召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第八章 冷たい春に出会うのは

ことばとこぶし

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「お姉ちゃん……でござるか? だって、こやつは?」

 ハロルドが、訝しげに緑髪の子をみる。
 彼女はフーフー威嚇するように唸っていた。

「しょうがないでござるな」
 
 ハロルドがおろしたあと、緑髪の女の子に近づきノアは声をかけた。

「あのね……いなくなって寂しかったの。いっぱい探したの」
 
 それをしばらく無言でにらむ緑髪の女の子。
 言動から2人が知り合いなのは間違いない。しかし、姉妹かと言われると違うと断言できる。顔つきなどでは、表すことが出来ない不思議で明確な違いが2人にはあった。

「姫様、そやつはドライアドでは?」

 コクリと頷くノア。
 ドライアド?
 人の名前だろうか、多分違う。今日は外出しないので、看破の魔法を起動させていない。ハロルドが看破を使って名前を呼んでいるとも思えない。

「あのね、ママがね……」

 そんなオレの思考とは別に、事は進む。
 それは何かをノアが言おうとした時だった。

「いつまでここにいるんだ。なぜ探そうとしない?」

 緑髪の女の子が大声でノアの言葉を遮るように質問する。

「いっぱいいっぱい探したの。あのね、お屋敷に木のお皿とかあってね……」
「違う! 違う!」

 なんだろう。
 ノアと緑髪の子、二人の会話が噛み合っていない。
 とりあえず、二人の会話を聞きながら、ハロルドに近づく。

「ハロルド、さっき言いかけたドライアドって?」
「ん? 木や森に宿る精霊でござるよ。人がいる場所にはあまり近づかないでござる」

 精霊なのか。
 サラマンダーとか、ウンディーネは知っていたが、ドライアドというのは知らなかった。なんだか変な表現だけれど、この世界でしか存在しないオリジナルの精霊なのかな。
 そうか。
 ノアは人間だし、あの緑髪の子は精霊。姉妹なわけがないということか。オレが感じていた、姉妹ではないという確信にも似た感覚の正体も、これで説明がつく。
 なおも二人の会話が続く。
 ただし、会話というには会話が成り立っていない。

「あれ! ……どうしたんスか」
「ノアちゃんの知り合い?」

 そうこうしている内に、同僚が集まっていた。皆、一目でただ事ではないと思ったようだ。
 2人に近づくでもなく、皆でかたずを飲んで見守る。

「みんなが居なくなって、ママがね……この場所に行こうっていってね」
「みんなが居なくなった? ちがう。ノアが見なくなっただけだ」
「居なくなったの!」
「うるさいうるさい」
「お姉ちゃん……」
「あたしはお姉ちゃんじゃない! ノアなんて知ら●*#▽D=■*●*#▽♪D=■*●@*=#▽F@&#A$♪=%A&&#A$=%A&」
「@&#A$」

 なんだ?

「▽#D$#F*●@DA=#F#D$#F*@&QD$#F*●@&E#○DF#D$#F*●=#▽DF#D$#F*@&ED$#」

 2人の言っている言葉がわからない。
 急に、言葉が理解できなくなった。分からなくなった。まったく知らない異国の言葉だ。
 この世界に来たとき、何か不思議な力によって、オレ達の言葉は翻訳された。おかげで、ノアとも意思疎通ができた。
 その不思議な力が、切れた?
 周りを見る。皆が驚いている。言葉がわからないのはオレだけでは無い。

「ロンロ!」

 とりあえず、何かしっていそうなロンロの名前を呼ぶ。

「なぁに?」

 ロンロの間の抜けた言葉が聞こえる。

「ロンロ、ノアが何を話しているかわかるか?」
「んー。言葉ぁねぇ。わかるわぁ。一体どうしたのぉ」

 ロンロとも意思疎通可能だ。分からないのは二人の会話だけか……。最悪、ノアと言葉が交わせなくてもロンロやハロルドを通じて意思疎通は出来る。
 この問題は一旦は置いておいて、2人のやり取りを見守ることにする。

「○◆$F*●@&E#○DF? X$」
「うるさい。うるさい!」

 ダッと緑髪の子……ドライアドはノアへと飛びかかった。
 バチンと音が鳴る。

「私だって……私だって……」

 ノアが殴り返す。
 しばらく続いたオレには理解できない言葉のやりとりは、唐突に終わりを告げる。代わりに小さな二人の喧嘩が始まった。
 そして、再び二人の話す言葉が分かるようになった。翻訳の力が復活したわけだ。少しだけ安心する。とりあえず、あの喧嘩を止めよう。
 そう考えて2人に近づく。

「じゃまするな!」
「きちゃだめ」

 だが、その行為は、当事者である2人によって拒否された。
 ポカスカ、ポカスカと殴り合う。
 本当に子供の喧嘩だ。この様子ならいくら続けても、大けがはしないだろう。
 当初、緊張した様子だった皆も安心したこともあって、無邪気に応援を始めていた。

「やっちゃえノアノア!」
「踏み込んでガツンとやるでござる」

 テレビでボクシングの観戦でもしているかのような応援の言葉が飛ぶ。
 皆の声援を背に受けて、ゆっくりとノアが優勢になっていった。

「おかしいでござる……」

 ノアが優勢になって嬉しいはずのハロルドが急に冷静になって呟く。
 どうしたのだろうか。一番ノアを応援しそうなハロルドが、こうも静かだと不気味だ。

「勝っちゃったっスね」

 オレがハロルドの態度に気を向けて、よそ見をしていたとき。
 2人の喧嘩に、勝負がついたようだ。
 振り向き二人を見たときは、ちょうどドライアドがよろめき尻餅をついたところだった。
 そのままゴロンと寝っ転がって両腕で顔を覆う。

「やるじゃんノアノア」
「怪我はない?」

 ミズキがノアへと駆け寄り、カガミが少し遅れてノアの側へと向かう。

「お嬢様」

 同僚2人に続いて皆がノアに駆け寄る。そして、ノアが勝ったのを喜んだり、心配したりしていた。
 そんな中、ノアは一人、何も言わず呆然とした様子だった。
 その様子は、勝ったというより、負けて、嘆いているように見えた。
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