93 / 115
Artémis des larmes ~アルテミスの涙~
第20話
しおりを挟む
ところ変わって、セバスチャンは静かに廊下を足早に歩き、パーティーが行われている広間へと戻って参りました。そしてシャルロット様のお世話係のメイドのセシルの姿を見つけると近寄って行きます。
「セシル…新人メイド、メグの姿が見えませんが?」
「セバスチャン!えっと調理場の手伝いをするようにお願いしたのでここには多分居ないと思います」
「そうですか…。それはいつぐらいに頼みましたか?」
「確か…30分ほど前だったかと」
「分かりました。ありがとう」
セバスチャンはすっとお礼をセシルに言うと、踵を翻して広間を出て行きました。
メグに事情聴取をしようとセバスチャンは彼女を探します。本来の持ち場である広間にいるだろうと思いやってきましたがどうやら黒豹と会う前に移動させられていた。…ややこしいなと思い、セバスチャンはメグの足取りを追いかけようとしております。
そしてこれまた足早に静かに調理場へ行くと、シェフやパティシエたちが追加の料理を作ったり賄を食べていたり、また手が空いたものは片付けの準備をしております。ぐるっと調理場を見渡しておりますと口ひげをたくわえた中年の恰幅の良い男性、料理長のピエールがセバスチャンに気が付き声を掛けます。
「どうされました?」
「ピエール殿…。こちらにメグと言うメイドが皿洗いで派遣されたようですが…姿が見えませんねぇ」
「あぁ…。確か30分ほど前に少しだけ来てくれましたね。でも皿洗いが下手くそでね。見るに堪えんのでゴミ捨てをお願いしたんですよ。それが20分ほど前何ですが…まだ戻って来てませんね。会場の方に戻ったのですかねぇ」
「そうですか…」
「料理の方はもう大丈夫でしょうか?」
「えぇ。もう後は歓談やダンスなどでしょうからあと小一時間で終わるでしょう」
「そうですか。じゃあもう新たには作らなくていいですね」
「えぇ。遅くまでご苦労様でした」
「いえ!客人をもてなすのが我々の仕事ですから!」
胸をどーんと叩き、自信満々の笑みでピエールはセバスチャンに答えます。目を細めてセバスチャンは笑顔で返し、遅い時間だというのに活気あふれる調理スタッフ全員皆をねぎらって調理場を離れました。
セバスチャンは今度はゴミ捨て場の方へと向かっていきますと、途中でゴミ箱を2個持っている男性の使用人を見つけました。おや…と思い近寄って声を掛けると、その使用人は聞いてくださいよぉ~っとセバスチャンに訴えかけました。
「セバスチャンさん!もう!調理場担当の奴は何考えてるんですか!袋の口はちゃんと閉まってないし、というか全然違うところに放置してありましたよ!ゴミ箱だってその辺に置いてましたし!!全く!!」
「放置してあった…」
「そうですよ!私さっき会場のゴミを捨てにいたんですけどね、そしたら調理場のゴミがそんな状態で置きっぱなしだったんですよ!ゴミを捨てに行ったんじゃなくてただ置きに行っただけですよアレ!!」
「つまり誰もいなかったんですね?」
「?そうですよ?誰もいませんでした」
「…そうですか。ありがとう」
セバスチャンはふと一瞬黙り込み何かを考え始めました。そしてそのゴミ箱を持ってプンプンしている使用人に礼を言うと踵を返して足早にその場を去っていきます。
ゴミ箱を持った使用人の男性は、何が何だかよく分かっておらずに呆気にとられております。そして小首を傾げて足早に去っていくセバスチャンの背中を見送りました。
「一体彼女はどこに…?」
セバスチャンはそう呟くと使用人たちの住居スペースへとやって来ました。そして女性のフロアの方へと足を進めて行き、メグの部屋をノックしました。
返事が返ってくることも無く、セバスチャンはそっとドアを開けて中を覗き込みます。
