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Soupir d'amour 恋の溜息
第9話
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「失礼いたします陛下。お客様をお連れいたしました」
「来られたな」
ガチャっとゆっくりドアが開くと、セバスチャンが一礼をして部屋に入ってきました。そしてドアを押さえていると、その後ろから黒に近い深いネイビーのドレスを着た、亜麻色の髪を品よくまとめたペリドットのように輝く瞳をした小柄な女性が甘くて上品なユリの香りと共に部屋に入ってきました。
「やぁ」
「ご無沙汰しておりますウィリアム陛下…」
「お変わりはないかい、フローレンス」
「おかげ様で…ありがとうございます」
「フローレンスお姉さま!」
「お久しぶりです、シャルロット様…。お会い出来て大変光栄ですわ」
「私こそっ!フローレンスにお会いしたかったわ!」
「まぁ嬉しい❤」
シャルロット様はフローレンスと呼ばれたその女性の方に駆け寄って満面の笑みで抱きつかれました。フローレンスもシャルロット様を抱きしめられ、お二人はお顔を見合わせて笑顔でキャッキャとされております。
「お兄様の仰っていたダンスの先生って…もしかしてフローレンス?」
「あぁ」
「嬉しいっ❤」
「私も…シャルロット様にダンスを教えられるようになるだなんて…何だか感慨深くてとても嬉しいですわ」
「フローレンスに教えてもらえるなら、私頑張るわ!だってフローレンスの教え方は優しくて分かりやすくて大好きだったもの」
「それはシャルロット様の覚えが早かったからですわ。あの時は…確かシャルロット様にはロマンス語とアルベル語、そして簡単な計算などお教えしておりましたわね。懐かしいですわ」
「懐かしいわ!他の先生の授業は嫌いだったけれど、フローレンスの授業だけは大好きだったわ!」
「うふふ…嬉しいですわ」
「懐かしい思い出話はお茶の時にしようか。まずは少しダンスのレッスンをしよう」
「そうですわね、陛下…申し訳ございません」
「いえいえ、後ほどゆっくりと話そう。まずは…シャルにお手本を見せてやってくれ」
「承知いたしました」
「ではヴィンセント、フローレンスと組んでくれ」
「…えっ」
「えっじゃない、ヴィンセント。だってシャルに見本を見せないと駄目だろう?あ、ピアノは私が弾こう」
「ですが…」
先ほどまで存在感満載だったヴィンセントはいつの間にか気配を消して部屋の端の方におりましたが、ウィリアム様はそれを察知しているのかヴィンセントの方にパッと向かれました。
いきなり声を掛けられてヴィンセントはげっ…と露骨に嫌そうな顔をしてウィリアム様を睨むかのように見ます。ですかウィリアム様は気が付いていないかのごとくニコニコと微笑みながらヴィンセントに話しかけます。
「はい、時間がないんだ、早く組みなさい」
「ちょ…っ陛下」
「ヴィンス…貴方、やっぱり私の事が嫌いなのね…」
「昔の愛称で呼ばないでください、義母上!」
「ちょっとヴィー、フローレンスに失礼じゃない!と言うかヴィーだって久々にお会いするんでしょう?そんな態度は失礼よ!」
「姫様は黙っててください!」
「ヴィンス、シャルロット様にそんな態度なんかとって…っ!貴方こそとても失礼よ、ヴィンス!」
「…あぁもう!似たような感じで話しかけないで下さいよまったく…っ!分かりましたよ…。では義母上、お手を失礼します」
ヴィンセントは腹をくくったかのか、一度瞳を閉じてはぁ…っと思いっきり大きな溜息をついて心を整えると、スッといつも通りに戻りフローレンスの方を向いて手を差しだします。
フローレンスは上目づかいでヴィンセントを見つめて少し遠慮がちに手を取りましたが、ヴィンセントは優しく、そして強くフローレンスの手を握ります。
