ローザタニア王国物語

月城美伶

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Soupir d'amour 恋の溜息

第8話

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 「陛下、失礼いたします」

さて、同時刻のことです。お城の奥にあります、深い色味の木目調の家具で統一され、何やらたくさんの本がずらりと並んでいるウィリアム様の書斎にヴィンセントがやって来ました。
先ほどよりも大分ラフな格好をされて、髪も降ろされたウィリアム様はデスクに腰掛けて本を読まれておりましたが、ヴィンセントの声に反応してお顔を上げられました。

「時間外に呼び出してすまないな」
「いつものことです。で?何かご用でしょうか?」
「お前、この前エレナからもらった手紙の返事をまだ返していないらしいな」
「…あ」
「エレナ嬢は大分塞ぎ込んでしまっているらしいぞ」
「返そうと思ってはおりましたが膨大な仕事に忙殺されて失念しておりました」
「全く…早く返事を書いて花でも送ってやってやれ」
「そうですね」

ウィリアム様は呆れたようにヴィンセントを見つめます。ヴィンセントはと申しますと、悪びれることも無く花か…と少し考え込んでいるような表情でした。
そんなヴィンセントの姿を見てウィリアム様ははぁ…とため息をつかれると、読んでいた本にしおりを挟んでパタンッと閉じるとこれまた最大級の呆れたお顔でヴィンセントを見つめます。

「…お前ってホント、ドライだよなぁ」
「そうですか?世の男達がマメすぎるんですよ」
「いい女を手に入れるためには、男はマメに女性の機嫌を取らなければならないらしいぞ」
「うわ…めんどくさいですね」
「そうか?」
「そうですよ。至極無駄な行為だと思いますけどね」
「…早くエレナがお前のそう言うところを受け止めてくれるようになることを切に願うよ」
「エレナは賢い女性でしょうから、きっと悟ってくれると思いますよ」
「私もそう願うよ」

はぁ…とヴィンセントは大きく溜息をつくとサッと応接セットのソファーにドサッと座り込みました。ポケットから煙草を取り出して火を着けるとゆっくりと大きくその煙を吸い、ふぅ…とゆっくりと細く息を吐き出すとそのままぼんやりと天井を見つめておりました。
ウィリアム様も一つ小さく息を吐かれると棚の中からブランデーを取出し、どこからともなく氷を取り出していつの間にか用意していたグラスにカランカランッと入れるとその上からブランデーを注ぎます。そしてヴィンセントの隣にやって来るとそっとヴィンセントの前に差し出しました。

「…でもまぁエレナを大事にしてやれよ」
「言われなくても分かっています」

ヴィンセントはどうも…とお礼を言って受け取ると、グラスを交わしてクイッと一気にブランデーを喉に流し込みます。カランっと氷の溶ける音が静かな部屋に響き渡しました。
灰皿に掛けてある煙草を手に取りヴィンセントはもう一度深く煙を吸い、溜息と一緒に白い息を吐き出しました。
ウィリアム様はそんなヴィンセントの横顔を見つめておりましたが、しょうがないな…と言った様な表情をされた後、クイッとブランデーを流し込みます。

「さて…明日に備えて休むか」
「そうですね。明日は今日に引き続き姫様のダンスレッスンと言う大仕事がありますからね」
「明日も頼むぞ」
「…ショウチイタシマシタ」

嫌だ、という感情が駄々漏れで思いきり無表情でヴィンセントがそう答えると、嫌がらせのようにウィリアム様はポンッとヴィンセントの肩を叩き、キラキラとした表情でニッコリと微笑みます。

「我々でシャルを社交界の華に育てて行こうではないか」
「…なってくれますかねぇ」
「もう少しお転婆が治まればいいんだがな」
「甘えん坊でワガママでお転婆…。もうすぐ15になられるのにねぇ」
「まぁ愛らしくていいんだけどなぁ」
「そうやって甘やかしている内は無理ですね」
「お前の方が絶対シャルを甘やかしていると思うけどな」
「そうですか?私は姫様にはスパルタですけど?」
「…よく言うよ」
「御謙遜を」
「いやいや。でもまぁシャルもお前に甘えまくっているからなぁ」
「えぇ。鬱陶しいくらいに懐かれていますから」
「まぁお前も兄みたいなものだからな。これからもシャルのことを頼むぞ」
「もちろんです。この命に替えても姫様をお守りするのが私の使命です」

短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消し、ヴィンセントは立ち上がりました。そしてそれじゃあ失礼します、と一言ウィリアム様に告げるとサッと一礼をしてお部屋を去って行きました。

「…あれくらいの気持ちをエレナにも向けてあげれたらいいんだけどなぁ」

パタンッと扉が閉まり、ヴィンセントの足音が遠くなっていくのを聞きながら見送っていたウィリアム様はソファーに深く沈み込みうーん…と少し考え込まれました。ふぅ…と息を吐き、ブランデーをクイッと飲み干されるとヴィンセントの飲み干しらグラスと共にテーブルの隅に寄せておきました。
そしてよいしょ、とソファーから立ち上がられるとそのままお部屋をあとにされたのでした。

・・・・・・・・

 「お…シャル、上手いじゃないか!」

さて、本日も昨日のように爽やかに澄み渡った空が眩しく輝いている昼下がりのことです。
大きなピアノが置いてあるサロンで、ウィリアム様とシャルロット様はヴィンセントが引いているワルツの音に乗って軽快なステップを踏みながらワルツのダンスレッスンをしております。

