っていた。
戦いで力を無くし、まるで赤子のような力しか持たない私は静かにこの地でずっと復活の時を待っていた。
欲望にまみれた愚かなる人間の邪念。
怒り、恐怖、悲鳴、泣き声…すべて私の活力。
少しずつそれを蓄えながら徐々に復活の時を待っていた。
そして思いがけず時は来た。

200年前に朽ち果てた古びた教会の中。
ある少女の花が散らされ、殺され、その血が私に注がれた。
そして私は再びこの世に戻ってきた。

力を取り戻すために多くの女子供の生贄を必要とした。
恐怖を感じてあげる叫び声や泣きながら助けを乞う声は全て私の栄養となった。
何の汚れも無い真っ白で小さな身体に流れるその血と穢れを知らない魂こそが極上の生贄。
少女や少年たちを喰らうたびに私はどんどんと強くなっていく。
だが渇いていた私の身体はもっとたくさんの力を欲しがった。
もっとたくさんの生贄を。
もっと強い力を持った生贄を。
そして200年ぶりにまた最高の生贄を見つけた。

シャルロット姫。
穢れを知らない無垢な身体と心。
彼女こそが私が求めているモノ。

さぁ、今宵彼女を喰うのだ。
お前はそこで指を咥えて見ているがいい。
彼女の涙で彩られた恐怖の悲鳴のアリア。
助けられなかったお前の苦しみや絶望、怒りの三重奏。
宴の始まりだ―――…。

…………………………

・・・・・・・・

 「足元が暗いので…お気を付け下さい」 
「まさか教会の祭壇の裏から地下シェルターに繋がっている通路があるとは驚きですね」

バードリー神父に先導されてウィリアム様とヴィンセントは再び教会へと戻って来られました。祭壇の脇にある隠しボタンをバードリー神父が押すと、質素ながらも重厚な木製で出来た祭壇が鈍い音を立てて動きだし、地下に続く階段が姿を現しました。驚いているお二人を促してバードリー神父は階段をゆっくりと降ります。
三人の足音しか聞こえない静かな空間にピチョンピチョン…とどこかで水が落ちる音が響き渡りました。

「…この地下は…どうやって?」
「元々この教会の前は古代文明の地下神殿の跡だったようです。1000年前ほどの地下神殿だったようですがとても頑丈な作りだったようなので、教会が有事の際にシェルターとして活用できるようにと、少し改築したものだそうです」
「へぇ…」

いくつか階段を降り、三人は薄暗い狭い通路を経て少し明るい開けた空間へと出てきました。
お香が焚かれているのかほんのりと甘くて重厚なバラの香りが辺りを漂います。

「…お香を焚いているんですか」
「えぇ…。地下ですので少しカビ臭いので」

ヴィンセントはふぅ…と溜息のように息を吐くと辺りをぐるっと見回しました。少し先の方に大きな大理石のような石で出来たような立派な扉があるのを見つけたのでそちらに近づこうとすると、それに気が付いたバードリー神父に呼び止められました。

「あ!勝手に動かれては危険です!」
「え?…っ!」

バードリー神父はその声に反応して振り返ったヴィンセントの手を引っ張って寄せました。

「…っ!?」
「もう少し進まれますと、矢が飛んでくる仕組みになっているんです」

そう言って先ほどまでヴィンセントが居た場所に立ち、少し前に進むと壁の右側から数本の矢が飛んできて左側へと突き刺さりました。

「…っ!ねっ!?申し上げた通りでしょう?勝手に歩かれては危険なんです!」
「それはそれはすみませんでした」
「間違った通り道を通ると…賊退治のために色々とした仕掛けが飛び出してくるようになっているんです」
「へぇ…。神父殿、お顔に掠っておりますが大丈夫ですか?」
「えぇ…これくらいの傷はすぐ治りますから…」