ウィリアム様がピアノから美しいワルツの旋律を奏で始めると、ヴィンセントとフローレンスはスッとホールドの姿勢に入り踊り始めました。
二人は流れるようなステップで、メロディアスな音楽に乗りながらワルツを滑るように優雅に踊り続けておりました。
「ヴィンス…久しぶりね」
「…えぇ」
「全然実家に帰って来てくれないんだもの…。とても寂しかったわ」
「忙しいもので…申し訳ありません義母上」
「それに…先日大怪我したというじゃない!ちっとも連絡を寄こしてくれないんだもの。人伝えで聞いて…本当に驚いたわ」
「…申し訳ございません」
「貴方のお父様…アルベールが亡くなってもう三年…。あの広いお屋敷に一人ではとても心細いのよ、ヴィンス。たまには顔くらい見せに帰ってきて頂戴な」
「…」
「私にとって貴方は大切な息子なのよ、ヴィンス」
「…はい」
ヴィンセントの胸にそっと顔を寄せていたフローレンスは頭一つ背の高いヴィンセントの顔を少女のように純真無垢な表情で見上げております。ふと視線が合ったヴィンセントは少し困ったような表情でフローレンスのお顔を見つめ返します。
ヴィンセントはギュッとフローレンスの手を握り返し、二人はジッと瞳を見つめ合いながら静かにワルツを踊り続けました。
時おり、ウィリアム様がピッチを確認するために二人の方にチラチラと視線をやりますが、そんな二人のぎこちない様子に気付いているのかいないのか…特に何も反応されずにピアノを弾き続けておりました。
そしていつの間にかワルツの音楽が終わり、二人はそっと手を離します。
フローレンスはまだ少し話したりないのか名残惜しそうな表情でヴィンセントを見つめておりましたが、そのまま形式的にお辞儀をしてワルツを踊り終えました。
「流れるような美しいワルツ、素敵だったわ!」
「ありがとうございますシャルロット様…」
「…陛下、もうよろしいですか?午後からの会議の前にチェックしたい書類があるんです」
「あぁ、あとは私とフローレンスとでもう少しレッスンをしよう。ご苦労だったな」
「では失礼します」
スッと静かにお辞儀をして、ヴィンセントは足早にサロンを去って行きました。
カツカツカツ…といつもより冷たく感じる足音が廊下に響き渡りますが、いつの間にか遠くなって足音は消えていったのでした。
「…相変わらずそっけないわね、ヴィーったら!」
「構いませんわ、シャルロット様」
「あははは…。まぁシャル、とりあえずもう少しレッスンを続けようか。せっかくフローレンスという社交界の華をお呼びしたんだから」
「まぁ陛下!そのようなお言葉もったいないですわ」
「謙遜を。まだ貴女がヴィンセントの父親である亡きアルベール公爵と結婚される前までは、誰が貴女のハートを射止めるのか諸外国の男たちも含めて皆競い合っていたのに」
「そんな昔の話を…!お恥ずかしいですわ、陛下」
「フローレンス、是非貴女のその所作屋立ち振る舞いの美しさをシャルロットにご教授いただきたい」
「こんな私でよろしければ…シャルロット様のお力になれるよう努めさせていただきますわ」
「ではレッスンに戻ろうか。シャル、姿勢の保ち方からやり直そう」
「分かったわ!それじゃあフローレンス、お願いいたします!」
珍しくやる気に満ちたシャルロット様の明るくて元気な声が部屋中に響き渡ります。鏡の前であぁでもないこうでもないと言い合いながら、基本的な姿勢の見直しから入ります。
さて、そんな三人の笑い声が風に乗ってお城に聞こえてきます。
ヴィンセントは中庭のテラスで煙草をふかしながらかすかに聞こえてくるサロンの楽しそうな笑い声をボーっと聞いておりました。
「わっ!ビックリしたっ!」
「…ケヴィン。貴方こそお城の中で何やっているんですか。今は訓練の時間ではないのですか?」
