召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第五章 空は近く、望は遠く

よけいなこと

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 屋敷に向かって巨大な光の帯が走る。
 パリンと澄んだ音が響いた。
 まるでガラスが割れる音だ。
 龍神の攻撃は、強化結界を破壊し、オレ達のいる4階の壁をかすめ、少し離れた山の側面をえぐり取った。

「マジか……」

 えぐり取られた山をみて、サムソンが絞り出すように声をだした。
 本気の龍神が攻撃すれば強化結界なんて役に立たなかったわけだ。
 不味い。本格的に不味い。
 覚悟を決めなくては駄目だなと思った。
 この世界にきて、飯は旨かったし、魔法による不思議な体験ができたのも良かった。
 それに、ノアと知り合えて楽しかった。
 少し惜しいのはノアがもっと幸せに暮らせるように出来なかったことくらいか。
 最悪の場合は、同僚達にまかせるしかないか……。
 今の流れに至ったのはオレの迂闊な思考のせいだ。
 さて、そうと決まればやることは決まっている。

「一ついいですか? 龍神テストゥネル様」
『今更、命乞いでもするのかえ』
「そうですね。今回の件についての責任は私にあります。元はといえば、私が召喚魔法を使うことを言い出さなければ、このような事にならなかったのです」
「リーダ、お前」
「それに先ほど失礼な事を考えたのも私です。私一人です」
『それで?』
「そんなわけで、罪に問うのは私だけにしていただけないでしょうか」
「リーダ、オレも残るぞ」

 オレの次の言葉を待たず、サムソンが震える声でそういった。

『よかろう。では命をもって償うがよい。お前達のいる部屋のみを消し飛ばし、それで仕舞いにしてやろう』

 ひどく楽しそうな声が頭に響く。言っている内容は最悪だ。
 ドスンと音をたててサムソンが膝をつく。
 龍神は大きく口を開けた。それはまるでこの部屋を飲み込もうとするかのようだった。
 ゆっくりと周りが白い光に包まれ、大気が震える。

「リ゛ーダー!」

 涙声をだして、サムソンがオレに抱きついてきた。

「うあぁぁぁぁ」

 わけも分からずオレも絶叫する。
 そして、視界全部が光に包まれ……。

『お前も、呪い子も、同じ事をいうのだな』

 そんな静かな声が頭に響き……。
 大気の震えがとまった。
 とても静かな時間が過ぎる。

「何してんのさ、二人して抱き合って」

 ミズキの声がした。
 いつの間にか目をつぶっていたことに気がつく。
 ふと声がした方をみると、開いた扉の向こうで、不気味な物を見るような目つきのミズキと、キョトンとした顔のノアが目に入った。

「あれ……無事だ。なんともないな」

 サムソンも我に返ったようで、キョロキョロと周りを見渡している。

「あのね、テストゥネル様が、準備できてるから降りておいでって」

 よく分からないまま、ノアとミズキの後ろをついていく。
 広間につくと、見慣れない人影があった。
 3人だ。
 やたらとケバケバしくゴージャスな風貌をした金髪のおばちゃん。
 ノアよりも、やや年上に見える身なりのいい金髪の少年。
 軍服に似た服装をした細身で赤い髪の女性だ。
 金髪のおばちゃんと少年はテーブルに座っていて、赤い髪の女性はその後ろに立っている。
 立ち位置からして、あの赤い髪の女性は給仕役なのだろう。
 他の同僚もテーブルに座っていて、チッキーだけが立っている。
 テーブルには見たことのない陶器のコップが置かれ、お茶が装われていた。
 そこにはオレとサムソンの分も用意されていた。
 ノアはそそくさと自分用に高さが調節されている椅子に座る。
 なんだかとても嬉しそうだ。
 続いてオレも席に座る。

「懐かしい物を見たので少しだけやり過ぎてしまったようだ。許せ」

 オレが席に着くなり、口を付けていたカップをカチャリとおろし、ゴージャスなおばちゃんは微笑みそう言った。
 このおばちゃんがテストゥネル様か。
 となると、隣にいる金髪の少年が銀竜クローヴィスか。

「改めて初めましてリーダと申します」

 軽く自己紹介をして会釈する。オレに続いてサムソンも自己紹介をした。

「うむ。妾がテストゥネルである。隣にいるのがクローヴィスじゃ」

 テストゥネルの自己紹介のあと、クローヴィスは軽く会釈する。どうにも嫌そうな顔だ。

「姿が変わっているので驚きました」
「そうであるな。子供の姿だと侮られると思ったのであろう。妾が言うまでずっと竜の姿だったわ」

 ケラケラと楽しそうに笑いながらテストゥネルは答えた。
 クローヴィスはバツが悪そうに俯いて座っている。

「この度は申し訳ありませんでした。大切なご子息を巻き込んでしまいました」
「よい。先ほど、他の者からも謝罪をうけた。それに、こちらにも落ち度はあった。それにしても、この館は懐かしいものばかりじゃ」
「先ほども懐かしいといわれてましたね」
「うむ。大魔術による防衛結界に、汚れなき床……美術品にしてもそうじゃ、ほれ、そこにかかっておるギリアの絵」
「ギリアの絵? 町の名前と一緒なのですね」
「はるか昔、ギリアという天才画家が、王より褒美にこの地に賜ったのが町の始まりじゃ、ギリアという女が先にあって町が後じゃな」

 へー、そんな歴史があるのか。
 そう思うと、あの適当にかかっている古ぼけた絵がずいぶんと価値をもつな……というより、あんな所に絵が掛かっていたっけ。記憶があいまいだ。

「テストゥネル様は、ずいぶんとお詳しいと思います」
「とても印象深い時代だったからの……、さて、クローヴィスよ。皆が揃ったのじゃ、其方も言うべきことがあるであろう」

 ちらりと意味深げな笑みをうかべテストゥネルは、クローヴィスに問いかけた。
 そういえば、先ほどからクローヴィスはずっと下を向いているな。

「ボクは……ボクは、何も言いたくない」
「クローヴィス?」
「助けてって言ってないのに、迎えに来てって頼んでもないのに、お母さんが勝手にきたんじゃないか! 来た早々いろいろ言わないでよ! 帰ろうと思ったらボクひとりで帰れたんだ!」

 感極まったようにクローヴィスは、ガタンと椅子を倒し立ち上がってまくし立てる。
 なんとなく、子供の頃を思い出す。頼んでもいないにもかかわらず、祖母が学校に忘れ物を持ってきたときの思い出だ。
 クローヴィスの態度に、昔の自分が重なって、ひどく懐かしい気分になった。
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