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Artémis des larmes ~アルテミスの涙~
第26話
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さて、その後リーヴォニア国の御一行は無事に国へと戻って行かれました。
少しお疲れと困惑された様子ではありましたが、今回の目的である姉妹都市提携が無事に結べたことで満足はされたようです。
そして爆破事件に関しまして、その後匿名のタレこみがあり、特殊警察部隊がガストン財務大臣の屋敷を強制的に家宅捜索へと乗り出しました。そこで爆発物の購入の跡や、マフィアとのやり取りの書簡などが発見されてガストン大臣は逮捕されてしまいました。
そしてマフィアと共謀して『アルテミスの涙』の強奪を企てたとしての罪も追加されたそうです。
本人は濡れ衣でマフィアに嵌められたと叫んでおりましたが、その声は誰にも届きません。
ガストン大臣が連行されるその無様な姿を、劉 黒豹は群衆に紛れてそっと遠巻きに見ておりました。
目深に被った帽子のツバを指でクイッとさらに下げ、珍しくスーツに身を包んだ劉 黒豹は、大声で喚きながら警察に連れて行かれるガストン大臣の姿に背を向けて去って行きました。
人々が行き交い、子どもたちの元気な笑い声が溢れる大きな公園にたどり着くと、ベンチに腰掛けて葉巻に火を着けて深く吸うと顔を上げます。
「…いつまで付いてくるんですか?」
背中合わせのベンチにスッと一人の男性が腰を掛けます。
ロマンスグレーの髪をオールバックに流し、綺麗に整えられた口ひげの下の唇に葉巻をくわえ、シュッと火を着けて一服するとセバスチャンは真っ直ぐ前を見たまま背中越しに劉 黒豹と話しはじめました。
「特殊警察へのタレこみ…ありがとうございます」
「貴方に礼を言われるようなことはしておりません。私はあの人が嫌いなんですよ」
「…そうですか」
「あの後の夜、屋敷に伺ったらあの人…私に何しようとしたと思います?」
「…考えるのも恐ろしいことです」
「あはははは…その通りです。まぁ最後くらいいいかなと思い望みを叶えて差し上げましたよ。その後地獄が待っているとも知らずに…馬鹿な男だ」
「左様ですか」
「まぁチップで当初の額の倍ほどもらったしサービスはたっぷりして差し上げました。あの人の血液検査をしたらきっと違法薬物も出てきますよ。もうこれであの人は終わりだ」
「…さすがですね」
あははは…と劉 黒豹は乾いた笑いをして葉巻を深く吸い空へ向かって吐き出します。スモーキーな空気が辺りを包み込みますが、フワッと吹く風がどこかへと消し去っていきます。
「で?何の用ですか?まさか私を捕まえにでも来ましたか?」
「捕まえようとしても華麗に逃げ切るでしょう?」
「その通りです。親切ついでに教えて差し上げますと、『アルテミスの涙』は今私の手元には無いですからね。別の場所に保管しています」
「そしてラドガにでも売るんですね」
「あははは…大正解です。で?結局何しに来たんですか、セバスチャン殿」
「…一つ確認しておきたいことがありまして」
「なんでしょう」
「…貴方はもしかしてですが―――…」
その時特段に大きな風が吹き、公園の木々をザワザワと揺さぶりセバスチャンの声はかき消されてしまいました。
劉 黒豹のサファイアのような瞳が凍りついたように色を無くしました。しかしゆっくりと瞳を閉じ、もう一度葉巻を深く吸います。吐き出すと同時に葉巻を地面に投げ、立ち上がり上等な黒い革靴で火を消します。
「どうやら怪我で耄碌されているようですね、セバスチャン殿」
「…」
「一つだけ忠告をしておきましょう。それが真実だろうとそうでなかろうと、要らぬ詮索をされぬ方が身のためですよ」
「左様ですか…」
「えぇ。世の中には知らなくて良い事など山ほどありますから」
カツン…と靴音が鳴ったかと思うと、いつの間にやら劉 黒豹は姿を消しておりました。セバスチャンはふぅ…と葉巻の煙を細く吐き出すと雲か流れる空を見上げアッシュグレーの瞳を細めます。
