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3. 変わりゆく運命
古代魔術の使い手
しおりを挟むハイノの罪は真犯人告発により、予定よりは軽くなるだろうとグレイグは言った。どれくらい軽くなるのかは分からないけれど、彼が社会復帰したらいつか家に招待してパティーでも開きたいなとオズは思った。
「ところで、お前の言っていた話とは何だ?」
ジャスパーに宛てがわれているという先ほどの部屋に、今度はグレイグとメルヴィンもいる。ついでに廊下を歩いていたランベルトとも再会し、彼は呼んでいないのに流れで部屋までついてきた。
(まあ、ランベルトにも一気に話せるならちょうど良いけど。)
ランベルトは廊下でオズを見た時、幽霊でも見たような顔をした後、後ろに控えているヒューを見てめちゃくちゃ笑っていた。どう言うわけかはイマイチ分からないが、「君っ、その髪‥‥!ぶははっ!」と言っていたので多分髪型関係だ。因みにランベルトも相変わらず美形である。
「グレイグ‥‥。君、メルヴィンさんを命令で最前線へ送り続けているようだね。」
先ほどのグレイグの問いに、ヒューバートが答えた。
(そうだ。まずはその話からだったな。)
グレイグは眉を顰める。そんな表情すら美しいのだから恐ろしい。
「恋人なのにって言いたいのか?俺だって、送りたくて送っているわけではないんだ。ただメルヴィンは古代魔術を使えるから、彼を最前線へ送ることが一番、生徒や市民の犠牲を抑えることに繋がって‥‥。」
「その事について、一度でもちゃんとメルヴィンさんと顔を合わせて話し合ったか?」
「そ、れは‥‥。」
(ヒュー、メルヴィンのことさん付けなんだ。)
シリアスな空気の中そんな関係のない事を思いつつ、オズはメルヴィンを盗み見る。彼は腹のあたりで両手を組んだり離したりして落ち着かない様子で、気になっているけれども聞くのが怖いという彼の心情が伺われた。オズはそっとメルヴィンの隣に歩み寄って、何気なく横に居座る。
「自分によって戦況が大きく左右される戦いの中休む間もなく最前線で戦い続けるなど、どれ程の負担になるか‥‥。」
「だが、メルヴィンは強いのだ。並の魔物では彼に傷の一つも付けられない。」
「僕は身体的な話をしているのではないよ。古代魔術を使えるから、強いから恐怖がないとでも?君は恋人として、彼にもっと寄り添って考えるべきだった。」
グレイグの言っていることは、指導者としては間違った考え方ではない。ただ、彼はメルヴィンの恋人なのだ。それを含めて、ヒューは親友としてグレイグに思うところがあるから話がしたいと言っていた。ジャスパーにグレイグがメルヴィンを最前線に送り続けていると言う話を聞いた時から、ずっと。
グレイグは苛立ったように、キッと鋭い瞳でヒューを見据える。
「しかし、考えたところでどうする?他の案などあるはずもないだろう!」
ヒューは冷静に言った。
「他の案ならあるぞ。」
そして彼はオズに視線を向ける。同時に全員の視線がこちらに集まってきた。オズは腕を組んで、ふぅと一つ息を吐く。
「えー、解決策はあるんだけど、その説明の前にまず俺の話をしないとならないんだ。皆んなにも聞いてほしい。」
緊張する視線の中オズは大きく息を吸い、言った。
「実は、俺も古代語読めます!」
室内は沈黙に包まれる。
「え‥‥、っと?」
「な、何言ってるんだオズ。」
「古代語を読める者は世界に一人だけだと‥‥。」
アル、アーベル、ディーターが同様の声を漏らす。
遂に、ヒューと駆け落ちした本当の理由を告げる時が来た。困惑が広がる中、オズは全員の顔を見渡す。
「俺とヒューの関係は別に周囲に否定されていなかった。どうして僕達が駆け落ちなんてしたのか、皆んな疑問に思っていたんじゃないか?」
そう問うと、「まあ‥‥。」「確かに、思ってた。」と同意の声が聞こえて来る。
(それでも皆んな、今まで深くは聞かないでくれていた。良い友達を持ったな。)
オズは感動していた。そしてやはり、本当のことを言う場ができて良かったとも思った。
「駆け落ちの本当の理由は、俺が古代語を読めるからだったんだ。学園にいてはいつか誰かに秘密が暴かれてしまうかもしれないと、俺は中等部後半辺りから怯え始めた。」
皆、その頃の記憶を辿り始める。
「確かに、一時期オズは様子がおかしかったよね。」
「凄く元気がなかったな。だが‥‥まさか、そんな。」
リンジー、ジャスパーが言った。
しかし、納得はいくだろう。どう考えてもオズとヒューは結婚の為だけに駆け落ちなどする必要はなかったのだから。オズは少し視線を落とし、高等部進学に怯えていた頃の記憶を思い出す。
「古代語が分かるということは、古代魔術が使えるという事。その利用価値は恐ろしい程だ。人に知られてはいけないと、俺はずっと隠してきた。」
「オズに悩みを打ち明けられた時は、僕も動揺したよ。だけどオズが何に怯えているか、そして怯えている理由がやっとはっきり分かった。」
ヒューは男らしい腕を組み、何でもないことのように続ける。
「だから、二人で逃げようと言ったんだ。迷いはなかった。」
それがどれだけの覚悟だったのか、オズは何度も考えた。
貴族なのに平民として暮らしていく覚悟。名前を捨てる覚悟。故郷や家族を捨てる覚悟。人に狙われる可能性の高い古代語が読める人間を連れて逃げる覚悟。一人の人間と一生を過ごすと決める覚悟。
