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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~
第3話
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「あ!ねぇ、ノアちょっと待ってってば!」
穏やかな午後の日差しが降り注ぎ、森の中の陽だまりを一匹の黒猫が飛び跳ねるように走り回っておりました。そしてその後ろを一人の少女が追いかけて森の中を走り回っております。
ノア、と呼ばれたその猫は少女の呼びかけに反応すること無く悠々と森の中を駆け回っておりました。時おり、首に巻かれている赤いリボンについている鈴がチリン…と鳴っております。少女はその音を追ってノアのあとを追っております。
温かな太陽の日を浴びて金色に光る艶やかなウェーブのかかった髪をたなびかせた少女は、ノアに負けじと颯爽と森の中を駆け回ります。
どれくらい走ったでしょうか、どんどんと森の奥へと進んで行くと目の前が開かれ、ノアとその少女は石造りのこじんまりとした塔のような建物が姿を現しました。
ノアは気にせず、その建物の方へと近づいて行きます。
「あ、ノア…ダメよ!この中に入ったら怒られるわ!」
少女はノアの身体をパッと優しく抱き上げました。ノアは少し不満げな様子で少女の顔を見上げます。
「遊びに行きたかった?ゴメンね。でもここは春分の日の儀式の時しか足を踏み入れたらいけない神聖な場所なの」
「んなぁー」
「また春になればその儀式があるわ。その時にノアも一緒に参加しましょ?そしたら中に入れるかも知れないわよ?」
「なーん」
ノアは少女の言葉が分かっているのか、喉をグルグル鳴らしております。
少女はその建物に一礼すると、ノアを抱きかかえたまま向きを変えて来た道を戻り始めました。
二人はそのままゆっくりと森の中を歩いております。途中、抱かれるのが窮屈になったのかノアがその少女の腕からスルッと降りてしまいました。しかしまたなーんと一言鳴き、少女の顔を見上げて元来た道をゆっくりと戻り始めました。
少し歩き続けていると、また道が開けて今度は小さなアイボリー色の洋館が目の前に現れました。
そしてノアはその建物の方へとタタタタ…っと早足で歩き出し、不用心にも開いているテラスの窓からピョンッと洋館の中へと入って行ったのです。
「あ…ノアっ!」
その少女が慌ててノアを追ってテラスから洋館の中へ入ろうとしたその時、少女の腕が引っ張られてフワッと宙に浮きました。
「きゃ…っ!」
「不法侵入ですよ、姫様」
「ヴィー!」
その少女―――…ローザタニア王国のプリンセスであるシャルロット様は、スッといつの間にか後ろにいたヴィンセントに抱きかかえられてしまいました。
「…何勝手に私の家に入ろうとしてるんですか」
「ごめんなさい…。ノアのあとを追っていたの」
「…小さい子供じゃないんだから、猫を追って行かないでください」
「だからごめんなさいってば!ねぇ…降ろして?」
「ったく…」
ヴィンセントはゆっくりとシャルロット様を降ろすと、テラスの窓を開けて中に入って行きます。チラッと振り返り、どうぞとシャルロット様にも声を掛けて中へとご案内するとシャルロット様は満面の笑みでいそいそと洋館の中へと入って行かれました。
・・・・・・・・
「相変わらず何もないね」
「無駄なものが嫌いなんですよ…って何くつろいでるんですか」
「ねぇヴィー、喉が渇いたわ」
「あいにくメイドは数日置きの午前中までしかいないんですよ」
「知ってるわよ」
「…」
小さなアイボリー色の洋館に入り込んでしまったノアを捕まえるために、その洋館―――…ヴィンセントの屋敷の中に通されたシャルロット様は、素早くまだ窓の近くに居たノアを捕まえると、ぐるっと部屋の中を見回しふぅ…と一つ息を吐かれました。
部屋を彩る装飾品がほとんどなく、部屋の真ん中にポツンと置かれているクリーム色の猫足ソファーに腰をおろし、んーっと大きく伸びをして背もたれに思いっきりもたれ掛りました。
そんなシャルロット様を見てヴィンセントは溜息をついて呆れた目で来ております。
「ヴィーの淹れたお茶が飲みたいの」
「…」
「ねぇ、久々にヴィーが淹れたお茶が飲みたいの。お願い、淹れて?」
「…少しお待ちください」
「やったぁ❤」
「ったく…本当に仕方ないですね」
