闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春

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第五章

午前5時16分 対象地域C-12エリア急行中

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「空さん、アリスさん!」ユキは声を上げて呼びかける。「こっちに変な液体があります!なんか……油みたいだけど、臭いが……違う気がします!」

ユキはしゃがみ込んで液体を懐中電灯で照らしながら観察した。それは油のように見えたが、ほんのり赤みがかかっており、生物由来の何かを含んでいるようにも思えた。彼女は少しだけ液体に指先を近づけ、匂いを嗅ごうとした。

「待て!触るな!」空の声が鋭く響いた。ユキは驚き、慌てて手を引っ込めた。空が駆け寄り、液体を懐中電灯で詳しく観察する。

「何か生き物の体液っぽいな。でも、この量だと、それなりに大きい生物じゃないとありえない……」

アリスも近づき、液体の痕跡を見下ろしながら頷いた。「しかも、これ……熱を持ってた形跡があるわ。乾ききっていないのに、周囲の草が変色してる。腐食性かもしれない、慎重に扱った方がいい」

空は液体の方向に続く地面の凹みを指し示し、「この液体がこぼれた先にも、何かが続いてる。行くしかないな」と短く言った。

ユキは立ち上がり、懐中電灯を再び前方に向けた。「これを追うの、危険だよね。でも、進むしかないなら……」

アリスがユキの肩を軽く叩き、「大丈夫、私たちがいる。慎重に行けば、きっと大丈夫よ」と微笑んだ。その言葉に、ユキも少しだけ緊張を解いたように見えた。

3人は液体の痕跡を追いながらさらに奥へと進んだ。側道の雑草が次第に鬱蒼とし、闇はさらに濃くなる。足元には散らばった石や枯れ枝があり、静かな夜の空気を緊張が支配していた。

やがて、痕跡は突如途切れ、周囲が静寂に包まれた。その場所は小さな広場のように開けており、木々に囲まれた空間がぽっかりと現れていた。

「ここで途切れてる?」ユキが不安げに呟いた。

空はその場にしゃがみ込み、周囲を観察しながら首を振った。「いや、ここで終わりってわけじゃない。きっとこの先に続いている。ただ、形跡が分かりにくくなってるだけだ」

アリスは目を細めて広場の中央を指差した。「あそこ、地面が少しだけ凹んでる。何かが重くのしかかったみたいな感じ……」

3人はさらに慎重に歩を進め、広場の中央へと向かった。そこには、直径2メートルほどの円形の凹みがあり、地面が焦げたように黒ずんでいた。その中央には、先ほど見た液体がさらに濃く溜まっており、不規則な形の物体が埋もれていた。

「これ、何だ……」空が呟きながら懐中電灯を物体に向ける。その瞬間、光が物体の表面を反射し、奇妙な質感が浮かび上がった。それはまるで、皮膚のような滑らかさと金属的な光沢を併せ持つ異様なもので、見るだけでぞっとするような不安感を覚えさせる。

「これが、あの『超巨大生物』の一部なの?」ユキが声を震わせながら問う。

アリスは慎重に周囲を観察しつつ、「可能性はある。でも……これ、まだ動いてる可能性もあるわ。気をつけて」

その言葉に3人は身構えた。静寂が再び広場を包み込む中、物体が微かに震えるような気配を見せた。空は咄嗟に手を挙げ、静かに後退するよう指示した。

「やばい……動くぞ!」


広場の静寂が一瞬にして崩れた。目の前の異様な物体が、まるで命を持っているかのようにわずかに震え、その中心部から低い音が響き始めた。まるで巨大な心臓が脈打つかのような音だった。

「後退!ここから離れるんだ!」  
空が叫び、懐中電灯を握る手に力を込めた。アリスとユキも即座に反応し、広場の外周に向かって慎重に足を引いた。

その瞬間、物体の中心から赤黒い光が漏れ出した。奇妙な模様が浮かび上がり、まるで生物が目を覚ましたかのような不気味さを醸し出している。光は波紋のように広がり、周囲の空気が震えるような感覚を伴った。

「これはただの残骸じゃない……まだ生きてる!」アリスが叫ぶ。彼女の声には明らかな緊張が滲んでいた。

物体の表面がさらに激しく震え、ついには何かがそれを突き破るように姿を現した。鋭い刃物のような突起が次々と飛び出し、周囲の草や地面を引き裂く。その姿は視覚に捉えがたいほど異様で、まるで生物と機械が融合したような不気味な形状だった。

「何だこれは……!」ユキが震える声で叫び、背中の装備に手を伸ばした。

空は冷静さを保ちながら、「戦闘準備だ!防御ラインを取れ!」と指示を出す。3人はそれぞれの装備を構え、物体から距離を取った。

突如として、異形が完全にその姿を露わにした。それは6本の脚を持ち、鋭利な牙や刃が体中から突き出している。体表は光沢のある黒い殻で覆われ、赤黒い液体が滴り落ちていた。体の中央には無機質な瞳のような器官があり、それが3人を睨みつけるように動いた。

