ローザタニア王国物語

月城美伶

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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~

第4話

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 「聞いたぞシャル、今日も数学の授業をサボったんだって?」

さてさて日も暮れて、深い夜の闇が辺りを覆う頃です。
お城の奥にあります派手さはないものの質の良い調度品に彩られた食堂ではローザタニア王国の国王陛下である、シャルロット様の兄上のウィリアム様とシャルロット様が向かい合ってディナーを召し上がっておりました。
少し辛口のさっぱりとした白ワインを飲みながら、エメラルドのように美しい瞳で優しくシャルロット様を見つめております。

「だって…サリバン先生すぐ怒るんだもの。ちょっと計算ミスしただけとかですぐに怒るのよ!だから怖いから嫌なの」
「だからってサボるのはダメだろう」
「でも一緒の空間にいるのも辛いわ」
「うーん…でもいつまでも逃げているばかりではお互い分かり合えないだろう?一度ちゃんと先生と向き合ってみてはどうだ?」
「…」
「そうですよ姫様、少し大人になって見られてはいかがですか?貴女を探しに走り回る皆のことも考えてあげてください」
「ヴィンセントの言うとおりだな。お前も少し譲歩しなさい」
「…分かったわ。次はそう努力してみるわ」
「珍しく素直ですね」
「んもぅ!ヴィーうるさいわよ!」

シャルロット様は相変わらず要らないツッコミを入れてくる、後ろに控えているヴィンセントに頬っぺたを膨らませながらプリプリと怒っております。
まったく…と言った呆れた視線でヴィンセントはシャルロット様をチラッと見て、腕を組んでまた一つ溜息を洩らしました。

「まぁまぁ二人とも…。で?今日は授業をサボってお庭で何をしていたんだ?」
「ノアと一緒に、大噴水の近くのベンチで日向ぼっこしていたの。でもノアが奥の森に入って行っちゃったから追いかけて…今日は森の端の『光の塔』の近くまで行っちゃったわ」
「ずいぶん奥まで行ったんだな。あそこは儀式に使う大切な物も置いてあるからあんまり近寄ったら駄目だぞ」
「分かっているわよ!あそこは儀式の時以外立ち入り禁止だってノアにも言ったけど、ノアが中に入りたそうで大変だったわ」
「そうか。で、ちゃんと連れ戻したわけか」
「もちろんよ!で、戻ってくるときに久々にヴィーのお家の前を通っていたら、開いていた窓からノアがそこに入り込んじゃったの」
「おや」
「追いかけようとしたら、たまたまヴィーが通りかかって中に入れてくれたわ」
「もう少しで不法侵入されるところでした」
「だからごめんなさいってば!そうそう!久しぶりにヴィーの淹れてくれたお茶を飲んだの!相変わらず美味しかったわ!」
「へぇ」

後ろから容赦なく溜息と共に入ってくるヴィンセントのツッコミに素早く反応しつつも、シャルロットッ様はエメラルドのように輝く瞳をさらにキラキラとさせてウィリアム様の方を見てニコニコと笑顔をさく裂されておりました。
ウィリアム様も少しほろ酔い気分だからでしょうか、ニコニコと微笑まれながらシャルロット様を優しく見つめて耳を傾けております。

「私も飲みたかったなぁ」
「羨ましいでしょ!ヴィーの淹れてくれるお茶なんていつぶりかしら!とってもまろやかで飲みやすくて一番好きなの!」
「おい、ヴィンセント、私にも是非淹れてくれよ」
「…陛下はお茶よりもお酒の方が良いでしょ」
「そうだな、まぁお前は甘い物苦手だし、お前と飲むのはお茶よりも酒の方かな」
「んもぅ!お兄様ったら…少しお酒もお控えになられたら?」
「んー?そうか?」
「そうよ!ほぼ毎日飲まれているし…お身体が心配だわ」
「そうか?」
「ねぇお兄様、シャルのためにもお願い」

席は大分離れてはおりますが、それでも分かるほどキラキラ輝く瞳でシャルロット様はジッとウィリアム様の方を心配そうに見つめられます。さすがのウィリアム様もう…っと何やら響いたのでしょうか、手に持たれていたグラスをそっとテーブルの上に置かれました。

「まぁ…少し控えるようにするかな…。今日はこれで止めておくよ」
「嬉しい❤」
「明日はリーヴォニア国のアドルフ陛下とそのご子息のゲルハルト王子が来られるしな」
「あ、そう言えば明日だったわね」
「姫様、ちゃんと大人しくしててくださいね」
「分かってるわよ!んもぅ…ヴィーったらホント口うるさいんだから!」
「お客様の間で、今日みたいに泥を付けた格好で現れないでくださいね」
「そんなのしないわよ!」
「…どうだか」
「大丈夫よ!明日は嫌いな授業もないし、大人しくずっと部屋に居るわよ」
「…約束破ったらもう金輪際、絶対に紅茶は淹れてあげませんからね」
「う…っ!それは嫌だわ…っ!!分かったわ、神の名に懸けて誓うわ…っ!!」
「たいそうな誓いですねぇ…」

