召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十二章 甘いお菓子と、甘い現実

閑話 とあるアンデッドの悟り(自称冥府の盟主視点)

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 私は今、湖の上に浮かんでいる。
 私の右腕は土を掘り進める中でとうに砕け散った。
 身を纏うローブはボロボロにすり切れ、骨のみの我が体をさらすにまかせている。
 あれは前触れもなく始まった。
 眷属が塵と化した。
 聖なる力。生ける骸である我々をこの世から抹消するには十分すぎるほどの力。
 何が起こったのか分からず、私は自らの力を注ぎ作り上げた数多くの部下が、塵と化していった。
 私には、ただ何も分からずに、誇るべき死の軍勢が滅びる様を、呆然と眺める他なかった。
 
 だが。

 消滅するわけにはいかぬ!
 考えに考えぬいた。

 地下へ逃げよう。

 地上より降り注ぐ聖なる力に恐怖し、地下へ地下へと一心に掘り進めていった。
 ほんの数日の自分に言っても信じてもらえない、それほどの異常事態だった。
 だが、永遠に続くと思われていた、モグラのように土を掘り進める逃避行は、突如終わりを告げた。
 土を掘り進める左手は、空を切った。

『ボチャン』

 そして、一時の浮遊感の後、自らが水に落ちる音を聞いた。
 地中深くにある湖に私は投げ出されたのだ。
 そして今、私は、地中深くに存在する湖の上に浮かんでいる。
 かような地下に、これほどの場所があったとは。
 地中の深くにあったのは、巨大な空洞だった。
 暗闇の中で、どこまでも続くと思われる巨大な水の張った大空洞。
 そこで私は、浮かぶに身を任せながら物思いにふける。
 私の生涯をかけ作り出した大迷宮。
 我が大迷宮を侵略した聖なる力の正体は何だったのだろうか。
 情報が足りぬ。
 私は肉が腐り朽ち果て、骨のみが残った額を撫でる。
 時間なら無限にある。
 そう、肉の身体を捨てた私には、無限の生命があるのだ。
 この体になることにより、魂の摩耗による死への願望も訪れることはない。

「さて……」

 それから長い時が過ぎた。
 しばらく後悔と出来事への考察を重ね、自らを奮い立たせるべく、声を出す。

「あの場所はもうダメだろう、このまま水に浮かび、自らの魔力を練り上げ、再起のための計画を練ろう」

 そう。
 魔力を大気から取り込むのだ。
 この地は、地上にくらべ魔力の濃度が高い。ここで瞑想にふけるだけで、私の体を修復できるだけの魔力を捻出できるだろう。

「時間はある……」

 自らには時間があるという言葉を呟き、心を落ち着かせる

「そうだ! 時間があるのだ!」

 思わず大声になった自身を奮い立たせる言葉は、意図せず地下の大空洞に響き渡った。その響きは、私に安心感をもたらす。
 だが、私にもたらしたものは、安心感だけではなかった。
 突如、私の体は何かに引っ張られた。
 それは魔法ではなく、釣り針。
 私のボロボロになった衣に釣り針が引っかかっていた。
 そして、まるで釣り針にかかった魚のように、私の体は引っ張られた。
 釣り針を投げ入れた相手は、地底にある湖に浮かぶ島にしゃがみこんでいた。
 淡く光る島……いや、島ではない。
 ゴーレム。
 それは魚型のゴーレムだった。
 その先頭に座り込む鎧姿の者が釣りをしていた。

「この……私が……」

 自らの置かれた境遇に、怒りすら覚える。
 冥府の盟主にして、大迷宮の最下層に君臨した、この私が、この私が。
 魚のような扱い受けるなどと……。
 まあいい。
 あと少し、あと少し、近づけば奴に私の左手が届く。
 ふれさえすれば意識を乗っ取るなり、殺すなり自由にできる。
 私は無抵抗を装い、されるがままに近づく。

「フォホホホホ」

 鎧姿の後ろに隠れていた小柄な老人が笑う。
 老人だけではない、他にも数人。

「ふむぅ」

 笑い声に反応し、鎧姿が、私を釣り上げつつ振り向いた。
 今だ。
 奴の目線が私から外れた瞬間。
 手を伸ばし奴の頭をわしづかみにすべく、伸ばす。
 だが、奴は、私を見ることなく釣り竿から手を離し、右手を滑り込ませるようにして、私の左手を受け止めた。