「だってヴィーが淹れるお茶美味しいんだもの。でもなかなかそう言う機会無いじゃない?せっかく久しぶりにヴィーの家に入れてもらったんだもの!飲みたいわ」
「茶葉はダージリンしかありませんよ?」
「大丈夫よ」
「…ノア様がその辺引っ掻かないようにちゃんと見ておいてくださいよ」
「分かったわ」
ぶつくさと文句を言いながらヴィンセントは客間を出てキッチンの方へと向かって行きました。
シャルロット様は久々のヴィンセントが入れてくれるお茶を期待しているのか、ニコニコと満面の笑みでその後ろ姿を見送ります。
「うふふ❤楽しみね、ノア」
シャルロット様はソファーの横にピョンッと飛び乗って来たノアの頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして応えてくれております。
ふと、シャルロット様は再びぐるっと部屋の中を見回します。
「本当に何もないわねぇ…」
白を基調とした客間には、アイボリーの猫足ソファーの応接セット以外に家具はなく、暖炉の上に写真立が一つ置かれているだけでした。
シャルロット様はスッと立ってその写真の方へと近寄って行かれます。
写真立を手に取り懐かしそうにその写真を見返していると、シャルロット様の頭上から声が降りかかります。
「何見てるんですか」
「あっ!」
パッと写真立を奪われシャルロット様がお顔を上げると、ヴィンセントが呆れたようにシャルロット様を見下ろしておりました。
「…勝手に触らないでくださいよ」
「ごめんなさい…ちょっと懐かしくて」
「人の家族写真がそんなにも懐かしいですか?」
「だって…亡くなられたアルベール小父様とヴィーのお母様…ヴェアトリーチェ小母様が写ってるじゃない。それにヴィーも幼くて可愛いんですもの」
「まぁ十数年前の写真ですからね」
「ヴィーいくつくらいかしら」
「母が亡くなる前なので5歳くらいですかね」
「可愛いー❤こんなにも天使みたいに可愛かったのに…どうしてこうなっちゃったのかしら」
「姫様ケンカ売ってます?」
あはは…とあっけらかんと笑うシャルロット様を見てヴィンセントは呆れたようにまた溜息をつくと、シャルロット様から取り上げた写真を元の場所に戻しました。
「…ってそんなアホな事している場合じゃありません。お茶一杯飲んだらさっさとお城に戻りますよ」
「嫌よ!数学のサリバン先生怖いから授業受けたくないもの」
「貴女が真面目に受けないからでしょう」
「だって、ちょっと計算間違えただけでキーキー嫌味言うのよ?そんなの嫌だわ!」
「…アホな事ばっかりしてるから先生だって怒るんでしょう?」
「そうかしら。ただ私の事が嫌いなだけかもよ?」
「まぁそれも一理ありますが…姫様ももう少し大人になりましょうよ」
「…分かってるわよ。でももう少し皆に甘えたいじゃない?」
「甘えすぎですよ」
「だって!お兄様もヴィーも寄宿学校に行ってて5年ほど全然会えなかったじゃない?それに…そのうちお兄様やヴィーは…結婚してしまうかも知れないじゃない!そうなると大々的に甘えられないわ!」
「はぁ…」
「奥さんがいるのに妹がベタベタしてたら奥さん的に嫌じゃない?だから二人ともフリーの今の内に超甘えとくのよ!だったら誰も傷つかないでしょ?」
「…そうですか。もう少しでお湯が沸くので座って待っていてください」
「はぁーい」
シャルロット様の話を呆れた様子で聞いていたヴィンセントは、ポンッとシャルロット様の肩をたたき再びキッチンの方へと戻っていきました。
珍しく素直に言うことを聞いて、シャルロット様はソファーの方へ戻っていきました。そして大人しく待っているとお茶のセットを手にヴィンセントが客間へと姿を現しました。
「一杯だけですよ?」
「分かってるわよ」
ポットからキラキラとした赤褐色のお茶がカップに注がれます。ほんのりと香ってくる少しスモーキーな香りが鼻に抜けていきます。どうぞ、とヴィンセントはシャルロット様の前にカップをそっと置きました。笑顔でシャルロット様は受け取り、スッと一口口に含みます。
「やっぱりヴィーの淹れてくれるお茶が一番美味しいわ」
「お褒めいただき光栄ですが、ばあやが聞いたら泣きますよ」
「…そうね。じゃあ言わないでおくわ」
満足そうにシャルロット様は微笑みながらシャルロット様は紅茶を飲み続けます。そんな様子を向かいのソファーに座ってヴィンセントも紅茶に口を付けました。
くぁ…とシャルロット様の隣に座っているノアが大きなあくびをしました。