「昼休憩なんですよ!ちょっと…気分転換で…」
「気分転換ねぇ…。セシルにフラれて意気消沈してるからですか?」
とそこへ、今日はちゃんと訓練の時間に間に合ったのか、練習着に身を包んだ汗まみれのケヴィンが中庭へとひょっこりやって来ました。ふぅ…と手に持っていた水筒から水を飲みベンチに座ろうとした瞬間、ベンチにもの凄く不機嫌オーラを身にまとったヴィンセントの姿を見つけて水筒をひっくり返すほど驚き怯えたような素振りで今日も全開なヴィンセントの厭味を身に浴びております。
「ふ…フラれてませんよっ!!」
「はっ!そう思っているのはケヴィンだけなんじゃないですか?」
「いやいやいやいやっ!!そんなことは絶対ないハズです…っ!!」
「ふぅん…まぁ私には関係ないんでどうでもいいですけど」
「え…何か今日のヴィンセント様、いつもに増して冷たくないですか…」
「気のせいじゃないですか?」
「…」
フゥッと煙草の煙をケヴィンに吹きかけるようにヴィンセントは吐き出し、ゲホゲホと煙に咽て涙目になりなっているケヴィンをシレッとした目で見ておりました。
ふと視線を横にずらすと、ヴィンセントは何かを見つけたようであッと一言発してまた一服し始めました。
「…セシル!」
その視線の先を追って顔を上げたケヴィンも、廊下の奥の方から歩いてくるセシルの姿を見つけて嬉しそうな声をあげております。まるで大きな犬が思いっきり尻尾を振っているかのようなくらいの感じでケヴィンがテンション高くセシルの方を見ておりましたが、視線に気が付いたセシルに思いきりプイッとそっぽを向かれ、だんだんとテンションが下がってきて泣きそうな顔をしてがっくりと肩を落としております。
「…行っちゃいましたねぇ」
「…」
「思いっきりプイってされてしまいましたねぇ」
「…」
「めちゃめちゃ早足で駆けて行きましたねぇ」
「…それ以上俺の傷口に塩塗り込みます?」
ふぅ…と煙草の煙を大きく吐きながら、ヴィンセントは静かにケヴィンをジワジワと苛めております。
本当に立ち直れないんじゃないかと思うくらいケヴィンはぺちゃんこに潰されて今にも泣きそうなくらいになっておりました。
「…あーもうめそめそと女々しくて鬱陶しいですね。とりあえず今私機嫌悪いんで、どっか行ってくれません?」
「酷…」
「酷くて結構」
のっそりと重たい身体を起こしてケヴィンはヴィンセントを涙目のまま見つめますが、もう早くどっか行ってくれオーラを眉間に深い皺を刻みながらヴィンセントは放ちまくり、シッシッとケヴィンをどっかに行かせようとします。
「…別のところでしくしくしてきます」
「どーぞご勝手に」
ケヴィンは失礼イタシマシタ…と呟き、魂が抜けたような状態でフラフラした足取りでその場から去って行きました。その様子を一部始終煙草をぷかーとふかしながら見ていたヴィンセントは呆れたようにケヴィンの後姿を眺めておりました。
「何というか…若いですねぇ」
もう一度煙草を思いっきり吸い、ヴィンセントは溜息と共に大きく吐き出しました。そしてだいぶ短くなった煙草の火を消すと、近くにあるベンチに黒い物体が居るのを見つけました。
何だろう…と近づいてみると、その正体はシャルロット様のペットの黒猫のノアでした。温かい太陽の日差しがちょうど降り注ぐ場所にノアは喉をゴロゴロ言わせて寝ているようです。ヴィンセントがベンチに近づいてノアの横に座ると、目を瞑っていたノアは片目を開きパッとヴィンセントを一瞬だけ見ましたが、特に興味がないのかまた再び目を閉じてしまいました。
そっとヴィンセントがノアの頭をポンポンと撫でると、ヴィンセントもノアの温かさに感化されたのか眠気がやって来てゆっくりと目を瞑りました。
しばらくすると、スゥスゥと小さな寝息が聞こえてきたとかこなかったとか。
