ローザタニア王国物語

月城美伶

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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~

第2話

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 さてさてこちらはとてもよく晴れた昼下がりのこと。
色とりどりのたくさんの花が咲き乱れるここローザタニア王国の王都・パラディスの中心にある市場ではここで生活する人々の活気あふれる賑やかな行き交う声が響き渡ります。

「どいたどいたーっ!通してくれ~っ!!」
「わっ!」
「ギャッ!!」

大通りの橋を一台の馬車が猛スピードで人々の間を駆け抜けていきます。
たまたまその近くを歩いていた一人の少し年老いた女性は、その馬車のスピードに驚き転んで尻餅をついてしまいました。近くに居た数人の街の人たちがその女性に声を掛けて手を差し伸べます。

「ちょっと、大丈夫だったかい?」
「あいたたた…もう…ビックリするねぇ!こんな街中をあんな猛スピードで走るなんて!よっぽど慌ててたのかねぇ…」
「お婆さん怪我はないかい?」
「えぇ、大丈夫だよ!私は毎日走り回っているから足腰には自信があるよ!」

フワフワの白髪を白い帽子の中に綺麗にまとめ黒いシックなロングのワンピースを着たその女性はずり下がった眼鏡を掛け直しよっこいしょと立ち上がると、ホレホレと言わんばかりに体操などをして動き回り、集まっている周りの人々に自分の元気さをアピールしております。

「おばあちゃん元気だね!」
「あ、落し物だよ!」
「…っ!あ…ありがとうっ!!」

ふと、一人の少年が少し離れた場所に落ちているレースの袋に包まれた物を拾い上げました。その女性はパッとその少年に駆け寄り、アハハハハ…と笑いながら手に持っていたその袋を急いで受け取りました。

「まぁお婆ちゃん、あんまり見かけない顔だね!」
「そ…そうかい?」
「遠くから来たの?この辺はお城への品物を運んでいく馬車が良く通るから気を付けなよ!」
「おやまぁ…」
「最近特に多いんだ!なんせ半年後にあるシャルロット姫様の15歳の生誕記念式典があるからね!国内の貴族様たちはもちろん、世界各国からシャルロット様への貢物がたくさん届いているって噂だよ!」
「へ…へぇ…」
「光り輝く宝石のように美しいシャルロット姫様…っ!!ローザタニアの至宝と謳われるシャルロット様!!そりゃあ各国の王様たちはシャルロット様を射止めたいに決まってる!」
「俺昔一度だけパレードでシャルロット様をお見かけしたけれど…本当に美しいよなぁ…!あぁ…どんなお方なんだろう!きっととても知的で聡明で凛とした美しい方なんだろうなぁ…」
「微笑まれた笑顔が咲き誇る花の様でさぁ…あぁ…本当に麗しいよなぁ」
「きっととてもお淑やかで儚げで…昼間は咲き誇る花を愛でて…毎晩夜は星に祈りを捧げながらお休みになるんだろうなぁ…」
「まぁ想像したり夢見るのは自由だからね…。それにしても…本当に姫様…見事に国民を騙しておりますねぇ…」

男たちは、めったに市街に姿を現さないシャルロット様のお姿を思い思いに想像して、その虚像にうっとりしておりました。女性はあはは…と乾いた笑いを見せながら、うっとりしている男たちを横目に袋を手に持っていた手提げカバンに仕舞い込み、そっとその場を離れて行きました。
人々の賑わいを背に、その女性はどんどんと市街を離れて大きな川に架けられているこれまた大きくて立派な大理石で作られた白亜の橋を渡っていきます。
その先には同じく大理石でできた白亜のお城がそびえたっております。その女性はお城の裏手の方に回り、裏口の門からそっとお城の中へと入っていきました。
そこには先ほど市街を猛スピードで駆け抜けていった馬車が停まっており、荷台からたくさんの荷物を降ろしております。
他にもたくさんの馬車が停まっており、同じように荷台から荷物を降ろして役人によるチェックを受けておりました。

「…今日も賑やかだねぇ…」

その様子を見ながらばあやはその中を歩いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきました。ふと振り返ると、メイド服を着た赤毛よりの栗毛を編み込んだ女性が一人息を弾ませて駆け寄ってきたのです。

「ばあやさんやっと帰ってきてくれた…っ!!」
「なんだいセシル、そんなに慌てて!何かあったのかい?」
「もぅ!早く来てくださいよ!まーたシャルロット様が数学の授業をサボってどっか行っちゃったんですよ~!!もう家庭教師のサリバン先生が鬼のように激おこで大変なんです~!!」
「おやまぁ…また今日も…」
「早く見つけ出さないと!このことがヴィンセント様のお耳にでも入ったりしたらまーた雷が―――…」
「生憎もう耳に入ってますよ」