若い使用人の部屋は相部屋の様でベッドが2つ並んでおりましたが、どちらも無人で人が居る気配はありませんでした。
置いている物もほとんどなく、暗くて小ざっぱりとした部屋をセバスチャンは見回しますと、一つのベッドの横にあるチェストに何やら小瓶が置かれているのを見つけました。
そっと手に取って慎重に蓋を開けます。そして臭いを嗅ぐと、思いきり顔をしかめて驚きを隠せない表情を表しました。
「これは…」
セバスチャンは小瓶の蓋をしっかりと閉めると、ポケットからハンカチを取り出して包み込んで落とさないようにポケットの奥に仕舞い込みました。
そして先程よりも断然速いスピードで歩きだします。廊下をいくつも渡り歩き、セバスチャンはパーティー会場近くの小さい中庭に面した廊下を歩いておりますと、ふと木陰に誰かが倒れているのを見つけ駆け寄りました。
中庭へと飛び降りその倒れている人影に近寄りますと、セバスチャンは少し驚きその人影を抱き起します。
「メグ…大丈夫ですか、メグ!」
「う…」
倒れているメグの頬を叩くと、一声発してメグは眉をしかめながらゆっくりと瞳を開けました。
「あれ…私…なんでこんな所に…?」
「気が付きましたか。よかったです」
「…セバスチャンさん?」
「気分は?」
「…なんだか頭が割れるように痛いわ…」
情事の際に薬でも盛られていたのかと察したセバスチャンはメグを起こして座らせると、ポケットから先ほどの小瓶を取り出してメグの前にスッと差しだしました。メグはあ…それ…と一言言ってその小瓶を取り返そうと手を伸ばしますがセバスチャンは素早くメグの前から小瓶を避けます。
「さてメグ…貴女には色々とお聞きしたいことがあります」
「…」
「まず貴女はこの小瓶の中身が何だかご存知ですか?」
「知らないわ…」
「本当に?」
「本当よ!この仕事を斡旋してくれた男にもらったのよ!」
「仕事を斡旋してくれた男…」
「そうよ!先月、田舎から出てきて仕事を探しているときに声を掛けてきてくれたのよ!ちょっとエキゾチックな今まで出会ったことのない男で…ちょっといいなぁって思っていたら向こうも私を気に入ったって言ってくれて。たまにお城の近くに来るからその時に会おうって言ってくれて、会うようになったのよ!…それでその度にこの小瓶を渡されて、植物の栄養剤だからお庭にばらまいとけって言われてるのよ!」
「中身が何か分からないものを?」
「だってそう言われているんだもの…何かよく分かんないけど…そう言われたから…」
肉体の快楽のためなら何でもするような頭の軽い女で、そう言うところをこのメグと言う娘はただ利用されているだけだと思ったセバスチャンは一つ溜息をつきました。メグはとりあえず怒られていることだけは理解したのかバツの悪そうな顔をしております。ですがイマイチよく状況を理解していないような雰囲気も感じます。
「明日の朝一番で、貴女は実家に帰りなさい」
「え…っ?!」
セバスチャンは横目でチラッとメグを見ると、冷たい声でそうメグに言い渡しました。メグは大きな声でそう叫ぶと、さらに訳が分からないと言った様な顔でセバスチャンを見てオドオドとしております。
「貴女のような方はこのお城のメイドとしてふさわしくありません。今日までの給料を渡しますから明日朝一番にここを出て行くように」
「そ…そんなっ!」
「ただでさえ、貴女の勤務態度に関して苦情が出ております。たかがメイド、されどメイド。ここはローザタニアの国王陛下の住まわれるお城。そして貴女はここのメイドだった。メイドにも品格というものがございます。失礼ながら貴女にはその品格が備わっていなかった」
「…」
「それでは…失礼します」
セバスチャンは強い態度でそうメグに言い渡すと背を向けて足早に中庭をあとにしました。そして足早にパーティー会場へと向かいます。
華やかな音楽が徐々に近づいて行きます。セバスチャンはそっとパーティー会場の扉を開けて中を見回します。