ツーッとバードリー神父の頬に矢が掠った切り傷が出来ておりましたが、バードリー神父はあまり痛くなかったのか袖口でササっと傷を拭い何事も無かったかのように再び歩き出し、トラップを避けて進み始めました。その後ろをウィリアム様とヴィンセントは続いて行きます。
バードリー神父は大きな扉の近くにやって来ると扉を囲むように装飾されているレリーフの中にある、イチジクの実を食べている聖女にそっと手を添えると、ガチャガチャガチャ…と機械仕掛けの音が鳴り施錠が外れ、扉がゴゴゴゴゴ…と大きな音を立ててゆっくりと開き出しました。

「さぁどうぞ…」

扉の先は薄暗い空間が広がっており、壁に立てかけてあるいくつかの蝋燭の光が仄かにぼんやりと灯っているだけでした。ヴィンセントはランタンを掲げ、暗いお部屋の中を見通そうと辺りを見回しました。部屋にはバラと何やらほかに色々な香りを混ぜたようなお香の香りが充満しており、その甘ったるさにヴィンセントは胸やけを起こしそうでしたが、グッと堪えて顔をしかめながら部屋の中にゆっくりと入って行きました。

「…っ!」
「これは…っ!!」

ウィリアム様とヴィンセントは薄暗い部屋の中から目に飛び込んできたモノにとても驚きました。
そこには古代文明の神殿がそっくりそのままそこには残っておりました。数本もの巨大な柱が立ち並んだ先には石造りの階段があり、さらにその先の壁には異教の邪神の像が煌々と輝く松明の光に照らされて飾られておりました。
そしてその邪神の像の前には祭壇のようなものがあり、その上に白いドレスを着た人が眠っているように置かれておりました。
たくさんのバラの花に囲まれてスヤスヤと寝入って微動だにせずにいるその人物は―――…シャルロット様でした。

「…姫様っ!!?」
「シャルっ!!」
「…動かないでください、お二人とも」
「っ!?バードリー神父殿っ!?」

二人がシャルロット様の方に駆け寄ろうとした時、後ろかバードリー神父の声が部屋に広がりました。振り返ったヴィンセントの胸にそっと銃を突きつけ、金色に輝く瞳をしたバードリー神父はニヤリと笑い顔を近づけてきました。

「聖職者って便利ですよね。だって誰も疑わないんですから」
「金色に光る瞳…まさか…」
「ふふふ…皆同じこと言うんですよねぇ」
「貴方は…吸血鬼…だったのか…」
「えぇ陛下…ね?誰も疑わないでしょう?神を愛し、その教えを伝道する神父が吸血鬼だったなんて…。おかげでたくさん美味しい目を味あわせていただきましたよ。私を人畜無害の聖人だと思い…吸血鬼だと一ミリも疑いもせずに寄ってくる女たち。少し優しくて素朴な青年を演じるだけで女たちは騙され、ほだされる。…そしてそんな警戒心のない無垢な女たち泣き叫ぶ女の柔らかい肌にこの牙を刺すあの快感…。思い出すだけでゾクゾクしちゃいますね」
「クソ野郎が」
「高貴な割にはお口が悪いですね…ヴィンセント殿」
「おおかた、人間だった時も同じようにうら若き乙女たちを誑かしてきたんでしょ。で、教会の総本山アルカディアのメンバーだったのに破門されたわけなんですね」
「なぜそれを知っている…?」
「おや、正解でしたか。まぁどうでもいいです。…いかなることも必ず調査する、それが私の信条です。何か色々と…こう教会の中の連携が取れてなくて腑に落ちず疑問に思うところがあったんですよ。だから教会の総本山アルカディアに連絡を取ってもらって調べてもらいました。『裏切り者がいる場合は伝書鳩に光りモノをつけて飛ばしてくれ』と伝えたところ、ここに入る前にそれで帰って来たんですよ。だから元々貴方を信用していなかったんですが…まさか本当に吸血鬼だったとはね」