「来られたな」
ガチャっとゆっくりドアが開くと、セバスチャンが一礼をして部屋に入ってきました。そしてドアを押さえていると、その後ろから黒に近い深いネイビーのドレスを着た、亜麻色の髪を品よくまとめたペリドットのように輝く瞳をした小柄な女性が甘くて上品なユリの香りと共に部屋に入ってきました。
「やぁ」
「ご無沙汰しておりますウィリアム陛下…」
「お変わりはないかい、フローレンス」
「おかげ様で…ありがとうございます」
「フローレンスお姉さま!」
「お久しぶりです、シャルロット様…。お会い出来て大変光栄ですわ」
「私こそっ!フローレンスにお会いしたかったわ!」
「まぁ嬉しい❤」
シャルロット様はフローレンスと呼ばれたその女性の方に駆け寄って満面の笑みで抱きつかれました。フローレンスもシャルロット様を抱きしめられ、お二人はお顔を見合わせて笑顔でキャッキャとされております。
「お兄様の仰っていたダンスの先生って…もしかしてフローレンス?」
「あぁ」
「嬉しいっ❤」
「私も…シャルロット様にダンスを教えられるようになるだなんて…何だか感慨深くてとても嬉しいですわ」
「フローレンスに教えてもらえるなら、私頑張るわ!だってフローレンスの教え方は優しくて分かりやすくて大好きだったもの」
「それはシャルロット様の覚えが早かったからですわ。あの時は…確かシャルロット様にはロマンス語とアルベル語、そして簡単な計算などお教えしておりましたわね。懐かしいですわ」
「懐かしいわ!他の先生の授業は嫌いだったけれど、フローレンスの授業だけは大好きだったわ!」
「うふふ…嬉しいですわ」
「懐かしい思い出話はお茶の時にしようか。まずは少しダンスのレッスンをしよう」
「そうですわね、陛下…申し訳ございません」
「いえいえ、後ほどゆっくりと話そう。まずは…シャルにお手本を見せてやってくれ」
「承知いたしました」
「ではヴィンセント、フローレンスと組んでくれ」
「…えっ」
「えっじゃない、ヴィンセント。だってシャルに見本を見せないと駄目だろう?あ、ピアノは私が弾こう」
「ですが…」
先ほどまで存在感満載だったヴィンセントはいつの間にか気配を消して部屋の端の方におりましたが、ウィリアム様はそれを察知しているのかヴィンセントの方にパッと向かれました。
いきなり声を掛けられてヴィンセントはげっ…と露骨に嫌そうな顔をしてウィリアム様を睨むかのように見ます。ですかウィリアム様は気が付いていないかのごとくニコニコと微笑みながらヴィンセントに話しかけます。
「はい、時間がないんだ、早く組みなさい」
「ちょ…っ陛下」
「ヴィンス…貴方、やっぱり私の事が嫌いなのね…」
「昔の愛称で呼ばないでください、義母上!」
「ちょっとヴィー、フローレンスに失礼じゃない!と言うかヴィーだって久々にお会いするんでしょう?そんな態度は失礼よ!」
「姫様は黙っててください!」
「ヴィンス、シャルロット様にそんな態度なんかとって…っ!貴方こそとても失礼よ、ヴィンス!」
「…あぁもう!似たような感じで話しかけないで下さいよまったく…っ!分かりましたよ…。では義母上、お手を失礼します」
ヴィンセントは腹をくくったかのか、一度瞳を閉じてはぁ…っと思いっきり大きな溜息をついて心を整えると、スッといつも通りに戻りフローレンスの方を向いて手を差しだします。
フローレンスは上目づかいでヴィンセントを見つめて少し遠慮がちに手を取りましたが、ヴィンセントは優しく、そして強くフローレンスの手を握ります。
ウィリアム様がピアノから美しいワルツの旋律を奏で始めると、ヴィンセントとフローレンスはスッとホールドの姿勢に入り踊り始めました。
二人は流れるようなステップで、メロディアスな音楽に乗りながらワルツを滑るように優雅に踊り続けておりました。
「ヴィンス…久しぶりね」
