ローザタニア王国物語

月城美伶

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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~

第24話

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 ガサガサガサ…っと大きな音を立てて、シャルロット様は黒い人影に抱きしめられながら空から中庭の木の上に落下していきました。
木の途中に引っ掛かり止まると、黒い人影はシャルロット様の肩をしっかりと抱きしめたままふぅ…と息を吐きました。

「もう大丈夫…」
「…っ!」

恐怖を抱いたままのシャルロット様は瞳をキュッと固く閉じたまま、その人に抱きつき震えておりました。するとその人は優しくシャルロット様の背中をポンポンと叩き、少し高い甘くて優しい声でシャルロット様の名前を呼びました。

「…シャルロット」
「…その声…貴方…どこかで…」

聞き覚えのある声に、シャルロット様はゆっくりと瞳を開き自分を包み込むように抱きしめてくれている人の顔を見上げました。黒いマントに身を包んだその人は、シャルロット様より少し年上のように見える青年で、黒い髪にまんまるとした優しそうなサファイアのような瞳でシャルロット様を見つめております。

「大丈夫だねそうだね」
「その瞳…私どこかで見たことあるわ…」
「うん」
「…貴方は…だぁれ…?」
「それはまだ言えない。でも…いつかきっと僕は君とまた会える」
「…え?」
「ゴメンね。でも僕はいつも君のことを愛しているよ」
「…どういうこと?」
「さぁ、皆が君を探している。行こう」

その青い瞳の少年はシャルロット様のほほにそっとキスをし、儚げに微笑みました。そしてシャルロット様を再び抱きしめるように抱きかかえると、とても身軽に木から降りてそっと地面に降り立ちました。

「…じゃあね」
「あっ!待って…!貴方の名前を教えて…」
「…『ルカ』」
「『ルカ』?」
「うん」
「また会える…?」
「―――…満月の夜。僕のことを思って。そしたら…もしかしたら僕に会えるかもしれない」
「…え?どういうこと?」
「じゃあね、シャルロット…」

ルカという名前の、黒い髪に青い瞳の青年はもう一度シャルロット様のほほにキスをすると、猫のように軽やかなジャンプで満月の方に向かって飛んでいきました。シャルロット様はルカの姿に瞳を奪われ、満月を背に消えていくのを静かに見てめておりました。

「シャルロット様~っ!シャルロット様を発見いたしましたっ!!!こちらにいらっしゃいます!!」

トランプの一人がシャルロット様のお姿を見つけると大きな声で皆に告げました。そして数人の兵士たちが駆け寄ってきて来ます。ハッとその声に正気を取り戻したシャルロット様は皆の方を向き直りました。

「…姫様…」
「…ヴィー…」

脚を引きずりながらも走ってやってきたヴィンセントの姿がそこにはありました。ゆっくりとした足取りでシャルロット様に近づき、ヴィンセントはシャルロット様の無事を確認するとホッとしたのかがクンッと膝をつきました。

「よかった…ご無事で…」
「…ヴィーこそ…」
「なんで貴女は…こんな無茶をするんですか…心臓が止まるかと思いましたよ…」
「…ごめんなさい」
「本当に…お怪我がなく無事でよかった…」
「…ヴィー?」
「…姫様をこのような怖い目に合せてしまい…申し訳ありませんでした」
「…ヴィーだって…こんな大怪我させちゃったわ…。ごめんなさい…」

ヴィンセントはポロポロと大粒の涙を流しながらヴィンセントの顔を見つめるシャルロット様のお顔を見て安心したのか柔らかく微笑むと、その頬に伝う涙を指でそっと拭います。

「…私は貴女を…命を懸けて守っていかなければならないんです…。こんな傷を負うことくらい厭わない…」
「やめて…」
「…月明かりに照らされている姫様は…月の女神アルテミスのようですね…。とても美しい…。『アルテミスの涙』あの宝石なんかよりもずっと…ずっと綺麗だ…」
「ヴィー…?」

珍しくとても穏やかにヴィンセントはシャルロット様に微笑みかけました。いつもは氷のように冷ややかな印象の瞳ですが、今はまるで温かい春の日差しのようにシャルロット様のお顔を愛おしそうに見つめております。
そんなヴィンセントをシャルロット様は真っ直ぐに見つめ返します。大きなエメラルドのような瞳からは真珠のような清らかな涙がボロボロと零れてもうシャルロット様のお顔は涙でぐちゃぐちゃになっておりました。

「いや、やっぱり…鼻水まで垂らして…あははは…アルテミスに失礼ですね」
「…こんな時に何言ってるのよ…っ!んもぅ…デリカシーも何も無いんだから…」

しばし見つめ合い、二人の間には沈黙が流れましたが、ふとヴィンセントはシャルロット様の涙でくちゃぐちゃになり、ついにはお鼻からも涙が伝わっているお顔を見ていると徐々に笑いが込み上げてきたのかプッと吹きだし、いつものシニカルな笑みではなく素直に声をあげて笑い出してしまいました。
珍しい光景にシャルロット様は泣きつつも驚きそしていつもの様に怒り出します。