ちょうどリーヴォニアのアドルフ陛下のスピーチの最中でした。客人は皆アドルフ陛下の方を注視しております。
ダンスフロアの方では中央付近にシャルロット様とゲルハルト王子が仲良さげに微笑み合い、フロアのテラス近くの方ではヴィンセントとエレナが寄り添って立っております。
ただ一人、黒豹だけが何かを企んでいるのか奥の壁にもたれ掛って気だるげな表情でシャンパンを飲みながら口元に笑みを浮かべております。
セバスチャンは音楽とワルツが華やぐダンスフロアを通り抜けて黒豹に近づこうとしたその瞬間です。
外から何かが爆発するような音が聞こえてきて、窓ガラスをガタガタと揺らしました。
「な…なんだ…っ?!」
その音に驚いた会場にいた人々は驚きざわつき始めます。すると今度はパーティー会場の近くの庭から爆発音が聞こえてきました。突風が吹き、窓ガラスが数枚割れて煙や砂塵が部屋に入り込み辺りは視界が悪くなってしまいました。
「きゃあっ!」
「い…一体何なんだっ!」
煙が充満する広間でセバスチャンが辺りを見渡し黒豹が先ほどいた奥の壁の方を確認します。しかしそこにはもう黒豹の姿はありませんでした。
「…っ!」
クソッとセバスチャンは小さく呟きますが、すぐに落ち着きを取り戻して黒豹の姿を探します。
「皆さん落ち着いてください!」
主賓席の方から、ウィリアム様がよく通る大きな声で会場にいる皆に声を掛けます。人々はざわざわと戸惑いながらもウィリアム様の方に注視しました。
「皆さん落ち着いて!お怪我をされた方は居ませんか?とりあえず皆お城の奥へと避難ください!」
割れたガラスでケガをした人々を先に誘導し、パーティー会場にいた人々をお城の奥の部屋へと案内していこうとする最中、またしても外の方から爆発音が聞こえてきました。
人々は悲鳴を上げ急ぎ足でお城の奥へと避難していきます。
「ブリダンヌ侯爵!」
「ヴィンセント殿っ!エレナっ!!」
「お父様っ!」
ヴィンセントはエレナの手を引き、娘を探していたブリダンヌ侯爵の前に連れて行きました。
恐怖で今にも泣きそうな顔をして震えているエレナを見つけたブリダンヌ侯爵は力強く飛びついてきた娘を抱きしめます。
「…申し訳ありませんが侯爵、エレナを奥の安全な場所へお連れください」
「分かった。娘をありがとう」
「いえ。エレナ、お父上について行ってくださいね」
「ヴィンセント様はご一緒には行かれないのですか…?」
「私はここで指揮を取らねばなりません」
「そんな危険なこと…」
「大丈夫ですから。さぁ早く…」
エレナは不安そうな顔でそう尋ねると、ヴィンセントはにっこりとエレナを安心させるように優しく微笑みます。さぁ早く…と侯爵に促されて、エレナは名残惜しそうにお城の奥へと避難していきました。
エレナと侯爵を見送ったあと、ヴィンセントは一瞬でスッと穏やかな顔からキリッとした精悍な表情に変わりました。そして逃げ惑う客人の間から、シャルロット様のお姿を探そうと未だ煙が充満する広間を鋭い視線で見回します。
一方、上座のウィリアム様も驚いて少しパニックになっているアドルフ陛下を使用人に案内を頼み先にお城の奥へ避難させました。そしてその姿を見送った後、煙たい広間の方を振り返り奥のダンスフロアの方にいるであろうシャルロット様の姿を探します。
「シャル…っ!!」
シャルロット様とゲルハルト王子は驚き慌てている人々に声を掛けて誘導しておりました。
パニックになっている十数人の男女の集団がシャルロット様とゲルハルト王子の間を駆け抜けていきます。
「きゃ…っ!」
「シャルロット様!」
集団に巻き込まれ、シャルロット様とゲルハルト王子の間は割かれてしまいました。嵐のようにバタバタと駆け抜けていく集団がシャルロット様を吹っ飛ばします。倒れそうになるところを誰かがシャルロット様の手を引きます。