「『平和なこの国が憎くて憎くて仕方がない』…ですか…」
セバスチャンはあの晩、黒豹が吐き捨てた言葉を噛みしめるように呟きます。
少しそのまま静かにそのベンチに座っておりましたが、しばらくすると立ち上がりゆっくりと歩きだします。
駆け回る子どもたちの無邪気な姿がセバスチャンの横を通りして行きます。
仲睦まじく寄り添う恋人たちは肩を寄せ合ってお互い幸せな時間を噛みしめ、スヤスヤと母親の腕の中で眠る赤ん坊を愛おしそうに見つめる母親、そしてその隣でその母親と子どもを包み込むように見つめている父親。
杖を突いた老人の手を握り並んで歩くその年老いた妻。二人の周りを小さな犬が尻尾を振りながら付き添い、時おり二人を見上げては一緒に歩いて行いていきます。
セバスチャンは立ち止まり、そのすべての人々が自分の横を通り過ぎて行くの見送ると、帽子を目深に被りザワザワと雑踏の飛び交う公園から静かに姿を消していったのでした―――…。
・・・・・・・・
「『アルテミスの涙』…か…」
さて、ここはローザタニアではないどこか遠い場所。
暗い夜の海の上に浮かぶ一隻の船の上で劉 黒豹は葉巻の煙を燻らし、月明かりを受けて深い赤色に煌めく『アルテミスの涙』を手にしたぼんやりと見つめております。
「…月の女神・アルテミスが好んだと言われるこの不思議な二面性を持つ宝石…か。かつてこの石を巡り世界を揺るがすほどの争いをもたらした…。まるで災いを呼ぶ不幸の石だな」
静かな波のざわめきが響く中、黒豹はフッと片方だけ口角を上げて笑うと『アルテミスの涙』を空に向かって掲げ上げます。波のほとんどない鏡のような水面には細い三日月の影が揺らめきます。
「…これ以上の不幸があるとしたら一体どんな不幸が舞い降りるんでしょうね」
「黒豹?何をしている?」
「…別になにも」
黒豹は自分の名前を呼ぶ声の主の方を振り返りました。威厳のある重低音の声の主は筋肉隆々の大柄な体躯に鋭い鷹のような冷たい眼差しをした50代くらいの男性でした。その男はそっと黒豹の方に近づき、『アルテミスの涙』を持っている黒豹のその腕を掴みます。
「…それはワシに売りつけるモノだろう?」
「えぇ陛下。今から…閨の中で商談をと思っておりました」
「ふん…。マフィアのボスのくせに男娼の様なマネをするのか?」
「…私にそれを教えたのは貴方だ」
「そうだったな。あの時の―――…10年前のお前はまだ何の力もない小さな少年だったな」
「…生きていくための方法だと言って貴方はまだ12の少年だった私を無理矢理犯した…」
「当時のお前はその美しいその顔と身体しか持っていなかっただろう?所詮この世は弱肉強食。弱い奴は強いものに喰われていくのだ」
「…おかげですっかりこっちのテクニックは上達しましたけどね」
「…あぁ。女の愛人たちよりもお前の方が断然良い」
「…それで?ニコライ陛下、今日はどうされますか?」
その男―――…ラドガ大国の国王であるその男、ニコライ陛下はそっと黒豹の耳を甘噛みしながら何かを囁きました。黒豹は一瞬瞳を大きく見開き顔を強張らせましたが、スッと瞳を閉じてフッと笑い出しました。
「…陛下も物好きですね」
「お前も好きだろう?それが」
「…えぇ、一番好きですね」
「そうか。この変態め」
「そう染めたのは貴方ですよ、陛下」
「…フン。そうだったな。では閨で待っているぞ」
「すぐ行きますよ…」
ニコライ陛下は黒豹の耳をもう一度齧ると、蔑んだような笑いを吐き捨てて船内へと戻って行きました。
黒豹は齧られた耳を思い切り手の甲で拭います。そして黒豹はフッと笑うと甲板の方へと歩み出し、そっと海の上に腕を伸ばします。そしてそのまま指をゆっくりと開こうとします。
しかしもう一度、強く『アルテミスの涙』を握りなおしました。
「…一緒に地獄へ堕ちて行きましょうか、女神様」
黒豹は『アルテミスの涙』をじっと見つめました。
月明かりに照らされた『アルテミスの涙』は黒豹の顔を見つめるように深い紺碧の海の色のように冷たく輝きます。
黒豹は『アルテミスの涙』を自分の首にかけると、覚悟を決めたような表情で船内へと入っていきました。
ザワザワとした小さな波音だけが辺りを包み込むように響き渡ります。