ふわっと開いている窓からやさしい風が流れてきました。お二人はまるでさざ波のような葉擦れの音を聞きながら珍しく穏やかな時間を過ごしているのでした。
穏やかな午後の日差しが降り注ぎ、森の中の陽だまりを一匹の黒猫が飛び跳ねるように走り回っておりました。そしてその後ろを一人の少女が追いかけて森の中を走り回っております。
ノア、と呼ばれたその猫は少女の呼びかけに反応すること無く悠々と森の中を駆け回っておりました。時おり、首に巻かれている赤いリボンについている鈴がチリン…と鳴っております。少女はその音を追ってノアのあとを追っております。
温かな太陽の日を浴びて金色に光る艶やかなウェーブのかかった髪をたなびかせた少女は、ノアに負けじと颯爽と森の中を駆け回ります。
どれくらい走ったでしょうか、どんどんと森の奥へと進んで行くと目の前が開かれ、ノアとその少女は石造りのこじんまりとした塔のような建物が姿を現しました。
ノアは気にせず、その建物の方へと近づいて行きます。
「あ、ノア…ダメよ!この中に入ったら怒られるわ!」
少女はノアの身体をパッと優しく抱き上げました。ノアは少し不満げな様子で少女の顔を見上げます。
「遊びに行きたかった?ゴメンね。でもここは春分の日の儀式の時しか足を踏み入れたらいけない神聖な場所なの」
「んなぁー」
「また春になればその儀式があるわ。その時にノアも一緒に参加しましょ?そしたら中に入れるかも知れないわよ?」
「なーん」
ノアは少女の言葉が分かっているのか、喉をグルグル鳴らしております。
少女はその建物に一礼すると、ノアを抱きかかえたまま向きを変えて来た道を戻り始めました。
二人はそのままゆっくりと森の中を歩いております。途中、抱かれるのが窮屈になったのかノアがその少女の腕からスルッと降りてしまいました。しかしまたなーんと一言鳴き、少女の顔を見上げて元来た道をゆっくりと戻り始めました。
少し歩き続けていると、また道が開けて今度は小さなアイボリー色の洋館が目の前に現れました。
そしてノアはその建物の方へとタタタタ…っと早足で歩き出し、不用心にも開いているテラスの窓からピョンッと洋館の中へと入って行ったのです。
「あ…ノアっ!」
その少女が慌ててノアを追ってテラスから洋館の中へ入ろうとしたその時、少女の腕が引っ張られてフワッと宙に浮きました。
「きゃ…っ!」
「不法侵入ですよ、姫様」
「ヴィー!」
その少女―――…ローザタニア王国のプリンセスであるシャルロット様は、スッといつの間にか後ろにいたヴィンセントに抱きかかえられてしまいました。
「…何勝手に私の家に入ろうとしてるんですか」
「ごめんなさい…。ノアのあとを追っていたの」
「…小さい子供じゃないんだから、猫を追って行かないでください」
「だからごめんなさいってば!ねぇ…降ろして?」
「ったく…」
ヴィンセントはゆっくりとシャルロット様を降ろすと、テラスの窓を開けて中に入って行きます。チラッと振り返り、どうぞとシャルロット様にも声を掛けて中へとご案内するとシャルロット様は満面の笑みでいそいそと洋館の中へと入って行かれました。
・・・・・・・・
「相変わらず何もないね」
「無駄なものが嫌いなんですよ…って何くつろいでるんですか」
「ねぇヴィー、喉が渇いたわ」
「あいにくメイドは数日置きの午前中までしかいないんですよ」
「知ってるわよ」
「…」
小さなアイボリー色の洋館に入り込んでしまったノアを捕まえるために、その洋館―――…ヴィンセントの屋敷の中に通されたシャルロット様は、素早くまだ窓の近くに居たノアを捕まえると、ぐるっと部屋の中を見回しふぅ…と一つ息を吐かれました。
部屋を彩る装飾品がほとんどなく、部屋の真ん中にポツンと置かれているクリーム色の猫足ソファーに腰をおろし、んーっと大きく伸びをして背もたれに思いっきりもたれ掛りました。
そんなシャルロット様を見てヴィンセントは溜息をついて呆れた目で来ております。
「ヴィーの淹れたお茶が飲みたいの」
「…」
「ねぇ、久々にヴィーが淹れたお茶が飲みたいの。お願い、淹れて?」
「…少しお待ちください」
「やったぁ❤」
「ったく…本当に仕方ないですね」
「だってヴィーが淹れるお茶美味しいんだもの。でもなかなかそう言う機会無いじゃない?せっかく久しぶりにヴィーの家に入れてもらったんだもの!飲みたいわ」
「茶葉はダージリンしかありませんよ?」
「大丈夫よ」
「…ノア様がその辺引っ掻かないようにちゃんと見ておいてくださいよ」
