召還社畜と魔法の豪邸

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第一章 異世界バカンスのはじまり

まほうつかい

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「他にはどんな魔法が使えるのかな?」

 魔法陣が載っていた本の持ち主であるノアに尋ねてみる。
 同じページには、先ほど使った看破の魔法とは別の魔法陣が描かれている。
 薄い本とはいえ、このページにしか魔法が載っていないというわけはないと思う。
 他の魔法も見てみたい。

「これ、呼び鈴の魔法。綺麗な音が鳴って楽しいよ」
 ノアは、同じページにあったもう一つの魔法陣を指さし唱えようとする。

「ちょっと変わりに唱えてみてもいい?」
「いいよ。えっと……ちゃんと落ち着いてゆっくり詠唱するのよ」
 唱えるのを遮るように声をかけると、まるで先生のような口調で承諾したあとノアは笑顔でこちらへ本を向けた。
 ノアが先ほど見せてくれたように、本に描かれた魔法陣を軽く指でなぞりながら、傍に書かれていた詠唱の言葉を読んでいく。
 すぐそばでは、ノアが緊張した面持ちでオレを見ている。

「指し示すは 大きいけれど小さいもの どれほど離れていても 聞こえてきて どれほど近づいても 邪魔にはならない 冷たい器に 光を落とし 空の歌声 聞かせておくれ ベル」

 意味がよくわからないが詩のような詠唱の言葉を読み上げる。
 イントネーションなどわからないので、棒読みだったが、言葉に反応して指先の魔法陣が一瞬淡く光り、指先に少しだけ熱を感じる。
 熱いお茶の入ったコップを指先で触ったよう熱だ。

『チリリン』

 澄んだ音が部屋に響いた。
 どこかで聞いたような……、古いお店で扉を開けたときに似たような音が鳴るなと思った。
 初めて唱えた魔法はあっけなく成功した。

「すごい! 一回で音が鳴ったよ。えっと、あの、……おめでとう。あなたもこれで魔法使いの仲間入りね」
 ノアは、パチパチと手をたたきながら、芝居がかった口調でほめてくれた。
 口調の割に自分のことのようにうれしそうだ。

「ちょっと、私も試して見たいと思うんです。いいかな?」
 オレとノアの向かいに座っていたカガミは本を引き寄せながらそういったあと、同じようにベルの魔法を唱えだす。
「ちゃんと落ち着いてゆっくり詠唱するのよ」
 ノアは、魔法を唱えているカガミを横目に小声で早口でつぶやいた。
 そして先ほどと同じようにベルが鳴った後に「おめでとう、あなたもこれで魔法使いの仲間入りね」と称賛した。
 先ほどオレに言ったのと同じセリフだ。何かの決まり事なのかもしれない。
 その称賛も聞こえていないように、彼女は次のページをめくって次の魔法を唱えだす。
 今度は、指先が光る魔法で、ろうそくなどに火をつけることもできるそうだ。
 光る日々先でくるくると円を描いた後で光る指先で自分の唇を撫でたりした後、次のページを開く。
 ペラペラとページをめくって「ありがとう」と言いながら本をノアへ返したあとは、視線を斜め上にあげて何かを考え出した。

 それからは、他の3人が同じように魔法を試してみた。
 誰もが、簡単に魔法を成功させ。誰かが初めて魔法を使う度に、ノアは「ちゃんとゆっくり落ち着いて詠唱するのよ」「おめでとう、あなたもこれで魔法使いの仲間入りね」とつぶやいていた。
 あの本には、ベルを鳴らす魔法と、指を光らせる魔法の他に、あと3つの魔法が書かれていた。
 声を変える魔法と足音が変わる魔法。そして看破の魔法だ。