「がぁぁ」

 痛みを感じないはずの手に強烈な痛みが走った。

「残念だったのぉ」

 私を釣り上げた鎧姿がのんびりとした声で言った。
 奴の鎧、破邪の力を纏っていたのか。
 次の瞬間、気づけば、私は先程の鎧姿から遠く離れたところに浮かんでいた。
 気を失っていたのか。
 遠くに淡く光るゴーレムが見える。
 見れば私は、体のほとんど全てを失っていた。
 頭蓋骨の3分の一、それが私の全身だった。

「あのゴーレム……何かと戦っているのか」

 そして、いつの間にかゴーレムの背に乗っていた集団は、何かと戦っていた。
 薄暗い中、声と音だけが大きく響く。

「エピタフを解放するだ!」

『ドォォン』

「クゥアイツ、下がれ」

 どうも、私をこのような目に遭わせた奴は、苦戦しているようだ。
 わずかに残った右目の欠片に魔力を集中し、目をこらす。
 白く輝く独りの大男が、奴らと戦っていた。
 どうも、あのゴーレムの頭上を覆う土砂が崩れているのか、土の塊が落ちてくることもあって苦戦しているようだ。

「なんとぉ!」

 鎧姿の叫び声が聞こえる。
 大男の接近を許した鎧姿は、ゴーレムの背から投げ落とされ、巨大な水柱を起こし水面に叩き落とされていた。

「マルグリット!」
「おめえらじゃかなわねえだよ。さぁ、エピタフを解放するだ」

 大男が、彼と敵対している集団の中へと歩を進めていく。

「エピタフを解放するだ!」

 そして再び怒号にも似た声をあげる。

「それはできんな。このエピタフは俺の大義を果たすために必要なものだ。故に、今はできぬ」

 大男の声に、回答したのは、集団から外れた場所にいる白い剣を持つ男だった。

「おめぇは……?」
「お前ごときに……いや、お前は……ゲオルニクス! そうか! そうだったのか! ギャーハッハッハッハッハッハッ」
「何が可笑しい?」

 白い剣を持つ男の、気が狂っているような笑い声に、大男が首を傾げているのがわかる。

「可笑しいとも! ギャッハッハ。お前もまた、あの者達に導かれたのだろう? 誘蛾灯に引きつけられる羽虫のように」
「あぁ?」
「ギャッハッハ。かように楽しい経験が出来るとはな」
「主様おさがりを」

 大男と、白い剣を持つ男の、ちょうど間に位置する集団から声があがる。

「おめえが頭か?」
「いかにも。では、まず反撃するとしよう。この地にて……月の道が存在する事を許さず……」

 白い剣を持つ男が、そう言った直後、ゴーレムが淡く白い光に包まれた。

「まさか」

 大男が、自らの体を探るように見回わし声をあげる。
 それと同時に大男が纏っていた白い光が消えたのが見えた。

「そのまさかだ、このスタフェドもまた、我が領土と知れ!」

 そして白い剣を持つ男の声と同時に、集団から二人の人影が飛び出し、大男に襲いかかる。
 急に大男が劣勢になった。
 すぐに、大男は魚型ゴーレムの鼻先へと追い詰められる。
 さらに追撃。
 集団から大男に向かって電撃の魔法が放たれたのが見えた。
 だが、その電撃は当たらない。
 突如、奴らの頭上を覆う岩盤から巨大な手が伸びた。
 そして電撃から庇うように大男を掴んだのだ。

「ぬぅ! エピタフが! あんなに近くにあるのに!」

 大男の絶叫が響く。
 そして、岩盤から飛び出した何かが、大男を掴んだ手ごとバクリと飲み込み、水中に飛び込んだ。

「主様!」
「よい。放っておけ」
「ですが……」
「奴は本気でなかった。あれは、あれで大義ある者の目だ。追い詰めて良いことはない。それよりも、マルグリットを引き上げてやれ」
「はっ」

 その後、鎧姿は回収され、ゴーレムの背中に集まっていた者達はゴーレム体内へと潜り込んでいった。
 そして、ゆっくりゆっくりと魚型ゴーレムは水の中に沈み姿を消し、静寂が訪れた。
 地上では得体の知れない力。
 地中には地底湖があり、得体の知れない者達が戦っている。
 世の中は広く、私の理解も力も及ばぬ事ばかりだ。
 しばらく、ゆらゆらと浮かぶに任せた後、私は考え一つの結論を出す。

 これからは、細々と暮らそう。
 そうだ。ささやかな研究をして暮らそう……と。
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