「撃つぞ!」空が叫び、アサルトライフルを構えた。「弱点を探せ!」

アリスがすぐに後方から支援射撃を開始した。彼女の正確な射撃が異形の体表を弾き、火花を散らす。しかし、その殻は驚異的な硬度を持ち、弾丸をほとんど無力化している。

「表面が硬すぎる……!」アリスが歯を食いしばりながら言う。

ユキも懐中電灯を異形の動きに合わせて照らし、注意深く観察していた。「待って!あの中心の赤い部分、あそこが弱点かも!」

ユキの指摘に、空が一瞬瞳を細めた。「よし、そこを狙うぞ!ユキ、スポットライトで照らしてくれ!」

ユキは懐中電灯を全力で赤い部分に向け、異形の中心を照らした。その光が異形の目のような部分を直撃すると、明らかにその動きが鈍った。異形はギギギという金属音のような声を上げ、体を激しく震わせた。

「やはり弱点だ!」空が叫び、アサルトライフルを赤い部分に向けて引き金を引く。弾丸が直撃し、異形の体から赤黒い液体が噴き出した。

異形は傷を負ったものの、なおも動きを止める気配はない。その刃のような脚が地面を引き裂き、広場全体が揺れる。アリスが咄嗟に叫ぶ。「全員、距離を取って!ここは狭すぎる!」

3人は広場の端に向かって後退しながら、攻撃の手を緩めない。ユキは再び光を当て続け、空とアリスがその隙に攻撃を加えた。

やがて、異形は再び中心部を赤黒く光らせた。その光が広場全体を覆い、3人の視界を一瞬奪う。しかし、その直後、異形の動きが徐々に鈍くなり、最終的に完全に停止した。

「倒れた……?」ユキが息を切らしながら呟く。

「いや、油断するな。まだ何が起きるか分からない」空が冷静に言い、慎重に異形の動きを観察する。

しかし、それ以上の動きはなく、異形の体は徐々に赤黒い液体に溶け込むように崩れていった。その光景は不気味でありながらも、どこか終わりを告げているようでもあった。

「何だったんだ……あれは」アリスが肩で息をしながら呟いた。

空は一息つきながら、異形が溶けた跡に目を向けた。「分からない。ただ、これが終わりじゃない気がする」

ユキも不安げにその場を見つめ、「他の場所でも、同じようなものが現れる可能性がある……」と声を震わせた。

広場には再び静寂が戻った。しかし、その場に残された不気味な痕跡と、異形が放った赤黒い光の残像は、3人の心に不安を刻み続けていた。

「戻るぞ。一旦報告して、装備と情報を整える。次の脅威に備えるんだ」空が短く指示を出し、3人はその場を後にした。

車に乗り込み、3人は静かにエンジンをかけた。広場を離れるとき、ユキが最後に振り返って赤黒く焦げた地面を見つめた。あの異形が溶けた跡は、まるで何かを予兆しているかのように不気味だった。

「空さん、本当にこれで終わりなんですか?」ユキが不安そうに尋ねた。

「終わりじゃないだろうな」空は目を細め、バックミラーに映る闇をじっと見つめた。「これだけの異常が起きたんだ。生物庁が動くのも時間の問題だし、次がどこで起こるかも分からない」

アリスは助手席でデバイスを操作しながら、「次の指令が来る前に、私たちでできることを整理しておいたほうがいいわね」と冷静に言った。「あの生物、物理攻撃には強かったけど、光や中心部の攻撃には弱かった。それを活かせる方法を考えるべきよ」

「確かに……」ユキは小さく頷き、「でも、他の個体が出てきたら、同じ弱点があるとは限らないですよね」と心配そうに言った。

「だからこそ、情報が必要だ」空はアクセルを踏み込み、車を加速させた。「帰ったらすぐにオペレーター03に報告して、追加情報を引き出す。そして装備を見直す。次はもっと大きなものが来るかもしれないからな」

3人はそれぞれの考えに沈みながら、車は高速道路を走り続けた。外はまだ暗く、星の光すら薄れたままだった。遠くに見える街の灯りが、次第に近づいてくる。

「でも……」ユキがぼそりと呟いた。「私たち、いつまでこんなことを続けるんでしょう?」

空とアリスはその言葉に一瞬視線を交わしたが、どちらもすぐに答えを出せなかった。車内に沈黙が戻る。やがてアリスが小さく微笑み、「少なくとも、私たちが生きている間はね」と軽く肩をすくめて言った。

空はハンドルを握りながら、視線を前方に向けて言った。「続けるさ。それが俺たちの役割だ」

車は夜の街へと滑り込むように進んでいった。静まり返った家々の明かりが徐々に見え始め、いつもの平穏が戻ってくるように思える。だが3人は、その平穏が一時的なものに過ぎないことを理解していた。
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