大好きなヴィンセントの紅茶が飲めないのは嫌だ、と思われたのか、シャルロット様はいつになく真剣なお顔でヴィンセントの顔を睨みつける勢いの目力で見ておりました。呆れたようにヴィンセントは大きく息を吐き、シャルロット様がパッと振り返られた時に落とされた膝の上のナプキンを拾い上げ手渡しました。

「確か明日は11時頃にこちらに来られてランチの後大使たちも含めての会談だったな。その後は…歓迎パーティがあって…で、5日間の滞在だったな」
「その通りです」
「5日もいらっしゃるのね」
「リーヴォニア国のヴィリニュスととウチのヴァランが姉妹都市になったからな。リーヴォニア国は国として初めての姉妹都市の提携を結ばれたそうだから、調定式に国王陛下自ら来られる…と言ったわけだ」
「ふーん。ご子息のゲルハルト王子も来られるのね」
「後継者としてのお披露目もあるんだろうな」
「それと、他の奴より先駆けて姫様とお近づきになろうって魂胆でしょう?」
「え?」
「ゲルハルト王子は確か17になられたとか。リーヴォニア国一のヴィリニュス大学を飛び級で主席卒業された秀才との誉れです。そして亡くなられてしまいましたが絶世の美人として誉高かった母君のカトリーナ皇后に似ていらして、なかなかのイケメンだと最近の社交界のマダム達の間ではちょっと噂になっているそうですよ」
「ふーん」
「興味なさげですね」
「社交界ってそう言う噂ばっかりね!なんだかとても疲れちゃう」
「それが大人の世界ってもんですよ姫様」
「まるで人を物みたいに品定めしちゃって…あんまり好きじゃないわ」
「…そのうち慣れますよ」

メインのお料理を食べ終わったところで給仕係の者たちがタイミングよくお皿を下げてくれました。そしてデザートまでの間に、さっぱりとしたブドウのソルベとカモミールティーを持って来てシャルロット様の目の前にそっと置かれます。

「そう言えばヴィンセント、後で私の書斎に来てくれないか?二人だけで話したいことがある」
「…は」

カップを片手に、ウィリアム様はヴィンセントの方をチラッと向いて話しかけました。
ヴィンセントはすぐに承知いたしました、と少し頭を下げます。
シャルロット様は頭上で交わされる二人のやり取りを追っておりましたが、ヴィンセントの方を小首を傾げて覗き込みます。

「なんですか?」
「ヴィー何かしたの?」
「今日は普通にいつも通りの仕事と、あとは姫様の相手しかしてません」
「…何よ、そんな厭味ったらしく言わなくたっていいじゃない」

語尾強くヴィンセントが協調するように答えると、シャルロット様はぷくっと頬を膨らませてヴィンセントを見つめ返しました。

「というかお食事中後ろを振り返らないでください、お行儀悪いですよ」
「じゃあヴィーも座ればいいじゃない」
「や、私臣下なんで」
「親戚なんだからヴィーも一緒にご飯食べればいいのよ」
「いやいや、確かに陛下と姫様とは父方の親族ではありますが、私はただの一家臣です。恐れ多くもお二人とは立場というものが違います」
「別にそんなの関係ないと思うわ!ヴィーは家族同然でずっと一緒にいるんだし別に構わないと思うんだけど」
「他の者に示しがつきません」
「でも―――…」
「シャル、その辺にしておきなさい。紅茶が冷めるぞ」
「お兄様…っ!」
「シャル」

まだまだ何か言いたそうなシャルロット様にウィリアム様の力強い声が被さります。少し強い瞳でシャルロット様のを法を見つめると、さすがにシャルロット様も何も言えなくなってしまいグッと言葉を飲み込んでしまいました。

「…分ったわ」
「うん。さぁ今日のデザートは何かな?」
「はい…本日は栗のクリームブリュレでございます」

セバスチャンがスッと静かに落ち着いた声で答えると、さささっと給仕係の使用人たちが素早くウィリアム様とシャルロット様の前にデザートのお皿を置きました。
いつもならデザートが置かれた瞬間にぱぁ…と自然に笑顔あふれるシャルロット様でしたが、本日はどこか浮かない顔でじっとクリームブリュレを見つめておりました。
ウィリアム様は息を吐くのと同時に聞こえないくらいの小さなため息を漏らし、シャルロット様を見つめると、さぁいただこうかと優しく声をかけて促しました。
ヴィンセントに下がっていいぞ、と声をかけて退席を促します。すっとお辞儀をしてヴィンセントは静かに食堂を去っていったのでした―――…。
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