 声を変える魔法は、まるでボイスチェンジャーのようだった。
 妙な声に変わる。人によって声がどんな風に変わるかは異なるようで、オレは甲高い声になった。
 ミズキは、どこかで聞いたことのあるような不思議な響きがする声になった。
「ワレワレハウチュウジンダ」とミズキが言い出したときに、扇風機の前で出したときの声にそっくりなのだと気が付いた。
 サムソンはノアに「ウチュウジンって?」と質問されて、説明に苦労していた。
 足音を変える魔法は、プレインが気に入ったみたいで何度も唱えて、その度に部屋中を歩き回った。
 途中からはノアも真似をして魔法を使って、それから少しだけおにごっこのようなことをした。
 『ピョッコピョッコ』『ビョンビョン』と変な音をたてて走り回るおにごっこは、それだけで新鮮な経験だ。

 そんな風に魔法で遊んでいるうちにいくつか判明したこともある。
 ベルを鳴らす魔法や足音を変える魔法は人によって鳴る音が変わるようだ。
 そして、魔法陣そのものについても判明したことがある。
 どの魔法陣も、円形をしていること、円の内周か、円の中に書いてある直線にそって文字が書かれていたこと、円の中央には記号が描かれていることがわかった。
 多少の違いがあるが、先の二つはどの魔法陣にも共通していた。
 
 プレインとミズキは、一通り魔法を使ったあとで、他の場所をみてくると部屋を出て行った。
 サムソンは部屋にあった本棚をみている。カガミはさきほどから思案顔だ。
 
 オレは、誰も読まなくなった本をカロメー片手に読み進めることにした。
 この本には、魔法陣の他に物語が書いてあった。
 魔法の成り立ちと、いじわるな魔法使いのおじさんに女の子が立ち向かう話だ。
 魔法は、神々が地上に暮らす者に与えたもので、25人の王が25種類の魔法が入った25個の箱を受け取ったらしい。
 挿絵を見ると25の三乗だ。
 そして、その多くは長い歴史に埋もれて失われたので、今はたくさんの学者や魔法使い達が調べて発掘しているということが書かれていた。
 もう一つのお話の中身は、姿を変えているおじさんを看破の魔法で見破ったり、女の子が指を光らせて衛兵に合図をおくったりと、おじさんのいじわるに魔法を使って対抗して、最後に魔力のきれたおじさんが衛兵に連行されるというものだった。
 教訓込みのおとぎ話といった感じだろうか。
 悪役のいじわるなおじさんにはロンロという名前がついていたが、女の子には名前が無かった。ついでにいうと、このロンロという悪役の服装は、上に浮いている管理人と同じ、布を体にまいただけに見える。案内役のいじわるおじさんという設定からすると、この格好は悪役というより変質者のものだと思った。
 そういえばロンロってどこかで聞いた気がするな……。
 あぁ、フヨフヨ浮いている管理人もロンロだった。

「つぎは何をするの?」

 本を読み終えてしばらくすると、椅子から降りて、すぐそばに来ていたノアが上目遣いに聞いてきた。
 何をしようか。この家に何があるのかも知りたいし、このあたりの様子も知っておきたい。
 そういえば井戸があるんだっけかな、ちょうどコップも空だ。

「喉がかわいちゃったかな、井戸はどこあるの?」
「こっち」

 ノアに井戸までの案内を頼む。
 この部屋から出て、さらにたくさんの部屋があることを知った。
 屋敷と呼ぶにふさわしい大きい建物のようだ。
 そして、外は雨だと気が付いた。豪雨とまではいかないが強い雨が降っている。
 案内にまかせて、外へ出る。井戸は中庭のようなところにあった。 四方が建物に囲まれている。
 手入れがされていないようで荒れ放題で、かろうじて井戸が見える。
 井戸も、そこまでの道も屋根が付いていたので、びしょ濡れにはならなかったが、雨にぬれつつ井戸へと近づく。
 井戸もやはりボロボロだった。水が汲めるのが奇跡といった感じだ。
 紐のついた桶があらかじめ投げ込んであったので紐を引っ張るだけで一応水は汲めたが、少々使いづらい。
 ノアはどうやって水を汲んだのかとおもったら、井戸に掘りこまれている魔法陣を起動させて水を汲んだらしい。
 試しに使ってみると、水が噴水のように噴き出してきて、そこにコップをくぐらせるだけで水が汲めた。

 どうやら、この世界は魔法が発達していて、日常的に使われているようだ。
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