「すみません。…でもそんな貴女を…私は愛おしく思い、命を懸けて守りたい…」
「命を懸けるだなんてそんなこと―――…」

そんなこと言わないでとシャルロット様が言いかけた時、ヴィンセントはシャルロット様の手を取りグッと抱き寄せました。少し屈んでいたシャルロット様はそのままヴィンセントの腕の中にすっぽりと納まるように抱きしめられております。

「ヴィー…」
「姫様―――…」

グッとヴィンセントの腕に力が籠められます。痛いわ…とシャルロット様はヴィンセントに訴えようとお顔を上げると、血の気が引いて真っ青な顔のヴィンセントはそのままシャルロット様にもたれ掛かって倒れこんでしまいました。シャルロット様の身体にヴィンセントの重みが重なります。

「ヴィー?!」

シャルロット様が呼び掛けてもヴィンセントは反応することなくぐったりとシャルロット様にもたれ掛かって動かなくなりました。止血されているもののじわじわとヴィンセントの脚からは滲み出ております。シャルロット様はドレス越しにジワジワと伝わってくるヴィンセントの血の生暖かいぬくもりにキャ…っと小さく悲鳴を上げてヴィンセントの顔を覗き込みます。

「ヴィー?…ねぇ…しっかりして!!」
「早く…早くヴィンセント様を医務室へっ!!」

近くにいた兵士たちがヴィンセントをシャルロット様から引き離して運んできた担架に乗せて医務室へ連れて行こうとしております。
シャルロット様付きのメイドのセシルとばあやが泣きながらシャルロット様の元へと走り寄ってきました。無事を確認出来て安堵したのか、二人は嗚咽交じりに泣きシャルロット様を抱きしめてくれております。

「シャルロット様…ご無事で何よりです…っ!」
「セシル…ばあや…。二人とも…心配かけてごめんなさい…」
「さぁさぁ…姫様も医務室に参りましょう…」
「えぇ。…ヴィー…」

シャルロット様はセシルとばあやの腕の中から抜け出て、担架に乗って運ばれていくヴィンセントに駆け寄ります。ぐったりと血の気の引いた土埃まみれのお顔を心配そうに覗き込み、そっと指でその汚れを払いました。
そしてそのままヴィンセントの手をそっと取ると、意識がないはずのヴィンセントがそっとシャルロット様の手を握り返すように指を曲げたようにシャルロット様は感じました。
兵士たちに促され歩き出しましたが、そのままシャルロット様はヴィンセントの手を握ったまま医務室へと一緒に向かいました。

ヴィンセントが大けがをしたと聞いてその場に駆けつけて来たエレナとブリダンヌ侯爵は、近くには寄れませんでしたが遠巻きにシャルロット様とヴィンセントのお姿を見ておりました。
エレナは真っ直ぐにお二人の姿を目に焼き付けるように見据え、キュッと胸の前で手を強く握り無言で佇んでおります。

「…」
「エレナ…?」

ブリダンヌ侯爵はエレナにそっと声を掛けました。ですが反応はなく、ジッと見据えている娘の視線の先を追って見てあぁ…と一つ呟かれました。少し苦虫を噛み潰したようなお顔で空を仰ぎます。

「…お父様、私…何だか不安ですわ」
「…」
「ヴィンセント様は…このままシャルロット様のためにいつか命を落としてしまわれるのではないかと思うと…心が何だか苦しくなってきます…」
「姫君に忠誠を誓うのは臣下として当然だ、エレナ」
「お父様…」
「大丈夫だエレナ。お前の気に病むことではない」

ブリダンヌ侯爵はすぐに娘の肩をポンッと叩きさぁ我々も医務室へ行こうと優しく促しました。
エレナは胸に立ち込めてくるモヤモヤとしたざわつきが引っかかりましたが、父親と一緒に医務室へと向かって重たい足を運び始めその場をあとにしていきました。

皆が徐々に去って行き一人その場に残ったセバスチャンは、謎の人物がコウに向かって投げた物の落下点に赴き、地面にキラッと光る石のようなものを拾い上げました。

「…これは…カゲロウ王国の勾玉と呼ばれるギョク…」

深い瑠璃色の玉は銀色の月の光に照らされてまるで深い海の揺らめきのように輝いております。セバスチャンはその玉をそっとポケットに仕舞い込むと、おもむろに空を見上げました。
お城から立ち上がる煙は徐々に風に流されて行き、皆落ち着きを取戻しお城は段々と静かに夜の闇に包みこまれるようになって行きました。
ただ月だけが最初から静かに輝き、ローザタニアの夜を照らしております。

「…今夜は月が綺麗ですね―――…」

セバスチャンはそう呟き、燕尾服のテールをサッと翻してお城へと戻って行ったのでした。
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