ゆっくりと船は広い海原を進み始めます。
風の無い静かな暗い海には細い三日月だけがそっと全てを見守っているのでした―――…。
少しお疲れと困惑された様子ではありましたが、今回の目的である姉妹都市提携が無事に結べたことで満足はされたようです。
そして爆破事件に関しまして、その後匿名のタレこみがあり、特殊警察部隊がガストン財務大臣の屋敷を強制的に家宅捜索へと乗り出しました。そこで爆発物の購入の跡や、マフィアとのやり取りの書簡などが発見されてガストン大臣は逮捕されてしまいました。
そしてマフィアと共謀して『アルテミスの涙』の強奪を企てたとしての罪も追加されたそうです。
本人は濡れ衣でマフィアに嵌められたと叫んでおりましたが、その声は誰にも届きません。
ガストン大臣が連行されるその無様な姿を、劉 黒豹は群衆に紛れてそっと遠巻きに見ておりました。
目深に被った帽子のツバを指でクイッとさらに下げ、珍しくスーツに身を包んだ劉 黒豹は、大声で喚きながら警察に連れて行かれるガストン大臣の姿に背を向けて去って行きました。
人々が行き交い、子どもたちの元気な笑い声が溢れる大きな公園にたどり着くと、ベンチに腰掛けて葉巻に火を着けて深く吸うと顔を上げます。
「…いつまで付いてくるんですか?」
背中合わせのベンチにスッと一人の男性が腰を掛けます。
ロマンスグレーの髪をオールバックに流し、綺麗に整えられた口ひげの下の唇に葉巻をくわえ、シュッと火を着けて一服するとセバスチャンは真っ直ぐ前を見たまま背中越しに劉 黒豹と話しはじめました。
「特殊警察へのタレこみ…ありがとうございます」
「貴方に礼を言われるようなことはしておりません。私はあの人が嫌いなんですよ」
「…そうですか」
「あの後の夜、屋敷に伺ったらあの人…私に何しようとしたと思います?」
「…考えるのも恐ろしいことです」
「あはははは…その通りです。まぁ最後くらいいいかなと思い望みを叶えて差し上げましたよ。その後地獄が待っているとも知らずに…馬鹿な男だ」
「左様ですか」
「まぁチップで当初の額の倍ほどもらったしサービスはたっぷりして差し上げました。あの人の血液検査をしたらきっと違法薬物も出てきますよ。もうこれであの人は終わりだ」
「…さすがですね」
あははは…と劉 黒豹は乾いた笑いをして葉巻を深く吸い空へ向かって吐き出します。スモーキーな空気が辺りを包み込みますが、フワッと吹く風がどこかへと消し去っていきます。
「で?何の用ですか?まさか私を捕まえにでも来ましたか?」
「捕まえようとしても華麗に逃げ切るでしょう?」
「その通りです。親切ついでに教えて差し上げますと、『アルテミスの涙』は今私の手元には無いですからね。別の場所に保管しています」
「そしてラドガにでも売るんですね」
「あははは…大正解です。で?結局何しに来たんですか、セバスチャン殿」
「…一つ確認しておきたいことがありまして」
「なんでしょう」
「…貴方はもしかしてですが―――…」
その時特段に大きな風が吹き、公園の木々をザワザワと揺さぶりセバスチャンの声はかき消されてしまいました。
劉 黒豹のサファイアのような瞳が凍りついたように色を無くしました。しかしゆっくりと瞳を閉じ、もう一度葉巻を深く吸います。吐き出すと同時に葉巻を地面に投げ、立ち上がり上等な黒い革靴で火を消します。
「どうやら怪我で耄碌されているようですね、セバスチャン殿」
「…」
「一つだけ忠告をしておきましょう。それが真実だろうとそうでなかろうと、要らぬ詮索をされぬ方が身のためですよ」
「左様ですか…」
「えぇ。世の中には知らなくて良い事など山ほどありますから」
カツン…と靴音が鳴ったかと思うと、いつの間にやら劉 黒豹は姿を消しておりました。セバスチャンはふぅ…と葉巻の煙を細く吐き出すと雲か流れる空を見上げアッシュグレーの瞳を細めます。
「『平和なこの国が憎くて憎くて仕方がない』…ですか…」
セバスチャンはあの晩、黒豹が吐き捨てた言葉を噛みしめるように呟きます。
少しそのまま静かにそのベンチに座っておりましたが、しばらくすると立ち上がりゆっくりと歩きだします。