「…えぇ」
「全然実家に帰って来てくれないんだもの…。とても寂しかったわ」
「忙しいもので…申し訳ありません義母上」
「それに…先日大怪我したというじゃない!ちっとも連絡を寄こしてくれないんだもの。人伝えで聞いて…本当に驚いたわ」
「…申し訳ございません」
「貴方のお父様…アルベールが亡くなってもう三年…。あの広いお屋敷に一人ではとても心細いのよ、ヴィンス。たまには顔くらい見せに帰ってきて頂戴な」
「…」
「私にとって貴方は大切な息子なのよ、ヴィンス」
「…はい」
ヴィンセントの胸にそっと顔を寄せていたフローレンスは頭一つ背の高いヴィンセントの顔を少女のように純真無垢な表情で見上げております。ふと視線が合ったヴィンセントは少し困ったような表情でフローレンスのお顔を見つめ返します。
ヴィンセントはギュッとフローレンスの手を握り返し、二人はジッと瞳を見つめ合いながら静かにワルツを踊り続けました。
時おり、ウィリアム様がピッチを確認するために二人の方にチラチラと視線をやりますが、そんな二人のぎこちない様子に気付いているのかいないのか…特に何も反応されずにピアノを弾き続けておりました。
そしていつの間にかワルツの音楽が終わり、二人はそっと手を離します。
フローレンスはまだ少し話したりないのか名残惜しそうな表情でヴィンセントを見つめておりましたが、そのまま形式的にお辞儀をしてワルツを踊り終えました。
「流れるような美しいワルツ、素敵だったわ!」
「ありがとうございますシャルロット様…」
「…陛下、もうよろしいですか?午後からの会議の前にチェックしたい書類があるんです」
「あぁ、あとは私とフローレンスとでもう少しレッスンをしよう。ご苦労だったな」
「では失礼します」
スッと静かにお辞儀をして、ヴィンセントは足早にサロンを去って行きました。
カツカツカツ…といつもより冷たく感じる足音が廊下に響き渡りますが、いつの間にか遠くなって足音は消えていったのでした。
「…相変わらずそっけないわね、ヴィーったら!」
「構いませんわ、シャルロット様」
「あははは…。まぁシャル、とりあえずもう少しレッスンを続けようか。せっかくフローレンスという社交界の華をお呼びしたんだから」
「まぁ陛下!そのようなお言葉もったいないですわ」
「謙遜を。まだ貴女がヴィンセントの父親である亡きアルベール公爵と結婚される前までは、誰が貴女のハートを射止めるのか諸外国の男たちも含めて皆競い合っていたのに」
「そんな昔の話を…!お恥ずかしいですわ、陛下」
「フローレンス、是非貴女のその所作屋立ち振る舞いの美しさをシャルロットにご教授いただきたい」
「こんな私でよろしければ…シャルロット様のお力になれるよう努めさせていただきますわ」
「ではレッスンに戻ろうか。シャル、姿勢の保ち方からやり直そう」
「分かったわ!それじゃあフローレンス、お願いいたします!」
珍しくやる気に満ちたシャルロット様の明るくて元気な声が部屋中に響き渡ります。鏡の前であぁでもないこうでもないと言い合いながら、基本的な姿勢の見直しから入ります。
さて、そんな三人の笑い声が風に乗ってお城に聞こえてきます。
ヴィンセントは中庭のテラスで煙草をふかしながらかすかに聞こえてくるサロンの楽しそうな笑い声をボーっと聞いておりました。
「わっ!ビックリしたっ!」
「…ケヴィン。貴方こそお城の中で何やっているんですか。今は訓練の時間ではないのですか?」
「昼休憩なんですよ!ちょっと…気分転換で…」
「気分転換ねぇ…。セシルにフラれて意気消沈してるからですか?」
とそこへ、今日はちゃんと訓練の時間に間に合ったのか、練習着に身を包んだ汗まみれのケヴィンが中庭へとひょっこりやって来ました。ふぅ…と手に持っていた水筒から水を飲みベンチに座ろうとした瞬間、ベンチにもの凄く不機嫌オーラを身にまとったヴィンセントの姿を見つけて水筒をひっくり返すほど驚き怯えたような素振りで今日も全開なヴィンセントの厭味を身に浴びております。