「…その調子その調子!」
「お兄様のリードが上手いからよ!」
「お前だって、腕のホールドが良い感じだよ」

お二人はキラキラとした光り輝く笑顔を振りまきながら楽しそうに踊り続けておりました。ヴィンセントは何か言いたげではありましたが、グッと我慢をした様子でお二人を見ながらシャルロット様の暴走に合わせながらピアノのピッチを少し早めたり、時には緩やかにしたりと調節しておりました。
そして何とか無事に一曲が終わるとウィリアム様とシャルロット様はお互いにお辞儀をされ、その後にこやかに微笑まれました。

「…うん、前より良いんじゃないか?だいぶリズム感が出てきたというか」
「本当?お兄様!」
「あぁ。少なくとも私の足は踏まれなかったからな」
「何だかとても踊りやすかったわ!さすがお兄様だわ!」
「お前が上達したんだよ」
「嬉しい!」

ウィリアム様に褒められてキャーッと喜ばれているシャルロット様を横目に、ヴィンセントは焦点が合っていない死んだ魚のような目の表情でシャルロット様をジーッと見つめます。
その視線に気が付いたシャルロット様はなによぉ…とヴィンセントの方に少しぷんすか怒りながら近寄り、ヴィンセントの膝の上に手を置いてお顔を近くで覗き込むように見上げます。

「…だから何で三拍子がいきなり超ハイスピードになるんですか…。そんなノリノリなテンポ、ワルツじゃないと何度申し上げました?まるで南の方の民族舞踊並みですよ…ったく」
「分かって入るんだけど…何だかもの凄く気分があがってくると…つい…」
「つい、じゃありませんよ…ったく」

てへっと可愛らしく小首をかしげるシャルロット様に、はぁ…と聞こえよがしにヴィンセントは溜息をつき腕を組んで冷たい視線でシャルロット様を見つめます。シャルロット様は再び何よぉ…っ!とぷんすか怒りながら、ヴィンセントの腕をぽ微かとグーに握った拳で叩いておりました。

「まぁまぁいいじゃないか、ある程度ちゃんと出来てきたんだから」
「そうやってすぐに甘やかす…」
「あははは…。でもシャル、基礎のホールドの姿勢がもう少し綺麗に保てるといいかな」
「そう?よく分からないわ…」
「鏡を見てごらん、もう少しこう…肩が上らないように、肘を後ろに引きすぎずに、そして下げないことかな」
「うーん…こう?」
「もう少し首の後ろのラインも気にしてごらん」

二人の仲裁に入ったウィリアム様は、そっと優しくシャルロット様をヴィンセントから引き離すように後ろから抱きしめました。そして鏡の前でホールドの姿勢のお見本を見せておりますと、負けず嫌いのシャルロット様は再びウィリアム様の手を取り、シャルロット様はホールドの姿勢に入られました。鏡を見ながらああでもないこうでもないと姿勢のチェックをされておりますが、いまいち感覚がよく分からないのかちょっと難儀しております。
その姿にふぅ…と溜息をつき、ヴィンセントはシャルロット様の方に近づくと、少し前傾している肩胛骨を開かせて少しだけ後ろに反らせる様に動かしました。

「…もう少し男性と寄り添って踊るようにしてみてください。まだ姫様一人で踊るような感じだからリズムも合わないんですよ」
「でもそう言われても難しいわ」
「ワルツはカップルで踊る踊りです。息を合わせることが大切です。姫様にはまだその配慮が足りないですね」
「うーん…」
「もう少し相手の様子を見ながら踊るというのが―――…」
「まぁまぁヴィンセント、こればっかりは感覚で掴んでいくしかないさ。まだ練習は始まったばかりだ」
「…ダンスレッスン逃げ回っていたツケがここに現れていますよね」
「だって!ダンスレッスンのアグネス先生怖いんだもの!すぐにお持ちの杖で打とうとするのよ?それじゃあ逃げ出したくもなるわ!」
「姫様が反抗的だったからじゃないんですか?」
「なによぉ~」
「二人とも落ち着きなさい!…まったくお前たちはすぐに言い争うんだから。少しは落ち着け」
「申し訳ございません」
「ごめんなさいお兄様」

おでことおでこをくっ付け合すくらいシャルロット様はヴィンセントに詰め寄りプンスカと怒りっておりましたが、ヴィンセントは超至近距離でシャルロット様を思いっきり呆れた顔でふくれっ面のシャルロット様を見つめております。その間をウィリアム様は割って入り、臨戦モードのお二人を引き離しました。
ウィリアム様に怒られてしょぼんとするシャルロット様、そしてスッと目を閉じて軽く頭を下げるヴィンセントの姿を見てウィリアム様はやれやれ…と溜息をつかれてしまいました。

「…まぁ基本に立ち戻ろうということで、今日はシャル、お前のために先生をお呼びしているんだ」
「えっ!?もしかしてアグネス先生??だったらパスよっ!!お兄様、シャルはお腹が痛いと言ってちょうだい!!」
「まぁ落ち着きなさい。アグネス先生はお前とは相性が悪そうだからな。違う先生をお呼びしている。もうそろそろ来られるはずなんだが…」
「…本当にアグネス先生じゃない?…スパルタな先生だったら嫌よ!」
「大丈夫、おそらく世界でいちばん優しい先生のはずだ」
「絶対?」
「あぁ、絶対だとも」

不安そうに眉を寄せて慌てふためくシャルロット様に、ウィリアム様は優しくにっこりと微笑みながら話しかけます。相変わらずの過保護なシスコンっぷりにヴィンセントはもう無視…と申しますか放置を決め込んで、そんなお二人をシレッと見ておりました。
するとそこへコンコンコンっとノック音が部屋を響き渡ったのです。
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