召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十七章 立ちはだかる現実

たたかいにもならず

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 ミランダがハロルドの登場に驚き、遠ざかった。
 本当にハロルドは苦手なのか。
 でも、彼女の態度から、ハロルドへの恐怖を感じない。
 妙に芝居がかっている。
 ハロルドの出現があってなお、まだまだ余裕な様子だ。
 余裕というより、おちゃらけた態度というべきか。

「本当に、久しぶりでござる」

 剣を構え、ハロルドはミランダの方に近づく、そしてオレ達をチラリと見やり言葉を発する。

「ここは拙者に任せてくだされ」

 自信満々なハロルドの様子に、特に何も言わず頷く。

「ハロルド、お前、呪いは?」
「ハッハッハッハッ! 呪いなど、姫様に解いて貰ったわ」
「姫様?」
「ノアサリーナ様でござるよ」
「へー、ふーん」

 ハロルドの言葉を聞いて、ミランダはノアをチラリと見た。
 じりじりと後ずさりしながら、彼女はハロルドとノアを交互に見ていた。
 手のひらで片方の肘を抱え、もう一方の手で、下唇をなぞっている。
 何か観察するかのように2人を交互に見て、ミランダはじりじりと下がった。
 ハロルドは、真剣な顔で剣をミランダに突き立て、ゆっくりと間合いを詰める。

「ふぅ」

 ミランダは小さく息を吐いた。
 それから、まるで降参とばかりに、パッと両手を上げて言葉を発した。

「ねぇ、ハロルド。ここで私とお前が戦ったら、その姫様ともやらにも余波が及ぶんじゃないの?」
「余波が及ぶ?」

 ミランダの言葉を、ハロルドは聞き返す。
 相変わらずハロルドの視線はミランダを捕らえていたが、少しだけ緊張を解いたのがわかる。

「私の氷と、お前の力。一帯は無茶苦茶よ?」
「確かにそうなるでござろうな」
「まあ、しょうがないけどね。でも、お前はその姫様を守りつつ戦うんでしょ?」
「そうでござるよ」
「せっかくの、再会。思いっきりやりたいの。その姫様のやらが、離れるだけの間、ちょっとは待ってあげるわよ」

 ミランダが唐突にそのような提案をした。
 そんな派手な戦いになるのか。
 ハロルドも、ミランダの言葉に対して、否定しなかった。
 ということは、ミランダの言っていることは正しいのだろう。2人が全力で戦えばこの辺りが滅茶苦茶になる。
 幸いまだ屋敷までは離れているが、辺りの森がめちゃくちゃになるのは嫌だな。
 何かいい方法がないものか。
 だが、そんなオレの考えを、事の流れは待ってくれない。

「そうでござるな。では、すまぬが皆様。拙者とミランダの戦いの決着がつくまで、少し離れていてもらえないでござろうか」

 そう、ハロルドは言った。

「わかった。大丈夫なのか?」
「任せてくだされ。拙者は軽々とやられはせぬよ」

 ハロルドは笑いながら、ドンと胸を叩く。

「うん。ハロルド。頑張ってね」
「うむ」

 そうして、2人を残し、この場から距離を取ることにした。
 そんな時のことだ。
 ノアが転んだ。

「あら、大丈夫?」

 ミランダが楽しそうに声をかける。

「姫様」

 ハロルドがノアの方を向いた。
 その時だった。
 一瞬で、ハロルドの背後まで近づいたミランダが、軽く手を振ったのが見えた。
 そして、ハロルドが氷漬けになった。
 えっ?
 不意打ち?
 だまし討ち?
 本当に油断をしていた。
 それは一瞬のことだった。
 そのままミランダは、もう一度手を大きく振る。
 すると、山の下まで続く、氷の道が一瞬で出来上がった。
 細く、夕日に照らされる氷の道。木々の間を抜けて、先が見えない氷の道。

「うんしょ」

 小さく掛け声を上げて、ミランダは氷漬けのハロルドを持ち上げ、自分が作った氷の道に乗せる。
 それからドンと蹴り飛ばした。
 スカートの端を両手で摘まみ、楽しそうに蹴り飛ばした。

『シュルル』

 氷漬けになったハロルドは、軽快な音をたてて、氷の道を通り、滑り落ちるように、山を下っていった。
 あいつ……。
 一瞬で負けやがった。
 不意打ちとはいえ一瞬で。
 オレがミランダを見ると彼女は何でもないようにこちらを見た。
 そして、「ふぅ」と息を吐きながら、ニコリと笑った。

「びっくりしたわ」

 びっくりしてるのはこちらだ。
 不意打ちとは。

「卑怯だ!」

 ノアが声を上げる。

「だって、しょうがないじゃない。あいつしつこいんだもん」

 悪びれもせずにミランダが言う。

「しつこい?」
「だって私、あいつと相性が悪いの。あいつの怪力と爆炎はなんとか止めることはできるのよ。でも、こちらの攻撃は、届かない。あいつ、自分で体を超高温にできるのよ。魔力の色のせいなのかしらね。自力で焼き豚になれるの。そのうえ、タフだし」
「はぁ」

