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3. 変わりゆく運命
プロポーズと駆け落ち
しおりを挟む秋の朝は肌寒い。オズは制服の上、ローブの下に指定のグレーニットも身につける様になった。制服のボタンは一番上まで閉めるのが校則だけれど、学園に着くまでは一番上のボタンだけ外している。
スタンドミラーの前で髪型を確認して、杖を腰のケースに差し入れる。いつまで経っても本物のオズワルドの悪夢は消えず、オズは目の下に出来た隈をどうやって隠そうかと考え始める。最近みんなが心配し過ぎて、色々な人に大丈夫かと声を掛けられるのだ。
その時、部屋の扉がコンコンとノックされ、「ノアでございます。」と聞き慣れたメイドの声が聞こえた。
「オズワルド様。お迎えが参りました。」
「分かった。報告ありがとう。」
オズは転生して貴族になったけれど、使用人達への日々の感謝を忘れない様に心掛けている。貴族にとってはこういった生活が当たり前なのでいちいち礼を言う人は少ないが、オブライエン家もこんな風に使用人に接している珍しい家だ。それもあって、そういう価値観がヒューとは合うのだと思う。
オズはヒューバートとアルバートと登校していて、いつも二人がチャールトン家にオズを迎えに来てくれる。ノアからの報告があったので、オズは木製の階段をタンタンと降り玄関に向かった。学園指定のショートブーツを履いて玄関扉を開けると、ギィと蝶番が音を立てる。
扉の前には立っているのはヒューだけで、アルの姿はない。
「おはよう、ヒュー。」
「おはよう。」
「今日はアルは欠席なの?」
「いいや。今日は先に行ってくれと頼んだ。」
「え?そうなんだ。」
(え?ヒューがアルにそう頼んだって事?)
疑問だらけで首を傾げながら頷き、オズが扉を閉め終わると、ヒューはオズの手を取った。
「ねえ、今日は少し寄り道しない?」
そうして、オズとヒューは初めて一限目をサボった。
(まさか、ヒューからそんな提案をされる日が来るとは。)
お貴族だらけの学校だから、少し遅れただけでも騒ぎになっているかも知れない。しかし二人は時間を気にせず少し遠くにある丘まで、手を繋いで鼻歌で有名な曲を奏でながら歩いた。しかし曲はともかく、歌に関してはこっちの世界で習ったまともなものといえば校歌くらいしかなくて、二人で笑いながら校歌も歌った。
丘は周りの木々から風に吹かれて飛んできた色とりどりの落ち葉に覆われていて、空はカラッと晴れている。丘の上から 見下ろす街の景色に気を取られているヒューに、オズは落ち葉を拾って掛けた。彼はゆっくりとオズを振り返る。
「‥‥やったな?」
落ち葉の掛け合いが始まった。カラフルな葉っぱを全身に浴びて、二人で大笑いして、遊び疲れたら丘に座り込む。脛まである長いローブが敷物になってちょうど良かった。
「はー‥‥疲れた!」
ゆったり街を眺めているとまた風が吹いて、丘を円形に囲うように生えている木々から葉が舞って来る。オズがその内一枚の赤い葉を片手で捕まえた時、ヒューが口を開いた。
「二人で、街を出ようか。」
突然の言葉にオズは唖然とし、横に座っているヒューを凝視する。彼はオズを真剣に見つめていて、とても冗談を言っているようには見えない。
「多分このままこの街にいたら、学園に通う事は避けられない。オズがこんなに思い悩んでいるのは初めてで‥‥高等部に進学したら今以上に酷くなるのかと思うと、見ていられないよ。」
「でも、だからって‥‥。」
ヒューは先程、二人で街を出ると言った。
(確かに、いつか貴族社会から脱したいみたいな話は幼い頃にしたけど、高等部進学を辞めるのはやっぱりヒューの将来を考えると‥‥。)
そう悶々と考え始めると、ムッとしたヒューがオズの頬を片手で挟んだ。オズのほっぺはむぎゅっと潰されて「ぶっ。」と変な声が出る。