そして集団が駆け抜け煙が流されたその場にはシャルロット様のお姿はありませんでした。
「セシル…新人メイド、メグの姿が見えませんが?」
「セバスチャン!えっと調理場の手伝いをするようにお願いしたのでここには多分居ないと思います」
「そうですか…。それはいつぐらいに頼みましたか?」
「確か…30分ほど前だったかと」
「分かりました。ありがとう」
セバスチャンはすっとお礼をセシルに言うと、踵を翻して広間を出て行きました。
メグに事情聴取をしようとセバスチャンは彼女を探します。本来の持ち場である広間にいるだろうと思いやってきましたがどうやら黒豹と会う前に移動させられていた。…ややこしいなと思い、セバスチャンはメグの足取りを追いかけようとしております。
そしてこれまた足早に静かに調理場へ行くと、シェフやパティシエたちが追加の料理を作ったり賄を食べていたり、また手が空いたものは片付けの準備をしております。ぐるっと調理場を見渡しておりますと口ひげをたくわえた中年の恰幅の良い男性、料理長のピエールがセバスチャンに気が付き声を掛けます。
「どうされました?」
「ピエール殿…。こちらにメグと言うメイドが皿洗いで派遣されたようですが…姿が見えませんねぇ」
「あぁ…。確か30分ほど前に少しだけ来てくれましたね。でも皿洗いが下手くそでね。見るに堪えんのでゴミ捨てをお願いしたんですよ。それが20分ほど前何ですが…まだ戻って来てませんね。会場の方に戻ったのですかねぇ」
「そうですか…」
「料理の方はもう大丈夫でしょうか?」
「えぇ。もう後は歓談やダンスなどでしょうからあと小一時間で終わるでしょう」
「そうですか。じゃあもう新たには作らなくていいですね」
「えぇ。遅くまでご苦労様でした」
「いえ!客人をもてなすのが我々の仕事ですから!」
胸をどーんと叩き、自信満々の笑みでピエールはセバスチャンに答えます。目を細めてセバスチャンは笑顔で返し、遅い時間だというのに活気あふれる調理スタッフ全員皆をねぎらって調理場を離れました。
セバスチャンは今度はゴミ捨て場の方へと向かっていきますと、途中でゴミ箱を2個持っている男性の使用人を見つけました。おや…と思い近寄って声を掛けると、その使用人は聞いてくださいよぉ~っとセバスチャンに訴えかけました。
「セバスチャンさん!もう!調理場担当の奴は何考えてるんですか!袋の口はちゃんと閉まってないし、というか全然違うところに放置してありましたよ!ゴミ箱だってその辺に置いてましたし!!全く!!」
「放置してあった…」
「そうですよ!私さっき会場のゴミを捨てにいたんですけどね、そしたら調理場のゴミがそんな状態で置きっぱなしだったんですよ!ゴミを捨てに行ったんじゃなくてただ置きに行っただけですよアレ!!」
「つまり誰もいなかったんですね?」
「?そうですよ?誰もいませんでした」
「…そうですか。ありがとう」
セバスチャンはふと一瞬黙り込み何かを考え始めました。そしてそのゴミ箱を持ってプンプンしている使用人に礼を言うと踵を返して足早にその場を去っていきます。
ゴミ箱を持った使用人の男性は、何が何だかよく分かっておらずに呆気にとられております。そして小首を傾げて足早に去っていくセバスチャンの背中を見送りました。
「一体彼女はどこに…?」
セバスチャンはそう呟くと使用人たちの住居スペースへとやって来ました。そして女性のフロアの方へと足を進めて行き、メグの部屋をノックしました。
返事が返ってくることも無く、セバスチャンはそっとドアを開けて中を覗き込みます。
若い使用人の部屋は相部屋の様でベッドが2つ並んでおりましたが、どちらも無人で人が居る気配はありませんでした。
置いている物もほとんどなく、暗くて小ざっぱりとした部屋をセバスチャンは見回しますと、一つのベッドの横にあるチェストに何やら小瓶が置かれているのを見つけました。