そんなにさらっと言える事ではない。現に周りの皆は、驚くなんてものじゃない顔でヒューを見ている。オズはそんな様子にくすりと笑いながら、自身の手のひらを握り込んだ。
「俺達は確かに駆け落ちしたけれど、正直、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。」
「オズはこの時のために、出来るだけ多くの古代魔術を使えるように大量の呪文を暗記していたんだよ。」
メルヴィンの瞳が、オズを見て輝いた。オズは「うん。俺も一緒に戦えるよ。」と頷く。今まで一人で最前線を背負っていたメルヴィンは、弾けるような可愛らしい笑顔で喜んだ。
ヒューが続ける。
「けど‥‥オズには古代魔術を使う事に抵抗があるようだった。威力のある魔術を使うことも、戦場に行くことも、恐ろしくて当然だ。」
ここからが、ヒューがグレイグに伝えたいことだった。
「なので、僕も一緒に戦う事にした。」
疑問符を浮かべる皆の前で、オズはヒューを見つめて微笑む。
「実はね、ヒューも少し古代魔術を使えるんだ。」
「は!?」
ジャスパーが驚愕の声を上げる。グレイグも目を見開いていて、ヒューは彼を見て頷いた。
「戦いに有用な古代魔術の詠唱呪文をオズに教えてもらっているんだ。」
「教える‥‥?」
「呪文の形式と意味、正しい発音をな。」
それを聞き、ランベルトが「そうか!」と声を上げる。
古代魔術書は現在かなり解析が進められていて、術や呪文の形式は分かってきている。それなのに現代では使えないとされている理由は、古代語を話す人間がもうこの世界には居ない為文の正しい発音の仕方が分からないからだ。正しい発音が分からなければ、文の意味はわかっても呪文が詠唱できない。正しく詠唱できなければ魔術は発動しないのだ。しかし逆にいうと、意味が分かっていて正しい発音で詠唱できれば、古代語を読めない人間にも古代魔術自体は使える。
ヒューはランベルトを見てにやりと笑った。
「そうだ。呪文の意味を理解し正しい発音のまま詠唱が出来れば、古代魔術は誰にだって使える。」
すらすらと古代魔術書を読むわけにはいかないけれども、今重要なのは戦えるかどうかなのでそれは余り関係がない。
皆は衝撃を受けて言葉を失っていた。ランベルトは「どうして今まで気がつかなかったんだ‥‥。」と頭を抱えている。
「僕だって、簡単にこの方法に辿り着いたわけではないさ。」
ヒューはグレイグを見つめ、真摯な声で語った。
「だが僕は、ずっと諦めずに考え続けたんだ。オズが背負う重荷を、少しでも一緒に背負えるように。」
グレイグは揺れる瞳でメルヴィンを見た。メルヴィンは少し気まずそうに目を逸らす。
「僕に考えつく事を、グレイグに思い付けない筈はない。」
しかしそれは、ランベルトにも同じ事が言えた。彼もかなりハイスペックな男である為、この方法に気がつかなかった事が不思議だ。よくよく考えれば分かる事実にこの二人が辿り着けなかったということは、ここにも何らかの強制力が働いていたのではないかとオズは予想している。
(けど、そんな事は通用しないとヒューなら言うだろうな。)
何と言ったって、ものの数日でオズとの駆け落ちを決意した男だ。親友が恋人を蔑ろにしていた事が許せなかったのだろう。
「君は無意識の内に、〝古代魔術は凄いものだから何者にも勝る〟〝メルヴィンは強いのだから大丈夫〟と決め付けて、それ以上考えることをやめてしまったんだ。」
「俺は‥‥。」
グレイグはショックを受けたように目を開いて、バッとメルヴィンを振り返る。メルヴィンは少し悲しそうに微笑み、それを受けたグレイグは「メル、俺‥‥。」と何か言い掛けるが続きは出て来ない。ヒューはグレイグの肩にぽんと手を置いた。
「大丈夫。これから共に古代魔術を覚えよう。これで僕達もメルヴィンさんと戦う事ができるんだ。」
「ヒューバート‥‥。」
そこでオズは輪の中心に踏み出すように、皆んなに見える位置に移動する。
「はい!ここで皆んなにお願いがあって‥‥出来れば、皆んなにも一緒に古代魔術を覚えてほしいんだ!」
「ええ⁉︎」
「古代魔術を僕達が‥‥。」
騒然とする中、オズはしっかりと頷く。
「特に強い魔術を数個だけでも良いんだ。これから他の生徒達にも話して、出来るだけ多くの人に習得して欲しいと思っている。古代魔術を使える人が増えれば確実に事態の収束が早くなるし、犠牲も減らせるんだよ!」
オズが熱を入れて訴えると、皆次々と頷いてくれた。
「そう言う事なら勿論、やるよ!」
「ずっとメルヴィンに戦って貰いっぱなしで、申し訳なく思ってたんだ!ようやく戦えるようになるとは!」
「この学園を守りたいもんね!」
皆の一体感が高まっていく。
「凄い‥‥。」
呆然と呟くメルヴィンにオズは歩み寄った。こちらに気が付いて可愛らしい顔を向けてくれるメルヴィンに、オズは爽やかな笑顔を向ける。
「今まで、よく頑張ってきたね。これからは皆んな一緒だから、」
目に涙を浮かべて今にも泣きそうな彼を、オズは軽く抱きしめた。
「皆んなで頑張ろう。きっと大丈夫だ。」
これで、メルヴィンの心が救われくれたら嬉しい。物語のせいで長らく戦場で苦しんできた彼が少しでも安心してくれたら良いと、オズは彼を抱きしめる腕に少し力を込めた。
「うん‥‥!」
メルヴィンは想像よりも強い力で抱きしめ返してくれた。
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