「分かったわ」
ぶつくさと文句を言いながらヴィンセントは客間を出てキッチンの方へと向かって行きました。
シャルロット様は久々のヴィンセントが入れてくれるお茶を期待しているのか、ニコニコと満面の笑みでその後ろ姿を見送ります。
「うふふ❤楽しみね、ノア」
シャルロット様はソファーの横にピョンッと飛び乗って来たノアの頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして応えてくれております。
ふと、シャルロット様は再びぐるっと部屋の中を見回します。
「本当に何もないわねぇ…」
白を基調とした客間には、アイボリーの猫足ソファーの応接セット以外に家具はなく、暖炉の上に写真立が一つ置かれているだけでした。
シャルロット様はスッと立ってその写真の方へと近寄って行かれます。
写真立を手に取り懐かしそうにその写真を見返していると、シャルロット様の頭上から声が降りかかります。
「何見てるんですか」
「あっ!」
パッと写真立を奪われシャルロット様がお顔を上げると、ヴィンセントが呆れたようにシャルロット様を見下ろしておりました。
「…勝手に触らないでくださいよ」
「ごめんなさい…ちょっと懐かしくて」
「人の家族写真がそんなにも懐かしいですか?」
「だって…亡くなられたアルベール小父様とヴィーのお母様…ヴェアトリーチェ小母様が写ってるじゃない。それにヴィーも幼くて可愛いんですもの」
「まぁ十数年前の写真ですからね」
「ヴィーいくつくらいかしら」
「母が亡くなる前なので5歳くらいですかね」
「可愛いー❤こんなにも天使みたいに可愛かったのに…どうしてこうなっちゃったのかしら」
「姫様ケンカ売ってます?」
あはは…とあっけらかんと笑うシャルロット様を見てヴィンセントは呆れたようにまた溜息をつくと、シャルロット様から取り上げた写真を元の場所に戻しました。
「…ってそんなアホな事している場合じゃありません。お茶一杯飲んだらさっさとお城に戻りますよ」
「嫌よ!数学のサリバン先生怖いから授業受けたくないもの」
「貴女が真面目に受けないからでしょう」
「だって、ちょっと計算間違えただけでキーキー嫌味言うのよ?そんなの嫌だわ!」
「…アホな事ばっかりしてるから先生だって怒るんでしょう?」
「そうかしら。ただ私の事が嫌いなだけかもよ?」
「まぁそれも一理ありますが…姫様ももう少し大人になりましょうよ」
「…分かってるわよ。でももう少し皆に甘えたいじゃない?」
「甘えすぎですよ」
「だって!お兄様もヴィーも寄宿学校に行ってて5年ほど全然会えなかったじゃない?それに…そのうちお兄様やヴィーは…結婚してしまうかも知れないじゃない!そうなると大々的に甘えられないわ!」
「はぁ…」
「奥さんがいるのに妹がベタベタしてたら奥さん的に嫌じゃない?だから二人ともフリーの今の内に超甘えとくのよ!だったら誰も傷つかないでしょ?」
「…そうですか。もう少しでお湯が沸くので座って待っていてください」
「はぁーい」
シャルロット様の話を呆れた様子で聞いていたヴィンセントは、ポンッとシャルロット様の肩をたたき再びキッチンの方へと戻っていきました。
珍しく素直に言うことを聞いて、シャルロット様はソファーの方へ戻っていきました。そして大人しく待っているとお茶のセットを手にヴィンセントが客間へと姿を現しました。
「一杯だけですよ?」
「分かってるわよ」
ポットからキラキラとした赤褐色のお茶がカップに注がれます。ほんのりと香ってくる少しスモーキーな香りが鼻に抜けていきます。どうぞ、とヴィンセントはシャルロット様の前にカップをそっと置きました。笑顔でシャルロット様は受け取り、スッと一口口に含みます。
「やっぱりヴィーの淹れてくれるお茶が一番美味しいわ」
「お褒めいただき光栄ですが、ばあやが聞いたら泣きますよ」
「…そうね。じゃあ言わないでおくわ」
満足そうにシャルロット様は微笑みながらシャルロット様は紅茶を飲み続けます。そんな様子を向かいのソファーに座ってヴィンセントも紅茶に口を付けました。
くぁ…とシャルロット様の隣に座っているノアが大きなあくびをしました。
ふわっと開いている窓からやさしい風が流れてきました。お二人はまるでさざ波のような葉擦れの音を聞きながら珍しく穏やかな時間を過ごしているのでした。
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