そっと手に取って慎重に蓋を開けます。そして臭いを嗅ぐと、思いきり顔をしかめて驚きを隠せない表情を表しました。
「これは…」
セバスチャンは小瓶の蓋をしっかりと閉めると、ポケットからハンカチを取り出して包み込んで落とさないようにポケットの奥に仕舞い込みました。
そして先程よりも断然速いスピードで歩きだします。廊下をいくつも渡り歩き、セバスチャンはパーティー会場近くの小さい中庭に面した廊下を歩いておりますと、ふと木陰に誰かが倒れているのを見つけ駆け寄りました。
中庭へと飛び降りその倒れている人影に近寄りますと、セバスチャンは少し驚きその人影を抱き起します。
「メグ…大丈夫ですか、メグ!」
「う…」
倒れているメグの頬を叩くと、一声発してメグは眉をしかめながらゆっくりと瞳を開けました。
「あれ…私…なんでこんな所に…?」
「気が付きましたか。よかったです」
「…セバスチャンさん?」
「気分は?」
「…なんだか頭が割れるように痛いわ…」
情事の際に薬でも盛られていたのかと察したセバスチャンはメグを起こして座らせると、ポケットから先ほどの小瓶を取り出してメグの前にスッと差しだしました。メグはあ…それ…と一言言ってその小瓶を取り返そうと手を伸ばしますがセバスチャンは素早くメグの前から小瓶を避けます。
「さてメグ…貴女には色々とお聞きしたいことがあります」
「…」
「まず貴女はこの小瓶の中身が何だかご存知ですか?」
「知らないわ…」
「本当に?」
「本当よ!この仕事を斡旋してくれた男にもらったのよ!」
「仕事を斡旋してくれた男…」
「そうよ!先月、田舎から出てきて仕事を探しているときに声を掛けてきてくれたのよ!ちょっとエキゾチックな今まで出会ったことのない男で…ちょっといいなぁって思っていたら向こうも私を気に入ったって言ってくれて。たまにお城の近くに来るからその時に会おうって言ってくれて、会うようになったのよ!…それでその度にこの小瓶を渡されて、植物の栄養剤だからお庭にばらまいとけって言われてるのよ!」
「中身が何か分からないものを?」
「だってそう言われているんだもの…何かよく分かんないけど…そう言われたから…」
肉体の快楽のためなら何でもするような頭の軽い女で、そう言うところをこのメグと言う娘はただ利用されているだけだと思ったセバスチャンは一つ溜息をつきました。メグはとりあえず怒られていることだけは理解したのかバツの悪そうな顔をしております。ですがイマイチよく状況を理解していないような雰囲気も感じます。
「明日の朝一番で、貴女は実家に帰りなさい」
「え…っ?!」
セバスチャンは横目でチラッとメグを見ると、冷たい声でそうメグに言い渡しました。メグは大きな声でそう叫ぶと、さらに訳が分からないと言った様な顔でセバスチャンを見てオドオドとしております。
「貴女のような方はこのお城のメイドとしてふさわしくありません。今日までの給料を渡しますから明日朝一番にここを出て行くように」
「そ…そんなっ!」
「ただでさえ、貴女の勤務態度に関して苦情が出ております。たかがメイド、されどメイド。ここはローザタニアの国王陛下の住まわれるお城。そして貴女はここのメイドだった。メイドにも品格というものがございます。失礼ながら貴女にはその品格が備わっていなかった」
「…」
「それでは…失礼します」
セバスチャンは強い態度でそうメグに言い渡すと背を向けて足早に中庭をあとにしました。そして足早にパーティー会場へと向かいます。
華やかな音楽が徐々に近づいて行きます。セバスチャンはそっとパーティー会場の扉を開けて中を見回します。
ちょうどリーヴォニアのアドルフ陛下のスピーチの最中でした。客人は皆アドルフ陛下の方を注視しております。
