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2. 現れる登場人物達
最終決戦とジャスパー
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体育祭魔法戦闘型ゲームの最終決戦。ジャスパーは〝一番大切なもの〟をこの場に現す手段として、転移魔術を選んだ。とてつもなく長い呪文詠唱をしなければならないが、家に箒で飛んで帰るよりは早く済むと考えたのである。
ハイノとエッカルトも含む五人が転移魔術を唱え始め、ヒューバートを含む三人は箒で空に飛び発った。
ジャスパーはひたすら呪文を唱える。しかし、詠唱も半ばと言ったところでアナウンスが鳴った。
『おお!ハルフォード選手、転移魔術が完了しました!一着です!』
(は!?早すぎだろ!こっちはまだ半分だぞ!)
眉目秀麗で成績優秀なグレイグ・ハルフォードは、涼しい顔で巨大天秤の横に立ち、他選手を待ち始める。
その後、箒で飛んでいった紅組と緑組の選手が帰って来て、二着、三着になった。
(くそ、もう銅賞も無理か‥‥!)
そして、あと一歩で詠唱が終わると言う頃、空からそいつは降ってきた。
いきなり観客たちがドッ、と湧き立ったので、早口で詠唱を終えたジャスパーは上の方を見る。なんと、オズをお姫様抱っこしながら箒に立ち乗りをするヒューバートが、空から降りてくるところだった。
まるでヒーローの登場シーンの様な光景を見せられて、ジャスパーは思わず叫ぶ。
「ヒューバート、お前、どこぞの王子様かよ!」
というか、オズはやはり会場には来ていなかったのか、と改めて考える。
(というか、どうしてヒューバートはオズを地面に降ろさないんだ?)
ヒューバートが四着で確認され、ジャスパーは五着になった。その後、グレイグが天秤に古い本を乗せている時、ジャスパーはヒューバートに小声で話しかける。
「なあ、どうしてずっとオズを抱えてるんだ?」
「オズは足首に怪我をしている。自力では歩けなさそうだったから、僕が運んできたんだ。」
「マジかよ‥‥!?」
ヒューバートの怒りの表情から見るに、オズは誰かにその怪我を負わされた様だ。ヒューバートは、これまで見たことがない程険しい顔をしている。きっと犯人は停学になるだろう。
グレイグは判定の結果、見事に優勝者に決定された。天秤の判定によって二着と三着の選手が失格になり、ヒューバートに順番が回ってくる。
アナウンスが終わると、オズはハッとした表情でヒューバートを見た。
「そうだ!ヒューはこの為に俺を呼んだんだろう。ヒューの大切なものって、俺が持ってる物なのか?」
「いいや。」
オズが慌てて聞くも、ヒューバートは首を横に振る。ジャスパーもてっきり、オズがヒューバートの〝一番大切なもの〟を持っているからここに連れてきたのだと思っていた。しかし違うというのならば、どうしてオズはここに連れてこられたのだろうか。
「じゃあ、ヒューの一番大切なものって何なんだ?」
『貴方の一番大切なものは、何ですか?』
オズと同時に、なかなか大切なものを出さないヒューバートにアナウンスが繰り返す。
「僕の、一番大切なものは‥‥。」
もったいぶるヒューバートに、観客の視線も寄せ集まる。
ヒューバートは、未だお姫様抱っこで抱えられたままのオズの方へ顔を向ける。ジャスパーの目線からでも、陽の光を浴びて、力強く、美しい表情をしているのが見えた。
「オズワルド、君だ。」
その瞬間、会場がドッ、と湧き立った。「きゃー!」という女子たちの悲鳴も聞こえる。
ジャスパーはまさかの展開に唖然とし、オズは、ボッ、と可愛らしい顔を赤くさせる。
ジャスパーは勘付いていたが、ヒューバートは今までオズに対して恋愛感情があると言うことは公にしていなかった。それにハイスペックで顔も良いヒューバートが〝オズが一番大切だ〟と言い切ったことは、多くの人間に衝撃を与えたのだった。
ヒューはゆっくりと天秤まで歩き、大きな左の皿にオズを優しく座らせる。
オズが皿に乗ったことで天秤はグンと左に傾き、皿の底はあっという間に台につく。
すると、うおおおお、だとか、わああああ、だとか、会場は歓声に包まれる。
今ここに、ヒューバートの大きな愛が証明されてしまった。
「人ってありだったのかよ!?」
ジャスパーは純粋な驚きからそう叫ぶ。
「そんな、オズ‥‥!」
「はぁ‥‥君には完敗ですよ、ヒューバート君。」
エッカルトやハイノも隣で何か言っている。
オズは恥ずかしそうに赤くなった顔を両手で覆った。
