ローザタニア王国物語

月城美伶

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Soupir d'amour 恋の溜息

第10話

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 「今日のダンスレッスン、とっても楽しかったわ!」
「そうか、それはよかったよ」
「フローレンスのお見本と教え方が本当に分かりやすかったわ!ねぇお兄様、またフローレンスに来てもらって教えてもらいたいわ!」
「まぁフローレンスの体調にもよるが、週に一回フローレンスにダンスレッスンをお願いするつもりだ」
「嬉しい!またフローレンスに会えるのね!」

さてさて日も沈み夜も始めた頃合いです。
燭台の灯りが揺らめく中、ウィリアム様とシャルロット様は少し遅めのディナーに舌つづみを打っておりました。今夜のメインディッシュはたくさん運動されたシャルロット様のために、と料理長が腕を振るってサーロインステーキの炭火焼きという超ボリューミーなメニューとなっておりました。シャルロット様はお腹が空かれていたのかモリモリとお肉を口に運ばれております。

「あぁ。アルベール公を亡くされて以来塞ぎ込まれて体調を崩していたが、最近は少しずつ元気になってきたようだからな」
「三年前だったかしら?アルベールおじ様が急に倒れられてそのまま…だったものね」
「突然の出来事だったからな」
「本当…ビックリしたもの。でも元気になってよかったわ!本当、フローレンスは昔と全然変わってなくて…優しくて美しくて素敵だったわ!あんなお姉さまが居たらよかったのに!」
「おや、私だけじゃ不満かいシャル」
「そんなことはないわ!でも、フローレンスみたいな優しいお姉さまが居たらよかったのになぁって思っただけよ」
「そうだなぁ…思い出すよ、まだフローレンスが独身だったころのことを。彼女は社交界の華と謳われて、本当に皆の高嶺の花で憧れの的だったなぁ。華やかで優雅で…今ももちろん美しいが本当に輝く様に美しかったなぁ」」

重めのしっとりとした赤ワインの香しい香りを味わいながらウィリアム様は当時のことを思い出しているのか、少し遠くを見つめるようにお顔を上げておりました。シャルロット様も、見たことはないけれどいつかの麗しいフローレンスの華やかな姿を想像してほわーんと微笑まれております。

「見てみたかったわぁ」
「お前はまだ小さくて社交界デビューしてなかったもんな。いい機会だ、フローレンスからたくさん所作を学ぶといいよ」
「えぇそうね。フローレンスみたいな素敵な女性になりたいわ」
「そう思っていらっしゃるならちゃんと勉強してくださいね」
「ヴィー!」
「もう少し姫様には優雅さと言うものを身に着けていただきたいですね」
「うぅ…言い返したいけれど…全くを持ってその通りだわ」
「おや、何でもかんでも噛みつかなくなって来たのは少し成長されましたね」
「だって悔しいけれど本当のことなんだもの…っ!」

ヴィンセントは腕を組みながらシャルロット様の背後からいつものように上から見下ろす様に毒を吐きましたが、シャルロット様は珍しくキャンキャンと泣き騒ぐ子犬のようにはならず、眉毛を八の字にしながらぐっとヴィンセントの言葉を噛みしめておりました。

「…まぁそう言う風に思われるようになったということは、姫様少しは大人になられたということですね」
「でもなんか腹立つわ…」
「はらわたが煮えくり返ろうとも耐えて笑顔を見せるのが大人ですよ、姫様」
「大人って難しいのね」
「いつもまでも無邪気なままで居られないんですよ」
「そう言われると大人になんかなりたくないわ」
「あははは。まぁ色々と折り合いをつけて生きていくのが人生だよシャル」
「そう言うものなのね」
「あぁ。さて…とじゃあそろそろ私は仕事に戻るよ。ごちそうさま」
「もう行かれるの…?」
「今日の会議の報告をヴィンセントから聞かないといけないからな。私の分のデザートはシャル、食べていいぞ。じゃあごちそうさま」

グイッと最後にワインで喉を潤し、ウィリアム様はヴィンセントを伴って食堂を出て行かれました。ご挨拶もそこそこ、シャルロット様は寂しそうな瞳で足早に出て行かれるお二人の背中を見送っております。
後ろに控えていたばあややセシルをはじめとする使用人たちもサッと一例をしてウィリアム様とヴィンセントをお見送りしております。

「…ねぇ、ヴィーなんか顔色悪くなかった?」
「そうですか?まぁいつも悪そうですが…」
「まぁ確かにそうなんだけど…」
「お疲れが溜まっていらっしゃるんでしょうかね?遅くまで執務長官室の灯りが付いておりますから」
「ふーん…」
「シャルロット様、お待たせいたしました!本日のデザートでございます」
「わぁ❤今日はモンブランなのね!」
「はい!栗のモンブランと芋のモンブランの二種類をご用意しております」
「嬉しい!早速いただくわっ!!」

給仕係のメイドが手際よくシャルロット様の前に黄色いお芋のモンブランと、少し茶色がかった栗の一口サイズの可愛らしいモンブランが盛られたお皿を置かれました。ウィリアム様が召し上がらないとのことだったので、モンブランは2個ずつお皿に盛りつけられております。
先ほどまでしんみりとされておりましたが、焼き立てのモンブランの香りを嗅いでご機嫌が直ったのか、いただきます~!と上機嫌のシャルロット様が召し上がろうとされましたが、ふと手が止まって何やら考えているのか、お皿をじっと見ております。

