召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その27

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 シェラはぐずった。
 街を出るというミランダの発言に対して、ミランダのスカートをつかんで怒って見せて、それから床に寝転んでバタバタと手と足を振り回した。
 何度も繰り返し「ヤダヤダ」と叫びながら。
 そこにいたってようやくミランダは時間の感覚が違うことに思い至った。
 発言にもう少し気を付けるべきだと後悔もした。

「ヘレンニア様が困りますよ」

 シェラの母親が溜め息をついた。
 家族は取り乱すことなく平静だった。
 各々が食事を片付けて、部屋から出ていく。
 気が付けば、シェラのそばにいたのはミランダとジムニだけだった。

「5歳の1年は、25歳の5年だったか……」

 床で暴れて静かになったシェラを見て、ミランダはつぶやいた。
 年齢を重ねるにつれて、1年を短く感じるという格言だ。
 ミランダにとってひとかけらの時間は、シェラにとっての半生と同義だったわけだ。

「きっと明日にはケロリとしていますよ。この子はいつだってそうだから」

 静かになった頃、もどってきたシェラの母親がミランダへ笑って見せた。
 寝てしまったシェラの様子に、笑顔で溜め息をついて。

「いつ出かけるんだ?」

 シェラを抱え上げた母親が、部屋から出ていくのを見届けたジムニがミランダを見上げる。

「明日にするわ」
「え?」
「長くいると別れがつらくなるもの。シェラを連れてはいけないわ」
「そう……だよな」
「暖かい家族と一緒に暮らすべきだもの、ね」

 簡単なやりとりのあと、ミランダは寝泊まりした部屋を片づけて、もう一度だけ持ち物を見直した。

「やはり、ないわよね」

 魔法で小さくしていた箱の中身には多種多様な品物があったが、目当てのものは無かった。

「氷の種は、カジャカにいかないといけないかしら。仕方がないのだけれど」

 部屋の中でひとりミランダはつぶやく。
 ジムニは今日もお手伝いをしているらしい。
 遠くの方で、ジムニの笑い声が聞こえた。

「なんだか不思議なものよね」

 ここ何日も泊まり込んだ部屋のベッドに寝転んでミランダはひとりごちた。
 いつもならジムニ達に稽古をつける時間だが、今日の稽古はやめにした。
 旅に必要な準備をしようと思ってのことだ。
 もっとも、特に準備はなにもする必要はなかった。ミランダは何十年も旅をしてきたし、大抵の代物は自分で作る事ができるから。
 そうなってくると、ただ暇な時間だけがミランダには残る事になった。

「運命なのかしら」

 魔神復活の日から今日に至るまでをミランダは思い返す。
 最初はただの思いつきだった。
 目的を失い、やることがなかったのでベアルド王国へ行く事にした。
 どうしてそう考えたのか。
 いまとなっては忘れてしまったが、おそらく精算しようという気持ちがあったのだと思う。
 ベアルドの女王の座から退くことで、世界との関わりから距離をとることで。
 それは半ば無理矢理の行為になったはずだ。

「この街は遠目に見るだけに留めるつもりだった……か」

 ミランダは苦笑した。
 最初にシェラと会ったとき、自分と同じ街出身とは思わなかった。
 そして彼女と出会わなければ、この街に戻る勇気は出なかった。
 当初の思いそのままであれば、ニーニャを看取ることもなかった。
 家族の思い出がつまった氷屋も失われたままだった。

「運命に感謝しよう」

 額に腕をやってボンヤリと考えていると人の気配がした。
 反射的に冷気を放つ。
 それは癖の一つだったが、気配の主に思い至ってすぐに冷気を消した。

「あー、もう、ゴロゴロしてる!」

 シェラが部屋に入るなり非難の声をあげる。

「そうね、そういう気分なのよ」
「お母さんがね、ご飯だって」

 ミランダの側へと駆け寄ったシェラはスッと手を差し出した。
 小さな指先には、干し魚の切れ端がつままれてあった。

「今日は魚なのね」

 いつものように干し魚を受け取って口に放り込む。オアシスで採れた魚の干物は懐かしく塩からい。
 そんなわけで今日もミランダはつまみ食いの共犯となってしまった。

「師匠はもっとシャンとしなきゃいけないよ」

 干し魚を楽しみながら広間へと向かっている途中、前を進むシェラが言った。

「どの口が」

 ミランダが小さな弟子の頭を強めに撫でると、シェラはミランダの腕を掴む。

「シャンとして、ご飯食べて、それからさっさと材料を手に入れて、さっさと帰ってきてね」

 手をひっぱる力をシェラが強めた。
 彼女の顔は前を見たまま、表情は見えない。
 だけれど、ミランダはシェラが凜々しい表情をしているのだろうと思った。
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