 口調のせいで、どうにも調子が狂う。

「だからさ、呪いにかけて、犬の姿にしてしまえば、始末できると思ったのよね」
「えぇ」

 なんだか、知り合いに愚痴を言われてるような感じだ。

「そしたら。子犬になっちゃったのよ」
「子犬? 何か問題があるのか?」
「えっ、リーダ。お前、子犬を殺せるの?」
「は?」

 何を言っているのだろうか。
 残酷と思っていたミランダだったが、話しているとますますコミカルな印象をうける。
 まるで近所のお姉さんだ。

「怖い怖い。リーダは意外と残酷なのねぇ」

 まるで付き合いの長い友達のように、おちゃらけた調子で言う。

「えっと。つまりミランダ様は、子犬になったハロルドに手を下すことができないから、逃げ回っていたということですか?」

 調子が狂い返答に困ったオレの代わりにカガミが声をかける。

「そういうこと」
「豚のままじゃまたやたらタフで強いし、かといって呪いをかけてしまえば子犬になって、これはこれで戦いづらい。しょうがないからね、子犬になった時に捕まえて海に投げ落としちゃったのよね」
「はぁ」
「そうですか。ところで、ミランダ様は、先ほどノアサリーナ様に会いに来られたと伺いましたが……ノアサリーナ様に何か? 私が代わりにお伺いできればと思います」
「そうね、用件を済ませなくてはね」

 カガミの言葉に、ミランダは静かに顔を笑みの形へと変えると、ゆっくりとノアへと近づいていく。

「何?」

 ノアが敵意むき出しの表情でミランダを睨んだ。
 珍しいな、ノアがこんなに敵対心をあらわにするなんて。

「お前に、一つだけ質問。お前は、お前自身にあったことがあるかい? お前自身、自らを乗り越えたと思う?」
「えっ?」

 ノアが分からないといった様子で言葉に詰まる。
 それを見たミランダは微笑み、ノアの頭に手を置いた。
 そして、ガシガシと強く頭を撫でる。

「痛い」

 ノアはミランダの手を振りほどこうとした。
 その手が、ミランダを掴もうとした時に、ミランダはパッと手を勢いよく上に上げ、楽しそうに笑った。

「私の用件はこれでおしまいだ。だが、予想外に収穫は多かった。それに……そうね、また来ようかしら」
「来ちゃダメ!」

 ミランダの言葉に、ノアが即座に反応する。
 それを頭をゆらしのんびりと聞いたあと、ふわりと身を翻した。

「お前達は少し早まったかもしれないね」

 そう言ってトコトコと、オレの側をすり抜け優雅な足取りで山を下りていく。

「早まった?」

 ミランダの言葉がひどく気に掛かり聞き返した。

「その娘に……ノアサリーナにエリクサーを与えたでしょ?」
「えぇ」

 なんでわかったのだろう。

「呪い子は、過剰にその身に魔力を集める。結果、じわじわと自らの体を壊していく。集める魔力に、体が耐えきれずにね。どんな水筒も、海の水全てを入れることはできない」
「つまり、水を入れすぎた水筒が壊れるように、体を壊すと?」

 オレの言葉に、ミランダは表情を変えた。
 悲しそうに微笑む。

「痛みは頂点へと達し、耐えがたい苦しさを覚えることになる。逃れることができると言われれば、愛する人ですらためらうことなく犠牲にできるほどに……ね」
「痛み……エリクサー?」
「そう。癒やすためには、エリクサーが必要になる。だけど、ノアサリーナはその苦しみを覚える前にエリクサー使ってしまった。故に、呪い子としてより強くなったが、貴重な薬を失ってしまった。だから、早まったと言ったのよ」

 会った時よりも、ノアの魔力が強くなったとは思っていたが、歳を重ねて成長しただけが理由ではなかったのか。
 そういえば……ノアは、何度かエリクサー飲んでいるな。
 風邪薬感覚で飲んでいるわけだし。

「じゃ、エリクサーを手に入れることができなかった呪い子は?」
「まだ時間はある、代わりのエリクサーを探すのはいかが? でも、まぁいいわ。実り多かった。どうせ、お前達だったら何とかするんでしょうしね。というわけで、用件をおしまい」

 ミランダはオレの最後の質問には答えることなく、そのまま歩みを進める。

「ところで、ミランダ様」
「なーに、リーダ?」
「ロンロと、あと屋敷。それからハロルドをこのまま置いておくつもりですか?」
「そうね。本当に、そいつ味方だと思ってるの?」

 ミランダはロンロを見て言う。

「えぇ」
「私はそいつを信じていない。だけど、お前達が望むのであればしょうがない。後でといてあげる、あと屋敷も……そうね」

 そう言って彼女は指をパチンと鳴らした。
 すると、まるで凍っていたのが嘘かのように氷がふっと消えた。
 それから氷漬けのロンロをみて、ミランダは言葉を発する。

「そいつの氷、それは明日には溶ける」

 そう言って笑う。

「ハロルドは?」
「知らない」
「はい?」
「知らない。どうせ、あいつの事だから半日もしたら戻ってくる。何もしなくてもね。じゃあ、今度こそ本当にお別れ」

 そういったかと思うと、周りが一気に真っ白になる。いきなり吹雪の中に放り込まれたような感覚だ、雪が頬に当たり冷たい。

「楽しかったわ。では、またね」

 そんなミランダの言葉と共に、吹雪は止んだ。
 辺りは元の風景に戻った。
 そして、ミランダの姿は何処にもなかった。
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