「またネガティブな事を考えてるだろう。僕はオズといられるならどこでも良いんだって、何回言えば分かるんだ。」
「ら、らって‥‥それりゃ、ヒューはいろんなもろをうしなうことになう‥‥。」
めちゃくちゃ喋りづらい。ヒューも聞き取りづらかったのか、オズの頬を離した。
「僕は膨大な財産も有能な召し使いも立派な屋敷も無くたって、君が居るなら幸せだ。」
ヒューバートは、何度だって真っ直ぐに愛を伝えてくれる。
「知らない土地で、慣れない生活の中自分一人でやらなければならない事が増えて、お金も自分で稼がないといけなくなって‥‥大変なことばかりだと思う。僕達は一応貴族だし、生活の質も随分変わる。」
(そこまで、考えて‥‥、)
ヒューの瞳のラベンダー色は、力強い光を持っていた。
「それでも僕は構わない。」
そこまで考えて、彼の覚悟は変わらなかったのだ。頭が良い彼だから、これがどれだけ無茶なことなのかは分かっているはずなのに。オズの瞳には涙が滲んできて、それを隠すように必死で瞬きをする。
「だから‥‥。」
ヒューはごほんと一つ咳払いをして、落ち葉の上に座り込むオズの目の前で片膝立ちになる。ローブの内側を探ると、懐から片手に収まるくらいの小さな箱を取り出した。
(この格好って、まるで‥‥。)
その箱を両手で前に持ってきて、彼の少し上気した頬がオズを向く。
「僕と結婚して、一緒に逃げてくれないか。」
箱がパカリと開けられた。中にはクッションに刺さった指輪が一つ。オズは大きく息を吸って、言葉が出てこない。ヒューはオズが落ち着くまでいつまでも待ってくれるタイプなので、オズは何とか早く言葉を発しようと口を開く。
「それって、駆け落ちってこと‥‥?」
「そう。」
ヒューは照れ隠しか短い言葉でそう返した。オズは指輪をもう一度見る。じわじわと現実味が湧いてきて、ヒューの言葉が染み込んできた。
オズはバッと顔を上げる。
「する!結婚する!」
半ば叫ぶように言うと、ヒューは安心したように肩を下ろした。それから指輪を箱から取り出して、オズの左手を持ち上げる。
「ごめん。急だったから高い物は用意できなかったんだけど‥‥。」
その指輪には宝石が一つも付いていなくて、銀のリングに蔓のような模様が掘ってある。宝石が一つどころか付いていないなんて、確かに貴族のプロポーズならばあり得ない話なのだろうが、オズにとってはそんな事はどうでも良い。
左手薬指に嵌めてもらった指輪をするりと撫でる。
「ありがとう!嬉しい‥‥!」
オズはその指輪にそっとキスをして言った。オズの本心からの笑顔は久しぶりで、その美しい笑みを見て、ヒューは同じくらい幸せそうに笑った。
「か、駆け落ちー!?」
駆け落ちの話は特に信頼のおけるいつものメンバー、アルバート、ジャスパー、ロニー、リンジー、ジャスパーの取り巻きトリオにのみ伝えた。放課後人目のない寂れた公園の中、皆んなそれはそれは驚いて目を見開いている。
「君たちにだけは話しておきたくて。」
「皆には、駆け落ち決行の為に協力して欲しいんだ。」
二人はそう話し、ヒューの言葉を皮切りに「頼む!」と頭を下げる。
「そんなのもちろん協力するよ!」
と皆んなは直ぐに了承をくれた。団結力が上がる中、首を傾げたジャスパーがヒューに質問を投げかける。
「しっかし、お前ら二人の結婚なんて全員に祝福されるだろうに、何でわざわざ駆け落ちなんてするんだ?」
「それが、色々あってな‥‥。」
ヒューは言葉を濁す。オズの秘密——古代魔術については知ってしまうだけでなんらかの争いに巻き込まれる可能性があるので、皆んなを大切に思えばこそ、そうそう話せるものではない。
ジャスパーは問い詰めたりはしなかった。
「ま、無理には聞かねえけど、どうせオズの為なんだろ?俺は協力は惜しまないぜ。」
そう格好つけてウインクをした。アルバートはオズとヒューを交互に見て、ふわりと天使の微笑みを浮かべる。