駆け回る子どもたちの無邪気な姿がセバスチャンの横を通りして行きます。
仲睦まじく寄り添う恋人たちは肩を寄せ合ってお互い幸せな時間を噛みしめ、スヤスヤと母親の腕の中で眠る赤ん坊を愛おしそうに見つめる母親、そしてその隣でその母親と子どもを包み込むように見つめている父親。
杖を突いた老人の手を握り並んで歩くその年老いた妻。二人の周りを小さな犬が尻尾を振りながら付き添い、時おり二人を見上げては一緒に歩いて行いていきます。
セバスチャンは立ち止まり、そのすべての人々が自分の横を通り過ぎて行くの見送ると、帽子を目深に被りザワザワと雑踏の飛び交う公園から静かに姿を消していったのでした―――…。
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「『アルテミスの涙』…か…」
さて、ここはローザタニアではないどこか遠い場所。
暗い夜の海の上に浮かぶ一隻の船の上で劉 黒豹は葉巻の煙を燻らし、月明かりを受けて深い赤色に煌めく『アルテミスの涙』を手にしたぼんやりと見つめております。
「…月の女神・アルテミスが好んだと言われるこの不思議な二面性を持つ宝石…か。かつてこの石を巡り世界を揺るがすほどの争いをもたらした…。まるで災いを呼ぶ不幸の石だな」
静かな波のざわめきが響く中、黒豹はフッと片方だけ口角を上げて笑うと『アルテミスの涙』を空に向かって掲げ上げます。波のほとんどない鏡のような水面には細い三日月の影が揺らめきます。
「…これ以上の不幸があるとしたら一体どんな不幸が舞い降りるんでしょうね」
「黒豹?何をしている?」
「…別になにも」
黒豹は自分の名前を呼ぶ声の主の方を振り返りました。威厳のある重低音の声の主は筋肉隆々の大柄な体躯に鋭い鷹のような冷たい眼差しをした50代くらいの男性でした。その男はそっと黒豹の方に近づき、『アルテミスの涙』を持っている黒豹のその腕を掴みます。
「…それはワシに売りつけるモノだろう?」
「えぇ陛下。今から…閨の中で商談をと思っておりました」
「ふん…。マフィアのボスのくせに男娼の様なマネをするのか?」
「…私にそれを教えたのは貴方だ」
「そうだったな。あの時の―――…10年前のお前はまだ何の力もない小さな少年だったな」
「…生きていくための方法だと言って貴方はまだ12の少年だった私を無理矢理犯した…」
「当時のお前はその美しいその顔と身体しか持っていなかっただろう?所詮この世は弱肉強食。弱い奴は強いものに喰われていくのだ」
「…おかげですっかりこっちのテクニックは上達しましたけどね」
「…あぁ。女の愛人たちよりもお前の方が断然良い」
「…それで?ニコライ陛下、今日はどうされますか?」
その男―――…ラドガ大国の国王であるその男、ニコライ陛下はそっと黒豹の耳を甘噛みしながら何かを囁きました。黒豹は一瞬瞳を大きく見開き顔を強張らせましたが、スッと瞳を閉じてフッと笑い出しました。
「…陛下も物好きですね」
「お前も好きだろう?それが」
「…えぇ、一番好きですね」
「そうか。この変態め」
「そう染めたのは貴方ですよ、陛下」
「…フン。そうだったな。では閨で待っているぞ」
「すぐ行きますよ…」
ニコライ陛下は黒豹の耳をもう一度齧ると、蔑んだような笑いを吐き捨てて船内へと戻って行きました。
黒豹は齧られた耳を思い切り手の甲で拭います。そして黒豹はフッと笑うと甲板の方へと歩み出し、そっと海の上に腕を伸ばします。そしてそのまま指をゆっくりと開こうとします。
しかしもう一度、強く『アルテミスの涙』を握りなおしました。
「…一緒に地獄へ堕ちて行きましょうか、女神様」
黒豹は『アルテミスの涙』をじっと見つめました。
月明かりに照らされた『アルテミスの涙』は黒豹の顔を見つめるように深い紺碧の海の色のように冷たく輝きます。
黒豹は『アルテミスの涙』を自分の首にかけると、覚悟を決めたような表情で船内へと入っていきました。
ザワザワとした小さな波音だけが辺りを包み込むように響き渡ります。
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