『ありがとうございました。オブライエン選手は条件を満たしています。よって、準優勝者は彼に決定です!』
会場は大きな拍手に包まれる。
オズは天秤から、ヒューにまたお姫様抱っこをしてもらう。二人の元に、審査員の生徒が駆け寄って来て、ヒューバートの口元にマイクを寄せた。
『因みに、そちらはどう言った方なのか伺ってもいいですか?』
『はい。オズワルド君は僕の‥‥。』
『あ"ー!いい!いいって!もういいからー!』
ふざけ半分で聞いて来た審査員に答えようとしたヒューバートを、オズは必死で止める。会場中にその音声が響いて、観客席から「ひゅ~!」と口笛で茶化してくる人達がいた。
『では、五着のカーティス選手も、大切なものを乗せてください。』
アナウンスはそう言うが、殆どの人間はオズとヒューバートの熱すぎる展開から目が離せず、全然こちらを観ている様子がない。
(まあ、いいけどよ。)
ジャスパーは天秤に一枚の旗を乗せる。これはカーティス家の家紋が刻まれた、この家のとても誇らしい栄誉も込められた旗である。ジャスパーはこれを転移魔術で呼び寄せたのだ。
しかし、旗を乗せても天秤はぴくりとも動かない。ジャスパーにとって確かに一番大切なものを、時間を掛けて呼び出した筈なのに。
ジャスパーは困惑して顔を上げる。すると視界に、真っ赤になってヒューバートの肩をばじばし叩くオズと、そんなオズを愛おしそうに見つめるヒューバートの姿が映った。
———ああ、そうか。
〝一番大切なもの〟が人でも良いのなら、ジャスパーにとって一番大切なものも、ヒューバートと同じくオズなのだ。唐突に、そう気が付いた。
(そうだ。こいつらが空から降ってくるまでは、確かにこの旗が俺の一番大切なものだった。)
しかし彼らが空から現れて〝一番大切なもの〟が人も含むと知って仕舞えば、ヒューバートの一番大切なものはこの旗ではなくなった。
天秤は、左の皿に乗ったその品を〝心の底から大切だと思っていたら〟傾く。きっと、何も知る前は本当にこの旗を心の底から一番だと思っていた。しかしジャスパーがオズも選択肢に入ると知った事により、心の底からの一番は旗ではなくオズになってしまった。だから天秤は動かない。
(何だ‥‥なら、俺の負けは決まっていたんだな。)
例えば、最初からヒューバートとジャスパーの二人ともがオズを求めたとして。オズの前に立ち、「自分と一緒に来て欲しい。」と二人が同時に言ったなら。
ああ、きっと、オズは迷いなくヒューバートの手を取るに違いない。理由は簡単。オズの〝一番大切なもの〟がヒューバートだからだ。
(オズワルド・チャールトンは一人しかいないんだ。この試合は俺とヒューバート、どちらかしか残れなかった。)
結局、ジャスパーの用意したものでは天秤が動かなかったので、彼は失格になった。最初から負けると決まっていたのだと気が付いていたので、失格になった事自体には大したダメージは無かった。
しかし、どうしようもない哀しさは心に残ったままだ。
(くそ、最初から負けが決まっていただなんて‥‥!)
ジャスパーはまだ騒がしい二人の方を見る。
審判の生徒が銀メダルをオズに手渡したところだった。オズは渡された銀メダルを見てワタワタするが、審判に促されてメダルをヒューバートの首にそっと掛ける。また「ひゅ~!」とどこからかヤジが飛び、会場は盛り上がった。
ヒューバートは、この世で一番幸せそうな笑顔でオズを見つめる。オズはプイ、と顔を逸らすが、ジャスパーにはその口元が嬉しそうに緩んでいるのが丸見えだ。
(ヒューバートは羨ましい奴だな。一番大切な人の一番大切な人になれるなんて。)
悔しいやら悲しいやら色んな感情がごちゃ混ぜになってしまうけれど、銀メダルを見て嬉しそうに笑うオズを見ると、そんな事はどうでも良くなってくる。オズが笑っているなら、それが一番良い。
(惚れたもん負けだよなあ、この世界って。)
それに、ヒューバートを憎むような気持ちにもなれなかった。彼は友人でもあるし、何より、ヒューバートがオズの隣にいる為にどれだけ一生懸命なのかをこれまで見てきたからだ。
剣術、拳術の二段の資格を取るだとか、国守魔法部隊の資格まで取ろうとしただとかいう話も、きっと全部オズの為だ。ヒューバートがそこまで全力になれる理由は、オズ以外にあり得ない。
(こんな天秤なんてなくても、ヒューバートの愛は疑いようが無かった。)
きっとジャスパーは、一生オズの親友のままなのだろう。だがそれで構わなかった。
それが、オズをそばで笑わせる事ができる一番の道だと知っていたから。
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