「それにしても、二人とも、改めて婚約おめでとう!」
アルの言葉で、ロニーとリンジーも顔を見合わせた。
「おお、そうか、〝条件が揃ったら中等部卒業と共に婚約〟だったから、本来よりも婚約が早まったのか!それはめでたい!」
「ひゃ~!凄いな、僕にとっては別世界のお話みたいだよ‥‥!二人ともおめでとう~!」
初等部から一緒にいて恋愛のれの字も聞いた事がないこの二人は、どこかふわふわした感じで婚約に祝いの言葉をくれる。
それからは、この人が寄りつかない廃れて埃まみれな公園に放課後皆んなで集まり、作戦会議をするようになった。駆け落ちの決行はオズとヒューの準備が出来次第だ。それまでに皆んなにそれぞれやって欲しいことを伝えた。
まず、オズとヒューは家族にバレないように荷造りをする。自分の手元にある物で高く売れそうな物を怪しまれないように少しずつ売ってお金にし、最低限必要だと思うものを荷物ケースに詰めていく。
皆んなに頼んだ事は、オズとヒューがしてしまうと足がついてしまう可能性がある準備だった。
ロニーとリンジーには、それぞれ名前を変えて船のチケットを取ってもらう。名前を変えるならオズ達にも出来るじゃないかと思うかも知れないが、それは甘い。電話の履歴などはチケット販売所に残ってしまうので、チャールトン家やオブライエン家で調べられると、その家からの電話で知らない名前の予約が入っていたと直ぐに分かってしまうのだ。
ジャスパーには、船着き場までの馬車を用意して貰う。これも名前で辿られるとバレてしまうと言う、チケットと同じ理由だ。
取り巻き三人、アーベル、ディーター、ヨーナスには、ステラグロウ帝国とアルコイリス国以外で駆け落ち後に飛び込めそうな町がどこにあるか調べてもらった。この世界は前世のようにインターネットが充実しているわけでは無いので、調べるというとその街の役所に手紙を送って街の様子を聞いたり、その街に行った事があるという人に手紙を送って話を聞いたり、とにかく絶対に形として調べた跡が残ってしまうのだ。そうすると、調べたらオズとヒューがどこの街に消えたのか大体予想が付いてしまい、早々に見つかってしまうだろう。だからこの三人に頼んだのだ。
そうこうして準備は進んでいく。
オズはもう部屋にあった宝石や高価なアクセサリーは全て売った。大量の現金は封筒に入れてバックに詰める。ふと、オズは部屋を見回してみた。
怪しまれないように準備をしているので、部屋は一見いつもと何ら変わりはない。お洒落な絨毯に天蓋付きの大きなベッド、高価な照明に質の良い木の机が静かに佇んでいる。
(クローゼットの中は大分物が減っているけど、大掃除したと言えば納得できるレベルだ。)
チャールトン家では、一人一人自室に自分用の金庫が宛てがわれる。オズの金庫がもう空だということには、まだ誰も気が付いていない。
(この部屋も今日で見納めかあ‥‥。)
何だか感慨深くなりながら、オズはスタンドミラーの前に立ってみる。鏡の中のオズは相変わらず天使のように美しい容姿で、白シャツに袖なしニットを着ている。ダークグーンの瞳は少しクセがある黒髪に映えていて、何となく両手で頬を挟んでみる。左手の親指が鏡に映った。
「俺、結婚するのか‥‥。」
言葉にしてみると不思議なものだ。
(相手は普通に男で、一応過ごしてきた年月的に幼馴染で、推しの兄で、物語では死ぬはずの人で‥‥ってそれはオズワルドもそうか。)
ヒューはもう準備が整ったと昨日行っていた。オズの準備は一昨日には終わっていて後はヒューの準備待ちだったので、もう全ての用意ができた。計画は今夜実行される。
オズは大きく開いた窓から、街に降りる太陽を見た。夕焼けが燃えているようで、オズは緊張から小さく深呼吸をした。
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