慌てふためくセシルの横を、爽やかな石鹸の香りと仄かに香る麝香のような大人びた香りが通り抜けて行きました。
白い制服に身を包み、陶器のような白い肌にアメジストのような紫色の瞳、銀色に輝く髪をたなびかせた一人の男性が白いマントを翻し、颯爽と現れました。
しかし眉間には深い皺が刻まれており、しかも思いっきり大きく溜息をついてセシルの方を冷たい視線で見つめます。

「…ったく。いつも口酸っぱく申し上げておりますが、私姫様のお世話係ではないんですけど…」
「ヴィンセント様…っ!大変申し訳ございません…」
「何で皆姫様が居なくなったとか私に泣きついてくるんですか。本当にどうでもいいんですけど。私この後会議立て込んでいるんですけど?」
「申し訳ございません…」
「ったく…。で?どの辺りを探しました?」
「お城の中は隈なく…。ですがお姿が見えないのです」
「屋根の上は?」
精鋭部隊パンサーズが見回りましたがいらっしゃらないようです」
「となると庭ですかね…」
「大噴水の先の方まで行かれたかも知れません」
「あの先は森と繋がっていますからね…あまり奥に行かれると危険です。すぐに見て来ましょう」
「ありがとうございます…っ!!」

はぁ…っと大きな溜息をつき、ヴィンセントは足早にその場を去って行きました。取り残されたセシルとばあやはヴィンセントの氷のような冷たい視線と不機嫌さが満開のオーラを感じて小さくなって震えております。

「…今日のヴィンセント様、不機嫌オーラマックスですね」
「今朝もなかなか起きない姫様を起こしていただいたばっかりですからね…」
「…ヴィンセント様、本当は国王補佐長官兼執務官長っていう立派なお役職の方なのにね」
「まぁ…陛下と姫様と遠縁とは言えご親戚ですし、それに幼馴染ですからねぇ…。何と言うかもう…こうなってしまうのは当たり前のセオリーと言いますか何と言いますか…」
「めんどくさがってますけど、本当は多分そこまで嫌じゃないですよねきっと」
「なんやかんやで面倒見の良い方ですからね」
「きっとシャルロット様がお嫁に行く際は一番落ち込むタイプですよ」
「ヤケ酒とかしてね、きっと泣くんですよ」
「何かもう目に見えてますよね」
「…とりあえず我々も後追いましょうか…」
「そうだねぇ…」

二人はひとしきり喋り倒した後、もう姿の見えないヴィンセントの後を追って歩き出しました。
その様子を遠巻きに仕事をしながら見ていた裏口の門の役人や兵士たちは、嵐が去って行ったのに安堵し、再び手を動かし始めました。

「…やっぱりヴィンセント様…超怖かったな」
「あぁ…。俺一瞬真冬の北極圏に居るのかと思ったぜ」
セシルとばあやあのお二人、さすが慣れてらっしゃるな」
「さすがだよな…」
「さぁ俺たちもヴィンセント様に怒られないように早い所仕事終わらせようぜ!」
「そうだな!」
「おっと!この箱はサルマ公国から姫様へのプレゼントらしいぜ!丁重に扱えよ!!」
「分かってるって!」

一人の若い役人が、馬車の荷台から何重にも鍵がかけられ、厳重に封がされている箱を取出してもう一人の役人に手渡します。

「凄い頑丈に梱包しているな」
「だな。一体中に何が入ってるんだろうなぁ」
「きっとすげぇ高い宝石とか何だろうなぁ」
「しかしここ最近シャルロット様への贈り物多いよなぁ」
「生誕記念式典が半年後だからなぁ。シャルロット様の気を引いてパーティーで一緒に踊りたいって言う各国の王様達がたーくさん宝石とか絹とかプレゼントで贈ってくるよなぁ」
「まぁ…シャルロット様、そんなんよりもお菓子の方がまだ好きみたいだけどな」
「…子供みたいだな。でもそう言うところが可愛いよなぁ」
「あぁ、このまま変わらずにいて欲しいよなぁ…」
「だな…」

その場にいた若い役人や兵士たちは、満面の笑みで一生懸命お菓子をたくさん頬張っているシャルロット様を想像されたのでしょうか、皆ほっこりと微笑んでおります。
先ほどの氷のような空気から一転し、少し長閑に皆仕事の手を再び動かし始めたのでした。
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