ヴィンセントがハッとバードリー神父を嘲笑しました。裏でこそこそ手を回していたヴィンセントの慎重さにバードリー神父は一瞬驚き関したそぶりを見せましたが、すぐにもフンッと鼻で笑い飛ばし血走る目を見開いて大きな声で笑い始めました。

「は…っ!こそこそと嗅ぎ回っていたわけですか!さすがは小賢しいヴィンセント殿だ!!」
「薄汚い貴方に褒められても何も嬉しくないですね」
「清らかな貴方方には分かるまい!背徳に満ちたこの行為こそが快感…この世で最大の麻薬だ!!…貴方方もとても美しいですから…たっぷり味あわせていただきましょう。特にヴィンセント殿…貴方のようなクセモノが私の腕の中で血を吸われながら快楽に悶えて乱れ狂う様をとくと見たい…」
「…あいにく快楽を味あわせる方が私も好きなんですよ」
「はっ!強がっていられるのも今の内ですよ…」

ウィリアム様が剣杖に手を掛けようとした時、バードリー神父はパッとそちらに目をやりました。瞳がさらに強く光りだして、その瞳と目が合ってしまったウィリアム様はそのまま動くことが出来なくなってしまいました。

「陛下っ!」
「…動かないでくださいって申し上げたじゃないですか」
「くそ…っ!」
「…シャルロット様とそっくりのその美しいお顔。それに…服の上からでも分かる逞しくて立派な体躯。あぁ…高貴な貴方方の魂は恐ろしく極上なんでしょうね。大丈夫ですよ、貴方方は特別です。丁寧に…綺麗に骨の髄まで食べて差し上げますからご安心ください」
「っ!」
「どうやらシャルロット様には…護符が施してあるようですね。私も昔教会の総本山アルカディアで護符の作り方を習いましたが…これ以上にこの護符は高度でね…解除が難しいんですよ。まぁシャルロット様はメインディッシュなんであとからゆっくりいただくとして…まずは前菜として貴方をいただきましょうか」
バードリー神父は銃口を突きつけたままヴィンセントの身体をなぞる様に滑らせます。嫌悪感に満ちた顔で睨みつけると、バードリー神父はグイッとヴィンセントの髪を掴んで引っ張りその顔を凝視しました。

「アメジストの様に鋭くて美しい…」
「そんな美辞麗句聞きなれているんですよ」
「…でしょうね。貴方方の美しさは桁違いだ…。今まで見てきた人間の中でも極上に美しい」
「王族なんだから当たり前でしょう」
「自信家ですね。…その顔が私の手によって淫らに落ちて行く様が見られるのが…楽しみですね」
「神父のくせに悪趣味ですね」
「…愛欲に正直で何が悪い?生殖は人間の本能でしょう?」
「…吸血鬼のくせに?」
「…っ!」
「ヴィンセントっ!!」

ハッと嘲笑したヴィンセントに腹を立て、バードリー神父は銃でヴィンセントの頬を殴りました。ペッと切れた口の中の血を吐き捨て、ヴィンセントはバードリー神父を睨みつけて馬鹿にしたように鼻で笑いました。
その態度にさらに腹が立ったのかバードリー神父は数回ヴィンセントを殴ると、下を向いているヴィンセントの顔を上げようと胸ぐらを掴みます。それでも睨みつけてくるヴィンセントに逆上してバードリー神父は思いっきりヴィンセントの制服を引き裂きました。殴られて少し弱ったヴィンセントはその衝動でよろめいて下を向いております。
露わになったヴィンセントの白くてきめ細やかな肌と細くも意外としっかりとした首筋を見てバードリー神父はゴクリ…と喉を鳴らし鼻息荒く牙を露出させて近寄ってきました。

「ヴィンセントっ!!」

一歩も動けずにいるウィリアム様はありったけの声を出してヴィンセントの名前を叫びました。下を向いているヴィンセントがハッと顔を上げた瞬間、バードリー神父の牙がヴィンセントの首筋に襲いかかってきました。

「…っ!!」
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