ダンスフロアの方では中央付近にシャルロット様とゲルハルト王子が仲良さげに微笑み合い、フロアのテラス近くの方ではヴィンセントとエレナが寄り添って立っております。
ただ一人、黒豹だけが何かを企んでいるのか奥の壁にもたれ掛って気だるげな表情でシャンパンを飲みながら口元に笑みを浮かべております。
セバスチャンは音楽とワルツが華やぐダンスフロアを通り抜けて黒豹に近づこうとしたその瞬間です。
外から何かが爆発するような音が聞こえてきて、窓ガラスをガタガタと揺らしました。
「な…なんだ…っ?!」
その音に驚いた会場にいた人々は驚きざわつき始めます。すると今度はパーティー会場の近くの庭から爆発音が聞こえてきました。突風が吹き、窓ガラスが数枚割れて煙や砂塵が部屋に入り込み辺りは視界が悪くなってしまいました。
「きゃあっ!」
「い…一体何なんだっ!」
煙が充満する広間でセバスチャンが辺りを見渡し黒豹が先ほどいた奥の壁の方を確認します。しかしそこにはもう黒豹の姿はありませんでした。
「…っ!」
クソッとセバスチャンは小さく呟きますが、すぐに落ち着きを取り戻して黒豹の姿を探します。
「皆さん落ち着いてください!」
主賓席の方から、ウィリアム様がよく通る大きな声で会場にいる皆に声を掛けます。人々はざわざわと戸惑いながらもウィリアム様の方に注視しました。
「皆さん落ち着いて!お怪我をされた方は居ませんか?とりあえず皆お城の奥へと避難ください!」
割れたガラスでケガをした人々を先に誘導し、パーティー会場にいた人々をお城の奥の部屋へと案内していこうとする最中、またしても外の方から爆発音が聞こえてきました。
人々は悲鳴を上げ急ぎ足でお城の奥へと避難していきます。
「ブリダンヌ侯爵!」
「ヴィンセント殿っ!エレナっ!!」
「お父様っ!」
ヴィンセントはエレナの手を引き、娘を探していたブリダンヌ侯爵の前に連れて行きました。
恐怖で今にも泣きそうな顔をして震えているエレナを見つけたブリダンヌ侯爵は力強く飛びついてきた娘を抱きしめます。
「…申し訳ありませんが侯爵、エレナを奥の安全な場所へお連れください」
「分かった。娘をありがとう」
「いえ。エレナ、お父上について行ってくださいね」
「ヴィンセント様はご一緒には行かれないのですか…?」
「私はここで指揮を取らねばなりません」
「そんな危険なこと…」
「大丈夫ですから。さぁ早く…」
エレナは不安そうな顔でそう尋ねると、ヴィンセントはにっこりとエレナを安心させるように優しく微笑みます。さぁ早く…と侯爵に促されて、エレナは名残惜しそうにお城の奥へと避難していきました。
エレナと侯爵を見送ったあと、ヴィンセントは一瞬でスッと穏やかな顔からキリッとした精悍な表情に変わりました。そして逃げ惑う客人の間から、シャルロット様のお姿を探そうと未だ煙が充満する広間を鋭い視線で見回します。
一方、上座のウィリアム様も驚いて少しパニックになっているアドルフ陛下を使用人に案内を頼み先にお城の奥へ避難させました。そしてその姿を見送った後、煙たい広間の方を振り返り奥のダンスフロアの方にいるであろうシャルロット様の姿を探します。
「シャル…っ!!」
シャルロット様とゲルハルト王子は驚き慌てている人々に声を掛けて誘導しておりました。
パニックになっている十数人の男女の集団がシャルロット様とゲルハルト王子の間を駆け抜けていきます。
「きゃ…っ!」
「シャルロット様!」
集団に巻き込まれ、シャルロット様とゲルハルト王子の間は割かれてしまいました。嵐のようにバタバタと駆け抜けていく集団がシャルロット様を吹っ飛ばします。倒れそうになるところを誰かがシャルロット様の手を引きます。
そして集団が駆け抜け煙が流されたその場にはシャルロット様のお姿はありませんでした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる