ローザタニア王国物語

月城美伶

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Soupir d'amour 恋の溜息

第11話

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 「姫様…起きてください、もう7時半ですよ」
「う~ん…」

さて翌日の朝のことです。
柔らかな光がレースのカーテンの隙間から差し込み、白いリネンで統一されたシャルロット様のベッドに一筋の光の線を描いております。
フローラルな甘い香りを焚き込んだ洗いざらいの清潔なシーツにくるまれ、シャルロット様はまだ夢うつつの中、自分の名前を呼ぶ声に反応してゆっくりと瞳を開きます。

「やっと起きた。ほら、朝ですよ。早く起きてください」
「…ヴィー?」

まだ少しぼんやりとした頭ゆっくりと目を醒まして一番に瞳に入って来たのは、自分のベッドに腕組みをして腰掛けて自分の顔を覗き込んでいたヴィンセントの姿でした。いつものように溜息をつきながら眉間に皺をよせて呆れたような顔でシャルロット様を見ております。

「おはようございます」
「…おはよう…」
「相変わらず本当に全然起きないですね。何度声掛けて思いっきり揺すった事か」
「…何よ朝っぱらから」
「今日は陛下と一緒に郊外のに乗馬のレッスンの所へ行かれるんでしょう?早く準備しないと遅刻されますよ」
「あ…っそうだったわ!今日は久々にお兄様と乗馬のレッスンだったわ!!」
「ハイハイ、さっさと準備してください」
「はぁい…」
「…」

シャルロット様に聞こえないくらいの小さな声でヴィンセントは全く…と呟き、呆れたような溜息を一つはぁ…っと大きく吐きました。
シャルロット様はベッドから勢いよく上半身を起こすと辺りをキョロキョロと見渡し、いつもと何やら違うのを何やら感じられました。

「あら?セシルは?」
「セシルは体調不良のためお休みをいただいています」
「え?」
「ちょっと熱があるようです」
「大丈夫かしら」
「微熱の様ですが大事を取って…とのことだそうですよ。最近注意力も散漫しているのでちょっと休んで落ち着いてもらった方が良いでしょう」
「…そうね」
「そんな訳で、姫様の世話はしばらくの間ばあやとサヴィーナがいたします。でもまだ二人とも朝っぱらから調理場で魚を咥えて逃げ回っているノア様を追っかけまわしています。…ったく、主人に似て人騒がせですね」

ヴィンセントはまたシャルロット様をチラッと横目で見ると呆れたように冷たく溜息を放ちました。
ヴィンセントの物言いにカチンッと来たシャルロット様は頬を膨らませてヴィンセントを睨みます。しかし子猫が大きなトラに向かって威嚇しているかのようなこの構図…ヴィンセントはさっぱり何も痛くも痒くもないと言った表情でシャルロット様を見つめ返しました。

「…ちょっとヴィーどういう意味よ」
「その言葉の通りですよ。それよりも早いところ着替えて朝食を召し上がってください。陛下はもうすでにご準備が済んでおります」
「えっ!お兄様早いわ…!」
「誰かさんと違ってお寝坊さんじゃないからですよ」」
「んもぅ!朝から毒吐くわね!」
「夜遅くに超甘いもの食べて頭が冴えわたっているんだから仕方ないでしょ」
「…!」

ヴィンセントの一言を耳にしたシャルロット様はいそいそとベッドから這い出ると、嬉しくてニンマリとしたお顔で、相変わらずベッドの端に座ってこちらを見下ろしていたままのヴィンセントに飛びつかんくらいの勢いで近づけております。
ですがそれとはウラハラ、ヴィンセントは相変わらずいつものシレッとした冷たい無表情の顔でそんなシャルロット様を見返しておりました。

「お気遣いいただきありがとうございました。でも、私甘い物苦手なんで今後はお気持ちだけで結構です」
「ねぇヴィー、美味しかった?」
「…焼き加減や生地のしっとり感はよかったです」
「味は?」
「もう少し甘さ控えめの方が良いかと」
「甘い方が美味しいわよ!」
「…そんなこと言っていると樽みたいな体系になりますよ」
「ならないわよ!今なっていないもの」
「そう言っていられるのも今の内ですよ」
「そう言うヴィーこそお酒いっぱい飲みまくっていたりご飯食べなかったりって不摂生ばっかりだからガリガリじゃない!」
「私はちゃんと適度に必要な栄養のみ取り、適度に運動しています。それに私のこの体系は細マッチョって言うんですよ」
「え~、嘘よぉ」
「ご覧になります?」

だんだんとお互い顔がくっつきそうなくらいの至近距離まで近づいておりましたが、ヴィンセントは制服の詰襟の部分に指を掛け、制服を脱ぐ振りをしました。
え…っとたじろいだシャルロット様が少しずつ後ろに引いて行くと、ヴィンセントはニヤリと少し意地悪な微笑みを向けるとギシ…ッとベッドを軋ませシャルロット様の方に身を乗り出し攻めて行きます。

「ちょっとヴィー…!」
「まぁご遠慮なさらずに」

ヴィンセントが詰襟を外し、制服のボタンに手を掛けて行きます。シャルロット様はお顔を真っ赤にしながら、グイグイじわじわと近寄ってくるヴィンセントから逃げようと少しずつ後ろにのけ反って行きました。
グイッとヴィンセントがシャルロット様の手を引いて近寄せるとそのままマウントを取るかのように上に乗り出してきてシャルロット様を押し倒すかのような格好になってしまっておりました。

「朝っぱらから何してんだお前たち…」
「お兄様!」
「朝からシャルの部屋が騒がしいと思ったら…」

コンコンコンっとノックをしながらウィリアム様は呆れたお顔を覗かせると、そのままシャルロット様のお部屋に入って来られました。

「姫様がなかなか起きられないから起こしに来たんですよ。ばあややメイド達は忙しくてこちらにまで手が回らないようでしたので」
「そうか…ってお前が着替えさせるのか?」
「まさか。とりあえず起こしに来ただけですよ」

ヴィンセントはふぅ…っと鼻から溜息のように息を吐きながらウィリアム様に答えると、ゆっくりとベッドから立ち上がりドアの方へと向かって行きます。

「朝っぱらから貴方方に付き合っていられるほど私、暇じゃないんです。まったく…今日姫様を起こしに来たのは昨晩の御礼ですよ」
「ヴィー!」
「早い所朝の準備終わらせてくださいね。あ、ばあやが来ましたね。じゃあ私はこれで」

パタパタと足音がする廊下をチラッと覗き込み、ばあやが一生懸命走りながらこちらに向かってくるのが見えてきたのを確認すると、ヴィンセントは銀糸の髪をフワッと揺らしながらシャルロット様の部屋をあとにしました。

「?シャル、昨日ヴィンセントに何かしたのか?」
「え?」
「何か今朝のアイツ、妙に機嫌が良いから」
「機嫌…良いの?」
「あぁ。朝からアイツノリノリでお前をからかってらだろ?だから昨日寝る前に何か良いことしてやったのか?」

ヴィンセントの背中を見送ると、ウィリアム様もシャルロット様のベッドの端に座りました。そして優しくシャルロット様をベッドから引っ張り出してご自分の膝の上に向い合せになるように膝に乗せて、愛らしいお顔を覗き込みながらギュッと抱きしめております。

「…秘密」
「え?」

シャルロット様はウィリアム様の首に腕を回して抱きつき返すと、ウィリアム様の耳元でそう小さく囁きました。驚いたウィリアム様がシャルロット様のお顔をパッと見返しますが、何やら含んだような笑顔でシャルロット様はにっこりと微笑み返します。

「シャルにも秘密くらいあるわ、お兄様!」
「おや…。まぁ変な事じゃななかったらそれでいいが…」
「もちろん変な事じゃないわ!安心して!」
「そうか?でもなんだか寂しいなぁ」
「うふふ…ごめんなさい。でもよく言うでしょ?素敵なレディーには秘密を纏っているって」
「うーん…ちょっと違うかなぁ」
「そう?」
「あぁ」
「…ま、いいわ!それよりもお兄様、そろそろシャルお着替えしたいんだけど」
「あ、すまんすまん」
「すぐに行くからお兄様待っててね」
「あぁ」

ウィリアム様はシャルロット様を抱きしめていた腕をパッと離してシャルロット様を解放すると、素直にスッとベッドから立ち上がりました。そして軽やかに片手を上げて返事をしてシャルロット様の部屋から出て行かれました。

「おや姫様…っ!なにやら甘い話ですか?」
「ばあや!違うわよぉ、昨日ヴィーへのお菓子のお話!お兄様には秘密なの」
「おや?」
「だってヴィーにだけあげたなんて言ったら、お兄様拗ねちゃうでしょ?」
「あ~、確かに陛下拗ねますねぇ」
「でしょ?だから秘密なの」
「まあ秘密とお伝え申し上げちゃいますと、それはそれで陛下もまた逆に拗ねちゃいますけどね」
「そうねぇ…でもどうせヴィーから言うでしょ?」
「まぁ確かに」

ばあやは温かいタオルをシャルロット様に手渡しチャチャっと洗面を終わらさせると、素早く着替えの準備をし終えます。甘い香りのする保湿のクリームを塗ったばっかりのシャルロット様がすぐにばあやの近くに寄ってきて、着せ替え人形の如くばあやのされるがままでおりました。

「あの二人の仲はツーツーですもの!だからわざわざ私から言わなくても良いのよ!…それにしてもお菓子作りって面白いのね!なんだかハマッちゃいそう!」
「おや!」
「今度、お爺ちゃまのところに行くでしょ?せっかくだから秘伝のレシピも教えていただこうと思ってるの」
「ロベール様もお菓子作りにハマっていらっしゃると仰っておりましたものね」
「そうなの!前お爺ちゃまが造られたタルト美味しかったし、色々教えていただこうと思って!」
「それは喜ばれますわねぇ!」」
「お爺ちゃまに教えてもらってもっとお菓子作り上手になって、ヴィーにぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「姫様がこんなに女の子らしいことをされるようになるなんて…ばあやは嬉しくって嬉しくって…」
「昨晩はばあやにも手伝ってもらったものね。皆の力を借りなくても出来るようになりたいわ!」
「素晴らしい心掛けです、姫様!!」

キュッとビスチェのリボンを強く結びおえると、ばあやは手早くドレスを準備してテキパキとシャルロット様に着せて行きます。
本日は少し強めのピンクのドレスを持ってきましたが、イマイチ気分じゃないのかうーんっとシャルロット様は首をひねられます。ばあやはまた違うドレスをクローゼットから引っ張ってきますが、どれもイマイチなようでシャルロット様はなんだか浮かない顔をされております。
お二人がああでもないこうでもない…とギャーギャー騒いでおりますと、シャルロット様がなかなかお部屋から出て来ずに、ずーっとお見送りのために車寄せで待っていたヴィンセントのシビレを切らした怒りを込めた足音が廊下に響き渡って、激しくシャルロット様のお部屋のドアを叩く音がお城に響き渡ったのでした。
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