「ふ…フラれてませんよっ!!」
「はっ!そう思っているのはケヴィンだけなんじゃないですか?」
「いやいやいやいやっ!!そんなことは絶対ないハズです…っ!!」
「ふぅん…まぁ私には関係ないんでどうでもいいですけど」
「え…何か今日のヴィンセント様、いつもに増して冷たくないですか…」
「気のせいじゃないですか?」
「…」
フゥッと煙草の煙をケヴィンに吹きかけるようにヴィンセントは吐き出し、ゲホゲホと煙に咽て涙目になりなっているケヴィンをシレッとした目で見ておりました。
ふと視線を横にずらすと、ヴィンセントは何かを見つけたようであッと一言発してまた一服し始めました。
「…セシル!」
その視線の先を追って顔を上げたケヴィンも、廊下の奥の方から歩いてくるセシルの姿を見つけて嬉しそうな声をあげております。まるで大きな犬が思いっきり尻尾を振っているかのようなくらいの感じでケヴィンがテンション高くセシルの方を見ておりましたが、視線に気が付いたセシルに思いきりプイッとそっぽを向かれ、だんだんとテンションが下がってきて泣きそうな顔をしてがっくりと肩を落としております。
「…行っちゃいましたねぇ」
「…」
「思いっきりプイってされてしまいましたねぇ」
「…」
「めちゃめちゃ早足で駆けて行きましたねぇ」
「…それ以上俺の傷口に塩塗り込みます?」
ふぅ…と煙草の煙を大きく吐きながら、ヴィンセントは静かにケヴィンをジワジワと苛めております。
本当に立ち直れないんじゃないかと思うくらいケヴィンはぺちゃんこに潰されて今にも泣きそうなくらいになっておりました。
「…あーもうめそめそと女々しくて鬱陶しいですね。とりあえず今私機嫌悪いんで、どっか行ってくれません?」
「酷…」
「酷くて結構」
のっそりと重たい身体を起こしてケヴィンはヴィンセントを涙目のまま見つめますが、もう早くどっか行ってくれオーラを眉間に深い皺を刻みながらヴィンセントは放ちまくり、シッシッとケヴィンをどっかに行かせようとします。
「…別のところでしくしくしてきます」
「どーぞご勝手に」
ケヴィンは失礼イタシマシタ…と呟き、魂が抜けたような状態でフラフラした足取りでその場から去って行きました。その様子を一部始終煙草をぷかーとふかしながら見ていたヴィンセントは呆れたようにケヴィンの後姿を眺めておりました。
「何というか…若いですねぇ」
もう一度煙草を思いっきり吸い、ヴィンセントは溜息と共に大きく吐き出しました。そしてだいぶ短くなった煙草の火を消すと、近くにあるベンチに黒い物体が居るのを見つけました。
何だろう…と近づいてみると、その正体はシャルロット様のペットの黒猫のノアでした。温かい太陽の日差しがちょうど降り注ぐ場所にノアは喉をゴロゴロ言わせて寝ているようです。ヴィンセントがベンチに近づいてノアの横に座ると、目を瞑っていたノアは片目を開きパッとヴィンセントを一瞬だけ見ましたが、特に興味がないのかまた再び目を閉じてしまいました。
そっとヴィンセントがノアの頭をポンポンと撫でると、ヴィンセントもノアの温かさに感化されたのか眠気がやって来てゆっくりと目を瞑りました。
しばらくすると、スゥスゥと小さな寝息が聞こえてきたとかこなかったとか。
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魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
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