「…ねぇばあや」
「はい、なんでしょう」
「あのね…」

シャルロット様は後ろに控えていたばあやを近くに呼び、耳元で何やらこしょこしょ話しはじめました。しばらくするとばあやはハッと驚いた顔で、宝石のように美しく輝く瞳をキラキラさせながらニコニコ微笑んでいるシャルロット様のお顔を見上げました。

「おやまぁ…姫様…」
「ねぇどうかしら?!」
「よろしいんじゃないでしょうか」
「じゃあさっそく行動に移さなければだわ!」
「そうですわね!」

シャルロット様はもう一度キチンと椅子に座り直し、紅茶を飲んで喉を潤しました。ばあやは給仕係のメイドを呼び、何やら少し話すとすぐに食堂を足早に出て行きました。
すると傍で控えていたセバスチャンがシャルロット様に近寄りこそっと話しかけられました。

「シャルロット様、このセバスチャンもお手伝いいたしましょう」
「ありがとうセバスチャン!じゃあ…あのね…」

シャルロット様はセバスチャンにもそっと耳打ちをして何やら話されました。こしょこしょお話を聞いていたセバスチャンは眉を少し上げて驚いたような反応をしましたが、すぐに穏やかで優しい笑みを口元に浮かべながら承知いたしましたと告げるとお辞儀をしてスッと後ろに控えました。
シャルロット様はもう一口紅茶を飲まれると、お皿に乗っているモンブランをお口に運び満面の笑みを浮かべます。最上級の上機嫌でごちそう様でしたと告げて勢いよく席を立たれます。
そして鼻歌交じりの駆け足でセバスチャンを伴ってご自分のお部屋へと戻って行かれたのでした。

・・・・・・・・

 それからさらに夜が深くなり、ビロードのような夜の闇が空を覆いつくしております。
人通りのない薄暗い廊下を通り抜けてウィリアム様に会議の報告を終えたヴィンセントが執務官室に戻り部屋の灯りを点けると、部屋の中央に置かれている白い応接用のソファーにドカッとなだれ込むように座りました。
そしてしばらくそのまま動かずにジッと突っ伏しておりますと、コンコンコンと優しくドアをノックする音が聞こえてきました。
すぐに身を整えて返事をすると、そこには執事のセバスチャンが立っておりました。

「夜分に失礼いたします、ヴィンセント様。お届け物がございます」
「届け物…?いったい何ですか…?」

セバスチャンは一礼をして静かに部屋に入ると、後ろ手に持っていたモノをスッとヴィンセントに差し出しました。訝し気に眉をひそめながらヴィンセントはセバスチャンの手に持っているものを凝視しました。セバスチャンは手に持っていた訝し気なモノ―――…それは小さなバスケットでした。

「…え?」
「こちらはシャルロット様からヴィンセント様に、とのことです」
「姫様から…?」

怪訝そうな顔のままセバスチャンからバスケットを受け取ります。ほのかに甘い香りのするバスケットの中身を空けると、そこにはまだ少し温かい小さいいくつかのマフィンとと小さな水筒が入っておりました。

「…これは?」
「シャルロット様がヴィンセント様のお夜食に、と先ほど作られたマフィンです」
「…」
「パティシエのポール、それにシャンティと私も同席しておりましたから大丈夫ですよ」
「じゃあ一応食べられるモノですね…」
「はい。僭越ながらワタクシめが毒見をさせていただいております」
「…余計なお気遣いを…」
「とんでもございません。毒に対する耐性はついておりますから心配ご無用です。…それでは私は失礼いたします。お休みなさいませ」
「ありがとうございます」

どこか少し口元が穏やかに小さく微笑むヴィンセントの顔を見ながら、セバスチャンもにっこりと微笑むと一礼をして執務長官室から足早に出て行きました。
パタン…っと完全にドアが閉まりセバスチャンの足音がだいぶ遠くなったのを聞き届けてヴィンセントはバスケットを片手にデスクに向かい、サッと少し硬めの革張りの椅子に着席しました。
そしてバスケットを開き、中から赤いギンガムチェックのランチョンマットを引っ張り出してデスクの上にマフィンを置き、水筒の蓋を開けて中の紅茶を蓋のカップに注ぎます。
保温が効いている水筒だからでしょうか、暖かい紅茶からはほんのりと湯気が立ち上がります。
綺麗な形とはほど遠くいびつで大小様々なマフィンを手に取りヴィンセントは一口齧ると目を大きく見開き口元を押さえて急いで紅茶を流し込みます。

「甘…」

おそらくはちみつをたーっぷり入れたのでしょうか、ヴィンセントが普段は絶対口にしないような甘い味にヴィンセントは思わずむせ込みました。
しかし頭の片隅でシャルロット様が自分のために一生懸命調理場でセバスチャンやばあや、パティシエのポールを冷や冷やさせながら作ったのだろうと想像していると自然と笑みが込み上げてきたのか、珍しく穏やかに微笑むとまたマフィンに齧り付きます。

「まぁ…疲れているから糖分取らないとダメですからね」

そう小さく独り言をつぶやくとヴィンセントは書類をもう片方の手でパラパラと捲りはじめ、マフィンを齧りながら残りの仕事を片付けて始めたのでした。
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